それは、誰の尊厳破壊か(上)
約束の日。ユウナギ邸に3人で向かう。
正装で行ったけど、みんな真っ黒なので葬式のような気分だった。
数日間、二人といちゃいちゃして貯めた贈り物のポーションは2リットルになった。
本当はもっとあるけど、見せたくなかったので部屋に隠した。
気分は最悪だけど、これで喜んでもらえたら少しは立場がよくなるだろう。
ユウナギ邸は、飲み屋の二階の一室にあった。
合言葉を言ってから通されて室内に入る。
中は部屋のサイズに合わない空間が広がっていた。
石造りの部屋には飾りもなければ窓も、何もない。
ランタンの明かりがいくつもおいてあるので明るかったが、夜の室内のようだった。
部屋の中央にはテーブルを挟んで二つのソファが置いてあり、魔王が座っていた。
「いらっしゃい。まぁ座ってよ」
魔王が手招きしている。
アンリが席に座って隣に座るように言うので、隣に座る。
リツキは私の隣に立っていた。
「あ、これポーションです……どうぞ」
ポーションを渡すと、嬉しそうに魔王は受け取った。
「ありがと~、聖女ちゃんのポーションって甘くて美味しいよね。薄くてもすぐわかったくらい美味しい」
「それは良かったです」
なにも良いことないけど、社交辞令で言う。
私があの時、魔王を助けてなければこんなことにはなってなかった。
「ここに魔城のシステムを持ってくるのに一週間かかったけど、間に合って良かったよ~」
「魔城のシステム?」
「魔城は、聖女の余分な神聖力を吸ってくれる作用がある。だからポーションを作らなくても杯が満たされるんだ」
「あの、杯ってなんでしょうか?」
「杯っていうのは……ああ、見せた方がいいか」
魔王は、テーブルに手を置く。
テーブルの表面に、テレビのように石造りの飲み口が広いワイングラスのような形状の器が写された。
「これが杯。横が直径3メートルくらいある」
「ここに神聖力が満たされていれば、魔王領の魔物は狂わない。狂ったら君たち人間を食べてしまうからね」
魔王の説明に怖いなと思う。
「この国の人間の身体には多かれ少なかれ、多少の神聖力が含まれていますからね」
補足するようにアンリが言った。
「君たちの国にいる動物だって元は魔物なのだから、これは共存のために必要なことなんだよ」
そうか。魔物だから殺していいとかそういう話でもないのか。
この世界はもしかしたら人間という種類の方が少数なのかもしれない。
「で、今の杯の中身はこう。これはウィリアムソン家が集めてくれるポーションを使ってる」
杯の中が見えるアングルに移動する。中身が四分の1程度だった。
「少ないですね……」
「そう! でも大聖女がいた時代は杯は満たされていたんだ! 素晴らしいことだと思わないか?」
何も言えずに黙ってしまう。
素晴らしいことだとは思うけど、その対象が今は私だ。
「こっちだって、無理矢理なことはしたくないよ? でも全員の命と自分の自由。どっちが大事かはわかるよね?」
魔王に言われて、思わず頷く。
どちらが大事かと言われて自分だと言えるほど、私はずうずうしくはない。
「でも、ウィリアムソン家の子と付き合ってるっていうからさ。悩んだよ」
「だけど最近ポーションの供給量が少なくて暴走しそうだし。魔物やオレが暴走して人間を全滅させたとして、気狂いが残るだけだしさ」
手を大げさに動かしながら、魔王はつらつらと説明をする。
「だから、まぁ付き合ってるならしょうがないから、こっちに神聖力を吸い取るシステムを作っちゃおうと思ったわけ」
そう言うと、魔王は隣の部屋を指さした。
「あそこにあるシステムにのると、本来の神聖力より過剰な神聖力が吸収されて杯に送られる。ポーションを作らなくてもいいんだ」
便利だろ?という顔をして魔王は笑う。
たぶん、あそこでいちゃいちゃしなきゃいけないんだろうけど、他の人から見えないと思うとホッとした。
神聖力を吸収されたら四級聖女程度の神聖力になるけど、それは仕方ないことのように思えた。
(譲歩してくれてるし、悪い人じゃなさそう。そんな事情なら仕方ないよね)
(別に好きな人とするなら、そんなに負担なことじゃないし)
なんか、自分勝手に嫌だとか逃げようとか思ってた自分が恥ずかしくなってきた。
「すみません。関係を大事にしたくてそんなに深いことはしていないので、ご期待に沿えるか……」
アンリが静かな口調で切り出す。
「甘くない? こっちは死活問題なのに」
アンリの言葉に魔王は不機嫌な声で返した。
(ああ、そういえば、深いことするって話してた……当然、あっちはそのつもりなのか)
嫌だな。どうしようと思うけど、私は話を聞くしかできない。
「大聖女は無理にその……嫌なことをしようとすると身体が拒否反応を起こすんです」
真剣な顔で、アンリは私と魔王を見る。
あ、確かにそういうことあった!
だからアンリは確認してたのか。本当にかしこい……。
「えっ、マジで? 聖女ちゃん本当に?」
「そうですね……なんか具合が悪くなって気付きました」
横でリツキが動揺していた。
知られたくなかったけど、今言わなかったら無理に事が進むところだったから、複雑だ。
「それはしょうがないねぇ……でもこっちだって困ってるから」
そう言いながら、魔王はソファに腰かけて考える。
「じゃあ、行方不明の聖女ちゃん達をこっちに寄越して、杯を定期的に今より満たすんなら手を打ってもいい」
足を組んで、魔王はいいことを考えたというように笑う。
アンリが、眉をひそめた。
「行方不明の聖女は、死んだのでは?」
「いや。オレはポーションの味を見分けるのは得意なんだけど、ドロテアって子が隠してるな」
「あいつのポーションまずいし、なぜか消えた聖女ちゃん達の神聖力の味がする。でも言っても出てこないし、探しても見つからない」
魔王はそういうと、思い出すようにソファに深く腰掛けて上を向いた。
「いなくなった聖女ちゃん達も、多少だけど抱けば神聖力が上がる子だったし、おっぱいでかくて良かったんだよな」
付き合ってもなさそうだし、結婚してなくても、もう手を出しているとは。
「やっぱり聖女宮に置いておくと手を出されるって噂は本当だったんだ」
アンリが嫌そうな顔をした。
「そりゃあそうでしょ。直接貰った方が効率的だし。連れて帰りたいから探して」
「わかりました」
アンリが胸に手をあてて挨拶をする。
この国ではこういうのが了承の挨拶なのかな?と思ったので、真似して胸に手をあてた。
魔王が私達を見て、にっこりと目を細める。
「じゃあ、隣の部屋で上手いことやって神聖力を杯に送ってよ。大丈夫。防音だから」
「……わかりました」
とうとうこの時が来てしまったかと思いながら、アンリを見る。
「ミユ、行こうか」
アンリが立ち上がって手を出したので、その手を掴む。
リツキの顔は見られなかった。
立ち上がって隣の部屋に歩いて行く。
「あれ? 弟は一緒にしないの?」
背後から魔王の声が聞こえた。
「いや、俺は。一緒とかそういう趣味は」
「どういうこと? まぁいいや。じゃあアンリの後で測らせてよ。こっちは杯が満たされたらなんでもいいからさ」
どんよりした気持ちで隣の部屋に入る。
振りかえらずに聞いた魔王とリツキの会話にやっぱりどちらともするのかと気分が暗くなる。
だけど拒否権なんて存在していなかった。
隣の部屋は同じような石造りで、黒い大理石のような厚めの段の上にベッドが乗っていた。
豪勢なベッドフレームではあるが、枕も布団もなく、ただそういうことをするために作られたものという感じだった。
「本当に弟の話なんて出さなきゃ良かった」
ぽつりとアンリが呟く。
「大丈夫だよ。こういうことしてないわけじゃないし」
自分でいいながら嫌な気持ちになる。
こうなるだろうなとは思っていたので心の準備はできていたが、自分を嫌な女だと思ってしまった。
ベッドがのっている黒い大理石に足をかける。
「ミユの神聖力が下がっていく。自分も多少とられてるんだろうな」
「本当に抜かれるんだね。この空間にいると」
「まぁいいや! 早くすませちゃおうね」
気分を上げるように言った。
「キスしながら抱き合ってもいい?」
「うん。アンリが好きなようにしていいよ」
靴を脱いでベッドに上がる。
防音だって言ってたし、隣の部屋だし、魔王とリツキの目の前でしなきゃいけないと思ってたから、ずっとマシだ。
アンリが口づけてきたので、自然にベッドに寝ころんだ。
「ミユ、舌出して」
べ、とアンリが舌を出す。
「うん?」
同じように舌を出す。
アンリがふざけるように自分の舌先と私の舌先をくっつけた。
「舌のキス……ふふ」
笑う彼の顔は緊張しているようで、可愛かった。
「緊張してる?」
「うん。上手く神聖力上がらなかったらダメだし。もう神聖力がどのくらいか分からないから」
「大丈夫だよ。私もアンリのこと好きだし」
「はじめて言われたかも」
そう言いながら、アンリが覆いかぶさってきたので、二人で口内で遊ぶ。
(……アンリのこと、すごく好きな気がする。でもリツキも大事だし)
心が壊れそうだ。
アンリにとって私は、たぶん、条件が揃った都合のいい異性なんだと思っている。
自分の評価なんて、私が一番わかってる。
都合のいい夢は夢なりに、捨てられないものは捨てられないと区別しないといけない。
なのに。
耳に聞こえる吐息も、遠慮がちに絡まる足も、我慢させてることも、優しくて、全部、全部、楽しいと思ってしまった。
(これ以上も、大丈夫って思える)
こんな時に、バカみたいな状況の時に、心から受け入れていいと思ってしまった。
自分からキスをしてみる。
アンリが少し驚いた顔をしてから、ぺろりと自分の唇を舐めた。
「なんでこんな時に、自分からしてきたの?」
「はじめて自分からしたいと思っちゃったから」
「……はじめてなんだ」
くしゃ、と表情を崩して笑う。
その顔を見て、また切なくなってしまった。
決断をしたはずができていない。幸せに溺れたいのに非情だと自分を避難する。
比べるなんて贅沢で最低なことをしたからいけない。
幸せな時間の終わりはいつも、複雑で泣きそうな気持を抱えていた。




