異世界にはブラジャーがない件。
リツキに馬に乗せられて、二人で街に向かう。
「夜ご飯食べて帰ろ。おすすめがあるんだよ」
「服とかないから、寄っていい? お金は生活費として神殿にもらったから」
「いいよ! 足りないなら出すよ!」
昨日、支給品としてこの世界の服をもらったけど、着替えが一着もなかった。
着ていた服は返してもらえたけど、この世界では浮いてしまう。早く買わなければと思っていた。
着いた街は、19世紀に似ている街並みだった。
服屋に連れてってもらって、すぐ買える服を何枚か買う。
リツキがいると気まずいので、買い物に行ってもらった。
(うーん……高い店じゃないみたいだけど、四級でもらったお金だと二着が限界かも)
しかも文字が読めないから、なにがなんだか分からない。
服一着買うだけでこんなに苦労するとは思わなかった。
「あのぅ、すみません。下着で、胸をおさえるものはありますか?」
「あ、こちらですね」
店の人が出してきたのは、コルセットのような身体全体を締め付けるものだった。
そんな苦しいものはいらないけど、カップ付きブラジャーが見当たらなかった。
(作るしかないかなぁ。日本で買った既製品やつを今つけてるから型紙はとれるし)
無かったら階段の上り下りや軽い運動だけで、胸が痛くなるし垂れてしまう。
ものすごく大きいというわけではないけど、垂れていいってものじゃない。
ブラ以外の下着を買ってお金を支払う。
「代金はお連れの方にいただいておりますので、もう少しお買いになられた方が」
遠慮がちに店員が言ってくる。
「えっ、リツキが?」
姉が貧乏なことを見越して払ってくれていたなんて。
買えないと思っていた品物をレジまで持ってきて、店員さんに渡す。
それでも、けっこうおつりを受け取ってしまった。
弟に奢ってもらう姉はありなのか……と思っていると、リツキが店に入ってきた。
「ミュー終わった~?」
「お金、払ってくれたんだ。ありがとう」
「ぜんぜん! この前討伐に出たらいっぱい貰ったんだよね。あ、これ後で家に届けてもらいな」
リツキがパパっと手続きをしてくれる。
そんなサービスがあるとは知らなかったのでありがたい。
店から出て、街中を歩く。
「おつり……これ返す」
「要らないよ。ミュー、来たばっかで買うものも多いんだから持っておきな」
「ありがと」
なんて貧乏は罪なんだ。ちょっとブラの布代にできると嬉しくなってしまった。
「安くていいんだけど、布売ってるとこないかな?」
「布? 服は買ったのに」
「ブラがない! 胸が垂れたら大変でしょ? 死活問題なの!」
リツキが慌てて私の口を手でふさぐ。
「ちょっと! そんなこと街中で言うなよ!」
確かにそれはそう。
(弟相手だから、ちょっと話すぎちゃったな)
雑貨店のような場所で、裁縫道具と布を買う。
そしてそのまま、レストランみたいな場所に連れていかれた。
「適当に注文しちゃうね」
リツキが注文をしてくれるのを、ボーっと見る。
全然文字が読めないけど、なんでリツキは読めているんだろう。
「文字が読めるのも神聖力?」
「うん。目にかけてる。ミューもやってみたら?」
「目にかけるのね……分かるようになれ!って感じかな」
やり方は分からないけど、そう命じてみる。
パッと注文が読めるようになった。
「あっ、できた! 四級でも暮らしていけそう……」
「よかったね」
リツキがにこやかに笑う。
その頭の上に、名前と数字などが表示されていた。
店内を見渡すと、全員の頭の上に数字とか名前が見える。
(えっ、これがこの世界のデフォルトなの? 個人情報に甘すぎない?)
「でも、本当に会えて良かった。ミューは昨日来たの?」
話しかけられて、我に返る。
気が散るので見えないように念じると、名前などのステータスは消えた。
「そうだよ。リツキは、いつからこっちの世界に来てるの?」
「一ヶ月前かな? 魔族を倒すために呼ばれたらしいよ」
「そうなんだ。リツキはいいよね。見た目がよくなってさ。私そのままだよ」
「ミューはその見た目が可愛いんじゃん。そのままでいいよ」
「私は浮いてて嫌だよ……どうせなら、外見もこの世界に合わせてきれいにしてほしかった」
そんな私を見ながら、リツキは不服そうな顔をした。
なんでそんなに不服そうなんだ。不満はこちらだというのに。
「はーいおまたせ~」
明るい声と共に、突然テーブルに、ガラス製のジョッキが置かれる。
中には薄オレンジの飲み物が入っていた。
「これはお酒。乾杯しよ」
料理が次々と運ばれてくる中、リツキがジョッキを持ち上げる。
別にお酒は嫌いじゃないので、遠慮なく手に取った。
「リツキ、もとは17歳なのに。不良~」
「異世界に日本の法律は関係ないからね」
「それもそうか」
まぁいいやと思って飲んでみる。
「飲みやすい! なんかオレンジと桃を足した味に似てるね」
「好きだろ? 料理も食べてみて」
目の前にある、鶏肉のようなものを食べてみると、照り焼きの味がした。
焼き野菜も、なんかちょっと苦みがある変な味がしたけど許容範囲だ。
「ここはわりと日本人の口にも合うんだよ」
「あわないのってあるの?」
「まぁ~ミューはあるかもね」
和気あいあいと話しながら食べる。
お米はないみたいだけど、大満足だった。
ここに両親もいたら良かったな、と少しだけ思う。
「お父さんとお母さんは来てないかな」
「来てるかもしれないけど、確率は低いと思うよ」
「……なんか。本当はもっと悲しいと思うのに、実感がない」
普通は両親が亡くなったとなったら絶望するものだと思うけど、なぜか何も感じなかった。
旅行に来たような夢を見ているような感覚で、また会えるかもしれないという感覚にも似ていた。
そんなこと、あるはずないのに。
「しょうがないよ。世界も体も違うんだし」
「そんなものなのかな……」
ぐい、とお酒を飲む。
喉が焼ける感覚があるので、このお酒は強いかもしれない。
「俺がいるから、いいじゃん」
「うーん……うん。いて良かった」
それとこれとは話が違う気がするけど、よく分からなくなってきた。
それに、ひとりぼっちよりはずっといいのは確かだ。
「帰ろうか」
「うん」
眠くなってきたので、ウトウトとしながら頷く。
お会計をして、店の外に出た。
「ミュー、足元がふらついてる。危ない」
後ろからリツキが支えてくれる。
「馬車で帰るからね」
「馬はどうするの?」
「馬小屋に預ける」
可哀想に。私が酔ったせいで知らない馬小屋に止まるのか。
馬を一時預け場所に取りに行くと、再会した馬は嬉しそうに鼻を鳴らした。
「家まで瞬間移動ができたらいいのにね」
馬の首を撫でながら話す。
リツキは私が倒れないように、後ろから肩に手をまわしてガードしていた。
「俺もそこまではできないな。頭の中に思い浮かべてチチナイって言ったらいけるとは聞いたことがあるけど」
「チチナイかぁ」
呟いた瞬間、急に世界がぐるりと反転する。
「?!」
一瞬の暗闇のあと、周囲が暗い住宅地に変わっていた。
目の前には金属製の柵でできた門があったので、どこかの家の前なんだろうなということは理解できた。
「え……何が起きたの?」
「こっちが聞きたいよ」
状況が飲みこめない私達とは逆に、馬は機嫌良さそうに鼻を鳴らしている。
「ここどこなんだろう」
「俺の自宅みたいだけど……ちょっと鍵を開けてみるか」
リツキがカギを開けると、門は簡単にカチャリと開いた。
「これ、自分しか開けられないようになってるんだけど」
振りかえったリツキは、額に汗をかいていた。
「ミューって本当に四級聖女なんだよね? 瞬間移動って一級しかできないらしいけど」
「四級だよ~! それにリツキの自宅なんて知らないから私は関係ないと思う」
大聖女の話はあるけど、私は今のところ恋をしてないし、関係ないだろう。
「そうだよな……」
リツキは考えこんでいたが、無視して家に通してもらう。
なぜか用意されていた真っ白乙女な部屋に通されてドン引きしたけど、いい一日だった。