新作の入浴剤と初恋効果
結婚式前の寒い時期になる頃。
小さい家で、ゾーイとアンリが悩んでいた。
「寒い時期は匂いがある花がないから、入浴剤をどうするか困るな」
「寒い方が入浴剤を使うから、ないのは困る。お風呂を導入した家も増えたみたいだし」
「だけど香木だと値段が高くなりすぎる。貴族用ならいいけど、精油と比べて香木は人気がないしな」
「なら貴族用は精油を使ったほうがいいな」
花がない時期に売る入浴剤が決まらないらしい。
私は、お菓子に使う甘い匂いの種をアルコール漬けみたいなものを手に取った。
ロロノ漬けと言われるもので、バニラエッセンスと似てるけど、ちょっとだけ香りが違う。けれど美味しそうな匂いのものだ。
「お菓子に使う甘い匂いの使う? お酒だけど少量ですむし甘い匂いが苦手な人は困ると思うけど。お肌につけると荒れるかな?」
蓋を外して二人の間に置いた。
「あー、よく嗅ぐ匂い。試すにはいいかもね」
「僕はこの香りが自分の身体からするのはちょっとな」
確かに、自分の身体から甘い香りがするなんて、男性は苦手かもしれない。
「私は何とも思わないけど女の子っぽいかもね。好き嫌いがありそう。香りは無いけど、効能をアップするとかは? ラブラブになるとか」
「ラブラブって……この前みたいな?」
「そうそう」
「俺、初恋みたいになれってされたことあるぞ。普通になんかめちゃくちゃ初々しい気持ちになった!」
ゾーイに相槌をうっていると、へへっ、とリツキが話しに加わってきた。
アンリだけが微妙な顔をする
「そういえば、ミユがもっと好きになるようにってお湯に混ぜようとしてるの止めたことある。だってこいつと殺しあうのはミユが困るから。でもみんなやってもらってるなら、僕もやってもらったらよかった」
「今からかけてみる? 平和なラブラブがいいよね。新鮮な気持ちになるとかがいいかも」
「その効果、自分がこの前かけてもらった時は新鮮ってより切ない気持ちになったけど、なんでだろう」
「新鮮な時はなんでも楽しいだろ。変な奴」
バカかよという顔をしながら、リツキが呆れている。
別にゾーイだって、勝手にキスされてから一年以上は経ってるんだから、ちょっとマンネリしてるかもしれないけど。
切ない理由は片思いだったから? とも思うけど、気付いたのは最近みたいだから分からない。
とりあえず、ちょっと全員にかけてみようかな。
「入浴剤一回分くらいで、三人にかけてみるね」
自分を含めて全員にマンネリを忘れて最初の頃の好きな気持ちになれ~と思いながら神聖力をかける。
三人の顔が、こちらを見て少し笑った。
「ミユ、ハグしよ」
アンリが立ちあがったので、わーと走っていってハグする。
ギュッと抱きしめられると、心臓がバクバクした。健康に悪いけど前より心が戻ってるから高揚感がすごい。
アンリは少し戸惑いながら、でも少し笑っている。シャツを触ると少し汗ばんでいるのが分かった。
「これ凄い……飽きるとかないって思ってたけど、最初の好きな気持ちってよりは元の気持ちに新鮮さが加算されてる感じだ」
「キスもしてないのに心臓が大変……」
「あ、ミュー。俺のほうにも来て。でもキスとか目の前でされたら殺しかねないから、俺もしないし二人も頑張れ」
リツキに呼ばれて、アンリとしぶしぶ離れてリツキの方にもわーっとハグをする。
思い切りギュッとされる情熱ハグだった。
「くるし……」
「あ、ごめん。好きすぎてつい。前よりなんか強くなってる感じだ。二日くらいで前は消えたけど、残ってるのかな」
「私自身には残るけど、他の人には私の神聖力だから多分残らないと思うけど」
「じゃあ、前より好きなだけか。上限がないって怖いな」
冷静に分析しているけど、リツキの心臓の音が凄い。
私の心臓の音だって凄いだろうけど、ネズミもビックリの音の速さだ。
なんか、すごく幸せだけど。でも、コレって他の二人から見て大丈夫なのかな?
「ユキ、自分も。早く。気が狂いそうだ」
「えぇ?」
ゾーイの暗い声が聞こえたので、慌ててリツキから離れて走っていく。
抱きつくと、抱える感じで抱きしめられた。
「……息ができる」
「大丈夫?」
「この前より切ない。ユキとはまだ新鮮だと思ってたけど……違う……」
声に元気がない。なんでこんなにヨワヨワになっちゃったんだ。
前の時といい、ゾーイは弱くなると無口になるみたいだ。
ゾーイも心臓はドキドキするけど心配の方も大きくなっちゃって感情が忙しいし、心配が勝っちゃうな。
「これ楽しいけど、俺らの場合は三人もいるから、辛い気持ちもキッツくなるな」
「うん……」
リツキとアンリの声が聞こえて焦る。
そんなに?! だからゾーイがヨワヨワになるんだ! これはお風呂に入った相手限定だ!
効果を解かないとと思って身体を離そうと思ったけど、離れない。
「ごめん。効果元に戻す! 入った時にまた楽しも!」
返事を聞く前に、慌てて全員の効果を消した。
腕の力が少し抜けたので慌てて身体を剥がすと、全員に落ち着いて楽しい気持ちになれと神聖力をまたかける。
(気持ち! 落ちついて! 楽しい気持ちになれ~! なった? なったよね?)
神聖力をかけられた三人は、何事もないようだったが、少しだけ顔色がよくなった。
ゾーイは顔を上げると、頭を掻きながら、はぁ、とため息をついて椅子に座る。
「これ、いいけど目の前でハグとかされるのキッツイ。前にリツキンとユキが机の下でいちゃついてるのを見た時もきつかったけど。さらにきつかった」
「えっ、あれ帰らないで見てたの!?」
ゾーイ、覗き見するのは変態だって言ってたのに!
ショックを受ける私を見ながら、アンリは小さく首を縦に振った。
「そうだよ。それで止めないと最後まで進むってゾーイが僕に言ってきた」
「ゾーイのせいかよ。お前らはなんで勝手に人の情事を覗き見るんだよ。変態どもめ」
「前は覗きをするのは変態だって言ってたのに……」
「ユキに惚れた奴は全員変態になるんだ。もう自分は見ないけど。あれは精神によくない。病みそうだった」
楽しくなるようにしたはずなのに表情が暗い。
好きな人が他の人といちゃついてたら、それは深いほど嫌だよね……。
「嫌なら後で記憶消そうね」
「うーん……でも、忘れて同じ間違いをするのは嫌だしな」
「慣れなよ。僕なんて同じベッドの時があるけど、慣れて趣味と両立させてるよ」
「ウィリアムソンほどの変態にはなれない」
「まぁ、誰でもできることじゃないか」
アンリは得意げな顔をした。
ぜんぜん自慢できることじゃない。
リツキは溜息をつきながら、こいつらは本当に頭がおかしいと首を横に振る。
ゾーイは、立ち直ったのか、机を軽くパンと叩いた。
「よし! じゃあこれ、商品化する? 気持ちが盛り上がってしちゃうだろうから香りはいらないよね。香りでばれたら恥ずかしいし」
「そうだね。僕も欲しいし沢山作ろう。神聖力も増えるから問題ない」
「俺の分もとっといて。っていうかこの部屋に誰でも使えるように常備しておこう」
ゾーイとアンリが、ちゃっちゃと商品計画を進めるのを、リツキが尻尾を振る感じで見守っている。
イチャイチャして上がった神聖力で入浴剤を作って、またイチャイチャするという、とんでもない流れができてしまった。
(でも、寒い時期はそれもいいのかも)
心を取り戻した私は、そういうことをするのも前より楽しいんだよねと思いながら三人を眺める。
正直、正しい関係ではないと今も思っている。
多くの日を誰かと愛し合うというのは心身ともに負担があるし、ひとりの時間が本当にない。なんだこの状態はと思う時も本当に多い。
でも、心を取り戻したからか、確実に前よりは気楽というか楽しい。
それに、王宮の仕事と家の仕事のダブルワークを三人が協力しているという状況もおかしい。
仕事では、ほとんど二人が外出しているのと、私が上のようで実際は部下みたいな立場だからこそ、ほとんど口を出さないようにして上手く回っているけど、そのうえ家族で一緒に仕事なんて普通は仲たがいする。
でも、たぶん、全員それは分かっている。
恋人として付き合うことが目的なら、未来を想い、たぶん別れる状態だろう。
けれどこの状態で未来を想うなら。いつか壊れるとしても楔の様にすべてを繋げて高め合っていこうと全員が思いながら、少しだけ全員が我慢しあって、居場所を作るために頑張っているのではないだろうか。
一般的な方法ではないと思うけど、そもそも私達の関係が一般的ではないから、これでいいのだと思うことにしている。
だからこそ、二人きりの時は思いっきり甘えて甘えさせたい。
心の中を覗き見られなくてよかったと心から思った。
寒い時期が来る頃。
新作の入浴剤が発売された。
貴族用は、精油が入ったものと、無香料の濃厚カップル用。
一般用は甘い匂いのロロノと無香料保湿タイプ。それとカップル用の安価なものが販売された。
カップル用は口コミが口コミを呼び、あっという間に売り切れ、一年中売ってくれという要望まで届くほどで。
神聖国では出生率が上がり、図らずも国王としての名誉が上がったのだった。
恋愛関係で脳破壊を繰り返した結果、すさまじい耐性を身につけたアンリだった。(可哀想)ブクマ、拡散、評価などよろしくお願いいたします。