囚われのリツキは、正気のまま壊れていた。
リツキが監禁されているので、聖女宮に向かう。
受付で手続きをしてから、アンリと一緒に瞬間移動でドロテアの部屋まで行った。
「流石に室内までは入れないか」
部屋の扉をノックする。
扉が自動で開いた。
ドロテアの部屋は、黒字に薄い紫の色調で中華風の内装の部屋だった。
「あら、今日は神聖力が高いじゃない。お呼びじゃない奴もいるけど」
見えてはいるらしいけど、奥から声がするし姿は見えない。
室内に足を踏み入れた。
「ポーションを死ぬほど飲んできたの! アンリは半殺しするなら必要だから連れてきた」
「なんかミユ、いつもより攻撃的だね」
アンリは楽しそうにしている。
部屋の扉が自動的に閉まって鍵がかけられた。
「ドロテアは最初から足引っかけて倒してきたから敵扱いだよ」
「敵扱いだとこうなんだ。面白い」
「ちょっと話し合いをしたくて呼んだだけよ。今日は何もするつもりはないわ」
声のする方に歩いて行く。
隣の部屋の入り口で、足を止めた。
目の前の薄暗い部屋のベッドに半裸で転がされているリツキと、寄り添って寝そべる私がいた。
「なんの冗談」
不機嫌な私にドロテアが化けたらしい私は微笑んで見せる。
アンリは心底嫌そうな顔をしていた。
「反応してくれないから、見た目を変えてみたの」
リツキは、私の顔を見てバタバタと暴れた。
「それで反応したら中身が誰でもいいってことになるでしょ!」
リツキは死……という感じにシュンとした。
反応したっていうのなら、当たり判定がガバガバすぎる! 声も違うのに!
「とりあえずうちの弟から離れて!!! 性犯罪者!!!!」
怒りながらリツキを縛ってるロープのようなものを神聖力で解こうとする。
だけど上手くいかなかった。
「硬い」
「ドロテアの神聖力が入ってるからね。コントロール力がいる」
アンリはそう言うと、指を動かす。
スパっと手と足を縛っているロープが切れた。
「凄い! やっぱりアンリを連れてきてよかった」
「コントロール力は多分、僕がここでは一番上だから」
リツキが身体を起こしたが、私に化けたドロテアが抱きついて止まる。
「リツキは女に弱すぎる」
「見た目が似ていればミユじゃなくてもいいんだよ。良かったね。更生だ」
リツキはブンブンと首を横に振った。
言葉がしゃべれないのかもしれない。
(リツキを喋らせることくらいはできるんじゃないかな?)
ここに来てからリツキの口が開いてるところを見たことがないので、口を開くよう神聖力を放つ。
ぱか、とリツキの口が開いた。
「やった! 口が開いた」
「四級聖女でも、このくらいのことはできるのね」
「ミュー、体が動かないから、そっちいけない」
リツキが情けない声を出す。
ドロテアがはだけたシャツから見えているリツキの肌を撫でた。
ぜんぜん自分の動作とは違う優雅さだったが、自分の姿でそんなものは見たくなかった。
「不快なんだけど」
「この子、わたくしの目を盗んで行方不明の聖女を見つけようとしていたの。だからお仕置きよ」
シャツの中に顔を埋めるのを見て、動きを止めて顔を引き上げようと神聖力を使う。
「あら、やるじゃない」
私の姿のドロテアは、笑いながら私の神聖力を辿って、私ごと引っ張ろうとした。
アンリが私とドロテアの神聖力の繋がりを切る。
「その姿で好き勝手されるのは不快だ」
アンリが小さく呟くと、ドロテアの変身が解ける。
長い金髪が、リツキとベッドの上にばさりと落ちた。
「大聖女だけだったら面白かったのに、ウィリアムソンの奴がいるせいでつまらないわ」
気だるげに話すドロテアは、私の見た目じゃない方がよっぽどモテるスタイルで顔も良かった。
「ウィリアムソン家も、こいつも、行方不明の聖女を見つけてどうするっていうの? どうせ魔王に渡すんでしょ?」
「わたくしたち聖女は犬猫じゃないの。人間よ。魔王も王宮の連中も、好き勝手にしていい存在じゃないわ」
魔王はともかく、王宮の連中?
魔王も行方不明の聖女を抱いてるとは言ってたし、もしかして内部はけっこう酷いことになってる?
「もしかして、保護してるんですか?」
「さぁ。知らないわ。あ、これあなたの真似だけど」
いたずらを考えた少女のような様子でドロテアはこちらを見る。
リツキの拘束が解けたらしく、突然動いてはだけた服を直しはじめた。
「聖女が自分なら、好きな相手なら簡単に引き渡さないはずなのに、他人になるとすぐに人権をはく奪する」
「魔王領で神聖力が欲しいなら神官が行けばいいでしょ。そこの顔が綺麗な奴でもいいんだから」
冷めた目でアンリを見ながら、ドロテアはゆるりと私を指さす。
「貴方たちはいつだって間違える。他人にとって誰が敵かも、味方かも、表面上しか見えないし、見ない」
ドロテアは手を横にスライドさせる。
「神聖力が甘くて美味しいのは、他者にとって甘くて美味しい人間だから。群がる蟻にとっては最適」
口の中に、甘い花の蜜のような味が広がった後、苦くて甘い薬用のシロップのような味が広がった。
私以外の二人も表情を変えていたので、きっと同じような味を感じたのだろう。
もしかしたら、魔王が前に言ってたまずいと言っていたポーションは、薬用のシロップのようなこの味ではないだろうか。
でも貧民街で病人を治していた時は、みんな幸せそうで味について文句を言っている人は、一人もいなかった。
「神聖力の味を変えられるんですか?」
「本当のことが知りたかったら、わたくしを懐柔しなさい。大切なことはそれから」
ドロテアは花咲くように笑って手をパチンと叩く。
触られてもいないのに、世界が反転して暗くなる。
気付いたときには、ドロテアの部屋から出た廊下の、ドアの前にいた。
まわりを見ると、アンリとリツキもいる。
「あいつ。もしかして僕よりコントロール力があるのか?」
ぽつりとアンリが言った。
「帰ろうか」
いつまでも廊下にいても仕方がないので、明るく言ってみる。
突然、私の手がギュッと掴まれた。
「ねぇ、ミュー」
リツキだった。
「俺。魔王に俺用の神聖力を吸い取るシステム作ってもらった」
「……え」
「案外殺せそうだったから、殺そうとしたら作ってくれた。でも殺してないよ。ミューがダメって言ったから」
ニコッとリツキは私を見て笑う。
今まで見てきた笑顔と似ている気がするけど、目が笑っていない。
それに、いつか見た真っ黒な目に似ていた。
「あの、大丈夫?」
心配になってリツキに声をかけた瞬間、後ろにひっぱられる。
アンリが、私の背後に回って抱きしめていた。
リツキが私の両手を掴む。
「だから今度測りに行こう。前回は傷つけちゃったけど、こっちが三倍くらい高く出てたらしいよ。凄いよね」
「でも、私、もう、アンリと」
「魔王はこっちで確定でいいって言ってるのに?」
アンリがリツキの手を放そうとするが、離れない。
勇者が神聖力を無効化できるというのは、きっと本当なのだろう。
「あれからまだ一ヶ月も経ってないんだから、その間、そっちがいい思いしただけで、勝負は決まってない」
「私は、勝負の景品じゃないよ」
「でも、死にたかった俺を生かしたのはミューなんだから、平等であるべきだ」
生かしたかったのは、そういう意味じゃない。
でも、それしか生きる理由がないとしたら、私は無責任に手を差し伸べただけの残酷な人間なのだから、受け入れるべきなのかもしれない。
それに、魔王が殺せるなら、アンリだって殺せる。
アンリはここまで見越して見殺しにしようとしてたのに、それを拒否して助けたのも私だ。
「……分かったから。考える時間がほしい」
「三日後、ユウナギ邸に来て」
手がグイっと引かれて、上半身がリツキと近づく。
「好きだよ。ミュー」
そっと、優しく口付けられる。
あまりのことに、目を閉じる暇もなかった。
腕がはなれて、その瞬間世界が反転して、目の前が暗くなる。
気付くと、アンリの家にいた。
「あいつ、僕の目の前で」
神聖力が効かなかったアンリは、悔しそうにつぶやいた。
緊張が解けて、足から崩れ落ちる。
リツキの様子がおかしかったというか、身がすくむような怖い雰囲気があった。
「私、アンリと別れるつもりないけど、どうしよう」
「とりあえず家の中にいて。受付に帰る署名しないといけなかったから、行ってくる」
「ごめんね」
アンリは、私を見ながら小さく首を横に振る。
「僕も、別れるつもりはないから」
言い残したまま、アンリは消えた。
リツキは別れたあとも落ち込む様子さえなかった。
私は、自分がすぐに諦めてしまうから、相手の想いの強さを誤って考えていたのかもしれない。
リツキは私がこの世界に本当に来ると分かってもいないのに部屋まで用意していたのだから、執着して当然だ。
(……でも、死にかけてるリツキを放置なんて絶対できないし、見捨てたら私は私を許すことはできない)
私は、どうしたら良かったんだろう。




