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第1話 第1章 播種(はしゅ) 第1節 共鳴と補完は同族嫌悪と価値観の不一致と紙一重

 15歳の黒田美咲は、その圧倒的な頭脳と端麗なルックスが故に、とても攻撃的な性格で自信過剰であるという評価を受けていた。

 実際に集団としての正義より、美咲個人の価値観による正義を優先するため、相手が誰であろうと、状況がどうであろうと、自身の正義に反するときには、言葉を選ばずに彼女の正義を貫くことは幾度もあった。それが自身の孤立や面倒な状況を生むと理解していても、譲れないし譲るつもりもなかった。

 結果として学校での友人は少なく、気軽に会話を交わす相手は一ノ瀬 花楓(いちのせ かえで)という同級生くらいであった。ワガママという評価を受けていないのは、人と交わらない美咲たる所以(ゆえん)であろう。


 それでも彼女は嫌われている訳ではなかった。ただ「近寄りがたい存在」として扱われていた。美咲から話しかければ、老若男女問わず、誰でも嬉しそうに会話が始まる。美咲の頭の良さから、相手が誰であろうと、幅広い知識と幅広いボキャブラリーを駆使して、相手に合わせた会話を行う為、会話自体もみんな楽しんでいた。だが美咲は、人と話をしている時間があるならば、自分の成長の為に本を読んだり、何かを作っていたいと考え実行する性質を持っている。


 美咲の母は、祖母が開院した神奈川県の海沿いの町、片瀬の境川沿いの診療所を引き継ぎ、病床数120床の総合病院へと拡大させた。美咲はその家で生まれ育ち、いずれ自分が医師として病院を継ぐことを自然な運命と感じていた。幼い頃から、自分が将来「医師」になることに何の違和感も持たなかった。


 美咲が通っていたエスカレーター式を採用した私立学校法人は、高校では男子校と女子高で男女が別れるシステムを取っていた。女子高校生となった美咲は、今までより他の女生徒からの「やっかみ」が少なくなったと感じていた。その理由は、女子高において、同窓の男子から告白されることが無くなったからだ。美咲にその気はなくとも、学校の内外問わず、多くの男性から告白をされる為、その男性が誰かの意中の相手だとすると、結果として美咲がその誰かを傷つけた形になる。その要素が無くなったからだと認識していた。


 様々な理由が複合的に絡み合い、同級生と交じり合うことをしていなかった美咲は、独りで過ごすことが多かった。

 美咲が「ギガ」という、今まで聞いたこともなかった単位を耳にするようになった頃、今後必須になるであろうと予測していた「プログラミング」つまりパソコンやスマホに作業のお願いをする「コード」という呪文について独学で勉強を始めた。

 そもそも自分の生き方も判断も、実に理論的に考える美咲にとって、この「コード」との相性は実に良いものだと感じていた。AはAであってA以外の何物でもない世界。なぜか人間の世界は、美味しくないものを美味しくないと表現することが許されず、「大変価値ある味」とか「哲学を語りだすような味」とか、よくわからない評価を表明せねばならないシーンがあることを、美咲はかなりのストレスに感じていた。だから美咲は独学であっても、コードの勉強はとても楽しく有意義に感じていたし、理解進捗がとても速かった。


 美咲は子供のころから家族の勧めで、合気道と競泳をやっていた。一度始めたことは、安易にやめるのを是としない家風だった。高校時代においては、狭き門である医学部へ進学するために、限られた時間の中で、勉強の質と量を増やす必要があった。

 そこで高校生の美咲は、限られた時間的リソースを有効に使うため、Pythonパイソンというプログラミング言語を使い、自分の勉強スケジュールと学力確認のためのテストを自動作成する簡易AIを作成して使用していた。

 

 美咲が多くのプログラミング言語の中からPythonを選んだ理由は、コードのつくりがシンプルでわかりやすいからだ。複雑なことを複雑な命令をもって超高速で実行するには劣るが、シンプルなことをシンプルな命令で、それなりの時間で実行するには向いている言語だった。

 さらにPythonには「ライブラリ」という、誰かが作った再利用可能な小さな命令の「塊」が豊富に存在した。例えば郵便物をポストに取りに行く行動を、一つ一つ文字にするのは意外なほどに大変だ。

 普通に生きていれば気が付かないが、玄関の外に出る為には、自分が「全裸ではないこと」を確認するところから始める必要がある。しかし「外出準備」ライブラリを使えば「全裸」の概念から教えなくても済むし、「蓋を開ける」ライブラリや「宛名を確認する」ライブラリを組み合わせていくことで、比較的簡単に郵便物の確認を実行できるようになる。これが独学でコードを学んでいく美咲が、Pythonを選んだ決定的な理由だった。


 元々学業の成績が良かった美咲は、自作AIの助力もあり、首席で大学の医学部に進学した。

 応慶大学医学部の生徒となった18歳の美咲は、自分が作ったスケジュール管理と簡易テストを作成するAIが、インターネット上の膨大な医学情報を吸収し、関連性を見つけ出すことで、彼女に適した医学に関する勉強プランを提示できるようにしたいと考えた。

 つまりPythonの特徴であった、シンプルなことをシンプルな命令でやらせるということから、もう一歩進んだ複雑なことをやらせたくなった。

 その方法として「ディープラーニング」という、AIが勝手にインターネット上の情報を元に学んでいくシステムを盛り込んで、より深い医学知識をまとめて、それをテスト化して美咲に提示するシステムへのバージョンアップを計画していた。


 医学部ではなかったが、同じエスカレーター式の大学に進んだ、たった一人の友人といえる花楓と、大学キャンパス内の喫茶店でコーヒーを飲みながら美咲は言った。

「私が使っている自作AIをもう少し賢くしたいんだけど、そろそろ独学では限界が見えてきててね。どうしたものかって思っているの」

「きゃはは。美咲は友達が少ないからね。AIのことを超アナログ人間の私に相談しちゃっている時点で破滅的よ?」

 花楓は少し考えてから、スマホを取り出し誰かにメッセージを送った。


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