リツキとの新婚旅行 ~日常の幸福~
月日は過ぎて、リツキとの新婚旅行に行くことになった。
結婚式前に行くのかと思ったけど、妊娠したらどうなるか分からないので式前になった。
仕事帰りに、パパっとガラレオに移動する。
久しぶりに入ったポータルがあるガラレオの洞窟内は、虫は全部死んでいて、フォーウッドは骨になっていた。
風をおこして虫の死骸を洞窟の端にまとめる。
「ミュー、俺が場所を考えてるから、試しに瞬間移動してみて」
「どういうこと?」
よく分からなかったが、言われるままにリツキが行きたい場所に行くと思いながら瞬間移動する。
パッと外に移動すると、繁華街から少しずれた郊外というような感じで、住宅地もありそうな街中だった。
「やっぱり、俺とミューって堅い絆で結ばれてるから、俺が考えてる場所でも瞬間移動できるんだ」
「えっ、本当にどういうこと?」
「ミューがこの世界に来た時さ、ミューが知らないはずの俺の家に勝手に瞬間移動したことあったじゃん」
「あ、確かにしたことがあった!」
「あれって俺が勇者で、ミューを大聖女として連れてきたからだなって思ったから、今確認した!」
「他の人ともできるかもしれないけど、どうなんだろう。できるなら便利だよね」
「なんで運命だって思ってくれないわけ? 新婚旅行だよね?!」
「ごめん。便利だなって思っちゃって」
デリカシーがないことを言っちゃったと思いつつ、背中を撫でると仕方がないなと言う感じで落ち着いた。
改めて見たガラレオの街は、みんな屋根の色が同じで統一感がある。
「新婚旅行、二人はたぶん豪華なんだけど、俺はそういうのより、その街で住むみたいな感じが好きだから、間を取った」
案内されて入ったホテルは、料理ができるような設備も部屋。
作り的にはリゾートホテルという感じではなく、機能的なマンションのような感じで、これはこれで新居のようで新鮮だった。
だけど、壁が薄いような感じもなく、そこそこ広さもあるので安そうな部屋ではない。
「リツキって、旅行行くとそこのコンビニとかスーパーで色々買うの好きだったもんね」
「そう。だから、外で食べて、火を使いたいなら使えて、観光も徒歩でいける場所にした」
二人で荷物を置いて、外に出る。
日が暮れているので近くで食べようと、ぶらぶらと歩いていると建物と建物の間にある路地裏に小さな階段があった。
「ミュー、あそこに店がある。ここ行こう」
「危なくないかな」
「俺ら大聖女と勇者だぞ」
笑いながら言われて暗い石段を下りていくと、料理屋があった。
「ちょっとだけ食べよう。美味しくなかったら即出る」
「うん」
二人で店内に入ると、客が六人程度しか入れない店で質素な感じだった。
おすすめと軽いお酒を頼んで二人で食べる。
おつまみのセットのような数種類の料理の盛り合わせが出てきた。ちょっとクセがあるけど味は普通。ちょっと量が多くて、二人ともお腹がいっぱいになってしまった。
予想外……と思いつつ二人で外に出てブラブラと歩く。
「あれだ。味が普通だから、量でカバーしてるんだな。別に普通の量でいいのに」
「優しさを感じるけど、お腹いっぱい。雰囲気が良かったから、長く続いてくれたらいいね」
小道からまた階段を降りると繁華街の道に出た。
ガラレオの夜景は、すごく綺麗ってわけではなく、日常の延長のようだ。
「あっち、俺らが壊した城があったほう。行く?」
「行かない。なんか悪いことしちゃったし」
「馬鹿だな。戦争になったらここらへん全部壊れてたし、さっき行った店の店主なんて殺されてた。今の方が民間人にはいいんだよ」
さらりと言う言葉に重みを感じる。
リツキを見上げると、こちらを見て微笑んでいた。
「それに、このへんのインフラがちゃんとしてるのは、多分アーロンさんの技術をこっちに流したせいだろ。得たものと失ったものでトントンだ」
「リツキって、ずっと犬みたいなものって思ってたけど、かしこい?」
「俺をなんだと思ってんだよ。全然違う世界でマナーも何も違う貴族まとめてるのにバカなわけないだろ」
ぐしゃぐしゃと髪を撫でられた。
「髪がぐちゃぐちゃになった……お城は明日行こう?」
「まぁ、もう飯食ったし、散歩してから帰るか」
リツキは私の乱れた髪を直すように髪を撫でてから手を繋いで歩きはじめる。
昔、こんなふうに夜道を歩いたことがあったなぁと思い出してしまった。
「前、こうやって夜道歩いたことあったよね? リツキが私の背を抜いた頃」
「あったな~。ミューがバイト帰りの時は意識しすぎて手とか繋げなくなったけど」
「抱きついてたのに」
「あんまりして無かったじゃん。でも、もしかしたら手を繋いで歩いてたら、元の世界でもこうなれたのかな」
「そもそも弟をそういう目で見るのはよくないって思ってたから、どうなんだろう」
「血の繋がりなんてないのに」
「血の繋がりより縁の繋がりが強いとかも聞くけど、こうなっちゃうと何が正しいのかわからないよね」
「正しいことなんて人の数ほど違うものだから、俺達の正解はこれだったってことだよな~」
ブラブラと歩きながら、飲み物を買ってホテルに戻る。
流れるようにキスしてそのままベッドの上に誘われて、うっかり乗ってしまう。
浄化をかけるのも間に合わないくらい楽しんでしまって、気付いたら朝だった。
朝。
アンリもゾーイもいない静かな部屋で目覚める。
生活ができる部屋なので新婚のようで楽しいけど、昼のような感じだった。
(旅行なのに、私達はどこで時間を使っているんだ。よくない)
身支度をしてリツキを起こすと、そのまま朝食がてら観光に出かける。
壊されたお城の代わりに、大聖堂のようなものが建築されていた。
その隣に新たに建築されたカフェで二人で朝食を食べる。
ガードをかけて、話をまわりに聞かれないようにした。
「ちゃんと復興できてるんだね」
「魔王が関わってるからな。新しい貴族は魔王寄りだから、上手くいってる」
「えっ、しらない。そんなこと言ってなかったのに」
「ミューは知らない方がいいんだよ。この国は戦争する前に敗戦国になったんだ。王が消えるってのはそういうこと」
「私たちがやったせい?」
「俺らがやったから民間人が使われなかった。それだけの話。だからポータルもいまだに使える」
そうか。普通は王を殺して貴族を殺したら、究明がはいってポータルを行き来なんてできない。
できるのは、知られても支障がない状態だからだ。
「じゃあ、ゾーイは爵位をとらなくても心配いらなかったんだ。早く言ってあげないと」
「アカタイトから帰った時にドロテアが教えたらしいからゾーイも知ってる。でも目標にしたから取るらしい」
私がゾーイのことで悩んでる時に、そんなこと話してたの?
そういえば、あの時ドロテアは喧嘩はしてないと言っていた。きっと私とゾーイを引き離したくてそんなことを言ったのかもしれない。
「なんで王様なのに教えてもらえないんだろ」
「ミューに自分を利用したと思われて嫌われたくないんだろ。ミューに嫌われるって俺達三人も敵に回すんだから」
なんでもないことのように話しながら、リツキは食事を食べ終える。
そんなものなのかな……と思いつつ私も食べ終えて色んな場所を観光した。
ガラレオは観光目的であれば綺麗な街だった。
けれど、リツキはそこに住んでいる人たちが見ている目線で物を見る。
道端に咲く花も、路上で売られている変な品物も、よく見れば神聖国と全然違う。女一人なら危ない場所もリツキがいれば興味深い場所になる。
食べ歩きをしたけど、なぜかリツキが半分食べたがるので色々食べられて良かった。
「米買って帰る? 前に米を買ったのこの近くだから」
「えっ、ここまで来てお米買ったの? 行く行く」
「そう。なんか米使ってる店があって、どこで買った? って聞いたらここから輸入って聞いたから。ミューが喜ぶと思って」
笑いながら、リツキに連れられて店に行く。
連れていかれた古い店舗の中には、お米の他に大豆っぽいものとか乾燥した小魚とかがいっぱいあった。
(乾物!! お父さんとお母さんも喜びそう!! 今日買って試そう)
ザカザカと色々買う。
醤油はないけど、店の人と話して、色々商品を舐めさせてもらって、少しクセがあるけど似たようなものを買った。
リツキは一緒に味見をしながらそんなに買うの? という顔をしている。
「ミュー、そんなに買ったら荷物で外食できなくなるぞ」
「ホテルで料理するから大丈夫」
「新婚生活じゃん」
わーいと喜ぶリツキに荷物を二つ持たせて、私もひとつ荷物を抱えてホテルに瞬間移動した。
フロントで調味料セットを貰って、そのへんで卵、肉、野菜を買って部屋に戻る。
乾燥した小魚の頭とお腹をとって出汁を取ってみると、美味しく出汁がとれた。
塩をいれて、醤油に似たものを入れて、溶き卵と野菜をいれてから味をととのえて澄まし汁にした。
リツキは米を炊いていたので、肉を焼いて、野菜入りのいり卵も作った。
料理をしていると、ふと、あの頃の忙しさでお米を買うのは大変だっただろうなと気付く。
(それなのに私なんて昔のリツキに変身させたりしちゃって)
今思うとあれって本人は傷つくよね。私に高校生に戻ってっていうようなものだし、本当に残酷だ。
私はときどき無意識に残酷なことをすることがある。
米が炊きあがり、二人で質素な晩御飯を食べる。
食べてみると、澄まし汁も美味しかったし、炒り卵も肉もお米も美味しい。ほぼ日本食で嬉しくなった。
両親の分も一緒に買ったからとんでもない荷物になったけど、たくさん買えば神聖国に送ってくれるらしいから、色々試してからまた買おうと心に決める。
「和食は美味いけどさぁ。ミューは新婚旅行の最後の晩飯がこれで良かったの?」
「いいよ。試さないと買い足せないし。リツキが新婚みたいって言ってたけど、私もそう思ってたから、これでいい」
「そうかなぁ。新婚旅行なのに冴えないなぁって思ってる。もっと考えれば良かった」
「でもリツキはこういうの好きだし。他の二人は、きっと路地裏に入ったり路上にいる物売ってる人に話しかけたりしないでしょ。リツキだからこそ見える景色を私にも見せてもらえることが、私も昔から好きだよ」
私の言葉に、リツキはすこし止まってから、フ、と表情を和らげた。
「俺さぁ、ミューを初めてみた時、幸せにしたいと思ったんだよ」
突然、思い出したようにリツキが呟く。
「だから、こっちの気持ちとか両親にはばれてたけど、ミューには負担をかけないようにしてた。もっと大人になってから気持ちは言おうと思ってたし」
そうなんだ、と思う。
だけど気持ちを伝えずに全員死んだからこそ、こっちに来てからは積極的に動いていたのかもしれない。
「結局、俺が幸せになってたんだよね。幸せじゃなきゃ片思いなんてバカみたいなこと止めてるし諦めてるし」
「……こっちにきて、リツキだけを選べなくてごめんね」
「いいよ。幸せだし。国王の側近とか普通はなれないし、アンリは口悪いけど俺のサポートもしてくれるし。ゾーイもいい奴だから」
リツキはそう言いながら、汁物を音も立てずにすすった。
「正直、最初は腹が立ったし他の奴とかどうでも良かったし、ミューが手に入らなかったらこの世界を壊そうとか思ってたけど、今はその頃より俺もマトモになったよな。情が出てきたっていうか」
「なんか最近、丸くなったよね」
「ミューが俺をまともにしたんだよ。アンリもゾーイもマトモじゃねーなと思ってたけど治ったし、ミューは凄い」
「私にそんな効果ないし、みんなもともと普通じゃない? 覗き趣味の変態になったとは思ってるけど」
「人殺しが覗きになったならマシだろ」
「それはそうだけどね」
二人でフフ、と笑いあって、食事を終える。
リツキはやっぱり旅行が地味だったと思っているらしく、食器を一緒に洗いながら反省していた。
(なにか新婚っぽいことを言って和ませないと。特別感があること)
真剣に考えて、リツキにしか当てはまらないことを思い出す。
いいか悪いか分からないが、いつかは言おうと思っていたことだった。
「私ね。リツキに言ってないことがある」
手を拭きながら話を切り出すと、リツキは食器を拭く手を止めてこちらを見た。
「私、実は一回もリツキと関係を断とうと思ったことがないの。恋人は無理かもしれないと思ったけど、弟としてならって思ってたし。アンリに怒られたこともあった。でも私は弟のリツキを結婚しても捨てられないし、たぶん一生そう」
「え……どういうこと?」
「簡単にいうと、私は弟のリツキが好き。だから喧嘩してもなにしても離れないってこと」
たぶんアンリやゾーイに対する気持ちと、リツキに対する気持ちは違う。
普通の人から見たら、この感情は気持ち悪いだろうなって思うし、リツキが嫌がってるのも知ってるけど。
「俺のことを弟として好きなのに、恋人としても好きになって結婚までしたってこと?」
「弟って思っているこの感情が正しいのかもわからない。だって、比較できないし。幼馴染って言われたらそうなのかもしれない。ただ、私の人生に弟としてずっとリツキがいたから、ただの恋愛よりずっと気持ちが強いかなって」
「特別ってなら嬉しいけど。それならなんで俺だけ選んでくれないわけ?」
拗ねたように聞かれて考える。
確かに、とも思うけど、あの時点でアンリを選ばないという選択肢は無かった。
リツキを選んでいたら、今の状況にはならなかっただろうし、リツキは独占欲も性欲も強いので、抑止力になっているアンリがいなければ良くない方向に囚われてしまう可能性もあって、最悪の場合、魔族領ごと消えていた。
人生は選択の連続で、全てがかみ合って上手くいった結果が今だと思うしかない。
「こればっかりは運命だよね。それにリツキは色んな人と関わって生きていく方がいいんだよ。力が強いせいかすぐ下に相手を見ちゃうんだから」
「そんなことないけど」
リツキは少し拗ねた顔をして食器を置くと、ベッドの方に歩いて行ってちょいちょいと呼ばれる。
そういう時間かな? と思いながら、どちらにも浄化をかけた。
「今までミューを姉とか思ったことないけど……弟としたい姉ちゃんだと思うとエロくて興奮するな」
「人を変態みたいに」
「まぁ、でもミューも俺の人生にずっといるし、今も幸せだから、これが正解だよ」
ハハ、と笑う顔を見ながら、いつも通りキスをして。
リツキがいると、非日常も日常になる。
不安定は怖いから、安定の日常の方がずっといい。
相手の心音が、もう大丈夫だと心に告げる。
「前にデートした時、リツキは私がリツキを見てないって泣いたけど、リツキは私の特別だし、ちゃんと愛してるよ」
「……まぁ、弟は俺しかいないしな」
私の言葉に、リツキは目を細めて笑う。
上に座らされて、ギュッと抱えられた。
「リツキがいたから、きっと元の世界でも安心して大丈夫だと思えてたのに、ちゃんとするまでに時間がかかってごめんね」
「別に。ミューが楽になって、俺の隣にいてくれるなら、それでいいよ」
安定や安心は、気付きにくい。
私達はいつだってどこか足りなくて、なにか失敗をする。
けれど、それが相手に受け入れられて幸せだと思えるのなら、それでいい。
「ミューが前に地獄に落ちても一緒に踊ってくれるって言ってたけど、ミューがいるなら天国でしかないな」
「一緒に踊る?」
「踊るかぁ」
私を体の上に乗せながら、リツキがお腹をビョンビョンと上下させるので身体が揺れて笑う。
さっきのロマンチックな雰囲気が消えてしまって、なんの緊張感もなくなってしまった。
だけど昔からリツキのこういう所も大好きで。
「私、この新婚旅行、凄く好きだよ」
私の言葉にリツキは笑いながらキスをして。
日常の幸せってこういうことなのだろうと漠然と思う。
世界も関係も全てが変わってしまった今でも、手放せなかったもの。
深く考えると、やっぱり後悔がないわけじゃない。
だけど、何もなかった私にとって、決して失えなかった。
だからこそ、変わらず確かな幸せを与えてくれている今が、とても幸せで。
もし、誰かに責められたとしても、私が幸せだからいいのだと心から思えた。
個別エンドっぽい新婚旅行編です。
ガラレオは雰囲気オーストリアみたいな感じで考えてます。
神聖国はヨーロッパっぽいのでね。でも魔族領はちょっとインドっぽい。なんでだよ。風土よ。
もうすぐ終わるので、よければ頑張ったねという感じでブクマや拡散などしていただけますと幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。