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アンリとの新婚旅行 ~紅玉の幸福~ 

アンリとの新婚旅行は、結婚式の一週間後。

予約の兼ね合いで結婚式後になったのだが、他の二人は子どもを解禁するからだと文句を言っていた。


仕事の後に向かった場所は、よく知らない名前の国だった。

白い砂浜に澄んだ海。

浜辺に近い崖に、段のように並んだ建物は白く美しい。

夜だけど街中という感じではなく、うるさいほどの喧騒もない。

月明りの中に浮かぶ白い壁と、店から漏れる暖色系の明かりが景色を彩って、童話の様に綺麗な場所だった。


「すてきな場所!」

「ドロテアにポータルでいけるおすすめの場所を聞いたんだ。人気の場所だけど島だから予約が取りにくくて」

「今回もだけど、よくそんなにポータル使わせてくれるよね」

「三人分の新婚旅行分、頼まれた品物をたくさんプレゼントしたからね」


ふふ、とアンリは笑いながらホテルまで案内してくれた。

島なんだ~と思いながら暗い道を歩く。

案内された場所は、海沿いに立っているお城のような場所だった。


室内に入ると本当にお城という感じで、国王なので慣れてはいるけど、こちらの城は白地に青のオーソドックスな城という感じで綺麗だった。



「今日、お城に泊まれるんだね」

「もし子どもが出来るなら、ちゃんとした場所がいいかなって思って」

「あ、解禁……この旅行でできたらすごいかも」

「できそうな予感がするんだよね」


へらっと笑うアンリに恥ずかしくなるけど、記念になるよねと思った。

荷物を置いて、食事に出かける。

お薦めだというレストランをまわり、一番良さそうなところに決めた。

二人で食べられるおススメをきいて、それを頼む。

出てきた料理は、パエリアみたいなものや、茶色い煮こみ料理のようなものでアンリも食べられそうな洋風料理だった。


「美味しい! アンリも食べられる料理だ」

「うん、食べられる。ミユが料理上手だから知らなかったけど、僕はけっこう味にうるさいかもしれない」

「クセがあるのが苦手なのかもね。アカタイトとかキツそうだったもん」

「本当にあれはきつかった。お腹が減ってなかったらザザィに捕まってなかった気がするくらい料理がダメだった。果物は美味しかったけど」

「貧民街の近くにバロボロンって居酒屋さんがあるから、今度一緒に食べに行こうよ。これが大丈夫なら食べられると思う」

「本当? 大衆料理って色々チャレンジしてみたかったけど、残すのが怖くて。今度行こう」

「私の料理も、クセがないだけで大衆料理だけどね」


二人でニコニコしながら食事をする。

料理は本当にどれも美味しくて、おすすめだというのが理解できた。


「新婚旅行、アンリが最後だね」

「そう調整したからね。僕が最後にはミユの隣にいるんだし」

「わざとなんだ……」


改めて言われると照れてしまう。

世間一般で言えばあまりアンリにとっては幸せな状況じゃないなと思うけど、相変わらず大切にしてくれて嬉しい。

神様はリツキと恋仲になると言っていたけど、忘れていた私はアンリを選んだんだし、手を離せなかった。

これが私が足掻いて手に入れた未来だとしたら何の後悔もないけど、アンリにとっては災難だよねとやっぱり考えてしまう。


「僕の顔になんかついてる?」


ジッと見ていたら聞かれて焦る。


「アンリをすごく泣かせてるから災難かもしれないけど、私にとっては幸せだなって」

「泣けるくらい好きな人ができるってだけで幸せだよ。親は死んだし、兄弟はあのモーリスだよ。ミユがいなかったら最悪だった」

「モーリスさんはアンリのことを守ってたりしてたけど」

「複雑。まぁ今は別々に家庭があるし。生活基盤も固まったし僕も幸せだよ。昔は泣けなかったし」

「えっ、そうなんだ?」

「弱いみたいで嫌だし。でもミユは部屋の中に入ってくるし、なんかもう見られてもいいかなって思ったら楽になった」

「別に泣いてるアンリは可愛いし、泣くとスッキリするからいいことだよね」

「複雑すぎる……」


顔を赤くしながらアンリは食事を続ける。

最初は女の子だと思っていたのに、今では身長も伸びて青年にしか見えない。

重ねた思い出が未来を作るなら、この未来は双方にとって幸せな未来なんだろうなと思えて、胸がジンとした。



食べ終わってから、帰ってお風呂に入ってベッドに入る。

海沿いにあるお城には、潮騒の音と月明かりが白い壁に映えて、映画のように美しい。


(アンリの願いが叶うといいな)


非日常な空間で、求められるままに身体を重ねる。

蒼く見える闇夜の中、月明りに照らされたアンリの顔は綺麗で夢のようだった。


肌の間で滑る汗さえ罪だと思えるくらい綺麗な世界。

そんな時間を作ってくれたことが嬉しくて、幸せだった。






朝という時間には遅い時間に起きる。

二人で朝食兼昼食を食べてから、観光をした。


「用意してくれたワンピース、可愛いね。ありがとう」

「記念だから」


アンリは私に白いワンピースを用意してくれた。

ネグリジェと比べると、ぜんぜん透けてないから、やっぱりネグリジェは透けてる扱いらしい。

今日はアンリも白い服を着ていて、この島の景色に本当にあっていて綺麗だ。


観光は、瞬間移動で楽々移動できたので、短時間でまわりきってしまった。

街中に戻り、道を歩く。

アンリが選んでくれた島は、夜より日中の方が白い壁が映えて美しかった。


「ミユ、浜辺を歩こう?」

「浜辺? いいけど」


観光に飽きたのかアンリに言われて、浜辺を歩く。

森の方向に手を引かれて歩いていると、最初に空中散歩をして行った浜辺を思い出した。


「前に歩いた浜辺を思い出すね」

「うん。地形が似てる。神聖国の浜辺は、こんなに綺麗な海の色じゃなかったけど」

「でも、私はあの海の方が思い出が深いかも。この海もそうなるのかな」


私の言葉にアンリはふわりと笑って何も言わなかった。

その顔がとても優しかったから、私も何も言えなくなって波の音と足音を聞きながら歩いた。


「ミユ。目的地」


言われてアンリが指さす先を見る。

浜辺を歩いた先の道の崖の上に教会があった。

崖に沿うように、浜辺から登る階段も見える。


「教会?」

「二人だけで結婚式をする」

「けっ」


結婚式……?

一週間前にしたばかりなのに?


「僕のお嫁さんはミユだけだから、二人でしたかった」


へら、と笑って、私の手をひいて一緒に浜辺を歩く。


(二人で結婚……そんなにしたかったんだ)


胸がギュギュンと苦しくなる。申し訳ないという気持ちと好きだという気持ちで何も言えなくなってしまった。

ごめんというのも違う気がして、手を強く握る。


「ずっと負い目があったんだ」


潮風の中二人で歩いていると、寂し気にアンリが呟いた。


「あの浜辺で一緒に歩いていた日、たぶんミユは僕とあいつと付き合うことを決めたんだよね」


アンリに言われて、いつかの海の日を思い出す。

思い出せば、確かに決めたのはあの日だった。


「……うん」

「ミユにとっては二人と付き合うなんて辛いことなのに、僕が弱いから僕を取るには、二人を選ぶしかなかった」

「弱いんじゃなくて、リツキが強すぎるだけだよ。人間じゃないってドロテアとかにも言われてるんだから」


あの時はリツキとは弟として仲良くしたいと思ってたし、気持ちに蓋をしていた。

人として正しい方向を選びたかったら、アンリとは別れて、リツキを選ぶべきだった。

けれど、私は私のために、アンリを手放せなかった。


「あの日、最後までしてたら、アンリは解放してあげられてたのかもしれないけどね」

「じゃあ、あの日の判断だけは間違えてなかったんだ」


間違いも正解も今では分からない。

収まる所に収まったという感覚が近く、人としては間違っているかもしれないけど私は幸せだ。


そもそもあの時は避妊の仕方も分かってなかったから、アンリがちゃんとしていて良かった。

追いつめられると正しい判断ができなくなるのかもしれない。特に私は。


「僕は肝心な時にいつも判断をいつも間違える」


まっすぐに前を見ながら、アンリは呟いた。


「魔王にミユを連れ去られるのが嫌で弟を連れていったこともミスだし、初体験もミスだし、ゾーイに賭けを持ちかけたのもミスだった」

「ゾーイ以外は私のためとか、私の気持ちを想ってでしょ?」

「でも、結果的に失敗で、ミユに負担をかけた」


負担。

確かに負担と言えば負担だけど、得たものの対価だと思えば、十分だとも思える。


「確かに二人と付き合うって決めた時は、アンリとは離れられないと思ったからだけど、失敗とは思ってないよ」

「そうかな。ミユは穏やかに生きたい子だし、人生は一度しかないのに大変すぎる」

「一度しかないから、これでいいんだよ。他の二人もアンリの事業にはなくてはならない感じになってるし、私も後悔してない」

「仕事なんて。縛る鎖のひとつにすぎないのに」


歩いているうちに、教会に行く階段に着いた。

二人で階段を登ると、スカートがめくれ上がりそうになったので、アンリが慌てて神聖力で抑えて外側に移動した。

瞬間移動では感じられない、こういうことのひとつひとつが楽しい。


「僕も、別に今の人生も後悔してない。理想はあるけど、それを選ぶと得られないものもある」


階段を上がりながら考えているのか、少しずつ話してくれる言葉に、ただ頷く。


「他の二人だってそれは同じで、国もなにもかも、こうなるためには必然だったのかもしれない」

「確かに神様は大聖女の役割があるって言ってたしね」


ふと、神様との会話を思い出す。

大聖女に課せられた使命や神の采配が運命というのなら、こうなることも運命だったのかもしれない。


「アンリが潜入で聖女宮に来たのも、神様がアカタイトに両親を連れて行ったのも、運命の流れで決められていたからなのかな」

「わからないけど、それなら神に感謝したい。出会わなくて国が正常化したとしても、ミユに会えない人生は意味がない」

「大聖女だから?」


アンリは呆れた顔をして私の顔を見つめた後、開いてる手をピンとはじく。

額に何かがぱちんとぶつかった。


「馬鹿だな。ミユは大聖女じゃなくても僕の人生に影響を与えているからだよ」


階段を上がりきり、教会に着く。

遠目で見ていた時より、小さくて立派な作りの教会だった。


「大聖女の力は大切だよ。だけど僕らは一級よりも強い神聖力を持ってるし、一人は勇者だ。大聖女の力なんてなくてもやっていける。取り合う必要なんて本来ないけど、ミユ自身が僕らに優しくて色々なものを与えてくれたから、僕らも離れていかないんだ」


心底呆れたという口調で話しながら、アンリは扉を開ける。

室内は、招待客が二十人も呼べないような聖堂だった。


中にはピアノのような楽器があって、演奏家と、神父と女性が二人待っていた。

一人の女性は、私の腰に、花嫁のスカートのような布をつけて、花で飾る。

もう一人の女性はアンリの上着を白色のものに変えてから、こちらに来て髪をとかしてくれた。


「旅行中だし、僕はミユの普段の顔で結婚してほしかったから」


そう言いながら、私の髪に白い花の髪飾りをつけてくれた。

女性がいなくなって、楽器が荘厳な音楽を奏でる。


アンリに手をとられたまま、中央の通路を渡って神父の元に行くと、神父が祈りと誓いの言葉を告げる。

不意に、アンリが言った、私が影響を与えているという言葉を思い出した。


私は、何かを相手に与えた記憶はない。

利用した記憶はあるけど、それで得た立ち位置や居場所はその人本来の資質によるものだ。


(贅沢な解釈違い)


アンリが誓いの言葉をいい、私も誓いの言葉を言う。

誓いのキスをした時、贅沢な間違いだとしても、これでいいのだと心が告げた。


(それがアンリの答えだというのなら、受け入れよう)


彼の出した答えが、終わらない夢になるように、努力しよう。

いつの日か、どちらかが死んでしまった時に、その思い出を胸に生きられるよう、今を重ねよう。

それが、私の幸せに付き合わせてしまったことへの恩返しになるように。


二人で教会の外に出ると、水平線の上に青空が広がっていた。


「アンリ、ちょっと瞬間移動してもいい?」

「いいよ。空中散歩する?」


へらっと笑うアンリに抱きつくと、思いきって空に瞬間移動をする。

次の瞬間。

青い空に、白いウエディングドレスが花咲くようにひらめいて。

言いたかった言葉を、相手に告げる。


「大好きだよ」


私の言葉に、赤い瞳は宝玉のように美しく輝く。


次の瞬間、もう少し高く抱き合ったまま空に飛んで。

重ねる思い出に、この幸福な記憶が埋まらないように願いながらキスをした。






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