気持ちが動いたら、平等に初めてを
真っ暗な夜の湖の畔にある店は、幻想的な見た目の店だった。
大きなシンボルツリーに寄り添うように建てられた店に行くには、小川にかかった橋を渡っていくしかない。
店の外にある湖の上に、いくつもの繋がったイカダが浮かんでいるのが見えた。
それぞれテーブルと椅子が乗っていて、テーブルの上には星形のランタンが光っている。
「かわいい!」
店に入ると、テーブルに乗っていたものと同じランタンが店のあちこちに置いてあって、つる草が店のいたる所に巻きついていた。
料理は好きな料理をその場で買って、自分で席に持っていく式らしい。
店の中は、外の湖側に比べて混んでいたので、外の方で食べたいなと思った。
「ミュー、こういうの好きでしょ」
「うん! すごくかわいい! 外で食べたい!」
「じゃあ、そうしようか」
リツキが少し笑って店員さんに聞くと、好きな場所で食べてと言われた。
料理を適当に買って、お酒も買って外に出る。
イカダは固定されていたけど、イカダとイカダの間を埋めるように釣られている吊り橋がゆらゆら揺れる。
とてもじゃないけど、私には渡れそうもないほど揺れた。
「みんな外で食べない理由はこれのせいじゃないかな!」
「俺が持ってくから、ここで待ってなよ」
リツキは二つお盆を持って、俊敏に吊り橋を渡ると、誰もいないイカダの上を渡って遠くに行ってしまった。
(そんな遠くに行かなくていいよ! 誰もいない席まで!)
自分だけ待っているのも失礼だなと思って、両手にお酒を持って吊り橋を歩く。
「ここの端まで持ってあげますよ」
イカダの上で飲んでいた女性が、見かねてお酒を持ってくれた。
「ありがとうございます!」
やっとそれで場所が移動できるという間抜けっぷりだった。
遠くからリツキが走ってくるのが見えた。
なんか怖いし吊り橋で走るのはやめてほしい。
すごい勢いで戻ってきたリツキは、お酒を持った私ごと持ち上げて、奥の席まで連れていった。
「はい。食べようね」
「こんな奥の席にしなくても」
「追加で買いに行ったとしても、ミューが危なくないしね」
そんな危ないことある? と思うけど周りの人と話すのが嫌なのかもなと思って聞かないことにした。
乾杯をして食事する。
適当に買った食事は、焼肉を甘くしてスパイスかけた物とか、ムチムチしてる何かを包んで蒸した謎の物体という感じだけど美味しい。
イカダの上で遠くで聞こえる人の声を聞きながら、二人で食事をする。
なかなかロマンチックな雰囲気があって良かった。
「なんでいきなりデートすることにしたの?」
「この世界に来てから、神聖力のことで許可を貰った気がして、がっつきすぎたなって反省したから」
「そ、そうなんだ」
確かに神聖力のことが分かってからは、スキンシップが過剰だったもんなと思い出す。
制限時間の一時間の頃には会話とかなくなって、前後もなんかそれっぽい雰囲気で常に軽いスキンシップを求められていた。
「ユウナギ邸で、あいつとイチャイチャしたの見て惚れられてないなって思ったから……だから好きになってもらうようにする」
「惚れられてないなってなんで思ったの?」
「ミューにキスしてる時とか、時々泣きそうな顔するから。あいつの時はそんな顔しなかった」
「あれは、ちょっと複雑なだけで……」
「無理しなくていいよ。単純に会うたびにそういうのばっか仕掛けられたら、好きにならないかなと思ったからさ」
そうなのかな……でも、この世界にきて、右も左も分からないのに欲情をぶつけられてた気もするし、そのせいでメンタルが病んだのもあるし。
確かに、アンリの時は楽しいと思ってたけど、リツキのは犬みたいで怖いと思っていたから、リツキじゃなかったら耐えられなかったかも。
「確かに知り合いくらいだったなら、同じ状態でも完全に嫌いになってたかも」
「怖すぎる。確かに自分の欲の部分も多かったけど、攻めないと気付かないからって攻めすぎた」
「じゃあ、今後はしばらくそういうことしないの?」
「うん……するとしてもハグとか軽いのにしとく」
それもそれで……アンリとの差が広がるだけな気もする。
確かにこういうデートとかしたほうが嬉しいし好きになる気がするけど、いまさら無くしても、それはそれで……。
リツキに悪気があったわけじゃなくて余裕がなかっただけなのに可哀想だ。
もうちょっとでアンリとはもっと先に進んじゃうのに、なんか気の毒になってきた。
こんなの平等じゃないし……こんなに色々想ってくれてるなら、ひとつくらいリツキにも初めてをあげたい。
でも、これからは抱き合うだけなんでしょ? えぇ、どうしたらいいんだろう。
「今日、私の部屋でハグして寝る?」
「……いいの?」
「うん。そしたら恋人同士っぽいでしょ」
私の言葉にリツキはニコニコ食事をしていた。
アンリは私の部屋に泊まったことないから、これは初めてと言えるけど、特別かな?
相手が私を想って引くなら、私は相手を想って攻めなければいけないのかもしれない。
(ちゃんと初めてを用意してあげたいな)
まだまだ気持ちにハードルはあるけど、ちゃんとしないと相手に失礼だ。
真面目に考えながら、食事を終えた。
夜、先に自分の部屋に入る。
(ドキドキする。正しいと間違いがわからない)
リツキが用意してくれたこの部屋は、私に不似合いなフリフリの真っ白ベッドカバーの乙女な部屋だ。
だからこそ、今日はここがいいと思った。
ショーツだけになって、布団にもぐりこむ。
(昨日は服着てたし、触りはしたけど、すぐ他の方に夢中になったから、こういうことはしてない)
(今日が過ぎたら、この初めてはたぶん無くなってしまうから、今日しかない)
不意に、この世界に来る前までのことを思い出しながらリツキを待つ。
あの頃のリツキはもうここにはいないけど、いないからこそ気持ちの切り替えができるのかもしれない。
(この関係が正しいかは分からないけど、後悔はしてないし、間違いじゃないと思いたい)
ノックもせずリツキが部屋の中に入ってくる。
ベッドの中で目から上だけ出して見ている私と目があった。
「待った?」
聞かれて首を横に振った。
恥ずかしくて苦しい。
「明かり消して」
言われるままリツキは明かりを消して、布団をめくる。
そして、止まった。
「もっとちゃんと見せて」
どうしたらいいのか分からないので目を閉じて耐える。
ゴソゴソと音が聞こえてうっすら目を開けると、リツキがシャツを脱いでいた。
(こういうのって相手も脱ぐんだ)
背中は見たことあるけど、ちゃんと見たことがないから気絶しそうだ。
リツキが布団に入ってくる。
(あわわ、あわ)
「緊張してる?」
耳元に聞こえた声に震える。
直接伝わる体温に、心臓の音が聞こえないようにと願ってしまう。
「こうやって人に見せるのは、はじめてだから」
緊張しながら話すと、私の顔にかかっていた髪をよけていた手が止まる。
「そうなんだ。嬉しい」
そして、そのまま顔が首筋に落ちた。
「ごめん。抱き合うだけっていったけど、無理だ」
「抱き合うのは次からじゃだめ?」
「けっこう覚悟してたのに。残酷だな、ミューは」
そう言いながら抱きしめられて泣きそうになってしまう。
これもアンリが最初の方が良かったのかなとか、初めてじゃないに意固地になって意地悪をしていたとか、色々な感情が胸にあった。
どうして私は、また何かを考えては想いが溢れて、泣きそうになってしまうんだろう。
「襲わないようにするけど、理性が焼き切れそう」
私もリツキのことを触った方がいいのかなとか、でも自分から言ったらリツキにアンリの存在がチラつきそうとか色々考える。
もっと前に、頭が働くうちに考えておけばよかった。
だけど全部の気持ちは、闇に吐息と共に溶けて消える。
それが今はありがたかった。
翌朝、目が覚めるとリツキの胸の中にいた。
(身体流したい……服ってどこだろう)
幸せとか楽しいとか、そういう感情を感じるより恥ずかしさが勝ってしまった。
裸だとすごく悪いことをしている気分だ。
「ミュー、おはよう」
「あ、お、はよ、う」
思わずギクシャクしながら布団で身体を隠す。
「根性が試される夜だった」
「どっちも下着穿いてるのに」
「寝てる間に取りかえたけどね。あれはもう捨てる」
「え、そうなん、だ」
意味が分かってしまって慌ててしまう。
「ミューは分からないかもしれないけど、普通は耐えられなくて襲ってるからね。別に責任はとれるし」
「ごめん……そこまでとは思わなかった」
「これからは紳士的に接しようとしてるのに、残酷だ」
「だって、リツキも初めてがないと不公平だと思って」
私の言葉に、リツキは止まると、こちらに背を向けてゴロっと転がってしまった。
「他の男と進めてるって暗にいうのキッツイからやめて。こっちだってめちゃくちゃ複雑なんだから」
「……ごめん」
なんか、昨日は勇気出してみたけど、やっぱりリツキはアンリより色々してないから、複雑なほうが大きいみたいだ。
こんな朝に悲しませたかったわけじゃないし、難しいなと思う。
本当に私はリツキの過去のことを責められないことをしている。
私の中で自分を好きなのに他の人と関係しようという行為は浮気に該当していると思う。
それが諦めようとした無理だったとか、終わった関係だとしても、そう感じてしまう。
だけど、私だって、リツキを諦めてアンリをとって仲を深めたのも全部全部、似たようなものだ。
「俺だって分かってるよ。過去のことも、ミューがどういう気持ちかも、無理に選ばせたことも」
リツキの言葉で、我に返る。
隣を見ると、リツキは上を向いて腕で顔を隠していた。
「でも、それでも地獄に落ちるとしてもミューと一緒がいい」
落ちこむ姿を見ながら、なんて言ったらいいのかと思いながら、髪を撫でる。
「一緒にいるから」
地獄だとしたらリツキと一緒にはいないから、リツキがいるなら地獄じゃないと思うけど。
だけど馬鹿らしい言葉のように思えて、簡単な言葉しか言えない。
「もし地獄に落ちたとしても踊ればなんとかなるよ。気にしないようにしよう」
「そっか~。踊るかぁ」
「私も一緒に踊るし」
「ミューも落ちてるんだ」
リツキがハハ、と笑う。
なんか、恋人の朝ってもっと甘いものだと思ってたけど、リツキはいつも通りって感じかもしれない。
今、お互い引っかかってる色んなものが解消されたら、またなにか変わるのか、今の私には分からなかった。
朝から欲求不満のリツキと、なんにも気付かないミユキという、余裕がなさすぎる二人の朝。




