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綺麗な関係でいたかった。

その日は、リツキの帰りが特に遅かった。

夜の10時過ぎても戻ってこない。


アンリがリツキに付き合ったこととかを話してくれるって言ってたけど、やっぱりショックだよね。

でも、同時進行なだけマシじゃないかな。いやあんまり同時進行したくないけど。


でも二人ともいなくなったら困るし、知らない人の嫁は嫌だ……。

そんなことを考えながら、ずっとソワソワしていた。


(あんまりプライバシーにつっこみたくないけど、瞬間移動しよう)


持ってて良かった神聖力。

リツキの元に瞬間移動した。





出た先は、暗い路地だった。

リツキが道に寝ている。

近寄って見ると、酔っているだけのようだった。


(たぶん、アンリが話してくれたから、こうなってるんだよね)


「ごめんね」


頭の下に手を入れて、回復させながら、額をなでる。


(馬がいないから、瞬間移動で帰ろう)


まわりを見まわしてからリツキを見ると、目を覚ましてこちらを見ていた。


「あ」


なにも言えずに固まる。


「なんで」


一言呟いて、ボロっと涙をこぼした。

その顔に、胸が苦しくなる。


「なんで他の奴と付き合ったのに、優しくするの?」

「だって、リツキも大事だから」


私の言葉に身体を起こすと、こちらに近寄ろうとしてグッとその場に座り込む。


「俺だけのミューが良かった。誰ともキスとかしないでほしかった。嫌だ」


暗い目のまま、ボロボロと泣いていた。

涙をハンカチで拭こうと思って、ポケットからハンカチを取り出す。


それが昼間に唾液を拭いたものだと思い出して、どうしようもない気持ちになった。


(なんでこんなことになってるんだろう)


ハンカチをポケットにしまって、リツキの前に膝立ちになる。

仕方ないから服の袖で涙を拭いた。


「ごめん。でも、魔王に嫁ぐの本当に嫌だから」

「魔王もあいつも全員殺したら、一緒にいてくれる?」


真っ暗な目で、こちらを見上げている。

その目に少しだけゾクリとしながら、首を横に振った。


そんな人間になってほしくないから、それは拒否しないとだめだ。


「魔王と会うまでに、恋人同士みたいなことに慣れないといけないから、仕方なかったんだよ。だからリツキと同時進行でもいいってなったんだし」

「……?」


私の言葉に、リツキは少しだけ眉をひそめて、頭をかしげる。

涙がやっと止まった。


「……同時進行ってなに」

「え、だから。魔王の前で神聖力アップしなきゃいけないから付き合って、リツキともそういう感じでもいいよみたいな話」

「……聞いてない。なに。俺とも付き合ってることになってんの?」

「たぶん。わかんないけど。でもリツキとも魔王の前でいちゃつかないといけないみたいだし」

「なにそれェ……」


リツキは、よく分からないという顔をしながら、ちょっと顔をしかめていた。

自分でもめちゃくちゃだと思うけど、そういうことになっている。

言ってて自分で引いてしまって、瞬間移動で自宅に戻った。





急に明るい自宅に戻ったので、目がくらむ。


(そういえば、リツキには詳しい状況を話したことがないな)


巻き込まれてるのに教えないのは可哀想だったと、魔王と会った時からの話を詳しくする。

その上で、どうしてアンリと付き合うようになったかという話を五分くらいかけてしっかり話した。


「……というわけで、仕方ないよね」


リツキの前に座って話し終える。


「まぁ、魔王殺したほうが早くない?って思うけど。納得できないけど、仕方ないかもしれない」


不服そうだったけど、落ち着いたようだった。


「あいつ、付き合って恋人のキスもしたから、もうそういうことするなってだけ言って帰ったけど」


ざ、雑!! これでリツキが切れて魔王の所に来なくなったらどうするつもりなんだろう。

アンリのことだから勝算があってやってるとは思うし、そう言ってしまう気持ちもわかる。

私だって、どんな理由があったとしても、相手が他の誰かとキスしてたら嫌だから、排除する言い方になってしまうと思う。。


(この感情に恋とかが乗ったら、それはそのくらい言うよね……最悪だ)


神聖力が上がるということは確実に好意がある。

アンリに任せた私が残酷で怠慢だっただけだ。相手は悪くない。


「付き合ったのは本当だし、リツキがアンリの立場でも同じことするだろうから、許してあげて」


その場を取り繕いながら話す。自己嫌悪で潰れそうだ。

あげてなんて、上から目線だと嫌気がさしていた。


「まぁ、うん」


歯切れ悪く、リツキは俯いた。


「あいつと俺。どっちが好き」

「……正直、どっちもよくわかんない」

「どっちともキスしてるのにわかんないとかある?!」


これも最悪だ。

本当にいまだに恋がどうだかが分からない。


「なんか色々、たぶん生物的な反応なんだろうな~とか思っちゃって」


それに、今の段階でどっちかを好きになったら地獄だろうなという気持ちもあった。

恋というのは、好きな人以外の好意が嫌になると聞いたことがある。今の段階でどちらかを好きになったら、片方とそういうことは無理になるだろう。

今の気持ちはわりと巻き込まれている時以外は耐えられているので、傷つけなくて済むなら、少なくとも一週間後まではこの気持ちのままがいいと思っていた。


「でも人としては同じくらい好きだよ。リツキはもともと一緒だった好きがある。アンリは可愛いしかっこいい」

「俺だってかわいいしかっこいいじゃん」

「アンリはちゃんと怖くないようにしてくれるから」


私の言葉に、リツキは頭をかくと、そのまま髪をくしゃくしゃとした。


「ど、どうしたの?」

「あいつにもめちゃくちゃ怒られたけど、俺の何がだめだったんだ」

「怒られた……ってケンカしたの?」


そういえば、この前仲が悪そうだった。こういうことだったのか。


「してないよ。あの時はミューの友達だと思ってたし、ミューのことで怒ってるんだと思ったからやり返さなかった」

「えらい」

「すごい痛かった。俺なりにちゃんと考えてるのに、なんで悪いのかわかんないし」


こっちの言葉が足りないのも悪かったなと思う。

身体が違って、性別も違ったら、ダメダメ言われてもどうダメなのか理解できないんだなと思った。

アンリはなにをしたんだろうか。殴るくらいしたのかもしれない。

でも、あんなことがずっと続いてたら、リツキのことが怖くなってただろうから、結果的に良かった。



「だって何したいか言わないでしてくるし、リツキが慣れてるからか雑だもん」

「ざ、雑……?! 慣れてはないと思うけど、雑……」


よく分からないという顔をしていた。

ちゃんと説明しよう。話さないで相手が理解してくれるなんてことないんだから。


「リツキが悪気なくてもさ。こっちは気持ちの準備ができてないことは怖いんだと思う。前より体も大きいし動作も激しいし逃げたくなる」

「だから、触るとかじゃなくて、心が大丈夫とか……触りたいかなとか、そう思う方が先なんじゃないかなって」

「たしかにミューから触ることってない……」


一生懸命説明をしていると、正反対にリツキはしょんぼりしていった。


「別に触るのが嫌って思ってるわけじゃないよ。まだそう思ってないだけで」

「キスも、パッとしてパッと終わっても、最初なんてそれ以上にわけわかんなかったから、あんまり覚えてないし」

「覚えてないの……」

「いきなりされてもさ、事故みたいな気持ちだったよ」

「俺は覚えてるのに」

「それはリツキがしようと思ってたからでしょ。ちゃんと好きだからキスしたいですって先に言われたら、たぶん覚えてたよ」

「そっか……分かった。あの、ミューがいいなら、また触ってもいいの?」



良いと言っても大丈夫なのだろうか。

倫理とか考えれば、アンリだけと、そういうことをしたほうが健全だと思う。


そう思う。そうだと思うのに。

心は。私は。



「うん。大丈夫だよ」



なぜか、受け入れてしまえと言っていた。




リツキが、私の指先を遠慮がちを掴む。


「それなら、もう一回、仕切り直したい。今度はちゃんとするから」

「どういうこと?」


掴まれた指を、指の腹でさすられて照れる。

リツキが、こちらをまっすぐに見た。


「俺、さ。なにも上手くできないけど。好きだからミューと恋人のキスがしたいです」


不器用な、まっすぐな言葉。

心の中の何かが、壊れた気がした。


「……今言うのは、ずるいなぁ」


こんなの、断れるわけがない。


「しようか。やり方、わからないけど」

「俺がわかるから」


ああ、わかるんだ。

胸のどこかが痛む。


言われるままリツキの足の上に座ると、流れるようにキスされて、口の中に舌が入ってきた。

分からないまま、息がしやすいように探られる。

頭をぼーっとさせながら薄目を開けて相手を見ると、貪ってるのはリツキだと分かって、息がしにくくなった。

今まで善だと思っていた世界が、綺麗な思い出が、欲に塗りつぶされた気持ちだ。


(こんなキスを、他の人ともしたのかな)


不意にそんな考えが頭を占める。

私のことが好きだったのに、どうして他の人とキスして、色んなこと知ってるの?

私と付き合えないと思ったから、他の人と付き合ったのか……。


夢中になることをしているはずなのに、頭から離れない。


「んはっ、はぁっ」


大きく息をする。


事実を知ったとしても、苦しいだけなのに、なんで今そんなことを考えるの?


辛い。いやだ。


ゆるゆると涙が溢れて、目の端から零れ落ちる。

耐え切れず、口を閉じてしまった。


「ミュー、なんで……」


突然のことに、戸惑ったリツキの声が聞こえる。

目を開けて、滲む視界で心配そうな顔を見ると、胸が苦しくなった。


見ると胸が苦しくなるなんて、弟じゃありえない。

分かってた。弟と恋人のキスなんて、普通は拒絶する。

それをしない時点で、私はいつの間にか、もう……。


「リツキ……恋って、嫉妬とか、相手の過去とか気になったりする?」

「……するよ」



私の質問に、簡単にリツキは答えてしまう。

これが好きだから思う気持ちなら……なんて苦しい。


「私、リツキのこと……弟じゃなく見てるみたい。弟じゃなくなっちゃった……」


ボロボロと泣きながら、両手で顔を隠す。


「えっと……それって。いいことじゃない?」


聞こえた声は、困っているようだった。


そうなのかな。

だけど大事なものが消えた気分だ。


内心はもっと余裕がある人間でいたかったし、こんな関係になるのは辛い。



「わからない。聞かないでいいこと聞きたくなるし……ちゃんとした姉でいたかった」



過去のことなんて聞けるはずがない。

自分だって、アンリと付き合ってるくせに。

状況は私のほうが、ずっと悪い。

キスだってしてるくせに、知らないふりをしたり今まで知らなかった罪悪感で心が塗りつぶされそうだ。

でも、アンリとは今は別れられない。リツキを拒絶もできない。


もう、たぶん二度と元には戻れない。


「これが恋愛なら、苦しくて醜くて嫌だ……」


リツキの手が、髪を撫でて私の顔を上げる。

泣きながら見たリツキの顔は、辛そうだった。


「うん。恋って、苦しくて醜いよ」


そのまま、口づけられて、目を閉じる。

こんなに苦しいなら、知らなかった頃の方が、幸せだった。




捨てられないなら、綺麗な関係でいたかったのに。





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