空と海辺のデート
リツキと会う前日になった。
ドロテアに言われたことをずっと考えていた。
確かに、よく考えてみれば二人は私に強要していなかった。
私が変に二人の意見を汲んで、変に考えたり受け入れたりした結果、この現実がある。
(明日、どうなるとしてもアンリの心も知ってしまっているし、別れたくない)
(アンリの方が上がる神聖力が高かったらいいけど、たぶん、リツキの方が高い気がする)
二人と交互に抱き合ってポーションを作っている時にも、それは感じていた。
見ないように、気にしないようにしていたけど、たぶんそうなのだと思う。
リツキのことは、アンリが泣いたときに、一度心の整理をつけていた。
あの時は、夢中で仲直りに動いていたけど、神聖力が杯に集められないのならもうダメだと諦めた。
あんなに考えて苦しくても、自尊心がない私はその程度ですぐに諦めたのだ。
だからこそリツキが死にかけていた時にも、これは弟だと自分の気持ちに折り合いをつけて帰ることができた。
だから、もう一度と言われると、どうなるか分からなくて怖かった。
(気持ちの蓋を開けた先にあるものが、アンリに対するものより強いものだったとしたら)
はぁ、とため息をつきながら、水差しから水を飲む。
(アンリに会いたいな)
起きてるかな。
迷惑だろうけど、前に勝手に部屋にいたこともあるんだから、会いに行っちゃおう。
瞬間移動して、アンリの部屋に入る。
布団に潜り込んで顔は見えないが、スヤスヤと寝ているようだった。
リツキとの方が得られる神聖力が高くて、でも私が私の決断でリツキを選ばなかったら、リツキはアンリを殺しそうだなと思う。
魔王が殺せるのなら、アンリも殺せるだろう。
(でも、アンリとは別れたくない)
(深いのも、ぜんぶアンリとするって思ってたし)
リツキも求めてるとは思うけど、ギリギリまで他の人としてるわけだし。
アンリの誕生日の後から、どんどん好きだという自分の気持ちが大きくなっていることを感じていた。
(私は、私のために努力してくれた人の方を大事にしたい)
もぞ、とアンリが入っている布団が動く。
(あ、今日すればいいんじゃ?)
布団を見ながらピーンと思う。
ずっと胸を触られていて、そろそろ先に進んでほしいと変な気持ちになっていたので丁度いい。
(未来は未確定だけど、今日は大丈夫なんだから、今日すればいいんだ!)
「アンリおはよう~」
ベッドに飛び乗って布団の塊に抱きつく。
動かなくなった布団がごそごそ動く。
布団の中からぼさっとアンリの頭が出てきた。
「今日もかわいいしかっこいいね!」
「……なに、いきなり」
私の身体の下にいるアンリは、ぼさぼさ頭のまま目を抑えている。
「明日、どうなるか分からないから、今日最後までしよう!」
「……」
布団を抱きしめたまま力強く言う私を、ボーっと固まったままアンリは見つめる。
「……は?」
固まっていた口から出たのは、その一言だった。
ボーっとしたまま寝そべるアンリの隣で、自分の考えを話す。
内容はリツキとどうなるとしてもアンリと最初はしたかったという、どうしようもない下心あふれる話だ。
「本当に、ミユはさぁ……」
顔を押さえてこちらを見る。
「気持ちは嬉しいけど、今日はしないよ」
「なんで~」
「なんでじゃないよ。そんな外的要因でしたくない。何のために我慢してると思ってんの」
溜息のように息を吐いて、伸びをした。
「気晴らしができないから変なことを考えるんだ。海に行こう」
「海! あるんだ!」
そっちのほうが楽しそうと思ってしまう。
「じゃ、今日は健全に遊ぼう」
アンリがへら、と笑った。
着替えて、食事をして、屋根に乗る。
アンリは、太陽がある方角の空を指さした。
「こっちの方向にずっといくと、海がある」
「瞬間移動で行くの?」
「うん。瞬間移動でいけるギリギリまで飛ぶ。ジャンプとかすると楽しいよ」
「今日はミユがやって。神聖力が足りなくなったら休もう」
隣にいるアンリの手が、私の手を掴む。
指を絡ませて、決してはなれないようにした。
(私にできるかな。でも、失敗してもアンリがきっと助けてくれる)
「やってみる! いちにの、さんでジャンプで飛ぶから」
高揚感が先立つ。
繋いだ手を大きく手を振った。
「いち、にーの」
「さん!」
空に駆けだして、瞬間移動をする。
目を閉じてジャンプして、目を開けた先は空の上だった。
「わぁ!!!!!」
「アハハ」
アンリが笑っている横で、慌ててもう一度、瞬間移動する。
次ははるか遠くにちょうどいい地面が見えたので、そこに移動した。
地面に足をついて転がりそうになると、アンリが手を引いて抱き止めてくれる。
「どう? 気分は」
「危ないね~! でも楽しい!」
「瞬間移動して移動した瞬間に連続してかければ危なくないよ。地面にぶつからないように高い方がいい」
「そうか! やってみる」
アンリと手を繋いでもう一度ジャンプして瞬間移動をして、移動した先でまた瞬間移動を繰り返す。
ぐんぐんと移動する空の上を飛んでいるみたいで面白かった。
横を見ると、手を繋いだアンリが笑っていた。
目の前に、海が広がる。
「海だよ!!」
丁度良さそうな浜辺に瞬間移動する。
アンリがいつの間にか抱きとめてくれた。
「神聖力、間に合ったね」
地面に下ろされて、砂浜の砂を踏む。
「自分の神聖力だけで、こんな遠くまでこれちゃった! すごい!!!」
汗をかいていたけど、頭がスッキリしていた。
はじめて自分の力で、誰かを連れてここまで来られる力があるということが信じられなかった。
「ミユはさ、自分に自信がないけど、ちゃんとやろうということはできるし、そのために努力する心も能力もあるんだよ」
「だから、身体を差し出そうとしなくていい。そんなことのために一緒にいるんじゃないんだから」
アンリがこちらを見て微笑む。
身体を差し出そうなんて思ってはいなかったけど、そう見えてたのかと思った。
優しさが、温かくて嬉しい。
「喉かわいたね」
「潰れてなければ、あっちの崖の方に店があるよ」
「じゃあ歩いて行こうか」
二人で一緒に歩いて行く。
時間はまだたくさんあるんだから、一緒に歩きたかった。
「店があることが分かるってことは、ここらへん来たことがあるの?」
「うん。背がミユより小さかった頃に、何もかも嫌になって」
「理由をきいてもいい?」
「……ん」
「両親が、僕のせいで死んだから」
「ご病気で?」
「事故。犯人は僕が知らない奴で、犯行動機は自分の息子が僕に負けたとか、そういうバカみたいな理由だった」
「両親とはあまり話さなかったけど、それでもショックだったな」
前だけを見つめて話すアンリを見る。
なんて言葉をかけていいのか分からなかったけど、なにか言った方がいいのは確かだった。
「それは、酷いね」
考えた末に出てきた言葉は、それだけだった。
だけどアンリの口元は少しだけ口角が上がっていた。
「そいつは殺したけど。きっと、モーリスも、両親も僕を恨んでるだろうな」
「だから、遠くに行きたくて、ここまで来た」
アンリの人を思いやれる気持ちと正反対に徹底的に冷たいところは、こういうところからきてるのかもしれない。
死んでしまった人の気持ちなんて分からない。想像したところでただの想像で妄想だ。
「恨んでなんてないよ」
緩やかな潮風を受けながら話す。
アンリは何も言わずこちらを見ていた。
「私も親が運転ミスって一回しんじゃったけど、恨んでないもん。死んだらなにも分からないしね」
リツキなんてたぶん最初の方は喜んでたし、死んだら何も分からないんだから恨むも何もない。
たぶん、アンリも自分に呪いをかけているんだろう。
「あの世で反省してたら気にしないでほしいくらい。だから大丈夫だよ」
異世界に来てとんでもないことになってるけど、それは両親のせいではない。
繋いでいる手に力が入る。
「そう」
呟いたアンリの声は、潮騒に消え入りそうなほど小さかった。
歩いていると岩場が近づいてきて、店がありそうな雰囲気になる。
「我慢できない」
突然、アンリが足を止めた。
トイレだろうかと思っていると、手を放して手をくるりとまわす。
瓶入りのジュースが二本出てきた。
「ジュースが出てきた!」
「店まで行こうと思ってたけど、店まで行ったら膝に乗ってくれなそうだし」
そっちの我慢だったんだ。
アンリは蓋を神聖力で外して蓋を隠すと、瓶をこちらに渡してくれる。
「下が岩なのに足の上に座ったら、絶対痛いと思うけど」
「僕を誰だと思ってるんだ。そんなの神聖力でどうにでもなるよ」
アンリに手を引かれて、岩の上に座るアンリの上に座る。
「痛くない?」
「全然」
アンリは平然とジュースを飲んでいる。
じゃあいいかと思いながらジュースを飲むと甘酸っぱくて美味しかった。
無言で二人でジュースを飲む。
目の前にある海も、潮風も、まるで現実感がない。
(今のこの気持ちも、この景色も、体温も、忘れたくないな)
「明日のこと、アンリはどう思ってる?」
「最悪殺し合いだな、程度」
「それは……」
殺し合いは嫌だな、と思う。
でも、アンリから見たら、それ以外の選択肢は付き合いをやめるしかない。
「武力で勝てるように用意はしてるよ」
他人のために殺しあうなんて馬鹿がすることだ。
リツキが死にかかっていたのを助けた時まで、私はリツキは人を殺さないと思っていた。
だけど、この前ドロテアの部屋で見た目は、いつか見た真っ暗な目に似ていて、少し怖かった。
多分、いつの間にか……最初からか分からないけど、リツキはどこかが壊れてしまっている。
アンリまで壊れていたら私がちゃんとしないと、本当に殺しあってしまう。
アンリの足の上から降りて、両手でアンリの頭を撫でる。
「朝に、最初にそういうのするのなら、アンリがいいって言うのは、今も変わってないよ」
こちらを見る赤い瞳を見ながら、自分から口づけた。
正しいことなんて、なにも分からない。
自尊心が低いと言われた私は、自分から見えない選択肢を見つけることもできない。
でも、わからないなら、わからないなりに、自分のこととして必死に考えるしかない。
「でも、これは私の人生だから、私が決断してもいい?」
口を放してから微笑むと、無言で口づけ返される。
多分、人間は渦中にいる間なんて、何も分からないものなのかもしれない。
だけど、私の守りたいものは決まっているし、変わらない。
心から、そう思っていた。




