君の瞳には誰が映っている?
食事が下げられたテーブルには、二人分の紅茶とお菓子が残っている。
(そろそろ、昨日の話をしないとな)
リツキのことも気になるし、これから神聖力をどうするかも気になる。
「あの……さ。昨日のことだけど」
「弟のことなら知らないよ。ミユのことを家に連れて帰って戻ったら、もう帰ってたから」
話をかぶせるように言われて、固まってしまう。
あまり聞かれたくないんだろうなというのは、今の態度で理解できた。
(どうしよう。じゃあ自分であとで見に行くしかないか)
今は神聖力がないけど、瞬間移動できるレベルまで溜まったら自分でいくしかない。
アンリはそんな私を見つめつつ、不機嫌そうな顔をしていた。
「あと、弟は勇者だから、あの神聖力を吸い取るシステムを使うと正気を失うんだ。ミユとはもう無理だよ」
「……どういうこと?」
「あの時、正気を失って襲われたんだからわかるよね」
アンリに言われて、昨日のことを思い出す。確かに、あのリツキは普通じゃなかった。
私もあの黒い大理石が原因だと思ったけど、やっぱりそうだったんだ。
「だって、ミユは神聖力を杯に貯めないといけないけど、正気を失ったやつとするのは嫌でしょ」
「……うん」
「良かったんじゃない? そのうち冷めて他の奴と付き合うよ。そしたら弟に戻るかもね」
そうなのかな。戻らない気がする。
リツキには、もう家族がいないのに。私まで見捨てていいと思えなかった。
気分が落ちこむ。
「アンリは、私とお付き合い継続……していいの?」
「え、別れるつもりだったの?」
「そういうんじゃなくて、アンリは私にはもったいないし、たぶん親切で魔王の話し合いまで付き合ってくれてるのかなって半分くらい思ってたから」
「そんな話一回もしたことないのに」
不機嫌そうにアンリは紅茶を飲んだ。
「ずっと付き合うつもりだから、あの神聖力を送るシステムのベッド、うちまで持ってきたんだよ」
「え、この家にあるの?」
「うん。あそこにあると、また覗き見されるんじゃないかって嫌だから持ってきた。ここのシールドは強靭だから」
「覗き見って……え?」
思考が止まる。
「僕たちがベッドにいた映像、魔王がいる部屋のテーブルで覗き見されてたんだ。音声はないからまだマシだけど」
「でも、結果的にそれで異変に気付いてミユを助けられたんだけどさ」
話を聞きながら、頭の中が飽和したような、変な感覚になる。
あれを、見られていた?
心臓が早鐘のように鳴っていた。
「リツキにも、見られてた?」
「見てたらしい」
血の気が引く。
別に服も脱いでいないし、写真に撮られても恥ずかしくない程度のことしかしてないけど、でも。
あの時、私は自分からキスして良いと思うくらいアンリに惹かれていた。たぶんそれは外から見てもわかるくらい。
「……ひどい」
だから、あの時体育座りしてたのか。
私とアンリが仲良くくっついているのを見て、だから、下手くそだからって言ったのか。
だからあの時、頑張るって……。
「そんなの、可哀想すぎる」
ボロ、と涙が落ちる。
「ミユは、誰のために泣いてるの?」
冷めた声で、アンリがこちらを見ていた。
「誰のため……?」
だって、リツキが。
だって、あの時、本当に嫌がって葛藤してた。あの石に乗りたくないって言った時も、止めていたらこんなことにならなかった。
断頭台に立つような気分だったのかもしれない。
その結果が、正気を失っても欲しいのは私くらいで。
最後に見た絶望的な顔も、今なら理解できる。
「見に行かなきゃ」
「行ってどうするの? 神聖力を献上できないなら、一緒にはなれない。残酷なだけだよ」
「でも、リツキは!」
「姉とセックスしたい弟なんて、そんなの家族じゃないよ。夫婦になれないならほっとかないと」
アンリの言葉に、胸が苦しくなる。
私とリツキは、もう家族の絆なんてものはなくなったのかもしれない。
でも、あの時、嫌だというのを止めないで気持ちを聞いてたのに、断頭台に登らせ首を切るような真似をしたのは私なのに。
「でもっ」
「ミユは!」
食い下がる私に、アンリはかぶせるように私の名前を呼ぶ。
「ミユはさ、僕が傷ついてないと思ってるよね」
それは、今まで聞いたこともない、悲しい色を含んだ声だった。
「ミユを助けたのは僕なのに、誰を想って泣いてるの」
「僕だって好きなのに。あいつみたいに我儘に行動して許されたら楽だって思ってるのに」
「違う、アンリ。だって、リツキは」
「違わない! 家族じゃなくて男だし、あいつが傷ついたのはミユの気持ちがこっちに傾いたからだろ。僕が努力した結果であいつがミユを見なかった結果だ」
一筋、アンリの目から涙が流れる。
「なのに、なんで……才能なんかじゃない。努力した結果なのに」
言葉が、出てこなかった。
なにか言わないとと思うけど、喉に何かが張り付いたみたいに、何も出てこない。
謝ろうと思っても、こんな一瞬でなにが分かるのだと思えて、なにも言えなかった。
「簡単に泣けるのは幸せな奴の特権だよ。こっちだって苦しいのに、ミユはあいつの傷ばかり見てる」
アンリは両手で顔を覆う。
「なんで気を遣って何も言えない方が、傷ついていないと思われないといけないんだ」
「もう、辛い……」
消え入りそうな辛そうな声を残したまま、アンリは姿を消した。




