アンリと抱き合っても楽しいだけ。
罪悪感を抱えて一人ベッドに入り朝を迎えた。
一晩経って、自分の気持ちに折り合いがついた。
とりあえず、やることはやることで進めなければいけない。
昨日のあれこれで神聖力がとてつもなくあがっていたので、一リットル入る瓶の半分以上が埋まってしまった。
とりあえず、魔王のプレゼントとして持って、今日もアンリの家に来た。
「昨日のでこんなに溜まったんだ」
純粋に喜ぶアンリの顔をみると少し申し訳なくて、切ない気持ちになる。
だけど恋人として紹介されたので、この関係は解消できないし今は成り行きに任せるしかない。
昨日は泣いて恋かと思ったけど、それはそれ、これはこれだ。割り切ろう。
なぜか、今日は神聖力のコントロールが上手くいっていた。
(本当に心って神聖力と関係あるのかな)
何一つ解決していないけれどと思いつつ運んでいると、隣のアンリが何か言いたげにソワソワしていることに気付いた。
「なんか言いたいことある?」
服を移動させ終えてから、アンリを見る。
「ミユが許せるラインを知りたいんだけど、この前弟がやって怖かったのはどんなの?」
「ええ? あれは、放してくれなかったのと、なんか息とか荒かっただけで……したことは大したことないかも」
「僕が同じことしても、そこらへんクリアしてたら大丈夫そう?」
どうだろう……アンリはリツキより小さいから、怖さって点が薄いからな。
「大丈夫かも」
「じゃあ、今やろう」
「今?! 急じゃない? 心の準備がさ。それにソファじゃ狭いかも」
「なるほど」
アンリは私の手に手を置く。
次の瞬間、ぐるりと世界がまわって、目の前が暗くなった。
そして、身体がボインと落ちて、その場で座ったまま後ろに転がった。
目の前に天蓋が見える。
「えっと」
周りを見る。
ここベッドだ!!
「ここなら広い」
「広いけど、なんかまずくない?!」
「あ、見られたくないか」
アンリは後ろを見ると、ドアの方からガチャリと音が鳴った。
神聖力って鍵もかけられるんだ。怖いな……。
なんかさっきまで勉強してたのに、いきなり変なことになった。
「アンリは、さっきから、こういうこと……したかったの?」
起き上がってベッドのへりに腰かける。
部屋の中にはいたる所に本が置いてあって、真面目そうな場所だった。
こんなところでそんなことをしていいのかな。
「うん。こっちも練習しないとって思って」
こちらを見るアンリはキラキラとしていた。
眩しい。スケベ心だけじゃなさそうな気がする。
リツキに対する罪悪感があるけど、抱き合うくらいはしなければいけない。
「抱き合う以外のことしないよ?」
「そのつもりだけど。それにまだそこまで僕も学習してない」
「学習って?」
「キスまでは透明になって、公園とかでどうやってるか見てきた。それ以上は見てきてない」
そ、そんなに真剣に勉強してたんだ。
でも、それ以上ってことはもう最後までってことだよね。そんなの他人が見ていいものなのかな。
「そんなの見ない方がいいよ」
「見ないとミユが嫌なことするかもしれないじゃん」
うわぁ~私とする前提の話だった!
そうか。恋人だもん。そうなるよね。
そこまでは二人と同時に進められないから、そこまで行きそうな前にどっちかを断らないと。
でも、今は魔王の嫁にならないように頑張るしかない。
「ベッドで話す会話じゃないよ~……生々しくて怖い~」
冗談みたいな感じで騒いでごまかす。
アンリは不服という顔をした。
「ミユが聞いたのに……じゃあ、もうやろうよ」
「抱きついて倒れるだけだけど」
「倒れる……危ないな」
確かに。あの時はリツキの筋肉でどうにかなったけど、このベッドだとボインと跳ねてどっかにぶつかりそうだ。
「じゃあ寝ころんでくれたらその上に乗るよ」
「わかった」
アンリがベッドの真ん中にごろりと寝ころぶ。
神よ。こんな辱め、どんな試練なんだ。
「じゃあ、失礼して……」
アンリの身体に触らないように跨る。
なんか私が襲ってるみたいな体勢になった。
「なんかこれだけで恥ずかしい」
アンリが赤面したまま目を閉じた。
恥ずかしいけど仕方ない。やらなきゃいけないならやるしかない。
こんな辱め、長女じゃなければ耐えられなかった。
(肩がこのへんだったから、この辺かな?)
「重いから覚悟して」
よし、と思って身体を降ろす。
アンリの身体の凹凸に合わせてくっつくように、身体が沈みこんだ。
「わ」
アンリが一言喋って黙ってしまった。
(うぅ~……恥ずかしくて死にそう。なにやってるんだ私は)
「えっと、ここで腰を腕で抱きかかえてほしいんだけど」
静かなので、とりあえず完璧を目指して指示する。
なんか、静かすぎるし、肩にあるはずの顔もそんなに息してない気がする。
「うん」
小さな返事が聞こえて、細い腕が腰を抱く。
(生きてた。よかった。でも本当に大丈夫なの?)
恥ずかしい気持ちを限界突破してしまい、もう嫌とか逃げたいとかはないけど、静かすぎて不安だ。
アンリが細いから、重くて死にかけてるかもしれない。
「えっと、大丈夫?」
「うん」
「もうやめていい?」
「もうちょっと」
そっかと思いながら、目を閉じる。
アンリの身体は私より10cm程度大きいだけなので、身体のどこになにが当たってるのかわかる。
それがリツキの時より恥ずかしいなと思ってしまった。
「もう終わり~」
もういいよねと思って身体を起こすと、簡単に体が解放された。
下を見ると、アンリと目が合って、二人で照れてしまう。
(なんか……逃げたいとか思わなかったし、元気な気分……)
アンリとこういうことしている時って、辛いことがなにもない……むしろ、なんか楽しい。
ホワホワしながら靴を履く私の横で、アンリが無言で身体を起こした。
「な、なんか大丈夫? なんで静かなの?」
「あんまり息すると怖がらせるって思ったのと、余裕がなかった」
「そうなんだ。怖くはなかったよ!」
「それは良かった」
ぼーっとしているアンリは、こちらを見てへら、と笑う。
本当に大丈夫なの? もしかして怖かったとか臭かったとかある?
「アンリは怖くなかった?」
「頭がおかしくなりそうで怖かったけど、幸せ感がすごい」
「幸せ感」
よく分からないけど、それは良かった。大丈夫みたいだ。
「元の部屋に帰ろ。こんなことしてたら、頭がおかしくなる」
アンリが私の手を掴む。
確かに、私もなんとなく頭がほわほわとしてる気がする。
「なんか、おかしい。コントロールうまくできないかも」
アンリがぼんやりと言った。
私以上にこういうの慣れてないから、身体がビックリしてるのかな。
「じゃあ私が瞬間移動するね」
瞬間移動して、元の部屋に戻る。
アンリがなぜか急いで部屋から出ていった。
暇だったのと、あんなことの後なので、部屋にある鏡で、身だしなみを整える。
うーん……身だしなみを整えたところで普通の顔。
(いいのか! こんな私で! なんでいいのかな~~~……)
私の心はなんなんだ。昨日はリツキとキスして泣いたばっかりなのに。
何やってんだ私は。二人とも幸せになってほしいのに、毎日私は、本当にいったい何を……。
二人はどう気持ちの折り合いつけてるんだろうな、とぼんやりと考える。
そんなことを考えていると、アンリが戻ってきた。
スッキリした顔をしている。
「ボーっとしたの治った?」
「ああ、うん。治し方わかった」
アンリは顔を赤くして横を向いた。
よくわかんないけど、治って良かったよ。
「そういえばミユ、めちゃくちゃ神聖力が上がってる。前みたいに具合悪くない?」
「あ、ちょっとボーっとはするけど、そうなんだ。でもぜんぜん悪くないよ」
「嫌じゃないとやっぱりそんなに具合が悪くならないんだ」
アンリがホッとした様子で言った。
「神聖力が上がってるからじゃないんだ」
「大聖女なのに上がると具合悪くなるのはおかしいと思ってやってみたけど、やっぱり大丈夫だった」
じゃあ、やっぱりリツキの時は嫌だったのかな? 心って難しい。
昨日のリツキとのキスの後の具合はどうだっけ。心が追いつかなくてすぐ寝たから分からないな。
「あの体勢だと神聖力が爆上がりするから、魔王の前でもあれするといいかも」
「恥ずかしすぎるでしょ」
「どんなのかはわかったから、今度はリードできるよ」
「恥ずかしいのは変わらないよ~……」
しかもリツキの前でやるのはどうなんだろう。呼ばない方がいい気がしてきた。
もしかして、だからアンリはリツキに別れろに似た嘘みたいなのをついたのかな?
今さら手遅れな気がするけど。
考えながら、また練習を再開する。
なんだかんだ、神聖力のコントロール力は上がっている気がして嬉しかった。
お昼になったので、二人でお昼を食べる。
今日はスコーンっぽいパンとお菓子の中間みたいな食べ物とジャムが出てきた。
「なんか、集中できない。隣にミユがいるといろいろしたくなるし」
アンリがスコーンのようなものをちぎって深くため息をつく。
全然こっちはそこまで気にしてなかったけど、男の子だからやっぱりあるのかな。
「毎日会わないようにするか、部屋わける?」
「会わないのは嫌だ。部屋をわけよう。で、朝と帰る時にキスとかの練習をしよう」
「帰る時だけでよくない? 朝からそんなことしたら、またずっと考えちゃうよ?」
アンリが勉強しなきゃいけない立場なら、ずっと悶々としているのはよろしくないと思う。
「帰る時だけ……一時間くらいしてもいい?」
一応恋人ってことだし、一時間くらいはそういう時間はいるのかな。
「うん。いいよ」
私が頷くと、アンリの表情がパァっと明るくなった。
「そんなに?」
最近は表情が増えたけど、ここまでわかるのも珍しいので照れてしまう。
でも、まだちゃんと学ばなければいけないことがあるなら、今はきちんと勉強しなければいけない。
「そのかわり、私も頑張るから、ちゃんと勉強しよ」
「わかった。ちゃんとする」
もぐもぐとスコーンを食べ始めたので、可愛いなと思う。
その反面、今日キスとかしたらリツキとしたのもバレるかなと思ってしまって、浮かれる気分が潰されてしまった。
その日の勉強終わりも、流れるようにキスをされた。
普通に浮かれた自分に、実はこういうことが好きなのかもしれないと少し怖くなる。
ポーションも山ほど作れたので、アンリが贈答用の綺麗な瓶を持ってきてくれた。
リツキとは色んな感情で振り回されることが多いけど、アンリの時は楽しいことが多い。
苦しくて醜いのが恋なのか、楽しくて切なくなるのが恋なのか、ぜんぜんわからない。
二人とも失いたくなくて、でも二人とも失うような気がして怖かった。