代わりの侍女はミユキに似た子
休み明けの朝
朝の身支度をしている時。
「アタシ、アーロン様にプロポーズされたんですよね」
突然、髪を結んでくれていたジュディに言われた。
「えっ、おめでとう!」
自分の結婚式のことを言うのも忘れて、お祝いを言う。
「そろそろされそうとは思っていたので、もちろんお受けしましたが、聖女様の侍女を続けられるかどうかが問題です」
「赤ちゃんができたら、数年は無理だもんね」
「ええ。もちろんパッパと産んで戻ってきたいんですけど、後任にするつもりのシャーリーも彼氏がいるのでどうなるか……」
「確かに問題すぎる。お屋敷のみんなも秘密は守れてるけど、私たち四人と親しく接してるのはのはジュディしかいないもんね」
「それで昨日アカタイトにアーロン様と行ったんですけど、いっそ言葉が通じなかったらいいと思って侍女を探したら、すごくいい子がいたんですよね」
転生した人間は自動翻訳で話せるけど、アカタイトと神聖国は言葉が違う。
ジュディはアカタイトにアーロンさんが行くと知り、必死に勉強していた。ジュディには神聖力がまったく使えないので、私は神聖国で観光客用に使われている、ポーションで動く自動翻訳機をアカタイト用に作って渡した。
確かに言葉を覚えるまでに私と信頼関係を結んでしまえば、秘密をばらされることはなさそうだなと思う。
「聖女様に似ているんですけど、ザザィのお屋敷で働いていたらしくて、紹介状がないので働き口がなくて求人の掲示板を見ていたんですよ」
「確かに本人に罪がなくても、雇ってもらえなさそうだし、可哀想だね」
「アタシ、最初にボロボロの聖女様だと見間違えて後をつけていたんですけど、お腹がすいているのに近くにいた子供にパンをあげたりして……思わず声をかけてしまったんですよ。なので会ってみませんか」
知らない子を雇うのは、ちょと不安な気がする。
でも親切で私っぽいアジア人の女の子がボロボロなのは可哀想だし、ザザィを倒したのは私達だから後ろめたさもある。
「分かった。行こう。でもちょっとみんなに話してからね」
ダイニングに行って事情を話すと、なぜか週明けなのに全員で行くことになった。しかもモーリスまで付いてくるらしい。
食事が終わって、全員にポータルに飛んで、ぴょんとアカタイトに行く。
十分もあればアカタイトに行けてしまうので、面会といっても1時間もかからなそうだ。
アカタイトのカフェが良く見える向かいの建物の横。
ジュディが止まって、私達も止まるように声をかける。
「じゃあ、聖女様。ここで待っていてくださいね。あそこのカフェにある外にあるテーブルに呼びますから」
そういってジュディは宿泊所の方に走っていった。
「なんでみんな付いてきたの? 雇うか分からないのに」
「ミユに似てる子が酷い目にあってるなら、別にこっちで雇ってもいいし」
「自分も雇えるから、付いてきた」
「俺はただの興味で」
(やっぱり私の代わりがいるなら乗り換えたいのかな)
ムム……と思いつつ、ジュディを待つ。
ジュディが戻ってきたと思ったら、綺麗な女の子を連れていた。
アジア人っぽくはあるけど、ちょっと違う。でも雰囲気だけは私に似ていた。
「に、似てない!! 雰囲気しか似てない!! あっちのほうがすごく可愛いよ!!」
「そう? 確かにミユに似てはいるけど、可愛いかと言われたらミユの方が可愛い」
「アンリの目が腐っている!!」
「まぁ、雰囲気は確かにミューに似てるけど、似てはないかな。あっちのほうが一般的にいえば美人かも。でも俺の好みではない」
「自分がユキを好きなのは総合評価だからなぁ」
女の子は緊張しながら外の席に座る。
ジュディは女の子からなにかを受け取って、こちらに走って来た。
みんなで壁の後ろに隠れる。
「ホテルを借りてくれたお礼にって貰いました。お菓子も作れるらしいですけど、設備がなくてって言ってました」
小さなお菓子の包みだった。
なんて心づかいのできる子なんだ。顔も可愛いのに。しかもお菓子も作れるなんて。
「お菓子も作れるなんて、マジでミューみたいだな」
「私の上位互換すぎる。雇ったら三人の気持ちがうつりそうすぎる」
だけど、気遣いができる優しい子がボロボロなんてそんなの酷い。
ザザィを倒したのは私達だし。
「似てるくらいで移るわけないでしょう? 馬鹿ですね。聖女様は」
ジュディに呆れられながら連れていかれる。
聴覚拡張をかけて、三人の話を聞きながら向かった。
「じょういごかんってなに?」
「似ているけど性能が上みたいな感じ。ミューのほうが上に決まってるのにバカで可愛いな」
「ミユが嫌がるならうちでは雇えないか……優しそうな子だけど、ミユの方が大事だし」
「ユキって本当に自己評価が低すぎるな。三人だけじゃなくてドロテアとかまで手玉にとってるくせに」
手玉になんてとってない。私が悪い女みたいになるじゃないか。
女の子がいる喫茶店の席に、にこやかに座りながら考える。
「あの、この度は! ご紹介いただいてっ」
立ち上がってお礼をいう女の子は、間違いなく私より可愛らしくてアイドルのような顔立ちだった。
本当に雰囲気が似ているだけだけど、いい子なんだろうなというのは話し方で分かった。
服の生地の端は傷んでいるが、きちんと手入れされている。少しだけ繕って直した所もあった。
(ジュディの気持ちわかる……こんな子ほおり出せない。だってお菓子買うお金だってなかったはずなのに)
「ザザィのところでは……お金は貰えてなかったの?」
「あの、わたし、花嫁候補って立場で連れてこられたんです。でも手は出されなかったから、お金もほとんど貰えなくて」
ザザィはアンリに手を出したから、男好きだし……でもそれは誰も知らなかったんだろう。
「でも、使用人として働いてはいたんです。だからお金はもらえました。正規の金額じゃないから安かったんですけど。だからちゃんと働けます!」
明るく話す女の子は健気で、誰でも好きになりそうな笑顔を浮かべる。
あまりに魅力的すぎて、恵まれた立場のくせに本当に愚かなことだけど、やっぱりちょっとだけ怖くなってしまった。
(どう考えたって、私がこんなに心を動かされるなら、三人だって心を動かされちゃうよ)
「聖女様?」
ジュディが心配そうな顔でこちらを見る。
女の子も少し心配そうな顔をしていた。
それはそうだ。面接中に考えごとをされるなんて不安でしかない。
「お嬢さん。私の屋敷で働きませんか?」
後ろから声が聞こえて、驚いて振り返る。
モーリスだった。
「あの、この方は」
「結婚相手のお兄さん。今日、あなたに会うために付いてきちゃったの」
営業スマイルを浮かべるモーリスは、アンリと似ていて美形だ。
女の子も、少しだけ顔を赤らめてモーリスを見ている。
「あの。わたし、働けるならどちらでも有難いです。精いっぱい頑張ります!」
「ミユキさんが少し考えたいなら、うちで預かるけど、大丈夫かい?」
「そうですね。とりあえず、モーリスさんのところで」
私の言葉に、モーリスは女の子に手を差し出し、女の子もその手をとる。
何かを言いたげにこちらを見るジュディに、小さくごめんねと謝った。
全員で神聖国に帰る。
女の子は、その場にいる人間が美形だらけなのでビックリしていた。
話を聞いたところ、女の子の母親がアジア人の転生者らしくハーフで、生まれたのはアカタイトらしい。
モーリスは嬉しそうにしていたし、三人はそんなモーリスに冷めた目で見ていた。
モーリスと女の子と別れ、お屋敷に戻る。
「ジュディ、ごめん。いい女の子だったのに」
「三人が自分のもとから離れそうで怖かったんですよね。気持ちは分かります。申し訳ないことをしました」
「モーリスの奴、絶対付き合う気だろ。ミユに似てるって聞いて付いてきた時から怪しいと思ってたけど」
「でも、ユキにはそんなに似てなかったよ。いい子だけど、ユキはいい子だけど変だし」
「私、変じゃないよ」
「ミユは変だよ。だって僕が好きになったのって、自分が作ったゴミみたいなブラをつけて自信満々に見せてくるところだったし」
「それは性欲だろ。女のふりしてミューのブラを見るスケベな奴」
「勝手に見せてきたんだよ。垂れるとまずいとか言って」
「ユキは女相手だとすぐに脱ぐからな。自分、まともだったのに。まぁ幸せだからいいけど」
「私が変態みたいに言うのはやめてよっ! 親切心でやったのに!」
「だけど、もっと変なところがあるからこそ、国も救えたんだからミユはもっと自分に自信を持ちなよ」
「顔とか優しさでミューの代わりになるなら、俺ら三人とも、こんなに苦労はしてないんだよな」
あーぁと言いながら伸びをするリツキを見ながら、そんなに身構える必要はなかったのかなと考える。
だけど自信がないからやっぱりあの子はモーリスに任せて良かったのかもしれない。
「私、仕事に行く」
恥ずかしくてビョンとその場から逃げる。
自信を持つのは、今後の課題だなと思った。
その夜。
小さい家で四人で結婚式のことを話しあっていたら、チャイムが鳴らされた。
「あれ、ジュディだ。シャーリーもいるけど様子がおかしいな」
ゾーイの言葉に驚きながら、ドアを開けて中に通す。
ジュディはボロボロだったし、手は血だらけだった。シャーリーはよく見ると泣いていてギョッとした。
「ジュディ。どうしたの。手を直そう」
「聖女様。アタシの後任の侍女はシャーリーです」
手を触ろうとする私に、ジュディは険しい顔をしながらそう言った。
「わたしの彼氏っ、奥さんがいた……お姉ちゃんがそしたら殴りに行って……」
「それは……。えっと、じゃあ二人とも座って。お茶を入れるから。手もすぐ治すからね」
お湯を神聖力で沸かして、すぐにお茶を入れる。
茶葉を入れながら、だんだんムカムカと腹が立ってきた。
シャーリーの彼氏が既婚者だったなんて。そんなの腹立たしすぎる。
だからお休みとか一緒に遊べたんだ。
「シャーリー、大変だったね。でも、もっと素敵な人はいるから」
「あの人がいたから仕事中も頑張れてたのに、つらすぎる。もう働けない……」
分かるよ。この前頭がおかしくなってた時はそんな気持ちだったもん。
もう少し欲が抑えられるなら、あの気持ちはもう一度味わいたいくらいだ。
二人にお茶を出して、ジュディの手を直す。
骨も折れてそうだったので、集中して直した。
アンリが不快そうに眉を顰める。
「えっ、うちの工場で働いている男の話だよね?」
「あ、はい……」
「じゃあ、シャーリーはジュディと一緒にミユの世話に入って。そいつの名前はあとで紙に書いてこっちに寄越して」
「えっと……ありがとうございます」
あとで制裁されるんだろうなと思いながら、二人を慰めて家に帰す。
結婚式をすると話すことができたのは、それから三日経ってのことだった。
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