ありきたりな日常を抱きしめて生きよう。
ふと目を覚ます。
目の前にアンリが寝ていた。
「……?」
起き上がってみると、自分の家だった。
リツキは仕事に行っているのか、姿が見えない。
「ん……起きた?」
アンリが目を覚ましてこちらを見る。
「シャーリーは?」
「ジュディと一緒に寝たまま家に帰した。瞬間移動でちゃんと送り届けたよ」
「良かった。ありがとう」
「あそこまでどうやって治したの? そんなに神聖力残ってなかったのに」
「そうなんだ。必死にやってたら治ってたから分からない」
「ドロテアも驚いてたよ」
「そんなに? じゃあ、普通じゃないことなんだ」
でも、どうやったのか分からない。
火事場の馬鹿力みたいなものかな。
「もう少し寝な。あいつもさっきギリギリまでミユ抱きしめて寝てたし、僕もミユ抱きしめて寝る」
アンリに手を引かれて、胸の中に倒れる。
こうしていると、昨夜のことが夢みたいだ。
「本当にありがとうね」
「死ぬときは一緒だしね」
「物騒っ」
そこまで覚悟してるとは思わなかった。
死んだらそれはその時と思う私とは大違いだ。
「四人倒しに行くとき、僕もあの時キスしたかったけど、あいつともするのが嫌でできなかった」
「……嫉妬する?」
「するに決まってるだろ。本当にミユは鈍い。鈍すぎて腹が立つ」
アンリが少し不機嫌になったので、慌ててギュッと抱きしめた。
「騙されない……」
「今度、丸一日イチャイチャする日作ろうね。目をハートにできるように頑張る」
「ハート型って? どっちにしても目の形が変わるの気持ち悪いから要らないよ」
アンリの言葉にアハハと笑う。
漫画で目の中にハートが浮かぶ表現を知らない人から見たら、そうなるんだ。
それにしてもハートマークも星マークもない世界なんて、流行らせようとしたら流行りそう。
「なに。もう寝な。イチャイチャな日は絶対作ろ。あいつはいらない」
「うん。アンリ、おやすみ」
相手の心臓の音を聞きながら目を閉じる。
疲れていたせいか、驚くほど簡単に眠りに落ちた。
「ミュー。お昼だよ」
顔に何かがすりつけられる。
「……?」
起きると、リツキの顔がめちゃくちゃ近くにあった。
いつの間にか抱きつかれていたし、めちゃくちゃリツキは汗をかいていた。
「きもい~」
「ミューがいつも使わない言葉を!」
「だって汗まみれになった」
起き抜けに汗で頬ずりをされた私の気持ちを理解してほしい。
汗でベタベタになったし、浄化をかけよう。
どのくらい神聖力が戻ってるかわからないけど、自分とリツキに浄化をかける。
湿っていたが、ベタベタとした感覚はなくなったので成功したらしい。
「起きなかったら死んでるかもしれないと思って帰ってきたのに酷くない?」
「なんでそんなに汗だくだったの?」
「訓練してから、お昼抜いて馬で帰ってきたから!」
「お昼食べなよ」
「だって朝全然起きなかったから、起きないかもと思って」
そんなに心配してたなら、汗くらいで嫌がるのはやめとこうと思う。
なんか、本当に私は、二人に比べて愛情が薄くないかなとちょっと不安になる。
私が二人なら、一人だけにしてくれないのに愛情が薄い奴なんてどうかと思う。
今度デートするなりして、差を埋めないとだめだ。
「リツキも助けてくれてありがとね」
「ミューがあんな目にあったらこの世界を壊すところだったよ」
「物騒!!!」
「物騒じゃないよ。リセットしてまた新しい世界でやり直そうね」
目が真っ黒になったので、あ、本心なんだと思う。
「そんな人生は上手くいかないから、そうならないように頑張ろうね」
「うん……」
湿った体で抱きついたままゆらゆら揺れている。
しょうがないなと背中を撫でた。
(そういえば、シャーリーの所に行かなきゃ)
思い出すと心が鉛のように重くなるけど、頑張ろうと自分を奮い立たせる。
コップを持ったアンリが階段の方角から歩いてくる。
「あっ、ミユに水飲ませようと思って下に行ってたら」
アンリは湿っている私にコップを渡しながら浄化をかけた。
二回の浄化で、身体がわりときれいになった気がする。
「本当にコイツ自制心がないな。ミユは着替えてきて。そろそろ行くから」
「うん。ありがとう……ここ私の部屋だから、二人とも出ていって」
「ミューの着替え……」
「リツキも帰ってきてくれてありがとね」
一応お礼を言うと、リツキもアンリと共に外にしぶしぶ出ていった。
昨日の格好と同じ服を着ていたら、シャーリーも落ち着かないだろうからこれで良かったのかもしれない。
(二人がいなかったら、今の私、たぶん生きてないな)
もうやるべきことはやってしまったから、あとは現実を受け入れるしかないけど、少しでも忘れさせてくれる人の存在がありがたかった。
着替えてから、アンリの家に向かう。
お屋敷につくと、モーリスの姿はなかった。
フォーウッドと連絡が取れなくなったと大騒ぎになって神殿に行っているらしかった。
私もまだ心の整理ができていなかったので、少しモーリスには会いにくいので助かった。
今日はジュディがお休みなので、様子を見に家まで行く。
家のベルを鳴らすと、ジュディが出てきた。
「聖女様!」
「お休みなのにごめんね。来ちゃった」
「ぜんぜん! 聖女様とは友達だし! どうぞ入ってください!」
妙に明るいジュディに案内されて家に入る。
「聖女様! どうして来たんですか?!」
テーブルの上のお菓子を普通に食べていたシャーリーが驚いてこちらを見る。
あまりに普通な様子に、固まってしまった。
「シャーリーが聖女に騙されて毒を飲まされて倒れたから、心配でお見舞いに来たんでしょ」
ジュディが呆れた顔をしながら、こちらにウィンクをする。
毒? なんの話だろう。
「そうなの? わたし大丈夫ですよ。二日くらい寝てたみたいだけど、このとおりピンピン!」
「そうなんですよ。聖女様。ビックリするほど元気なんです。ささ、椅子に座ってください」
明るく言うシャーリーは嘘とか気遣いとかではなく、本当に何も陰りがない明るい顔をしていた。
ジュディにうながされて、椅子に座る。
(もしかして、事件の記憶がないの?)
それが勘違いではなく本当であれば、私がやった記憶操作が成功したということだろうか。
シャーリーは私の顔を見ながら、少し赤い顔をする。
「聖女様とキスする夢見たばっかりだから、ちょっと恥ずかしいな」
「え?」
「目を覚ましたら、聖女様がキスしてくれて、かっこよくお休みって言って寝かしつけてくれる夢を見たんです」
あ~……朝のあれ、おでこをつけたらキスに近い位置だもんね。そうなるか。
「アンタ。そういう夢を本人に言うのやめなさいよ。しかも起きたとたんに寝かされるって意味わかんないでしょ」
「夢の話に意味とかあるわけないじゃん」
騒ぐ二人を見ながら、アハハと笑う。
泣いたら意味が分からないから、笑ってごまかした。
「……本当に、良かった」
笑ってごまかしたはずなのに、涙が零れる。
二人が驚いている顔をして、こちらを見た。
「あ、ちがう、あの。私が聖女宮を紹介したせいとか」
硬いテーブルに、ボトボトと涙が落ちる。
「いろいろ、どうしようとか、思ってたから」
シャーリーが立ち上がって、こちらに駆け寄ると抱きついてきた。
血の匂いではなく、いつものシャーリーの香りがして、それがまた涙腺を刺激する。
「起きたんですから大丈夫ですよ。きっと聖女さんにも事情があったんじゃないですかねっ」
(ああ、本当に何も知らない言葉だ)
私のせいで、一生シャーリーが苦しむことがなくて、本当に良かった。
モーリスのことも、あの嵌めた聖女も、その聖女の指を潰したことも、復讐したことも、全部受け入れられる。
だけど、シャーリーのことだけが心残りで、受け入れられないし、自分のせいだと思っていた。
自分の人生の汚点として一生私も抱えて生きていかなければならないという事実が辛かった。
(やっと、生きてもいいって思える)
ジュディが、キッチンでお湯を沸かすために後ろを向く。
その背中が、少しだけ震えている気がした。
忘れたからといって、身体が元に戻ったからといって、罪が消えるとも思わないけど。
犯した罪は、背負わなければいけないけど。
今、涙を流すのが本人じゃなくて良かったと心から思った。
元気な姿をアンリにも見せようと、三人でお屋敷までの道を歩く。
季節は変わったはずなのに、空は初めてジュディの家に行った時と同じように晴れていた。
二人が明るく話している姿は、当たり前のように見えるけど、当たり前じゃない。
願っていた幸せの光景が、日常の中にある。
(幸せの尺度は分からないけど、どうか二人も幸せだと思ってくれますように)
来るときには短かった影が伸びていることに、時間の経過を感じる。
過ぎていく日々を愛しいと思えるように生きたいと願った。
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
いつも読んでくださったりブクマなどしてくださったりありがとうございます
完結まで頑張りますので、一緒に楽しんでいけたら嬉しいです。




