モーリスに制裁(前編)
結婚式まで二ヶ月と迫ったある日。
昼食を四人で食べながら、わいわい話をしていた。
最近は忙しくて、仕事終わりにしなきゃいけないことが多すぎてアンリが昼休みに食事を持って遊びに来ている。
昼が本当のお休みという感じだ。
「そういえば、ユキってモーリスさんには仲良くはするけど、あんまり近づかないよね。苦手なの?」
突然ゾーイに聞かれて、返答に困る。
「えぇと、苦手というわけじゃ……」
「確かにミユは、挨拶はするけど、用事がある以外はほとんど話さないよね」
アンリも不思議そうに聞いてくるので、うっと思う。
リツキはフーンというどうでもいいという顔をしながらこちらを見ていた。
(話していいのかなぁ)
別に苦手ってわけじゃないけど、聖女宮に行った時に抱きつかれたのと、聖女を私の姿にして……っていうのはやっぱり許容できないし、思い出すと得意じゃないなって思ってしまう。
(でも聖女のことは私が勝手に見ただけだから、モーリスさんの落ち度ではないよね。言ったら三人とも怒りそうな気がするし)
だから、時効だとしても、話してもいいのは抱きつかれたことだけだろう。
「苦手ってわけじゃないけど、まえに聖女宮のドロテアの部屋に泊まった時に、夜にトイレに行こうと思ったら後ろから抱きつかれたことがあって。悪気があるわけじゃなかったと思うけど私がトイレに行くの待ってたって事実が怖かったから残ってるのかも。トイレの中まで付いてこられたら嫌だから、怖すぎてアンリの家のトイレに行った」
誤解がないように丁寧に話す。
私の言葉に、三人は固まった。
「たぶんユキの神聖力を感じたから出てきただけだと思うけど、ユキは神聖力とか感じられないみたいだから怖いよな。トイレまわり暗いしな」
「本当に誰もいなかったし暗かったから、モーリスさんに悪気がなくて、いくら切羽詰まっていたとしても……なんか。姿は見えないし、盗聴してるって教えられたから、そっちも怖かったし」
「あの時か! なんかすごい情けない顔してポーションを山ほど持ってきたと思ったら、そんなことがあったなんて! 僕を頼ってほしかった」
「だって心配かけるし、話は真面目なことだったのと、盗聴の方を伝える方が先だったから」
それに、あの頃は心が欠けていたせいか鈍すぎて、怖かったけど大したことがないように思っていた。
すぐにドロテアの部屋に行ったせいか、怖さも和らいだというのもあるのかもしれない。
リツキが焦りながら、立ち上がって私の肩を掴む。
「他になんかされてないか?! 二度と会っちゃダメだ! アンリ、お前自分の兄貴はちゃんと管理しとけよ!!」
「モーリスがそんな犯罪まがいなことをするとは思わなすぎて、頭がちょっと混乱してる。え、ミユはそんな目にあってるのに普通にしてたの? 朝食も食べられるようにするなんてお人好しがすぎる」
「あの頃のモーリスさんは聖女の相手をしながら、死んでいく子どもの面倒見てて、おかしくなってたんじゃないかな。たぶんあのままだったら死んじゃいそうだったし。襲われたわけでもないし、今は何もないから大丈夫だよ。でも、人から見ても分かっちゃうなら上手く頭が処理できてないみたい」
別に悪気があったわけじゃないし、と思う。
だけど、リツキは私の肩を掴んでいた手を離して、信じられないという様子で手を開いた。
「襲われたと同じだろ。おかしくなってたからって静かな暗い場所でいきなり女に抱きつくとかマトモな男はやんねーよ、男が怖くなって付き合えなくなったらどうするつもりなんだ。最悪だ」
「やっぱり怖くてもおかしくないよね? 心が欠けてて良かった」
「なんでユキのまわりってどいつもこいつも性犯罪者ばっかりなんだ。可哀想に。全員死んでほしい」
ゾーイが隣に来て、私をギュッと抱きしめる。
アンリが不愉快そうに顔をゆがめたまま立ち上がった。
「ちょっとモーリスを尋問してくる」
「別にそんなことしなくて大丈夫だよ。悪気はなかったんだろうし、もう彼女みたいな子いるし、普通になったんだから」
「いや。悪いと思ってないのが悪い。ミユに似てるあの子にもやるかもしれない。っていうかそんなことやらかしておいてミユ似の子を手元に置くとか本当に気持ち悪い。相手にも失礼だとは思ってたけど、ミユを思い浮かべながらその子とヤル気ならモーリスはコイツと同じくらい最悪だ。でも、こいつはミユを傷つけたいとかないし、基本的には女の子には優しい。でもモーリスはミユに気遣いがない。ミユの可愛い声を盗聴してて聞いてたのも許せないし、僕の彼女だと知ってて抱きついたのも許せない。脳内で何回やったか分からないのも気持ち悪い。やっぱり仮面舞踏会の時に一度半殺しにしておけばよかったんだ。個人的には今フォーウッドより殺したい気分だけど、そうなったら嫌だからミユは黙ってたんだと思うと殺せないけど、近いところまでやってくる」
詠唱のように長く文句を言ってから、アンリはパッと消えた。
もう一年以上過去の話なのに、大事になってしまった。
「なんか、俺のことも文句言ってたよな」
「リツキンは言われても仕方ないからな」
「大丈夫かな。もう過去の話だから話しても大丈夫だと思って言ったのに」
「ユキは酷い目にあいすぎて大したことがないと思ってるけど、他の子だったら女だけの聖女宮で男が抱きついてくるとか、怖くて漏らしてたから許されないよ」
確かに、トイレの近くでそんなことをするなんて、漏らすかもしれなかった。よくない。
それに今まで気付いてなかったけど、アンリの家でトイレに行ったところで入ってこれるし、追ってきたらどうしようもない。
モーリスさんの目的が話をすることじゃなくて性行為だったら、あのままされていたかもしれないし、よく考えたらとんでもなかった。
(リツキとアンリが私がしたいと思うまで待っていてくれたから、基本的に私ってこういう危機感が欠けてるよね)
「っていうか、可愛い声って、ミューのベッドの時の声まで盗聴されてたのかよ。マジ本当にもう会わせたくない……嫌だ。そんな奴が親族はキモい」
「その頃は最後までしてなかったから、たぶん大したことないと思うんだけど」
「不幸中の幸いくらいでしかない」
「そうだよ。ユキはキスの時ですらかわいい。もう家族ぐるみでしか会っちゃダメだよ。あの子も可哀想だな。ユキの可愛さには勝てないのに」
「そんなことないよ。一緒に住んでる恋人の方が大切になるし可愛くなるよ。私がそう見えてるなら、私が二人とそういう関係だからじゃないかな」
どう考えたって、容姿もなにもかも、好きって謎のフィルターがなかったらあっちのほうが上なんだし。
私なんて三人も同時にこんなことになってるなんて、恋人としては下だよ。見た目も下なのに。
きっと私がアカタイトに行ったところで、ザザィの嫁候補にも選ばれなかっただろうから、運が良くて本当によかった。
「ミューは謙虚でかわいい。結婚しよ。したけど。もう一回するけど」
ゾーイの反対側から、リツキがくっついてくる。
「うわ、近い」
近付くリツキの顔に、ゾーイが私を抱えたままサッと横に逃げようとしたが、そのまま反対側から抱きしめられた。
暑い、そして重い。
「ゾーイ邪魔だぞ。お前ずっとミューにくっついてたんだから仕事しろよ」
「ユキの栄養剤は自分だから。リツキンが仕事したら」
「えっと。二人とも。休み時間終わったよ。仕事しよう」
慌てて伸びをして立ち上がると、二人の間から抜け出す。
それからチュ、と二人のおでこにキスをして、急いで机に走っていった。
モーリスがどうなったかは分からないが、私は私でやれることをやるしかない。
振りかえると、呆れたように笑いながら、二人がこちらを見ていた。
ゾーイも勝手にキスしてるから性犯罪者だけどねと書いてて思いました。ブクマや拡散、評価などしていただけましたら幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。