転生した世界は、聖女にとって地獄だった。
次の日。
聖女宮に泊まれるか、危なくないかをドロテアに聞こうと思い、プリンを作る。
普通のプリンなら嫌かもしれないけど、昨日作ったお酒入りならちょっと特別かもしれない。
六個作って、四つは差し入れに、二個は一個ずつ二人に朝食時に出した。
ドロテアに連絡の時に押すプレートを押して、行く準備をしてから瞬間移動で移動する。
聖女宮の受付の前に、ドロテアが立っていた。
「ドロテア、プリン作ってきたから食べる~?」
「わたくしを懐柔しなさいっていったのに、あんたが懐いてどうすんのよ」
立っていたドロテアは、少し照れた顔をしながらそう言うと、籠の中を見て私を少し押す。
次の瞬間、ドロテアの部屋にいた。
「あれ、まだ受付してない」
「あんまりいることを把握されても危ないから、わたくしの部屋に来るときには受付はいらないわ」
「神殿に把握されてると危ないの?」
「そうね。あまりわたくしと仲がいいというのも良くないし。そのために初日に嫌がらせをしたのよ」
「あ、そうなんだ。あれって嫌がらせじゃないんだ」
「貴方は他の人とは毛色が違うから、危ない目に遭うと思ったの」
「そうなんだ。危ない目に……」
危ない目ってなんだろう。
考えていると、ドロテアが籠の中からプリンを取り出した。
「プリンってなにかしら。見た目はマニアーニみたいね」
この世界のプリンはマニアーニっていうんだ。
でも、勝手に翻訳されてないから、違うお菓子かもしれないな。
「簡単にできる卵のお菓子。口に合わなかったら全部私が食べるから大丈夫だよ」
「食べてみなければ分からないわね。そこらへんに座って。食べましょう」
促されてソファに座ると、向かい側にドロテアが座った。
目の前にプリンを置かれたので、二人で食べる。
「美味しいわ。お酒も入ってるのね」
「入ってないのが普通なんだけど、うちの国だとありふれたお菓子だったから入れてみた」
ドロテアは一つをぺろりと食べてしまうと、もう一つ食べはじめた。
「良ければみっつとも食べて。ドロテアに食べてほしいから作ったんだから」
「ありがとう。貴方って懐くとかわいいのね。これは二人が手放さないはずだわ」
「プリンくらいでそんなことを言われるとは思わなかった!」
過剰評価だけど、ドロテアはきっとみんなの嫌われ役を引き受けてるみたいだし、寂しいんだろう。
喜んでもらえたみたいで、すごく嬉しい。
「ねぇ、さっき言ってた危ない目ってなに? 行方不明の聖女さんに関係ある?」
「まぁ、関係はあるけど」
そこまで言うと、ドロテアは少し悩むような顔をする。
言いにくいことなのだろうか。
「いいわ。話しましょう。聖女って国の資産になるのよ。だから神聖力が高いと聖女宮に住まなければいけない」
「確かに、神聖力が高いと私みたいに外で住むのはダメって聞いた」
「保護という名目にも見えるかもしれないけど資産よ。しかも最近、国の上の奴らが聖女を政治利用している」
「政治利用?」
「外の国から来る奴らに、聖女をあてがって治療させるのよ。別の意味でもお好きな子をどうぞってね」
言われた意味を理解できずに、しばらく止まる。
いや、なんとなく察することはできる。ただ理解したくなかった。
「別の意味?」
「鈍いわね。娼婦って意味よ。娼婦とは違って客はとらないし、自分で治療もできるし呼ぶ名目もある。ピッタリでしょう」
「そんな……聖女って必ず登録なのに、なんで。それじゃ逃げられない」
「だから人権がないのよ。神聖力が高い女性が見つかれば連れていかれて、聖女宮以外には住めないし」
自分が最初から四級じゃなかったらと思うと、ゾッとした。
だけど、そうじゃない聖女が大多数だから喜ぶことすら不謹慎に思えた。
ドロテアはそんな私を見て寂しげに笑いながら話し続けた。
「そういう役割はごく一部だから、娼婦よりマシだと思えば受け入れられるしお金もそれなりにもらえるのよ」
「自分で傷が治せるから酷いことをされても隠せるし、結婚したら出ていける。まぁ、神聖力が高かったら無理かもしれないけど」
そこまで言うと、ドロテアはハァ、と息を吐いた。
「一級聖女なんて、決められた居住地以外は許可なく出られないんだから。許可が出ることも稀なくらいだし」
「監禁と変わらないじゃない」
「そうね。変わらないわ。貴方の家の中を覗けたのは奇跡ね」
「ぜんぜん嬉しくない奇跡なんだけど」
今まで聞いていたこと、見ていたことの見え方が、変わってみえる。
魔王のことで神聖力を隠していたけど、最初から高かったらどうなっていたことか。
「あなたは神聖力はなかったけど、他の人と見た目も違うから、バリエーションとしては使えるからね」
「確かに、この見た目の子はいない……」
「しかもこちらの国から見ても可愛いほうの見た目。でも、そんなの嫌でしょう?」
「そんなの誰だって嫌だと思う。自分からそのつもりできてるわけじゃないのに」
「聖女はね。人を受け入れられるような性格の人がなるのよ。従順と言ってしまえば体がいい。実際はただ都合がいいだけだけど」
「そんな酷い言い方……」
「二人を受け入れたあなただって、似たような性格じゃない」
ドロテアに言われて、頭を殴られたような衝撃を受ける。
確かに、私が置かれている状況だって人によっては、舌を嚙み切っても嫌だという人もいるだろう。
私が二人が好きになったからそうしただけで、中には魔王を選ぶという人もいると思えるくらいだ。
それに、私は運よくアンリとリツキが傍にいてくれたからそういうことにはならなかったけど、そうじゃなくて聖女宮にきていたらどうなっていたのだろうか。
自分の不運を呪いながら、聖女宮に住む道を選ばざるをえなかったのだろうか。他の聖女のように。
「ドロテアは、大丈夫なの? 外に出たい?」
「大丈夫。わたくしはそういうの免除されてるの。一応、昔は魔王と結婚するって言われてたからね」
はぁ、とため息をついてドロテアは食べ終わったプリンの器をテーブルに置く。
「あとプリンが一つしかないし、お茶を入れましょう。なんでもいいわよね」
「うん。ありがとう」
お礼を言いながら、驚きの事実を頭で整理する。
(……えっ、魔王とドロテアがそういう関係だった?)
確かに、聖女の正装として出された衣装は、私には不似合いではあったが、ドロテアにはよく似合う。
ドロテアの神聖力の使い方は、アンリも意外だと考えているレベルに凄いものらしい。
その全てが、ドロテアと魔王が仲が親密だったという過去で納得がいく。
それなら、ドロテアはどうやって魔王との結婚からやめられたのだろう。
だけど行方不明の聖女の行方をドロテアが知っていても、こんな状況だと知ったら戻すことも魔王に渡すのも酷いことだと思えた。
「私、行方不明の聖女を連れてこないと魔王の嫁にさせられちゃうみたいなんだけど、どう回避したの?」
「回避っていうか、わたくしから別れを切り出したから。あいつ浮気ばっかりするんだもの」
「えっ」
驚く私に、ドロテアは紅茶を出してくれる。
飲んでみると、ドロテアの花の蜜のような神聖力の味が紅茶に混じっていて美味しかった。
「ドロテアの神聖力って、普通の使い方もできて美味しいねぇ」
私の言葉に、ドロテアはふんわりと笑いながら何かを考えているようだった。
「そうねぇ。行方不明の聖女はドロテアさんが保護してますって言ったら大丈夫じゃない? わたくしのことなんて知らないふりするかもしれないけど」
言われて、魔王と話したときのことを思い出す。
(ドロテアって奴、みたいな言い方してたよね)
「確かに最初にドロテアの名前出したけど、知らないふりしてた!」
「あいつはそういう奴。プライドが高いのよ。行方不明の聖女と私を結び付けるようなこと言ってたでしょ」
(言ってたっけ?)
思い出すと、ドロテアのポーションに行方不明の聖女の味が混じってるみたいなこと言っていた気がする。
「言ってた~~~~!!!」
「次はわたくしに会わせるよう言ってくるわよ。こっちから先に会いに行ってやろうかしら」
フン、と息を吐くドロテアは魔王のことを嫌ってなさそうだった。
会ってどうにかなるなら、どうにかしてほしい。でも、この国に来るかな?
「でも、今はこの国には来ないかも」
「なんで?」
「あの~。リツキが魔王を半殺しにしちゃったせいで、国に帰っちゃった」
「はんごろし? 嘘でしょ? 魔王は強いわよ」
「リツキは勇者なので」
「は、あいつ勇者なの? 嘘でしょ?」
ドロテアが唖然としている。
大聖女もあんまりいなかったみたいだけど、勇者も今までいたことがなかったのかな。
「悪い子じゃないんです。私と一緒にいないと頭がおかしくなるだけで」
「アンタ化物を飼ってるの?」
「リツキは人間です……でも、連絡どうしよう」
「わたくし、魔王と連絡とれないわよ」
「アンリとか、リツキに知ってるか聞いてくるよ」
でも、ちゃんと理由とかも話したほうがいいよね。
魔王とドロテアが付き合ってた話までしたほうがいいのだろうか。それとも聖女の現状も?
とりあえず、こんな重要な話、許可をとらないと誰にも話せない。
「二人に今日聞いた話をしてもいい?」
「いいわよ」
悩みながら聞くと、あっさりとドロテアは許可してくれた。
それから、悩むように頭をまわしてから、こちらをチラリと見る。
「もしかして、今が好機なのかもしれないわね」
次の瞬間、ドロテアの姿が消えた。
同時に、私の隣にドロテアが座っていた。
「ねぇ。わたくし、あなたに懐柔されてもいいわ」
ずい、とドロテアがこちらに身を乗り出す。
「わたくしは貴方を裏切らない。だから貴方もわたくしを裏切らない。できる?」
間近に見える顔に、思わず照れてしまった。
ドロテアは、最初は嫌な奴だと思っていたけど、私が殴った時も大してやりかえさなかった。
今まで話してくれたことも、別に自分に得になることはないと思う。たぶん、信用しても大丈夫。
「裏切ろうと思ったことがないから、大丈夫。できる」
「じゃあ。それなら、一緒に壊してくれる?」
ドロテアの長い金髪が、私の腕にかかって、ゆるやかに落ちる。
「壊すって?」
「この腐った監獄と、この国を」
ドロテアは鮮やかに笑った。




