五年後
五年後。
王宮の爵位授与式。
記者にも開放された授与式には、沢山の人々が訪れていた。
大聖女姿で杖を順にゾーイの両肩に降ろす。
第一子の金髪の女の子を抱いたアンリと、第二子の黒髪の男の子を抱いたリツキが二階の閲覧席から見ていた。
二人とも五歳くらいに見えるが、単に成長が早いだけで気を抜くと騒ぐので、一方通行の防音壁を張った二階に居てもらっている。
この日、ゾーイ・クーパーは公爵となった。
そもそも国の中心で働いており、アカタイトでの活躍もあったので公爵となっても問題がなかったが、現実問題、反対する意見もあったため、五年で実績を出し実力で知らしめた。
短い誓いの言葉の後に、拍手が起きて厳かな雰囲気の中、私は退出する。
退出後、貴族や記者にいろんな質問をされている声が、退場した私の方まで聞こえていた。
「そうですね。やってみたいことですか? 結婚はしているので子供を作りたいですね!」
???
頭の中にハテナが浮かぶ。
結婚はしたけど、どう考えても私もゾーイも女のはずだけど。
え~? 浮気? そんな訳ないか。
考えながら、大騒ぎする会場から出て、沢山の役人に会釈をしながら瞬間移動した。
ゾーイが結婚していることは知られているが、配偶者は誰も知らない。
四級聖女はアンリ・ウィリアムソンと。大聖女は勇者リツキと結ばれているが国民の間では知られている。
ただ、同じ家に住み大聖女の後ろにくっついているところはよく見るので、もしかして大聖女だから重婚かもと囁かれてはいた。
大聖女がミユキだと知る関係者のみが入れる部屋に移動する。
休憩室も兼ねているので、子どもがいても暇じゃないようにお菓子やジュースを用意してある。
アンリとリツキが、子どもを抱いたまま移動してきた。
「どういうこと?」
「ミューは何か知ってんの?」
「知らない。浮気とかしてる暇はなかったと思うし」
元の姿に戻りながら答えると、子どもたちはキラキラとした目で私を見ていた。
神聖力はあるけど、まだ訓練していない子どもたちには、魔法のように見えているらしい。
「ミユキっ、どういうことなの?」
女の子を一人連れた魔王とドロテアが現れる。
魔王が子供ができにくいタイプらしく、なかなか2人目ができないと悩んでいるが、夫婦は今もラブラブだ。
子どもたちはドロテアの子どもと一緒に、お菓子があるテーブルに走っていってしまった。
ちょっと前まで、ママママと泣いていたのに、自我が育つのが早すぎると少し寂しくなってしまう。
そのあとにゾーイも現れた。
「やぁやぁ。お集まりで」
ニコニコとしている。
なぜかドロテアのゾーイへの敵対心は解けず、本当に困っているけどゾーイは意に介していない様子だった。
「ゾーイ。あなたどういうことなの?」
「アカタイトでは神力で同性でも子どもが産めるんだって。試したら大聖女でもいけそうだからって結婚式の時にボニーに教えてもらった」
「ボニー。あの女、本当に余計なことしかしないわね。腹が立つわ」
「だから結婚式の後から早く産めって言ってたんだ」
「そうだよ。自分の子も産んでもらいたいし。でも二人の方が先じゃん」
「えぇ~じゃあ、ゾーイ産んでよ~。あと二人産む予定あるから、今はちょっと難しいよ」
「ユキに産んでもらいたいけど、じゃあ一人目はこっちかなぁ。二人目は後でもいいし」
あと三人産むのは確定なのか。
妊娠期間は五か月だからマシではあるし、大聖女だから死なないとは思うけど、大変すぎる。
「ミユキ、そんなに簡単に受け入れるわけ」
「ゾーイも欲しいんだろうなとは思ってたから。でもできない可能性の方が高いとは思うけど」
「自分欲しいっていうか、子どもはいなくてもいいけど、できるなら試してみるのもいいかくらい」
「いやだわ。そんな犬猫を拾ってくるくらいのゆるい気持ちなら、作らなくてもいいじゃないの」
「ドロテアはうるさいなぁ。この方法なら魔王との間にもう一人できるかもしれないよ。方法が知りたいなら黙りなよ」
「え……」
ドロテアは、予想外という顔をする。
魔王だってかなり神聖力は強いんだから、その可能性は高いよね。
「ぅう、契約に子どものことも盛りこんでおけばよかった」
リツキは少し暗い顔をしている。
アンリは一人、ものすごく吐きそうな顔をしていた。
「あの。僕がザザィに攫われたのってさ。もしかして」
「良かったなぁ。孕まされなくて」
「本当に最悪だ。殺して良かった」
慰めるふりをしながら笑うリツキを、アンリは手で思いっきり叩くが、リツキは動きもしなかった。
本当に最近、仲がいいなと思う。
仲間と一緒に仕事をしたら仲が悪くなると聞いた私は、正直、アンリの仕事にリツキが関わったり、ゾーイが関わることに不安になった。
だけど、家族になっているせいか上手くいっている。
リツキがまったく事業などをする気も爵位を取る気もないから、アンリを手伝っているような感じになっているので、敵対心が薄れたらしい。
ゾーイが作る入浴剤事業もアンリの仕事の後押しをしているようで、ウィリアムソン家は貴族の中でも一番の資産家になっていた。
(6人子供がいても全然大丈夫そうだし、まだ私が飽きられてる感じもないし、離婚とかもなさそう)
ギッと扉が開く。
「いやいや……凄いことになりましたね」
モーリスがジュディとシャーリーを連れて現れた。ジュディも二人男の子を連れていた。
三年前に結婚したモーリスは幸せすぎて太ってきている。
相手はもちろん、あの時の女の子だ。家族ぐるみで仲良くしているけど、胎児が育ちにくい体質らしく今日は家で安静にしている。
強い神聖力は普通の妊婦さんにはよくないようなので集まりに来るのは難しいようで大変だ。
「モーリスさんも、ジュディも、久しぶり。元気そうで良かった。シャーリーも疲れたでしょ」
「聖女様。アタシも早くもう一度聖女様のところで働きたいです。シャーリーの話を聞いているだけで大変そうで」
「でも、ジュディももう貴族だし子どもも小さいから、もう少し落ちつかないと」
「お姉ちゃん。わたしが新しい彼とくっつくとしても辞めるのに二年くらいかかりそうだから大丈夫。それまでに何とかして」
「本当にそいつマトモなの? また浮気癖があるクソ野郎だったら相手の鼻を潰さないといけない。三回目は流石に嫌だわ」
二人の会話を聞きながら、シャーリーの彼氏は今回は調べたから大丈夫だよと思いながら見守る。
(落ち着いてきちゃって、ふわふわした気持ちは消えてきたけど、しみじみ幸せだなぁって思っちゃう)
建国をした時は、未来に踏み出せる力があるからそれでいいと思っていた。怖くないと思っていた。
その時は本当にそう思っていて、だけど結局は大人になった自分も、子どもの頃からの弱さすら心の奥底に沈めて救えていなかった。
100年後は生きていないと大雑把なくくりで考えた幸せな世界は、ふわふわした曖昧なもので、私個人でいえば地に足が付いていなかったのだろう。
(あ、なんか泣きそう)
祝いの席で泣くのは良くないと思って、瞬間移動で屋根の上に飛ぶ。
他の建物より高い王宮の屋根のてっぺんから見た空は、青く澄み渡っていた。
その下には、五年経って成長したリルカの花が街中で満開の花を咲かせている。
「ミュー。どうした」
「パーティの準備ができたって連絡が来たよ」
リツキとアンリがパッと隣に移動してくる。
今日はゾーイの公爵記念にパーティをすることになっている。
そろそろこの部屋も清掃が入る時間だろう。
ゾーイがフッと後ろに現れて、私を抱きしめた。
「ドロテアは本当に煩くて困る。嫉妬されても産むし産んでもらうのは変わらないのに」
ショボショボとしているゾーイと、ムッとしているアンリとリツキに少し笑う。
人間の幸福は原始的なものだけど、本心なんて自分にだって分からない。
だけど、今は100年後に私は生きていないけど、育っていく大切な人たちは生きていると気付いてしまった。
「ミユはなに笑ってんの。こっちは不愉快なのに」
「幸せだなって思って」
泣きそうになる気持ちを堪えながら笑う。
私の幸せは、たぶん国民が幸せになるとか名誉が得られるとかよりは、もっと身近な地に足がついたものだ。
空の下に見える国は、変わらず私の国で美しいけれど、建国時より今は幸せだと思える。
大変な道のりだったけど、きっとそれがなければ見つからない心だった。
「さ、もうそろそろ行こう。料理が冷めちゃう」
ゾーイを後ろに抱きつかせたまま、二人の手をとる。
「空中散歩するの?」
「全員の子が大きくなるまで、それはおあずけ! でもそれまでは一緒にいてくれるでしょ?」
私が笑うと、三人も笑ってくれた。
あの日、心を取り戻した日に信じられた想いは、今も変わらず心にあって。
「もちろん」
「墓まで一緒だからな」
「やっとこっちが幸せだって理解してくれてよかったよ」
優しい言葉を聞きながら、変わりゆく年月に何があったとしても耐えていけると思えた。
この血がどうだったとしても、きっと幸せにすることができるから。
たとえ失敗したとしても、未来は幸せだ。
王宮の屋根にできていた四人の影が、フッと消える。
いつもどおりの晴天。
遠くに聞こえる子供達の笑い声。
いつかの夏の日に泣いていた子供は、もう消えていた。
グランドエンド編いかがだったでしょうか。
後書き的なものは活動報告に書きますので、読んでいただけると嬉しいです。
書けて本当に楽しかったです。貴方の心に多少の何かを残すことができたなら、私の幸福です。
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ここまで読んでいただきまして、本当にありがとうございました。