モーリスに制裁(後編)
夜。
仕事場から家に戻ると、モーリスが待っていて膝をついた。
その姿に驚いて固まってしまう。
「ミユキさん。そんなに怖がらせていたとは思わず、申し訳なかった」
謝罪するモーリスの乱れた髪の端は、所々赤黒いもので固まっていて、血だと分かる感じだったし、顔色も悪い。
多分、内出血の跡とみられるところもあったし、まだ体の内部が治っていないんだろうという感じもした。
後ろでは、それでも気持ちがおさまらないという顔のアンリが腕を組んだまま壁にもたれてこちらを見ていた。
(なんか、出ていった時より機嫌が悪い。あんなアンリはじめて)
「あの、私も、大したことないと思って言ってしまって……すみませんでした」
「いえ。言ってもらえて、謝るチャンスをいただけて良かったです。許されるとは思っていませんが……」
「もう過去のことですから大丈夫です……それより身体は大丈夫ですか? 内臓とか治します?」
治そうと思って手を伸ばすと、その手を掴まれて後ろに引き寄せられる。
「ミュー。だめだよ」
リツキが真っ黒な目になったまま私を抱き上げながら言う。
ゾーイが、モーリスの横に腰を下ろした。
「モーリスさん。今日はお帰り下さい。みんな気が立ってるので」
「はい。失礼しました」
とぼとぼとモーリスは帰っていく。
少しヨロヨロしているので、かなりの傷が残っているんだろう。
「なんか、顔色悪かったし、アンリやりすぎたんじゃないかな」
「やりすぎてない。あいつは気持ちが悪い。本当はミユに会わせたくなかった」
「ウィリアムソン、昼よりめちゃくちゃ機嫌が悪いな」
「モーリスは、あの女の子にミユみたいな格好させてた。気持ち悪い。あの子の服の趣味は違ったから、モーリスが買い与えたんだ」
アンリが忌々し気な顔をして吐き捨てた。
私の恰好……まぁ庶民といえば聞こえがいい、ブラウスとロングスカートみたいな地味な芋っぽい、あんまりお金持ってる人が着ないような服だよね。
最近は大聖女として動かなきゃいけないから、あんまりそういう恰好はしてないけど、動きやすくていいんだけどな。
「マジかよ。ミューの格好って貴族界隈では地味すぎてあんまりいないじゃん」
「きっも。最悪」
リツキもゾーイもドン引きという顔をしていた。
「動きやすいからじゃない? 最近は大聖女として動かなきゃいけないから平日は着てないけど」
「ミユ。貴族は使用人には使用人の服があるし、それ以外でも好きな女性にはそれなりの服を着せる。僕が着せなかったのは、ミユの意志を尊重したからだよ」
「じゃあ、本当にモーリスさんが好んで着せてたってこと? 女の子が可哀想」
「ミユに似てる子を、ミユの真似させて恋人にするのは気持ち悪いし本当に許せない。だから刺しまくって制裁した」
「俺もやりたいけど、うっかり本当に殺しそうだからやめとく。でも身内だと思いたくねーし結婚式に呼びたくない」
リツキは心から軽蔑という顔をして私を抱きあげたまま、ダイニングに行く道を歩きはじめる。
ゾーイは何も言わずに私を見ると、視線を外して不機嫌な顔をしていた。
「ゾーイ。殺しちゃダメだよ」
「なんで? 別にモーリス程度、代わりの人間なんているけどね」
「本当にだめ。アンリのお兄さんだし、あの人がいなくなると神殿も薬の工場も大変になる。だからダメ」
「生かしておくとユキにまた危害を加えるかもしれないし、いない方がいい人間っているよ」
本当に言うことを聞かない時の感じになっていて慌てる。
アンリは深く溜息をついて、二人を見た。
「ミユがいないところで、モーリスが僕達と話しあう場を持つよ。僕も安心できないし契約を結ぼうと思う」
「そうだな。ミューがいると怒るのも難しいから、ミューがいないなら俺も嬉しい」
「自分もユキにはあんまり汚いところは見せたくないから助かる。返答次第では殺すかもしれないけど」
三人が少し納得しているのを見ながら、大丈夫なのか不安になる。
でも、聖女を変身させてたって言わなくて本当に良かった。アンリは自分がそういう目にあっても弱るだけだったけど、私が対象だと知ったら多分モーリスを殺してしまう。他の二人も多分同じだろう。
自分の中では嫌だったけど終わったことで、女の子に私の格好をさせているのはアンリの勘違いかもしれないから、穏便にすませてほしい。
だけど無理そうだな……と思いながら、三人を見守ることしかできなかった。
話し合いの当日。
私は小さい家で話し合いが終わるまで、せっせと塩味のプレッツェルやおつまみ系の揚げ菓子を作っていた。
三人のうち二人は胃が弱いので、野菜系の歯ごたえがあるものも漬けたり焼いたりして作ってある。
穏便にと伝えて送り出した三人は、夕方ごろ平気な顔をして戻ってきた。
「いやぁ、やっぱミューとあの子は違う。あの子は普通の女の子だな」
「雰囲気が似てるだけだね。ミユはもっと攻撃力が高いし」
「アカタイトで捕まってるウィリアムソンを見つけた時は、薬漬けにするなんて生かして帰さないって怒ってたしな」
「そうなんだ。やっぱりミユは最高だ。ドロテアにコイツが襲われた時も、性犯罪は許さないって怒りながら僕も連れていかれたよ」
「えっ、初めて聞いた。ミューのそういうところも好きなんだよな」
口々に話している内容が、なんかおかしい。
「えっと、お帰り……話しあいにいったんだよね?」
「ミユただいま。ちゃんと二度とこういうことはしないし、二人きりにならないって契約書を書かせたよ」
「ただ、ミューの格好に似てるのは、本人の好みもあってのことらしい。だからそんなに変態でもなかった」
「いや、でも女の子に直接きいたらモーリスが喜ぶからって言ってたから複雑だよ。ユキに似てるから喜んでんだよとも言えないし、好意を寄せられるのが嫌だったらこっちに来てもいいって言ったけど断られた。あれは惚れてそうだな」
ゾーイは忌々しそうに言う。
「その辺も、付き合ったらちゃんとしたドレスを着せるとか、ミユに変身させないとか言ったから大丈夫。二人がものすごく罵倒してたから考え方を改めるしかないよ」
「リツキとゾーイって罵倒なんてできるの? 想像がつかない」
驚いて聞くと、三人は曖昧な笑いを浮かべた。
「別に大したことは言ってないよ。人助けしかしない善人の俺のミューを汚すなんて、殺さないだけでも感謝してほしいね」
「自分も大したこと言ってないよ。思ったことを言っただけ。ユキはお菓子を作ってたんだ? これお菓子だよね?」
ゾーイはごまかすようにテーブルの上を指差した。スナック菓子がたくさんあるので、気になるのかもしれない。
ポテトチップも上手くできたし、野菜のさっぱりしたディップソースも上手くできたし、早く食べてほしい。
「うん。三人がイライラして戻ってきたらお酒でも飲んでストレス発散したらどうかなって思って。リツキが好きだから油ものも用意したけど、新しくて胃に負担をかけにくい油使ってるからそんなに胃に重くないよ。他にもいろいろあるし、野菜のつまめるのもあるし、料理長さんにもご飯いらないって伝えてある」
えへへと思いながら、買ってきたお酒を並べる。
クセがない人気のものとかを聞いて買って来たのだ。
リツキがこちらを見て、手を腕で隠した。
「うちのミューが最高すぎる。なんていう良い嫁なんだ。諦めずにこの世界に連れてきて良かった」
「モーリスに酷い目にあわされてるのに……僕の奥さん、なんて……なんて、うぅ~……」
アンリが泣きはじめ、泣き真似だったリツキがギョッとして腕を外すと、ゾーイが笑う。
この前からアンリは挙動不審だったから、きっと色々不安だったのだろう。やっと不安から解放されて良かった。
「うわ、泣くなよ。お前の兄貴は最低だけど、とりあえず上手くまとまったんだから」
「違う。ミユが好きすぎてつらい……」
「やっぱり自分の中の総合一位がユキは永遠に変わらない気がするんだよな。二人いるから邪魔だけど、いるから得なこともあるし」
話す三人を見ながら、とりあえず大丈夫そうだなと感じる。
「じゃあ、みんなでお酒飲もう。おつまみも美味しくできたよ。嫌なことは忘れちゃおうね」
「そうだな。作りたてが一番うまいから早く食べよう」
四人で席に座ってお酒を飲みはじめる。
いつもと同じメンバーだけど、いつも通り楽しい。
モーリスにとっては災難だったと思うけど、言っていないことが減って心が楽になる出来事だった。
その後、モーリスから謝罪の手紙が届いたので、謝罪を受け入れて、もしよければ結婚式に来てほしいと書いた。
リツキは嫌がっていたけど、神殿と仲良くしたり上手くやっていくためには、多少の気に食わない人間関係も受け入れないといけないと思ったからだ。
モーリスも同じように考えているのか、参加するという返事が届いて、騒動は無事収束した。
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