手作りのブラとオーダーメイド
次の日、リツキに送ってもらって、アンリの家に行った。
あれからリツキとは、ちょっとだけ気まずいが、いつもどおりすごしていた。
リツキが軽く抱きついてくるのも健在で、私も神聖力のために強く否定もしないという日々。
よくないなとは思うけど、じゃあどうすればと思うと何も行動できなかった。
できることはといえばブラジャー作りくらい。
見た目はよくないけど、やっと一枚作り終えた。
朝、勉強の時間にアンリの家に着く。
部屋に通されると、部屋の中にアンリがいた。
「おはよう~先生とかって、今から?」
「先生はいない。わたしが教える。本当は一級だから教えるのは問題ない」
「えっ、そうなの? でも悪くない?」
「神聖力を使うのは、基礎が大事。だから問題ない」
釣り目がちな目をニコッと細めてアンリが笑う。
とてもかわいいので、お言葉に甘えてしまった。
午前中は、アンリと一緒に神聖力を使う練習をした。
身体の中に過剰な神聖力を貯めておける訓練と、神聖力回復ポーション作りの練習はとても役に立った。
休み時間は、ずっと二枚目のブラジャーを作っていた。
一枚目は元のブラから型紙を起こして作ったのだが、二枚目は一枚目より少しマシな気がしている。
「ミユ。ソレなに?」
「ブラ。これと同じのものを作ってるの。あると便利なんだけど、うまく作れなくて」
カバンをあけて、元の世界で買ったブラを見せる。
アンリは興味深くブラを見た。
「何につかうもの?」
え、と思う。
よく見たら、アンリは胸部がストーンとしている。
今までそういうものに縁がなく生きてきてしまったのかもしれない。
(見せた方が早いか)
私は上着をペラリとめくって、ブラを見せた。
アンリの目が見開く。
「こうやって使うもの。胸がなくてもね、女性は使ったほうがいいよ。垂れるから」
服を元に戻しながら言う。
アンリは目をそらしていた。顔も珍しく赤い。
別に見せてもいい気がしてたけど、この世界だと非常識だったのかもしれない。
「つけてるの、自分で作った?」
「うん。この世界にないから」
「あまりに酷い。ゴミみたいだ。オーダーメイドで人に頼んだほうがいい」
「ゴミはひどくない?! それにオーダーメイドするお金ないよ」
「わたしが頼んであげる。そんなゴミみたいなのつけてるの可哀想だ」
「そこまで?! でもいいよ。悪いし」
「ミユは来てから日が浅いからプレゼント。これからポーションとか売って稼いだらいい」
「あ、ありがとう」
「店に行く」
アンリはそう言うと、私の手を掴む。
音もなく、世界が反転して目の前が真っ暗になった。
気が付くと、どこかの店の前にいた。
洋装店の前だとは思うが、このまえ服を買った店とは明らかに格が違っていた。
アンリが手をつないだまま自動ドアのように扉を開けて中に入っていく。
(聖女一級だと、こんなこともできるのか)
感心しながら店内を眺める。服がたくさん飾ってあるが、どれも豪華で美しかった。
「あら、アンリ様。いらっしゃいませ」
品が良い女性が奥から出てくる。
「これと同じものを、10枚ほど作ってほしい」
アンリは手に持ったブラジャーを女性に渡す。
「これは……コルセットの上部分……にも見えますが」
「使い方は、奥に行って本人に見せてもらってほしい」
「このお嬢様の私物ですね。かしこまりました。では、お連れ様はこちらの方に」
「あの、お手数かけます」
恐縮しながら、案内されるまま私だけ奥に通される。
奥にいくまでに、素晴らしい服の数々が目に入って、自信がなくなっていた。
ゴミと言われた下着を人に見せるのは、あまりに恥ずかしすぎる。
「これは、どういう形で使われるものですか?」
質問されて、観念して上着を脱ぐ。
「あら、あらまぁ」
女性はそう言いながら、私の手作りブラを見る。
「なるほど。こちらに変えていただいても?」
「わかりました」
着替える。
ああ、既製品はなんてしっかりしてる! 私が作ったのは確かにゴミっぽい。
「なるほど、ここが伸縮して、肩に合わせられるんですね」
「コルセットで締め上げたほうが見た目が良くなって殿方は喜びますが」
「見た目じゃなくて、胸の揺れが抑えるだけでいいので。機能性重視です!」
「かしこまりました」
女性は、いろいろなところを測ったり伸びることを確認しながら、メモをしていく。
「この国にはない素材を使われているので、まったく同じものはできませんが、お作りできます」
「ありがとうございます。私の裁縫の腕があまりに悪くて、ゴミみたいなので」
「最初はみんな、そんなものですよ」
女性はどう考えても嘘のようなフォローをしてくれた。
私があまりに卑屈なせいで申し訳ない。
「この胸当て、お借りできませんか? コルセットで良ければお貸ししますから」
貸してちゃんとしたものを作ってもらったほうがいいよね
「はい。よろしくお願いします。いつ頃完成しますか?」
「明日には一枚完成するので、そこから合わせてですね……」
「明日ですか。早いですね!」
「アンリ様のお願いであれば、特急ですので」
流石、お嬢様。お金持ちはお店の人も扱いが違うんだ。
庶民なので驚いてしまう。
「では、出来上がり次第、お屋敷に持っていきます」
「ありがとうございます。早めの時間なら私もいると思いますので」
既製品のブラを店員さんに渡すと、コルセットを貰ったのでつけて帰る。
ゴミみたいなブラより、コルセットの方が荷物になるからだったが、背筋が伸びる気分だった。
「背筋が伸びてる」
奥の部屋から出てきた私にアンリは言った。
「ちゃんと作ってもらうために持ってきたの貸したら、コルセット借してくれた」
「ミユはコルセットいらなそうだけど、背筋が伸びるんだね」
そういうと、アンリは私の手をとる。
視界がぐるりと反転して、目の前が暗くなる。
あっという間にアンリの家に戻ってきていた。
「お金払わなくてもいいの?」
「あとで請求がくるから」
なるほど。オーダーメイドってそういうシステムなんだ。
もっと欲しいけど、値段も分からなそうだ。
「そうなんだ。ありがとね。明日、一応仮でできるって言ってた」
「じゃあ、明日は休まずにきて」
「うん。じゃあ午後の勉強しようか」
二人で午後の勉強をする。
気分転換ができたからか、リツキが迎えにくるまで真面目に勉強することができた。
リツキに馬に乗せられて家に帰る。
「ここまで送り迎えしてもらうのも悪いし、馬のるの覚えたいな」
「馬は危ないでしょ。強盗が襲ってくるかもしれないし」
「でも瞬間移動はけっこう距離あるから神聖力使いそう」
「別にそのぶんイチャイチャしたらいいよ」
「良くない考え方だと思うな~」
「でも神聖力があったほうが便利だよ」
それはそうだし、この世界に来た時は頼るまいと思っていた神聖力に頼っている自分がいる。
でも、その力を欲するほど、正しい関係性からはズレていく。
だけど、恋人を作るとしても、まずはリツキと完全に距離を置かないと傷つけてしまうだろう。
(こんなにべったりの状態で、異性と関わるのも難しいし、どうしたらいいんだろう)
分かんなくなってきた。話を変えよう。
「なんか、アンリちゃんがオーダーメイドで私のブラ作ってくれることになった」
「どういう人生送るとそんなことになんの?」
とりあえず今日のニュースと思って話すと、リツキは嫌そうな声を出した。
話題を間違えたらしい。
「ブラを知らなかったから、つけてるとこ見せたら作ってくれることになったんだ」
「見せたって! 直接?! まだ俺だって見てないのに!」
「女同士は別に銭湯も着替えも同じだから、異性とは違うでしょ」
ああ、本当に話題を間違えた。
私は馬に揺られながら、ため息をついた。