他人から見た、私という人間
とんでもないことになってしまった。
だけど行方不明の聖女の件も含めて、考えなければいけないことは山ほどある。
とりあえずリツキのことは置いておいて、ドロテアときちんと二人で話をしようと思った。
次の日、ジュディ達と聖女宮に行く。
二人は出来上がった在庫を売りつつ、予約をとるらしい。
予約をとれば在庫量の目安がつくので、とてもいい案だと思った。
受付を済ませて、ジュディ達と別れる。
神聖力がばれても困るので、瞬間移動でドロテアの部屋の前まで飛んでドアを叩いた。
「こんにちは四級聖女です~懐柔にきました~」
のんびりと言うと、自動的に扉が開き、呆れた顔のドロテアが立っていた。
今日はリツキも誰もいないようだ。
「そんな言い方で良いと思ってるの?」
「言葉は何でもいいかなって思って」
部屋に通されると、白檀のような香りがした。
「昨日、わたくしの部屋の前でとんでもないことになっていたわね」
「聞いてたの?」
「部屋を追い出した後の会話なんて聞くに決まってるでしょ」
「この国には本当にプライバシーがないんだ」
「廊下にプライバシーなんてあるもんですか。わたくしのことをすぐに忘れて別のことで揉めるなんて、ちゃんと説明して」
ドロテアは入り口を入ったところにある、机を挟んだ四人掛けのソファのひとつを指さして促す。
素直に従って、ソファに座った。
「説明なんてしたくないです」
「懐柔したいんでしょ? 本当の自分を見せないで、なにかを得られると思ってるの? 愚かでお馬鹿な大聖女さん」
呆れながらドロテアはお茶を入れてくれる。
紅茶ではなく、ほうじ茶のような香りがした。
「それにあなただって、もう神聖力を隠そうともしないじゃない。わたくしへの敵認定はとれたのかしら?」
「悪い人じゃないかもしれないと思って」
「うん。いい傾向。お茶とお茶菓子をどうぞ。たぶん好きでしょう」
お茶とクッキーを出してくれる。
「ありがとうございます」
食べてみると、メープル味に似た味のクッキーだった。
「おいしい」
「わたくしだからいいけど、敵だと思っている人間から出された食べ物にはもう少し警戒心を持ちなさい」
にこにこと笑いながら私の向かいにあるソファに腰を下ろした。
「廊下で話した内容は、説明しにくすぎて難しいです」
「話したくないなら、あなたの過去を観ることで理解することはできるけど」
「記憶を見るってこと? それは流石に」
この問題は、二人とイチャイチャし続けるという人生の恥部といっていい部分ばかりだ。
ドロテアは私より恋愛面では多分凄いと思うし、知ってることも多いと思うけど恥ずかしい。
「伝えたいところだけを考えてもらえば、それを読み取るみたいなものね。ただ、見せたくないところも見てしまうかも」
「見せたくないところが多すぎて……」
でも、知りたがっているのなら、それを教えないと情報を聞き出すのは無理なんじゃないだろうか。
(たぶん、試されているんだ)
上手く言葉で説明できればいいけど、恥ずかしいし上手く伝えられるか分からない。
ドロテアから情報が欲しければ、まずは話しにくいことをさらけ出すことが必要だろうけど、どこから伝えたらいいのか分からなかった。
「別に人には話さないし、あなたの狂った状況を解決できるかもしれないわ」
「解決……」
できるのだろうか。
もう選択肢すら残されている気がしない。
「観せたかったら、わたくしのおでこに貴方のおでこをつけて、神聖力を流して。今の貴方なら神聖力が足りるでしょ」
「おで……近くないですか?」
「そんなに常にできるようなものだったら、記憶を盗まれまくるでしょ。心の鍵を開けるのって順序がいるのよ」
心の鍵開いてないなぁ~。
でも、試されているのなら、話さないと終わらない。
そもそもドロテアはリツキとのやりとりは見ていたみたいだし、知られても別にどうでもいい気がしてきた。
よし!
決意をこめて立ち上がる。
「あら、意志が固まったかしら」
「ソファの背もたれに寄りかかってもらってもいい?」
「はいはい」
ドロテアはソファの背もたれに背をあずけたので、ソファの後ろにまわり、ぐいと相手の顔を持って上に向ける。
「さすがに向かい合わせは恥ずかしいので……」
「仕方ないわね」
話しながら、背後から逆さにくっつくようにおでこをつける。
神聖力を通すと、絡み合うように花の蜜のような甘い味が口内に広がった。
「貴方の神聖力、美味しいけど甘すぎるわね」
「このポーズで言うの恥ずかしいから止めてくれますか?」
さっさと始めてほしいと思いながら文句を言う。
「じゃあ、最初から思い浮かべていって。勝手に読み取るから」
最初、最初ってなんだっけ。
考えながら、リツキと異世界で出会った時から、順々に思いだしていく。
アンリと会って、魔王と会って、二人と触れ合うようになって、リツキが狂ってしまって。
思い出すと恥部ではあるけど、愛しくて、でも辛い記憶ばかりだ。
二人は優しかったのに、なぜ私はあんなにつらかったのだろうと思う。
罪悪感と、神聖力による閉塞感。知られたら国に嫁に突き出されるというプレッシャー。その全てだったのかもしれない。
リツキが死にかけて、それを助けてしまったところで、考えを打ち切る。
「ここまで。これ以上はだめ」
「……うん」
ドロテアの花の蜜のような味が口内から消える。
疲れたというか、色々考えすぎて頭がクラクラしていた。
おでこを離して、元いたソファに戻って腰かける。
「……優しすぎるんじゃないかしら」
ぽつりとドロテアはつぶやいた。
「大聖女の神聖力って面白いのね」
「わたくしは貴方のことを恋愛的に愛していないから、神聖力が増えないのかしら? 面白い」
「ただ、恋愛的な愛って本当なのかしら。じゃあ嫌いな相手でも好きならいいの? 個人的には愛に大きな違いはないと思うけれど」
ブツブツ話しながら、ドロテアは立ち上がると、棚からいくつか瓶をとって戻ってくる。
トントンとテーブルの上に置いて、蓋をとった。
「お菓子。これがしょっぱい。これは甘い。好きに食べて。前もって言ってくれたら買っておいたんだけど」
「あ、ありがとう。私も持ってくれば良かった。ごめんなさい」
「どうして謝る必要があるのよ」
ドロテアは呆れた顔をしながら笑っている。
とりあえずお茶を飲むと、冷めていた。
「私も、神様の話はこの世界に来る間のことなので、本当に正しい言葉だったのかは分からないんですよね」
神様と話したときのことは、夢から起きた時のようなあやふやな記憶だった。
しかも、それは時間が経つほどもっとあやふやになる。
(でも、あやふやになっても困らない程度のことしか言われてない)
ドロテアはフーンと言いながら、プレッツェルのようなクラッカーを食べていた。
「それにしても貴方は他人を受け入れすぎて自尊心が潰れている。良くないわ」
「自尊心……?」
「自信がない。他人の軸で動いてしまう。自己の評価を下げて考えてしまう。これは全部、自尊心のなさよ」
……私。どうなんだろう。
確かに、そういう考え方を、している気がする……。
「覚えておいて。貴方を一番愛せるのは、他人ではなく、あなた自身よ」
……私は、自分を愛せているだろうか。
前までは愛せていると思えていたけど、今は自信がない。
「他人に選択権をゆだねるというのはバカがすることよ。貴方は自分の人生なのだから、交渉をしなさい」
「でも、大聖女がいないと杯の神聖力が溜まらなくて困るって」
「それは相手の都合でしょう。貴方自身には関係ないし、困るのなら強力な武器で交渉材料になる」
交渉という言葉はジュディも言っていた。
私は、みんなが困るから私が我慢すべきと思っていたけど、それは違うの?
「あの二人にしたって、どちらも選ばなくてもいいし、二人とも手に入れてもいい。貴方の選択と相手の選択は違う」
「言ってることがメチャクチャだよ」
「そんなことはないわ。選択肢を選ぶ立場だけではなく与える立場にもなりなさい。対等とはそういうことよ」
「嫌われたらどうするんですか?」
「それで嫌われたとして一人になるだけよ。でも、それが何? 人間なんて死ぬときはいつだって一人よ」
あっけらかんと言われて、そうなのだろうかと思う。
私は、リツキを失うことも、アンリを失うことも怖かった。今も怖いし、なくなったら私には何もない。
「ドロテアは、ひとりは怖くないの?」
冷めたお茶を飲みながら言うと、ドロテアは少し驚いた顔をしてから、花咲くように笑った。
「そうね。寂しいかもしれないわ。貴方が友達になってくれる?」
友達?
ドロテアはさっきから、私を騙さないように話してくれてるようだし、良い人に思える。
昨日、敵を間違えるとか言ってたし、友達になっても今のところ問題がない気がした。
「うん。なる」
私の返事に、ドロテアは驚いたという顔をしたまま固まる。
そして、少し息をついた後に、照れた表情をしてからプレッツェルを齧った。
「昨日まで敵だったのに……心配になるわ。騙されないようにするのよ」
「言われたから答えただけなのに」
心外なと思いながら、私もプレッツェルを食べる。
二人とも話さなかったが、気まずい空間ではなかった。
部屋の扉がトントンと叩かれて鳴る。
「聖女様、帰りますよ」
ジュディの声が聞こえた。
「ごめん。もう時間みたい」
「もう少し話をしたかったけど。今度は朝に連絡してから一人で来て」
「わかった」
頷くと、ドロテアは棚からコインくらいのサイズのプレートを持ってきて、私に手渡した。
「これ、神聖力を入れて押したらこっちに連絡が来るから」
「便利だね! ありがとう」
こんなの他の人の分も欲しい。便利だろうな。
「素直~……懐くと言うこと聞いちゃうのね」
「断る時は断れるよ」
「まぁいいけど。貴方は、貴方なりに選んで選択することを覚えなさいね」
髪をかき上げながら、ドロテアはため息をつく。
「選ぶことに罪悪感も要らないわ。それは貴方が貴方の自尊心を潰すために自分で作り出した敵なのだから」
「罪悪感は自分で作り出してる?」
言われた言葉が意外で、止まってしまう。
(そうなのかな……)
「記憶の中の貴方は自分を責めていたけど、誰もそんなことは言ってないでしょう? 敵は自分よ」
(敵は、自分……)
「さ、帰りなさい」
ドロテアは扉を開けて、考えている私の背を押して、部屋から外に出す。
振り向いた時には、扉はしまっていた。
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