本当の制限なしの大聖女
天国、というものがあるのなら、あれは天国だった。
気付いた時、私のまわりには形が定まっていない、白い人がたくさんいた。
白い人は神様で、リツキが私を呼びよせたのだと白い人が言う。
リツキが役割を全うするためには、私が必要だということだった。
そのために、私にも大聖女という役割が与えられたことを知った。
役割を全うするには、様々な試練があるという。
だから私も好きな人間を呼び寄せてもいいと言われた。
「両親を生き返らせてください。私が自分が行きたいと言った旅行先で事故が起きたんです」
そして願い通り両親は生き返った。
だけど白い人は残酷で、違う国に両親を住まわせると言った。
両親が連れて来られて、連れていかれる場所が私達が住む場所よりも悪そうなことを知り愕然とした。
話が違うと思った。
説明すらされていない。呼ぶ前に言えと思った。
私は暴れた。大聖女なんてしない。生まれても死ぬと叫んだ。
大聖女は恋愛的なもので力を得ると聞いていたから、元の母の件があった私は嫌だった。
それに、リツキをそういう目で見てしまう自分も隠したかった。
また家族で住むためにはリツキは弟だから見捨てられない。でも弟とは恋愛はできないし、恋愛はしなきゃいけない。
そんな状況なのに、両親と一緒に住めないし、両親は良くない場所に連れていかれる。
神だとしてもして良いことと悪いことがある。役割がどうとかは私にとってはどうでもいい。もう一度死んだっていい。
本当になんでと泣いて自分の命を盾にして怒った。
「少し、考える」
私が本当に嫌だという態度でずっと泣いていたので、白い人はまとまって考えはじめた。
そして、提案をしてきた。
自分の一部を切り離し大聖女の神聖力と共に分け与えることができるので、共に住むまで両親を生かせること。
一部は、身体ではなく心でもいいこと。
この件は神の国では正しくないのと、大聖女の役割を果たさなそうなので、ここで話した記憶は一度消すこと。
私は考えて、心の一部を切り離すことにした。
できれば、恋愛に関するほうの心が無くなればいいと願いながら。
そうすれば、元の母のように恋愛に溺れてみっともない死に方はしないだろうし、リツキと変なことになることもない。
白い人は、心は密接で、上手く切り離すことはできないし、私はリツキに愛されてるから恋仲になるだろうと言った。
それが役割なのだからそれは我慢しなさい。その代わり役割が上手くいくように神聖力はおまけすると教えてくれた。
リツキは私を好きなのか、とは思ったけど、ここでの記憶は消えるから家族のままだろうなと思う。
記憶が消えてしまえば、甘ったるい気持ちより、家族を捨てられない気持ちの方が強いから、これはこれでいい。
近くて遠い過去の話を思い出す。
心を切り離しても、結局何からも逃げられなかった。
心を失って、神聖力で素直になって恋愛を強化なんて意味がない愚かなことまでした。
私は結局、人を愛したかったのかもしれない。
愛することから逃げて、身体を繋いでも冷めたまま。
世間体を考えて、世間一般の幸福論で他人の幸不幸を決める。
私って、やっぱりいい人間じゃないみたい。
だけど、見捨てないで、ずっと手を繋いでくれていて良かった。
心が戻る、という感覚を思い出す。
大味のフルーツを食べているような、薄ぼんやりとしていたものが、急に味を取り戻したような感覚。
心にある思い出が。記憶が、味を追加されて心と身体を熱くした。
アンリがいてくれて良かったし、リツキとこうなったことにも後悔がない。
ゾーイとの関係は想定外だったけど、困ったことにこれも後悔がない。
いや、後悔がなくなってしまった。
罪悪感がないと言ったら嘘になる。
だけど、それはこういう関係を結んだ以上、傲慢にならずにいるためには必要な感情だと思えた。
(ダメだと思っていたことが、心が戻って、色々してもらったことと繋がっていく気分)
(私は、やっぱり私を好きじゃなかったのかも)
(だけど、進む道で相手を幸せにしたいなら、私は私を愛せないといけなくて、この苦しい気持ちを捨てないといけない)
相手は不幸で自分は幸せだと思っていたけど、本当に?
理解したくない感情は、いつだって自分の弱さからくるものだ。
諦める感情も、言えない感情も、逃げ出したい感情も。
その先にある怖さから逃げたい時に、我慢することを覚えた。
私には、本当は三人を自由にできる手段がひとつだけあった。
全員の記憶からミユキという自分を消して、大聖女としてだけ生きていく方法。
肥大した大聖女という能力は、多分そういうこともできるだろうと私は気付いていた。
たぶん私が逃げたかったのだと思う。
馬鹿で愚かで自分勝手な人間。非情な手段。
寂しくて辛くてできなかった自分を、今なら褒めてあげたい。
どうにもならなくて、手を離せなくて、それが幸せなら受け入れたら認めたら良かったのに。
脆弱な心が、それも拒否していた。
(未来はわからない)
(だけど、私も相手を大切にすれば、たぶん大丈夫)
(もし、ダメだったとしても、それが愛とかじゃなくて人生だったとしても)
(どういう未来でも、きっと、選んだ自分を受け入れられる)
(苦しい原因は、自分だったんだ)
目を開けると、あたりは白かった。
(朝? 夜にお母さんに神聖力を返してもらって……?)
ギュ、と手を掴まれた。
驚いて手の方を見るとリツキがいた。
泣きそうな顔で私を見ている。
「ミユ」
アンリの声が聞こえて、目の前に瞬間移動して現れた。
見た目がボロボロだ。
「えっと、今、朝?」
「ご両親から連絡があって、神聖力を戻したら目を覚まさないって聞いたんだ。で、一晩経って、今は昼」
上半身を起き上がらせると、リツキが無言で抱きついてきた。
すごく愛しい気分で一杯になって、よしよしと頭を撫でる。
「ここ、私の部屋?」
「うん。ここまで運んだ。ゾーイはさっきまでいたけど、仕事で呼ばれて嫌々行った。具合は大丈夫?」
「すごく気分がいいよ。運んでくれてありがとう」
手を伸ばすと、アンリもベッドの上に乗る。
リツキをシッシとしたけど、まったく退かなかった。
いつもより更にアンリがかっこよく見えるし、幸福度がすごい。
これが恋愛ってことなのかな?
「私ね。欠けていた心を返してもらったの。だから今、すごく幸せ」
「心? 今まで足りなかったわけ?」
「うん。だから恋愛方面がちょっと冷めてたのかも。今はなんかドキドキする」
「それは嬉しいけど、それなのに、こんなにイチャイチャできてたの凄いな」
「たぶん二人だからこういう関係になったんだろうなって思った。他の人だったら無理だったのかも」
「多分ね。最初は人として好きだったの。恋をしたくて恋したわけじゃなくて、一人の人間として好きだったから、そうなった」
この辺はゾーイも同じだ。
恋愛感情が足りない私は、人として好ましい相手を受け入れてしまった。
「私ね。いつかこの関係が壊れると思ってたから、アンリがお墓の話した時に一緒に入るって言えなかった。それは誰にも言えなかったし」
アンリは私の手を掴んだまま、何も言わなかった。
「だって、二人も三人も変だし……でも、今なら、そうなれるって信じられる」
「ミユ……一緒に墓に入ろう」
へら、と笑うこともなく、静かで穏やかに微笑む顔に、自分からキスをする。
「俺も入るって」
リツキも続けてキスをした。
身体が熱くなってしまってちょっと困ってしまう。いつもより高揚感がすごかった。
二人とも自分の子どもを見捨てるような性格じゃない。そんなことすら信じられずにいたことが今では信じられなかった。
「近いうち赤ちゃん作ろうね。最初はアンリだけど」
「うん。もう色々家具をリストアップしてる。どんな子でもかわいい」
「待って。なんで最初がコイツなの?!」
「リツキは私のはじめてを嘘ついたから、アンリが最初」
「ちくしょう……」
「どうせ大聖女と勇者の子どもなんて、魔王の子どもと一緒だよ。凄く育つのが早いかも」
「大聖女の子どもなら、どっちも早いかもよ」
アンリの言葉に、確かにドロテアは人間なのに早いよねと気付く。
「じゃあ大変だから、もうちょっと後にしないとね。アカタイトとの貿易も始まってないし」
「あーぁ。余計なことを言うなよ、もう」
「でも、二人ともずっと一緒にいてくれるなら、焦らなくても大丈夫でしょ?」
私の言葉に、二人とも微笑む。
きっと未来は大丈夫だ。
もしダメだったとしても、この人達なら、一緒に居られて幸せだったと思える。
「あ! ユキ、起きたの?」
目の前にゾーイが現れた。
ちょっと疲れているのかボロボロだった。
(あ、もしかしてみんな寝てないの?)
三人に全力で神聖力を送る。
「気を遣わせちゃってごめんね。ありがとう」
少し困りながら言うと、三人は明るく笑う。
胸が苦しくて、だけど初めて本当の自分の幸せが見えた気がして、涙が溢れる。
愛しい愛しい人達。
ひとり占めさせてあげられないけど、私の人生と全てをあげるから。
至る人生の全てが、どうか幸せでありますように。
ゾーイが近づいてきて、こいつら邪魔だなという顔をしながら、私にキスをする。
この瞬間。
欠けていた心が今まで存在していた心と結合して、愛に変わった気がした。
本当の意味でのタイトル回収のようなものができました。
ちょっと手術してくるので、お休みをいただきます。(最長3日)やってみないと分からないのでxとかには連絡します。
最後まで読んでいただきたいので、ブクマや評価……拡散などしてお待ちいただけると助かります。
忘れないで!今月中に終わるのは確定してる!頼むよ読者天使!