第15話 第2章 起動 第7節 それぞれの過去が紡ぎ出すオリジナルな色や香り
目黒川沿いにあるオールドクロウは『一見さん』が入るにはちょっと難しい場所にある店構えだ。ガイドブックやネットにも情報は上がっていない。うちの会社の社員や同業者が、ネットに情報が上がるたびに数秒で消してしまったり、情報を変更してしまう。昼間だけ営業のお弁当販売やアダルトグッズ販売店に情報が変わっていた時には笑った。光也は自分ではないと言っていたけれど。
店主が独りでやっている静かなバーで、うちの会社のような業務を行っている人間にはとても便利なお店だ。店主の口の堅さは、彼の元職である「陸上自衛隊技術研究本部」の「暗号解読専門官」時代に培われたものであるらしい。持って生まれた素質もあるんだろうけれど。
「マスター、久しぶりね。元気?」
「冴子。一昨日も来ているじゃない。それに私はマスターじゃなくってママだからね」
「そんな筋肉質でゴマ塩頭の髭面イケメンが良く言うわよ。私の脳みそがバグっちゃうでしょ?」
「一人じゃないよね?」
「響子ちゃんが来るの。男とイチャついていたから呼び出しちゃった」
「冴子のゆがんだ人間性は、どうにもならないわね」
ママは私が注文せずとも、1杯目は[ブラックルシアン]というティアマリアというコーヒーリキュールとウォッカのカクテルを出してくる。
「いただきま〜す。このカクテルは、甘く見えるけれど、うしろから鋭い刃物で刺す感じが好き」
「冴子はホント、困った子だわ……その目つきで男はうしろから刺されて殺されちゃうのよね」
マスター、いや、ママは何度か首を横に振った。
[カラン]お店のドアが開くカウベルの音がした。
「あ、制限時間3分前ね。ギリギリだけどセーフ」
「ホント勝手な人ですね。人がせっかく楽しんでいたっていうのに」
「武闘派はエッチが好きよねぇ。誰でも食べちゃうんだから」
「誰でもなんて食べませんよ。失礼な」
「えぇ?じゃあ彼氏?」
「この仕事していて彼氏なんて作れるわけないでしょ?空挺団時代の友人ですよ」
「じゃあセフレ?」
「まぁ……」
「今は何人いるの?光也の話だと7人って事だったけれど」
「ちょっと、ああ、もう、私の人権なんってあったもんじゃない……7人とも妻子いないし、迷惑かけてないし……」
「部下の常時身辺調査は私の仕事だから仕方ないじゃない。私なんて生理が始まる年齢まで、SG6って名前で呼ばれて、全裸で過ごしていたんだから。響子ちゃんの方が少しはマシでしょ?」
「冴子さんをスケールにされたら何も言えなくなっちゃうし。で?呼び出しの理由は何ですか?」
「お楽しみのところ悪かったわね。定点で良いからね、気にしておいて欲しい大学生が2名。データは飛ばしてあるから」
「じゃあわざわざ呼び出すことなかったじゃないですか」
「ほら。私の可愛い響子ちゃんの顔を見たくなっちゃったから。たまにはゆっくり飲みたいじゃない?セフレの代わりに後でたっぷり可愛がってあげようか?」
「冴子さんのテクが尋常じゃないのは身をもって知っていますけど、私は男が好きなので。私にとってのセックスは、純粋に楽しみなんですよ。冴子さんの情報を引き出すための手段とは違って」
「あの頃の響子ちゃんは可愛かったのにねぇ。顔真っ赤にして、何度もイってくれたのにねぇ。最近すっかり反抗期かしら。純粋に楽しみって言葉と7人のセフレとのセックスという内容が乖離してる気もするけれど。まあ、とりあえず乾杯しましょ。それと7人のうち6人は良いけれど、川滝大臣はダメよ?」
「……大臣とは……1回かしかしてないし」
「また無駄な嘘ついて。大臣との密会は私に3回キャッチされているんだからね。そのうちマスコミにも捕まえられちゃうから。彼はダメよ」
「ああ、私の人権が……奥さん亡くなって現役既婚者じゃないし、お子さんも成人しているし。問題ないのでは?」
「響子ちゃんが目線入りでもゴシップ雑誌に載っちゃったら、私が困るのよ。私の大事な武闘派のスペシャルレアカードが1枚なくなっちゃうじゃない」
「ああ、私の自由が人権が……私は冴子さんと違って、ごく普通の日本人なのに……」
なんだかんだいって、その晩二人は朝まで飲んで、同じベッドで眠りについた。