優しい聖女と悪い聖女
翌朝、勉強会というものをするために、神殿までリツキに送ってもらった。
聖女が登録する時期はバラバラなので、教科書を読んで実践しつつ分からないところは聞く式らしい。
神殿は、すべてが真っ白な石造りで扉も窓ガラスもなく、柱と少しの壁で作られていた。
ただ、中に入ってみると、ちゃんと窓も扉もあるという不思議な作りだ。
勉強をする室内には、30人程の聖女がいる。
外には、昨日嫌がらせをしてきたドロテアを含む10人が外で練習していた。
(少なくとも40人くらいはいるのか。多いなぁ)
昨日と同じように目に神聖力を使って、本を読む。
初級では、自分の体の中や外に神聖力を貯めておく方法や人に神聖力を渡す方法などが書いてあった。
あと、呪文もいくつか書いてあった。
「神聖力のコントロールの仕方は、ものを動かす、ね」
本を読みながら口に出して覚えていく。
積み木のような木材を一個一個動かしていった。
(むずかしい。一個ずつより、いくつかまとめて動かしたほうが楽だ)
隣では、同じような年齢の女の子が自分と同じ作業をしている。
黙々と一個ずつコントロールして積み木を重ねている様子は、とても上手だった。
(コツとか教えてもらおう)
女の子は、ミルクティーのような髪色で、肩くらいで切りそろえてある。
笑顔を作って話しかければ、何とかなる。 上手くいけば友達もできるかもしれない。
「あの! 私、ミユキって言います!」
話しかけると、こちらを見た女の子は、キリリとした目を少し見開いてこちらを見た。
わー、目が宝石みたいに赤い! シュッとしててかわいい!
「その動かし方にコツがあったら教えてくれませんか?」
「……今、どうなってるの」
女の子は無表情で言う。
私はやったーと思いながら、積み木を持ってきた。
「こうです」
神聖力を使い、数個の積み木を同時に動かして見せる。
女の子は、無表情で少し考えると、私の動かす積み木の一個を指さしてクイっと引っ張った。
積み木は指さされたものだけ、簡単に女の子のほうに飛んでいく。
「こう。全体を見ない。一個の中心に、糸がくっついてるように考えて……動かす」
「なるほど」
言われた通り、一個の中心と考えながら動かす。
一個だけ思い通りに動かせた。
「できた!」
それを見ながら、女の子はニコ……と笑う。
愛想みたいなのはないけど、優しくていい子だなと思った。
「教えてくれてありがとう!」
「いいえ」
そういうと女の子は無表情になって、本を読み始めてしまった。
友達が欲しかったけど、名前も教えてもらえてないから、嫌なのかも。
すごすごと自分の机に戻り、自主練習をする。
外では、キャッキャと聖女が三メートルほどの巨大な氷を作っていた。
(能力があれば、あんなの出せちゃうんだなぁ)
ぼんやりと外を見ていると、ドロテアが外からこちらに向かって歩いてきた。
ほんの一瞬、ドロテアが外で作っている氷を見る。
ゾク、と鳥肌が立った。
氷が次の瞬間、脈打つようにビクンと揺れる。
氷を作っている聖女が叫ぶ。
庭で悲鳴が上がった。
ビシッ
氷にヒビが入った。
教室にいる人間も、叫び声に気付いて外を見る。
(……どうしよう)
パッと教師を見てみると、叫んでる聖女もいるのに居眠りをしていた。
(防御の呪文はあるけど、氷が砕けて飛んで来たら、みんな怪我する!)
(氷を、膜!! 膜みたいなもので包めたら)
そんな力、自分にはないけど、必死に祈る。
身体から力が抜けていく感覚があった。
次の瞬間、氷が弾けた。
ように見えたが、ボフッと鈍く大きな音を立てて、氷の形が四方八方に弾け散るような形で留まる。
(膜みたいなものがある?)
弾けた氷が、固まってその場にすべて落ちた。
逃げようとしていた聖女が、力なくその場に崩れ落ちる。
(ど、どういうこと?)
(でも、なんかよくわからないけど、助かった)
力が抜けそうになる身体を支えて、机に手をつく。
「……あなた、一級聖女?」
後ろから声をかけられて振り返った。
さっき神聖力の使い方を教えてくれた女の子だった。
「え、四級聖女だよ」
ひそひそと話されたので、同じようにひそひそと返す。
「四級はあんなことできないし、ドロテアが氷に細工をしたって気付いたでしょ」
「本当に、なにもしてない……と思う。ドロテアが何かしたっていうのはなんとなく分かったけど」
「二級以上の聖女なら、ちゃんと見ていたら神聖力が誰が使ったかくらいはわかる」
「ほら、だからドロテアもあなたを見てる」
言われて女の子の視線の先を見ると、ドロテアがこちらを睨んで立っていた。
氷を砕くのは嫌がらせというよりテロだと思うけど、なぜその犯人がこちらを睨むのか。
ドロテアは、私と数秒目が合うと、視線を外して室内から出ていってしまった。
「気をつけて。今一級聖女が一人しかいないのは、ドロテアのせいだって言われてるから」
「一級聖女って他の人もいたの?」
「二人いた。でも、二人とも不可解な事故に巻き込まれて行方不明だ」
後ろからひそひそと話されて、そんなに死んでいるのと思う。
気をつけてと言われても困るが、聖女の中に犯罪者がいるという事実を知れただけでも良かった。
「は~……聖女じゃなくて人殺しかもしれないなんて怖すぎる」
ため息を使いながら、頭をおさえる。
なぜか、頭が重かった。
女の子はこちらに握手をしようと手を差し出す。
「わたしの名前はアンリ・ウィリアムソン。なにかあったら相談して」
「ありがとう。よろしくね」
わたしも手を差し出した。
瞬間、ぐらりと身体が揺れる。
(あれ、おかしいな)
視界が全部黒い。
その場で意識を失った。