残酷な私は、緩やかに死ぬ貴方を引きずり上げる。
日は、とっくに暮れていた。
アンリに連れられて瞬間移動で自宅に戻る。
明かりをつけて久しぶりに見た自宅は、一見何も変わっていないように見えた。
ふと見ると、流し台に乾燥した私の吐き痕が残っていた。
(流す余裕がなかったけど、見たらショックだよね)
でも、水はどうしてるの? もう一つの方?
「あいつは二階にいる」
「じゃあ、アンリはここにいて」
「神聖力が足りなくなったら、こっちに戻ってきて」
「分かった」
アンリを置いて、二階に行く。
部屋に入ると、変な匂いがした。
死んだ子どもの匂いを思い出して、ドキリとする。
「リツキ」
名前を呼ぶと、布団がもぞ、と動いた。
(生きてる。良かった)
流石に死体は見たくなかったからホッとした。
「リツキ、大丈夫?」
布団を剥がそうとすると、拒否された。
「ちょっと帰ってくるのが遅くなったけど、怒ってないよ」
「……風呂入ってなくて見た目が酷いから見せたくない」
弱く、枯れた声だった。
リツキの声だと思えなくて驚く。
「じゃあ、そのまま回復かけるね。拒否しないで」
「かけなくていい。もういい」
力なく話す声に、腹が立った。
私だってこの世界に来て、こんなことしたかったわけじゃない。
大聖女なんて肩書いらない。なんなら死んだままでも良かった。
なのに気持ちの折り合いをつけて、心を砕いてここまで生きてきてるのに。
「死ぬ気? だめだよ」
本当に、許せなかった。
自分は好きだったからいいかもしれないけど、こっちは情に流されてこんなことになってるのに。無責任だ。
「もし、この世界に連れてきたのがリツキだったとしたら、私を置いて死ぬのは許さない」
リツキは返事をしなかった。
無言で回復をかける。
よくわからないけど、拒否されてる感じはしなかった。
「別に、世の中に女性なんていっぱいいるんだから、これからいくらでも恋なんてできるよ」
慰めながら、胸が痛くなる。
それは手を放した側だから言えるのだというのは、自分でもよく分かっていた。
でも、私はアンリと仲直りしようと思った時に、リツキのことは気持ちに蓋をして気持ちに折り合いをつけた。
この気持ちの蓋は、地獄の窯の蓋に似ていると思う。
だから、そう言うしかなかった。
「ミューは、俺が諦めようと思って、他の女と付き合っても勃たなかったこととか知らないからそんなこと言えるんだ」
リツキは消え入りそうな声で言う。
……ん?
よくわかんないけど、なぜか性のお悩み相談されてる?
「俺だって、困らせたくなかったけど、無理だったのに」
「性の悩みには疎いんだけど、単純に、初めてはだれでもミスするって聞いたことあるよ」
人から聞いた情報だけど。最初は緊張で難しいと聞いたことがある。
「三回だめだったし。病気かなと思ったけど病気じゃなかったし」
それは……相手もお気の毒だなと思う。
リツキがそういうことをしてるというのはやっぱりショックだけど、私がショックをうけていい問題じゃないと思いなおす。
っていうか学生でそんなのいつするんだろう。知らなかった。
「それは大変だけど、私は男じゃないから、知らないというか無いからメカニズムが分からないとしか言えない」
「違うよ。ミュー相手にしか勃たないって言ってるの!」
「えぇ」
ビックリしすぎて、気の抜けた言葉を返してしまう。
「えーっと、私でも無理なんじゃない?」
「それは問題なかった」
したことないのに確認済みだった。
「それに、キスくらいは、キス以上のことしたいから、キスくらいなんだよ。別に適当に思ってないよ」
……そうだったんだ。
自分のことだと認識するといいんだか悪いんだかと思うけど、適当じゃなかったんだ。
「そっか……わかった。恥ずかしい。死にかけは治った?」
顔が赤くなってるのが自分でもわかる。
リツキの様子は見られていないから、どこが悪いか、治ってるか治ってないかもわからないけど。
「感染症とか、膿んでるところとかは治った」
えっ、感染症?!
「やっぱり傷とかあるなら、見た方がよくない? そういえば水とかないけど、ちゃんと食べてる?」
「水は……飲んでない。だからしゃべると口の中が痛い」
「いろいろ用意する」
着替えと下着をタンスから出して渡す。
急いで一階に行くと、水を汲んだ。
アンリが冷めた目でこちらを見ていた。
「ごめんね。もうちょっと」
お湯を沸かしつつ、小声で言う。
「優しくするだけ残酷だと思うけど」
アンリは普通の声で言った。
そんなこと言っても、放ってはおけない。
熱めのお湯が沸いた鍋にタオルを入れて、水と一緒に持っていく。
二階の部屋に入ると、リツキが上半身を起こして服を脱いでいた。
背中にはぱっくりと大きな傷があったし、げっそりと痩せている。
布団は、血かなにかわからない茶色の汚れで酷く汚れていた。
「お水飲んで。今タオル絞るから」
コップを渡して、タオルを絞って、背中の傷口を拭く。
もう一度ゆすいで絞ると、水を飲んでいるリツキに渡した。
「自分で拭きたいところ拭いて。傷治すから」
背中の傷を神聖力で治す。
「ミュー」
「なに?」
「この前は、本当にごめん。なんであんなことになったのか、本当に分からない」
力なく話すリツキはこちらを見ていないので表情は分からない
あの時の絶望的な顔を見たら、それは私にもわかるので、責める気持ちにはならなかった。
「リツキは勇者だから、あの装置に乗ると神聖力がとられて頭おかしくなっちゃうんだって。だから仕方ないよ」
「勇者のせい? でも、だからって、あんなことするつもりじゃ」
「リツキにとっても、あれは不幸な事故だったんだから、それでいいよ」
話題を断ち切るように言う。
もう過ぎてしまったことを話しても意味がない。
それに、もう大聖女として付き合うのはアンリになってしまった。
「でも、だから今までみたいなことはできない。それはごめんね」
「……え?」
「私は杯を満たさないといけないから、もうリツキとはそういう関係は無理なの」
残酷だとは思う。だけど、ちゃんと決定したことは決定したと言ってあげないと、もっと残酷だ。
優しさは、たぶん相手と一緒に自分も傷つくことだと気付いた。
「これからは、普通の弟として接するから」
この身体に抱きしめられるのは、もう二度とないんだろうなと思う。
(息がしずらいな。苦しい)
でも、今までがおかしかったんだ。これでいい。
「嫌だ。さっきの話聞いてたよね?」
「でも、これは私達の問題じゃなくて、杯を満たせる人じゃないと無理だって話だから。ごめんね」
「俺もあのシステムを使えるようになったら可能性はある?」
「それは……わからない。だって……」
それ以上言えなくて、口を閉じる。
だって、アンリとの関係がもう進みはじめてる。
でもだめだと言ってしまえばリツキが死んでしまいそうで、言えなかった。
いつのまにか、傷はきれいに治っていた。
口調もいつのまにか枯れた声ではなくなったので、回復しているのだろう。
「もう、傷治ったね。他も全体的に綺麗になった」
話題を変えるように話して、かわりに血や膿などで汚れた服を持つ。
シャツがバリバリになるほどの膿と血が変なにおいの原因だと気付いた。
(本当に死にかけていたんだろうな)
服と、空になったコップや鍋を持って、足早に部屋を後にする。
本当はシーツも変えたいし、ご飯とかも作ってあげたい。
だけど、アンリが許してくれるかな。
下に降りる。
アンリがいつの間にか、すぐ食べられるものと食料を買ってきてくれていた。
「あ、ありがとう」
「明日、手伝いのものを出すから、ミユは何もしなくていい。もうそろそろ帰ろう」
「うん。わかった」
ああ、やっぱりだめかと考える。
すぐに食べられるものをお皿によそって、水と一緒にリツキに持っていった。
リツキは、着替えて横になっている。
「ごめん。もう帰るね。ご飯置いておくから」
他に、何か自分にできることはあるだろうか。
「あと、私の部屋にポーションが隠してあるから、良かったら飲んで」
食事を脇に置く。
リツキの手が、私の腕を掴んだ。
心臓が跳ねる。
「俺、諦めないよ」
改めてきちんと見たリツキの顔は、やっぱり昔の面影があって、力ない姿が見ていて辛かった。
「魔王にどうにか言ってシステムを直してもらうから」
「……そっか」
生きていてくれたら、それでいい。
だからこそ、否定も肯定もできない。
「また、会おうね」
「……うん」
リツキの声に後ろめたさを覚えながら答える。
力なく手が離れていった。
会いに来るとも言えないことが、今の距離感だった。
扉を閉めると、よくわからない感情でグッと喉奥が締まる。
何度か、深呼吸しながら下に降りると、アンリがこちらを見て立っていた。
「アンリ。帰ろう」
ゆるゆると視界が揺らぐ中、急いで階段を降りきる。
早く、消えてしまいたかった。
胸が苦しくて抱きつくと、世界が反転してアンリの屋敷に戻る。
「残酷だよね、ミユは」
泣いていた私を見て、アンリは頭を撫でる。
「ごめん」
「いいよ。人と別れることは辛いだろうから。それが弟でもね」
失敗した、と思う。
やっぱり、あんな関係になんてならない方が良かった。
ただのキスだけだったら、もう少し傍にいることも許されたのに。
捨てられないなら、やっぱり綺麗な関係でいたほうが良かった。




