仲直りの後は、布ナプキンを作ろう。
泣き止んだ室内で、アンリは私の手を握っていた。
「僕もあいつも、ミユの弱みにつけこんだせいで、辛い思いをさせてごめん」
「つけこんでないよ。嫌なら断ればいいだけだし」
「断れない状態だったよ。僕にしろあいつにしろ、断ったら人生の選択肢が減る状態だったんだから」
そうなのかな。欲に流されてると思っている部分が多いけど。
でも、たしかに私は、リツキ以上に何も持ってない。
「ミユは汚くないよ。それに僕はもっと汚い。弱みに漬け込んでも楽しかった」
アンリは床を見て話すと、顔を上げてこちらを見ると、少しだけ寂し気に笑った。
「……だから、途中から別れるって言いたそうだなって思ってたし」
「別にそういう理由じゃないけど、気付いてたんだ」
「だって、イチャイチャしてる時は楽しそうなのに、いつの間にかすごく暗くなるし、弟は捨てられなさそうだし」
そこまで言うと、歯切れ悪そうに口を閉じる。
私を見るのをやめて、床に視線をむけた。
「途中から、あー、弟ともやってるなって思ってたし」
諦めたような口調に、ズン、とした重い気持ちになる。
やっぱり気付かれていたんだ。
「なんか、泣いてるの見てたら、おかしくなっちゃった……」
「僕が泣いてるの見ても変になってるしね。おっぱい揉ませるとかいうし」
「あれはジュディさんが言っちゃったけど、アンリだからいいと思ったんだよ」
私だって、嫌だったら断れる。断らなかったのは、触られても後悔しないと思ったからだ。
「……そう」
アンリは少し驚いたような顔をした後、少しだけ照れる。
「でも、身体から血が出てるって言ってた。そんな時に触っていいもの?」
「たしかに胸が張ってるから、ちょっと痛い時期……」
「じゃあ今度でいい。お詫びより、そういう気分の時の方が絶対いいから」
優しい言葉に、ビックリしてしまう。
女性が生理でも胸を触らせた方がいいというなら、そんなものなのだと考えてしまっていた。
「アンリって本当に理想の彼氏すぎる……」
思わずつぶやくと、アンリは口を尖らせた。
「じゃあ、捨てないでね」
アンリは少し笑って下を向く。
私のせいで、本当に酷い目に遭わせてしまった。
どうにか慰めたくて、立ち上がってアンリの頭を抱きしめる。
「本当にごめんね」
アンリは無言で、少し頭を動かす。
片手で頭を抱きしめたまま、背中をポンポンした。
アンリがずっと無言なので、泣いてるのかなと思いながら背中を叩き続ける。
本当に申し訳ないことをした。
(でも、前かがみはちょっと生理中の身には厳しいな)
優しくはしたいのに、身体がきつい。
ほどほどのところで身体を離した。
「ごめん。腰がきついから、ここまで」
アンリは別に泣いている様子もなく、無言でぽやぽやしていた。
「えっと……?」
「なんか、いろいろどうでもよくなった。おっぱいはすごい」
なんでいきなり胸の話?
「え? 何の話?」
「いや、いきなりおでこに胸を当ててきたから」
「違うよ! あれは元の世界で慰める時とか、励ますときとかにやるの!」
胸を貸すとか、相手の胸で泣くとか、そういう時にやるやつって、この世界にないの?!
アンリは驚いた顔をしながらこちらを見つめる。
「えっ、そんなのいやらしい習慣があるの? 他の奴にもやった可能性があるってこと?」
「いやらしくないし、そんな意図はないから、覚えてないよ……」
「もう他の奴にやったらだめだからね」
拗ねた顔をされて、思わず笑ってしまった。
「わかったよ」
なんか、もう大丈夫になったような気がする。
ジュディの言うことは、とんでもないと思ってたけど、本当に効くんだ。
「あっ、そうだ! ジュディさんが部屋で待ってるんだった!」
部屋で待っていると言って去ったジュディのことを思い出す。
ずっと待ってることはないと思うけど、一応早く戻らないと。
「別に使用人に合わせる必要はないけど。じゃあ行く?」
「うん。仲直りできたの、ジュディさんのおかげだし」
私の言葉に、アンリは少し笑いながら手を掴んで瞬間移動をする。
世界がひっくり返って、私がいた部屋に帰ってきた。
部屋の中では、ジュディが立ったまま縫物をしていた。
「おまたせしました!」
「あら、お二人とも。仲直りできたんですね。おっぱい触りました?」
「それはまた今度。あんまり下品なことはミユに教えないように。すぐ信じるから騙される」
アンリは赤い顔をしてジュディを注意する。
ジュディは下着を縫いながら、ハイハイと適当に返事をした。
「じゃ、ぼっちゃん帰ってください。聖女様に下着を合わせて確認するので。のぞいたらダメですよ」
「えっ」
「ぼっちゃん。お仕事が進んでないってお兄さまが言ってましたよ。さ、男は帰った帰った」
ジュディは唖然とするアンリをぐいぐいと押して扉のほうに連れていく。
「わかったよ。確かに溜まってるし……じゃあ、ミユ、あとでね」
アンリがこちらを見たので、あわてて手を振る。
ニコッと笑うと、姿が消えた。
アンリがいなくなった部屋で、ジュディと一緒に二人掛けの椅子に腰かける。
(それにしても。アンリは勉強をする身じゃなくて、仕事をする身なのか)
一緒にいる時にぜんぜんそれっぽいことしてないから気づかなかった。
(なんていうか、私って世間知らずだな……。ぜんぜん年上っぽくなくて情けない)
「じゃあ、聖女様! なにか作りたいものがあるんですよね?」
ジュディは布がたくさん入ったバスケットを机の上に乗せる。
「これを使ってもいいんですか? これなら布ナプキンがたくさんできそう」
「布ナプキン?」
「今って、月のものの時、下着と肌の間にぼろきれを置いて布に血をしみこませてるじゃないですか。でも漏れそうで怖いです」
「漏れるのは普通では」
「普通じゃ困ります。間に置いた詰め物が床に落ちても困ります。だから固定するものが、私のいた国にはあったんです」
今つけてるショーツは、現代の下着に似ているけど、ゴムとかはついていないのですぐにポロリと血が付いた布が落ちそうで怖い。
本当にさっきはアンリと話しながら、内心ひやひやしていた。
「なるほど……そんなものがあるんですね。便利ですね」
「なので、作ります!」
「じゃあ、お好きにどうぞ。私は下着を縫ってるので」
「下着を試すんじゃないんですか? 漏れてるかもしれないから、しないほうが助かるんですけど」
「大丈夫です。ぼっちゃんのお気に入りの聖女様と話したいから言った口実ですから」
「なるほど、良かったです」
ホッとしながら、練習に作るので、なるべくゴミみたいな布を探す。くしゃくしゃに折れた布があったので、これでいいと思った。
型紙はないけど、長年生理用ナプキンを使っていたので、大体のサイズ感はわかっているので気が楽だ。
布で厚みをもたせいので、複数枚布を切り出す。
そういえば、正装の服はどうなっただろうか。
「昨日着ていた服ってどうなりました?」
「あ、洗って全部綺麗になりましたよ。ご安心ください」
「良かった。高いと思うので、心配だったんです」
たぶん、吐いたものの一部がついていると思ったから、本当に良かった。
「ぼっちゃんが絶対私に合わせなかったのに、昨日は一番に私を呼んだので大体察しはつきますが。気分は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
布を縫いながら返事をする。
たぶん、ジュディには私が何かの被害にあったんだと思われているんだろう。
ジュディはどういう人物なのか気になるけど、悪い人じゃなさそうだから詮索は止めておこうと思った。
「下着、作ったと言いましたが、妹が作っていたものを持ってきただけなんですよね」
「だから布が切りっぱなしだったんですね。足のあたりが上手く切れてるから驚いたんです」
「聖女様と妹は体型が似てるので丁度良かったです」
私も自分が身につけていた下着はあるけど、ちっちゃい布が伸びるタイプで、ここで真似してつくることはできなかったので助かった。
「妹も縫物が得意ですから、お手当がもらえるなら妹にも作ってもらって、早めに終わらせますよ。上の胸当てとあうデザインにしたらぼっちゃんも喜ぶでしょうし」
「ありがとうございます。まだ下着は事故でしか見せたことないんですけど、おしゃれなほうがいいですよね」
厳密にいうと、ボロボロの手作りブラならあるけど、あれは見せたうちに入らないと思う。記憶から消してほしい。
「えっ! 見せたことないんですか? なるほど!」
え、そんな世の中ビックリするものなの?
まぁ貴族みたいな気がするし、大体こういうのに寄ってくる女性は下着くらいサッサと見せてくるか。
考えながら、ぐいぐいと布ナプキンを作る。
縫い方がひどい、雑巾のような布ナプキンができた。
「それが布ナプキンというものですか」
「見た目は残念ですけど、一応。ちょっと下着を貸してください」
ジュディが作った可愛い下着を手に取る。手縫いなのにビックリするほど綺麗だった。
私が作ったものはというと、ゴミっぽい。なんで私が作るとゴミみたいな出来なんだ。
下着の股の部分に取り付けてくるんでボタンを留めるものをとりつけて、それに挟んで使用する吸収する布をひもで固定して二段重ねにする。
吸収する布の、長いバージョンがないと安心して眠れないと思っていたので、作れてよかった。
「こんな感じで使います。上の血を吸収する布をこまめに変えれば、今よりずっと不安なく生きられます」
「へぇ、これなら落ちなさそう。便利ですね」
組み合わせたものをジュディに見せると、ジュディは感心したように作ったものを眺めた。
「私のアイデアじゃないですけどね。どこかの賢くて優しい人のアイデアです」
「じゃあ、つけてきますね。そろそろ交換した方がいいので」
そそくさと布ナプキンを外す。
目の前にジュディの手が出てきた。
「つける前に型をとらせてください! 何個かつくるために!」
「え、あ、はい」
確かに汚してから型紙はとれないもんなと思いながら、ジュディが布を切っていくのを見る。
ジュディが作ってくれるなら、こんなゴミみたいな見た目にならなくてすむから、皆使いたいかもしれない。
(そのためには、自分でつけて使用確認しよう!)
フン! と気合を入れる。
ふと、リツキは大丈夫かなと考えてしまう。
気を抜くとすぐに考えてしまうけど、神聖力も足りないし生理で移動もできないから今日は無理だ。
目の前にやるべきことがあって良かったと心から思った。




