第24話 第4章 基軸 第2節 期待はポジティブもネガティブも引き寄せる
応慶大学病院の川野辺教授が、スマートグラスを外しながら真面目な顔をした。
「……美咲ちゃん。応慶大学全体に、このアリシアを導入することについて、本気で考えてみて良いかな?」
「もちろんです。私が使う中で、応慶病院が契約していないという点で、データの保存ができないので、能力の一部しか発揮できないもどかしさは感じています。でも応慶で契約をしてくれると、先ほど川野辺教授が提示したケースについても、患者本人の過去データと共に解析をするので、圧倒的に制度が向上します。私にとってこんなにうれしい事は無いです」
――この後は私がでしゃばる事ではないので、幸太郎さんに連絡をして、川野辺教授とのアポイントメントを調整した。
後日川野辺は、幸太郎からの資料を基に、教授会議で提案をして、あっという間に導入プランに向けて話が進みだした。
各科の医長を中心にアリシアのテスト導入が始まった。当初は「AIなんかに診断を任せるのか?」と懐疑的な声もあったが、 画像解析・薬の横断管理の精度が圧倒的に高く、最も反発の強かったベテラン医師ほど「思ったよりも使える」と驚きを見せた。コメディカルと呼ばれるリハビリ職や薬剤師にも好評だった。
アリシアは医師に対する助言提示という能動的な業務と、画像や検査数値、患者との会話や薬のデータ管理という受動的な業務の両方を高いレベルでこなすシステムだ。機械が人間に理解できるアナログ化したデータを、読み込んでデジタル化して管理するという事を実施するために、他のメーカーの機材などを追い出す必要もない点においても、様々な政治がうごめく大学病院において受け入れてもらえる重要な要素だ。
通常数年間でメーカー選定などを行う流れだが、3か月間のテスト導入から本採用に向けての動きが始まり、最終的な金銭的契約交渉になった。
現場に対しては、何回か美咲が説明を行うこともあったが、エリシオン社との契約に関しては、美咲は門外漢なので、早く導入される事を祈りつつ、期待を込めて待っていた。
その頃NSSの特殊戦術係介入班では、伊藤光也が自分のパソコンモニターを見ながら、上司である佐藤冴子に話しかけていた。
「ねえ冴ちゃん。ちょっと面倒なことになりそう」
「なあに?光也は面倒を見つけるのが仕事だから仕方ないけれど」
「こないだも報告したとおり、例の医学生が作ったAIが自分の実家の病院で導入された訳だけど、今度は応慶病院への導入が目の前まで来ているみたいだよ」
「あら……作った本人の夫がエリシオン社に入社して、AIもエリシオン社管轄になったから、ちゃんとブレーキがかかるようになって、もう問題ないんじゃなかったの?だから黒田病院だっけ?民間病院での導入も邪魔しなかった訳でしょ?」
「それがですねぇ……このAIの成長っぷりがもはや国家戦略資産と呼ぶべき能力に成長しちゃっているんだよね……民間に置いておくのは、国益として問題じゃないのかなぁ」
シベリアを食べながら、光也はモニターを凝視した。
その日の夕方、NSSの会議室の中で、タブレットを見ながらコーヒーを啜っている上村課長。
「で?どの程度なの?」上村はジロっと冴子を見た。
「光也が問題だっていうんだから問題なんでしょ。そうでなければ忙しいさなか、会議室で3人集まるなんてしないでしょ?」
「光也ならどうするんだよ?」
「僕ならこの足で官房長官のところに行きますよ。で、川滝厚生労働大臣を動かす。エリシオン社にこのAIを民間に出さずに厚労省に召し抱えるように圧力をかける。そんなところじゃないですか?」
「相変わらずお前らは、モノを簡単に言うよな。俺が動かなければ最悪どうなる?」
「応慶に入っている共産主義国人医師から共産主義国に情報が筒抜けて、共産主義国マネーが注入されている『表向き』日本の病院がこのAIの契約をする。リバースエンジ(システムの分解解析)かけてブレーキを外す。で生物兵器作って僕を作ったテロリストがうごめく国へ売る。内戦で生物兵器を使わせて、たくさんの人が死ぬ。共産主義国から出回った生物兵器っぽい事をリークする。先進国が表向きにしてしまえば共産主義国の、力による状況変更を認める事になるので、各国は表に出せず共産主義国の言うことをある程度聞く。近々尖閣諸島は共産主義国のものになる。共産主義国の戦艦が太平洋への道を得た後は――」
「ああもういいよ。めんどくせえなぁ」
「嫌ぁねぇ。課長。めんどくさくならないように、私たちが潰すんでしょ?でもこのAIを潰すにはもったいないから、国で有効利用しましょうねってだけじゃないの」
「冴子、川滝は官房役人の圧力で動かすには正義感溢れる堅物だぞ?」
「ああ、それは大丈夫よ。昨日の夜はどこにいましたぁ?って聞いて、それでも動かなければ8月21日の夜と、3月5日の夜と、1月3日の昼についての動画の流出を官房で必死に止めてるって。お互い様の精神で日本の安全を守っていきましょうねって言えば納得してくれるわよ」
上村は眉間にしわを寄せて首を横に倒した。




