アーロンの治療と、姉弟という関係
次の日。
この国のインフラを向上させたアーロンの住所を手に入れたので、会いに行く。
お供は、ドロテアとリツキだ。
アーロンの家は、郊外にあるので瞬間移動で家の前まで飛んできた。
「本当にここ? 人が住んでいるかも疑問だし、衛生管理を整えた人の家に見えないんだけど」
目の前にある家はホラーゲームに出てくる家のようなボロボロの家だった。
お屋敷ともいえない程度の大きさの家は庭も手入れされておらず、木も鬱蒼としている。
「ここのはずだけど。でもお手伝いさんがいないから、門前払いはなさそうだよ!」
それに、家がこんな状態なら、国と繋がってるとは思えない。
怪しさ満点の人間と仕事をしたい人間なんていないだろうから、危なくなさそうだ。
良かったと思いつつ呼び鈴を鳴らす。
室内で物音がしたが、出てくる様子がなかった。
もう一度呼び鈴を鳴らす。
しばらくして、しぶしぶという様子で玄関の向こうから音がした。
「どなたですか?」
玄関扉の向こうから声がする。
扉ガラスの向こうから、男性がこちらを見ているように感じた。
「あの、水道とかゴミとかの環境を整備された方のお宅がここだと聞いて、新しいお仕事をお願いしたいと思って来たのですが」
「本当ですか? でも。今父は具合が良くなくて」
素直に用件を言うと、あちらの声は少しだけ明るくなって、それから声のトーンが下がった。
具合が悪い? なら聖女の力で治せそうだけど……。
でも危ないかな。どうなんだろう。
「症状はどんな感じですか? もしかしたらお力になれるかもしれません」
「いや、結構です。他の方に頼られた方がいいですよ」
簡単に断られてしまった。
「帰りましょうよ。ミユキ。やる気のない奴に頼んでもいい仕事はできないわよ」
ドロテアに言われて、仕方ないかなと思う。何度か来ないとだめそうだ。
「もしかして、ミユキって……この前、神殿の廊下にいませんでした?」
「え」
扉の向こうの声に、ぼんやりとしていると鍵を開ける音がした。
リツキが私の前に手を出して守ろうとする。
「うん名前も年齢も同じだ」
扉が開く。
ドアの向こうから、紺色のボサボサ髪で眼鏡の神官が現れた。
「ボクです! 集団で殴られていたところを助けられた!」
「あ……いじめられていた人」
反射的に頭をぺこりと下げる。
アンリの付き添いに行った時に助けた人か。
「ぜひお入りください。お礼が言いたかったんです」
神官の言葉に、ドロテアとリツキがぴたりと私の後ろにつく。
にこやかに家に通された。
「すみません。汚くて。仕事と勉強が忙しいのと、父は今、起き上がれないもので」
家は廊下は広いのに、両端にモノが置いてあったり、汚れている。
たぶん部屋の中も汚いんだろうなということを察してしまった。
「部屋の前で待っていて下さい」
そういうと、室内に入っていく。
どう考えても国の悪事には加担していなさそうなので、ホッとしていた。
「どうぞ」
呼ばれて室内に入ると、中にはとても太った男性がベッドに横になっていた。
体重が200kgくらいあるように見える男性は、どこまでが脂肪かどこまでが身体かわからない。
「初めまして。ミユキと申します。突然すみません」
驚きながらも挨拶をすると、男性はにこやかに挨拶をしてくれた。
「いらっしゃい。姓がないということは異世界から来たのかね。同じ世界から来たとしたのなら、君はアジア人か」
「はい。日本人です。こっちの子は弟のリツキで、同じ出身です」
リツキを紹介すると、リツキはペコリと頭を下げた。
「ああ。懐かしい。私が来たのは、もう20年以上も前のことだがね。それで、どうしてこんな所へ? 私に聞いても、何も得るものはない」
太った体で動こうとするが、肉に阻まれて動けないのか男性はすぐに動くのを諦める。
ドロテアが、サッと動いて男性の枕元に膝を落とす。
「これから、内緒の話をいたしますので、ここにサインをいただけますか?」
空中から紙とペンを出して、寝ている男性と神官に手渡す。
二人は何か書かれている紙を読んでから、サラサラっとサインをしてドロテアに渡した。
「契約が成立しました。お話します」
「わたくしが結婚する魔族領の衛生管理の基礎を作っていただきたいんです」
「衛生管理……ああ、水道とかゴミ問題かね。資金が必要そうだが、その点は?」
「問題ありませんわ。委任状も預かってきたのですが、健康面に不安があると聞きましたけれど」
「この身体では、どこにもいけないからね。一度倒れてからは、技術を覚えた貴族は消えて近寄らなくなった」
「身体が治れば、魔族領でお仕事してくれますか?」
「それはもちろん。身体が治ってなくても、もう資金もないから引き受けたいくらいだよ」
「では、治しましょう。痛くはないですけど、ここまで太ってしまうと取るしかないですね」
「取ると言うと」
「伸びきった皮膚と脂肪を切って取ります。麻痺とくっつけて治すこともやりますから大丈夫ですよ」
ドロテアはにこやかに言った。
一級聖女になると、外科手術もできるようになるらしい。
「ミユキ。これだけ凄いと大手術になるから、アンタの神聖力よこしなさい……って今日は少ないわね。手術してる間に補充してきなさいよ」
「補充」
「わかるわよね。リツキと一緒に取りに行ってきなさい」
意味は分かるけど、あんまり分かりたくない。
リツキは、嬉しそうな顔をした後にキリリとした顔になった。
ボサボサ髪の神官は真面目な顔で私たちのことを見ていた。
「わかりました! 1時間もあれば」
「長いわね。ギリギリ神聖力をわたくしに渡してから行って。足りなくなるから」
ドロテアにタンクからもギリギリまで神聖力を出して渡してから、瞬間移動で家に戻る。
リツキは満面の笑みだった。
「うわっ、笑顔すぎて怖い」
「お昼からできるの背徳的で嬉しい~」
「どうしよう、ベッド行こうか」
「いかなくてもできるできる」
「え、でも……」
「まかせて。たまには半脱げもいいよね」
笑いながら私を持ち上げると、キッチンのテーブルに乗せられてしまった。
「ご飯食べるとこにお尻のせるのはダメなんじゃないかなっ」
「これからミューを食べるんだから、別にいいだろ」
プチプチとシャツを開けられて、ブラのホックが外される。
変態……と思いながら自分とリツキに浄化をかけていると、キスをされた。
昼だから、自分も相手もよく見えてしまって、恥ずかしくて仕方ない。
夜だったら陰で隠されている部分もよく見えてしまう。
「弟って紹介されるの、嫌なんだけどな」
いろんなところを探られている時に、耳元でリツキが囁く。
その言葉に、なぜかドキリとした。
「ミューは、弟の俺とスルから興奮するの?」
「そんなわけ……」
薄目を開けた先に見えた顔が、少しだけいつもと違って見えてゾクリとする。
たぶん弟じゃない方が、と言いかけた言葉をそんな現実はないという意識で塗りつぶす。
血の繋がりがないからと切り捨ててしまえるのなら、私が大切に守ってきた想いが変質してしまう。
でも、それなら、今しているこの関係は?
絶望するように湧いた疑問が相手からの刺激で考えられなくなる。
もうとっくに変質してしまった気持ちが、余計に気持ちよくさせてるんだと思ってしまう。
背徳的な気持ちは、1時間の間に神聖力を恥ずかしいほど引き上げてしまった。
だるい身体を起こして、浄化をかけると、二人とも身支度を整える。
浄化をかけたって頭がふわふわしていたし、二人でしてたのがばれてしまう気がして怖かった。
「ミュー、顔がエロすぎる。水のみな」
コップを渡されて水を飲む。
リツキはいつもと変わらないので、そんな?と思ってしまった。
「汗で髪がはりついてるし、顔は赤くて目は潤んでるし、どうやったってエロい。どうしたらいいんだあの神官が見たら股間がおかしくなる」
リツキは神聖力で風を送り、私の髪を乾かしている。
走って取りに行ったっていえばごまかせるんじゃないかな。
もう1時間は経ってしまっているので、手術をしているドロテアを思えばこれ以上遅れられない。
勇気を出して、ドロテアの元に瞬間移動した。
移動した先は血の海だった。
部屋やベッドに飛び散らないように膜がはってあるが、ぬるぬるとした白や黄色が混じった赤色が床にボトボトと落ちている。
ドロテアはその中で必死に腕を動かしていた。
「ドロテア、神聖力」
背中に手をあてて神聖力を流す。
目の前にいるアーロンさんは、ドロテアの手によって100kgに見えるくらいまでは余分な脂肪が無くなっていた。
「ちょうど良かった、ありがとう……なんかエロいわね」
「嬉しくないけど、アーロンさん凄い痩せたね」
「全体的に切って繋げたから完全に治るまで神聖力で治してる。弟君は落ちてる脂肪とか片づけて。どこ触っても油でぬるぬるするのよ」
「わかりました。あの神官は?」
「吐きそうになって出ていったわ。たぶん部屋の外にいるでしょう」
「それならエロいミューを見られなくていいね」
リツキは部屋のグロさは気にせず出ていってしまった。
「ミユキも気持ち悪くなったりはしないのね」
「うん。アンリも、なんか化物みたいのぐちゃぐちゃにしてたことあったけど大丈夫だったし。料理してるせいかも」
「それ多分、化物じゃないけどね」
そう言いながら、神聖力を渡し終えて、二人でアーロンさんを回復させていく。
手術が終わるころには夕方になっていた。
身体を浄化して、リツキがアーロンさんを運ぶのを神聖力で補助してドロテアがベッドを片付ける。
膜を片付けて庭に捨てたら、何事もないような部屋に戻った。
「今日はここまで。これは回復専用のポーションです。起きたら飲ませてください」
「ありがとうございます」
「明日、また来ますから」
もじゃもじゃ髪の神官と話をして、家を後にする。
「あ、料理! 習いに行くの忘れた!」
「さっき顔がいい神官に伝えておいたわよ。めちゃくちゃ機嫌が悪かったけど」
「機嫌が」
「このレベルの治療だと、神聖力足りないって分かるからね」
一級レベルの聖女や神官は、遠隔で人に伝えることができるらしいけど、どうやるんだろう。
そんなことより、余計な情報を漏らさないでほしいと思いつつ、家に帰った。
その日は強制的にアンリの家に連れていかれたけど、嫉妬深すぎた。
体力が尽きても神聖力で回復させられて、制限がないと身体がもたないと初めて思う。
だけど昼間のリツキとの時に考えてしまったことが、頭から離れなかったので丁度良かった。
リツキは弟という肩書を捨てたがっているのに、私は大切にしてきた関係のまま繋ぎとめようとしている。
自分の視界に入った互いの身体が、自分の過去の綺麗な記憶を塗り潰す時のあの感情を、言葉にできる術がない。
(この行為は、欲なのか、なんなのか)
唯一無二だった関係性が、ただの女に堕ちた感覚と、それを喜んでいる自分もいるという気持ちが二つある。
それなのに差し出した結果、どれも大切な想いが変質してしまって、結果的に全てを失う気がして怖かった。




