抑えきれない想いは、他人の前で暴発する。
アンリの提案に、二人で固まる。
「はぁ?! ダメダメ!」
リツキだけが正気に戻って、握手をしている手を引きはがすと、間に入ってきた。
「ちょっと状況が掴めないけど、彼は」
「彼はミユの過保護な弟。事実確認をするためには、お兄さまの手助けが必要」
ああ、異性との接触があると神聖力が上がるって話の確認……。
アンリのお兄さんは女性から嫌われそうもない見た目だからってことかな。
「弟ですけど、義理です。さっき握手したからいいじゃないですか」
リツキが義理を強調しながら話す。
なんか、これだと私と弟が妙な関係みたいだ。
「聖女宮では、今、高い位の聖女が殺されてる。弟は嫉妬で姉の命を脅かしてはいけない」
「それとミユ。お兄さまは偉い。聖女が手を出せないから、このことを話したほうがいいと思う」
こちらに歩いてきたアンリは、私たちを諭すように話す。
そうはいっても、偉い人に話すと拘束される気がして怖い。
「嫌ですよ。人に話すと私の自由がなくなりそうだし」
「話が全然見えませんね」
私たちが揉めているのを見て、モーリスは困ったような顔をしていた。
が、急に私の頭上を見て、目を見開く。
「あれ、ミユキさんは一級聖女ですか? でも一級は」
鑑定されている!!
「私は四級です」
「でも神聖力が……あ、もしかして、昨日窓口の玉を壊しませんでしたか?」
「どうしてそれを」
「私は神職なので、神殿と聖女宮で起きたことは把握しています」
あ、偉い人っていうのは本当なんだ。
それにしても、名前とか神聖力が他人からすぐに知られてしまうというのは困る。
これじゃあ、安心して暮らすことができなさそう。
言った方がいいのかな。
「さて、隠しても鑑定で知られますし、どういうことか教えてくれませんか?」
「ミユキさんが内緒にしたいなら、できるかぎり私の権限でそう手配しましょう」
モーリスが穏やかな口調で促してくれる。
確かに、力がある人に内緒にできないのなら、力がある人を味方につけたほうがいいよね。
「わかりました」
諦めて簡単にアンリにしたものと同じ説明をする。
恋愛で神聖力がアップするという謎な説明だけど、現実がそうなんだから仕方ない。
モーリスは否定もせず、ただ面白そうに説明を聞いていた。
「お兄さまの握手では、ミユの神聖力は変わらなかった」
「そうですか……じゃあ、抱きしめてみますか」
「ご迷惑かけます」
リツキの後ろから抜けて、モーリスの方に歩いていく。
相手だって、別に抱きつきたいわけでもないのに不幸だ。
「本当にやる必要ある?!」
「リツキはうるさいなぁ」
ため息をつきながら、モーリスと向き合う。
「では」
ギュ、と抱きつかれる。
ちょっと恥ずかしいけど、これも自分の未来のためだ。
「だめですね。数値上がりません」
「確かに」
アンリとモーリスは私の頭上を見ながら言った。
パッと腕が離れた瞬間、リツキが私を抱き寄せる。
「恋愛が神聖力を上げるって言われてるなら、少なくともどっちかが好きじゃないとダメだろ!」
怒っていた。
そんな怒ることある?
「落ちついてよ。なんでそんな怒ってんの?」
「なんでッ」
真っ赤な顔をして、リツキはこちらを見つめる。
目が合ったと思った瞬間、顔が近づいてきた。
「え」
口を塞がれた。
(いったい何が……)
「うぅ」
我に返って、肩を叩く。
口が解放されて見た顔は、泣きそうな顔だった。
「なんで、ミューは俺の気持ちを信じてくれないんだよ」
どうしたらいいのか分からなくて、固まる。
身体を掴んでいた腕が離れた。
リツキはくるりと踵をかえすと、何も言わずに部屋から出ていってしまった。
(ええと……)
これは、色々な発言は冗談だと思っていたけど、違っていた……?
「大丈夫?」
話しかけてきたアンリの顔を見て、脱力して座る。
「もしかしてだけど、リツキって私のことを女として見てる?」
「言動と神聖力が凄まじいことになってることを考えると、たぶん」
「凄いことになってるの?」
「145000くらい。でもミユは本当に好きって感じじゃなさそうだし、片方だけでも伸びるらしい」
凄いな。元の神聖力と比べると雲泥の差。
でも、今は好感度が可視化されたように思えて、暑くなってしまう。
「……恥ずかしい」
でも、どうしたらいいんだろう?
弟を異性として見ていたことはないし、ベタベタされるのに慣れてしまって、ちょうどいい距離感みたいなのも分からない。
でも、突き放して弟と縁が切れるのも、辛そうな顔をさせるのも嫌だ。
「しかし、片方でこうなら、両想いだったり恋人になったらどうなるんだろう」
モーリスが冷静そうな顔で言う。
そうだ。神聖力の問題もあったんだった。
でも、色恋でどうこうなって嫌になって別れたら、修復はもう難しい気がする。
「この世界に一人の家族なのに、変な関係になりたくないです」
「受け入れてあげないのか?」
「質問したいんですけど。アンリちゃんがモーリスさんを好きだと言って、受け入れられますか?」
「それは……難しいな」
「リツキは義理の弟ですけど、同じです」
だけど、元の世界からあんな感じだったから、ずっと流してきたのは良くなかったのかもしれない。
あまりに長い期間だったから気にしてなかったけど、どうしたらいいんだろう。
でも、だからといって拒絶もあまりしたくない。
自分にむけてくれる好意に対して、それはあまりに冷たいと思う。
「今日はうちに泊まる?」
「ううん。たった一人の家族が自分のせいで泣いてたのに、ほっとけないよ」
恋とか云々の前に、私はお姉ちゃんなので、どうにかしなきゃいけない。
立ち上がって、お辞儀をする。
「今日はお世話になりました。そろそろ帰ります」
「では、馬車を出そう」
「大丈夫です。瞬間移動ができるので」
「それと、神殿は今危ないから、明日からはこの家に来てアンリと一緒に勉強をするといい」
「普段はわたし、神殿にいかない」
二人が口々に話すのを、忘れないようにきちんと聞く。
鑑定でばれるなら、あんまり神殿にはいかないほうがいいから、配慮してくれたんだろう。
「わかりました。ありがとうございます」
「じゃあ、明日。今日と同じくらいの時間で来て」
「うん。いろいろありがとう」
お辞儀をしてから、リツキを思い出す。
場所を想像すれば移動できるなら、対象が人間でもイケる気がした。
「チチナイ」
地面が反転して、目の前が暗くなる。
次の瞬間、目の前にリツキの馬が現れた。
まわりを見回すと、リツキが道の端で膝で顔を隠す形で体育座りをしている。
(どうしたらいいんだろう)
たぶん辛いのは相手のほうだろう。
だから、手を差し伸べるのは辛くないほうじゃなければいけないと思う。
「……帰ろう?」
なんて声をかけていいのか分からなくて、目の前でしゃがみながら言う。
リツキは何も言わなかった。
「本気にしてなかったのは申し訳なかったけど、いきなり意識しろって言われても無理だよ」
思っていることを言うと、リツキは顔を上げる。
すごく叱られた犬のような顔をしていた。
「怒ってない?」
「怒ってはないけど、人前でああいうのは止めてほしい」
「人前じゃなかったらいいの?」
「本当は付き合ってもいない相手に、ああいうことはしちゃだめだよ」
たぶん、キスのことを言っているんだろうなと思って世間一般の常識を言った。
神聖力がなくなると思うずるい保身で、抱きつくことがだめとか具体的に言い切ることができなかった。
相手が自分のことを想ってくれているのに、利己的すぎて、嫌になる。
本当に、どうしたらいいんだろう。
「好きって気持ちは否定しないけど、私にはちょっとまだ分からない」
「ミューは誰とも付き合ったことがないから、それは分かるけど」
「もしかして、リツキも愛着と恋とかを間違えてる可能性もあるよ」
「それはない……と思う」
どう会話をまとめたらいいんだろう。
今の気持ちを伝えればいいのだろうか。
「とりあえず、弟としてしか見てなかったから、いきなり変えろって言われても、できないっていうのが本音」
「じゃあ、変えるように努力する」
まっすぐに見てくる瞳から目をそらして、地面を見る。
神聖力があると便利だという気持ちと、リツキのことを思えばハッキリと断るのが筋だという気持ちが交差する。
だけど断ったら、すべて失う可能性だってある。全部保身ではあるけどそれが自分にとっての事実だった。
リツキの気持ちと自分の気持ちが、今すぐに同じになることはない。
でも、世の中は全部、すぐに白黒をつけなくてもいいんじゃないだろうか。
「リツキは大事な家族で、変な関係にはなりたくないから、可能性は低いけど……それで良ければ」
手を差し出す。
私は、グレーを選んだ。
いつか、何らかの答えが出るまでは白黒はつけなくていい。
もしそれでどうなったとしても、それが他人を巻き込んだ結果で現実だ。
今の自分には、そんな答えしか出せなかった。
「帰ろうか」
リツキは私の手を掴む。
卑怯な気持ちと保身で固まった選択だったけど、それが今の私達の正解だった。