上がる神聖力と、恋愛感情
目を覚ますと、目の前にアンリがいた。
まわりを見ると、医務室のようだった。
「起きた。神聖力が枯渇して倒れたのわかる?」
「……枯渇すると倒れるんだ」
自分の教科書とカバンをアンリに渡される。
教科書をペラペラとめくってみたが、なにも読めなかった。
「アンリちゃん。ついてくれてたの? ありがとう」
「……殺されたら、嫌だなと思ったから」
「神殿でそんな簡単に殺されるなんてないでしょ」
笑って言うと、アンリは目をそらした。
(本当に目をつけられると、殺されるってこともあるってこと?)
「四級くらいの神聖力くらいは回復させた。神聖力は使える?」
「確認してみないと分からないな」
教科書を読めるようにしようかと思って、読めるように目に神聖力を送る。
教科書をめくってみる。
だけど、文字は変わっておらず、なにも読めなかった。
アンリを見てみても、頭上に文字も数字も表示されていない。
「だめみたい。文字も読めないし、名前も見えない」
「文字? 名前?」
なんか伝わってない。
そうか。元からこの世界にいる人には、文字を翻訳する必要がないからかも。
「私は違う世界から来たから文字が読めないの。だから、目に神聖力を使ってるんだけど」
カバンを手に取って、中からノートとペンを取り出す。
私が見えてる画面を、そのまま絵にかいた。
「こんな風に、文字は翻訳されて、頭の上には名前とか数字が見えるの。なんの数字かはわからないけど」
アンリは興味深そうにノートを見る。
オタクなので、多少は絵が描ける技能があってよかった。
「これは鑑定」
「えっ?」
「翻訳するだけならラーラードと唱える。指定しないと広範囲の意味になるから」
「そうなんだ。翻訳って言うだけじゃだめなのかな?」
「わからない。やってみたら?」
(そうだよね。よっし!)
上半身を起こして、目に神聖力を送ってみる。
「翻訳」
教科書を読んでみる。
なんか文字がかすんでるけど、読める程度には翻訳できていた。
「字がかすんでるけど、できた!」
「翻訳だけなら四級でもできるから」
少しだけ女の子は笑ってくれたけど、すぐに無表情になる。
「でも、鑑定は少なくとも二級からしかできないはず。あなた、本当に何?」
「え、えっと」
どう説明したらいいんだろう。
悩んでいると、遠くから、ダダダダと激しい足音のようなものが聞こえた。
あまりに早く近づく音に、思わずドアの方を見る。
「ミュー!!」
バンと扉を開けて、リツキが入ってきた。
そのままツカツカと歩いてくると、ガバッと抱きつかれる。
「わぁっ、ちょっと」
アンリがいる場所でこれは恥ずかしい
でも、なんかリツキがいると元気が出てきた気がする。
「離れて! ちょっと。もう大きいんだからダメだよ!」
昔からリツキはこうなので慣れてしまったけど、他人から見たら異常だ。
異世界に来た弟は大きいので、性犯罪者と間違われてしまう。それはマズイ。
「あの、二人は恋人?」
「弟です」
「義理です。でも恋人でもいいです」
アンリの問いに即答すると、リツキも即答してくる。
この状況で、その答えは冗談に聞こえない。だってくっついているからね!
「ややこしい話になるから冗談やめてよ」
「事実だけど」
不機嫌そうな顔をしている。
確かに義理は事実だけど、8年くらい一緒にいたから、本当の弟みたいなもんだよ。
「……神聖力が上がってる」
ぽつりとアンリが呟く。
「本当にどういうこと? でもここで話すのは危険」
ブツブツとアンリは呟きながら、こちらを見る。
「もう今日の勉強は終わったので帰る時間だし、うちにくる?」
別に、私は話したくないけど……とは言いにくすぎた。
なぜか、アンリの家に行くことになってしまった。
アンリの家は、神殿からそんなに離れていない中央区にあった。
自分達の家には、お手伝いさんみたいな人はいないが、ここにはたくさんいた。
リツキと一緒に客間に通される。
家具ひとつにしても高そうだったので、縮こまってしまった。
「楽にして」
お茶を出したメイドが出ていったあと、そう言ってアンリは少しだけ笑う。
リツキと一緒に、長椅子のソファに並んで腰かけた。
アンリもテーブルをはさんで向かい側のソファに座る。
「で、なぜ神聖力が上がったり下がったりする?」
「えっと、その前に、どうして神聖力が上がるとか分かるの?」
「鑑定が使えるから。今ならミユも鑑定使えるはず。自分でやるのが一番わかりやすい」
ミユって呼ばれた! 友達になってきたのかも!
照れながら目に神聖力を入れる。
「鑑定」
アンリの上に、名前と共にいくつかの数字が出てきた。
「できた!」
「名前の横にあるのが年齢。上にある数字は神聖力」
「なるほど」
アンリの神聖力は86000くらいで、リツキを見てみると46800と書いてあった。
「アンリちゃんは何級なの?」
「二級ってことになってる。あなたのもともとの数値は8500くらいのはず」
「ええ、低い……」
「でも、今は125000くらい」
「ええ? どういうこと?」
「こっちが聞きたい。そこの男が抱きついたら数値が上がった」
リツキをみると、こちらを見たので目が合ってしまった。
なんで恋愛パワーのはずなのに、弟が抱きついただけで上がるの? 異性だから?
なんか改めて言われると気まずすぎるでしょ……。
「えーと、言ってもいいけど、内緒にしてもらえる?」
「それは、必ず」
よく分からなすぎるし、ちょっとは本当のことを話そう。
大聖女の話は内緒にするとしても、事情を話さないと納得してもらえない気がした。
でも、恋もなにもないのに異性(弟)が抱きついただけで上がってるってちょっとバグってる。
「神様にこの世界に連れてこられたんだけど、その時に恋愛の力で神聖力が上がるとは言われたの」
「だけど別に恋愛感情ないのに上がってるっぽい。異性に触ったらあがるってことなのかも」
バカみたいに説明を簡単にする。
大聖女以外は、正しい説明なのだから仕方ない。
「ミューが気付いてないだけで、俺に対して恋愛感情があるんじゃない?」
「ええ? ないと思うけど」
リツキに問われて、即答する。
「そんなハッキリ言わなくても」
リツキはガックリとしていた。
恋愛感情はよく分からないけど、あるならもっと色々ドキドキしてもいい気がするから嘘じゃない。
「……なるほど。ちょっと待ってて」
そう言ってアンリは部屋を出ていった。
部屋に二人残されて、少しだけ気が抜ける。
「やっぱり昨日の瞬間移動、ミューがやったことなんじゃない?」
「そうなのかな。たしかにあの時、身体を支えてくれてたもんね」
「毎日イチャイチャしてたら、ミューが神聖力でバカにされることがなくなるね」
「それは……人としてどうなんだろう」
力はあったほうがいいだろうけど、弟相手に自分のために触るというのは、良くないと思う。
セクハラという言葉が元の世界にはあった。自分の欲求で行動したらいけない。
しかも枯渇したら触らない限り復活しないなんて、ないつもりで行動しないとまずそうだ。
ガチャ、と扉が開く。
部屋の中に、黒いスーツを着た男性が入ってきた。
ミルクティー色の髪色と赤色のキリリとした瞳が、アンリと似ている。
誰でも印象良く見える20代前半の真面目そうな好青年という感じだ。
「初めまして。アンリの兄でモーリスです。妹に友達に挨拶をしてほしいと言われまして」
「初めまして。ミユキです。昨日この世界に来ました。こちらは弟で、リツキです」
手を出されて、慌てて握手をしながら挨拶をする。
リツキはペコリと頭を下げた。
「はじめまして。リツキです。勇者として呼ばれました」
「この国にようこそいらっしゃいました」
違う世界から来たという人物に慣れているのか、モーリスはお辞儀をしながら挨拶をする。
握手ってこの世界にもあるんだと焦ったけど、この人が私達みたいな人間に慣れているだけなのかもしれない。
後ろからぴょこりとアンリが顔を出す。
「お兄さま。ちょっとミユを抱きしめてみて」
なんでもない顔をして、とんでもないことを言った。