母から娘へ、血より心の花束を。
王宮でゾーイの雰囲気が変わったと当日から噂が起きた。
前のさっぱりした中性的な雰囲気から、少し物憂げな瞳をする色っぽい中性的な雰囲気になったという内容だ。
「なんか、仕事中なのにすぐしたくなったり、エロいこと考えちゃうな」
当の本人はこんな感じで、本当にどうしようもない。
お昼に食事をする手が止まったかと思うと、ため息をつきながらそんなことを言っていた。
「思春期の男かよ。こっちはできてないんだから口に出すな」
リツキの不機嫌そうな声に、思わず申し訳なくなる。
「ごめんね……」
「ミューのせいじゃないから! 今は反省期間だからね」
「そろそろ少しずつしてみようって思ってて、その最初がゾーイだったの」
二人を先にとは思うけど、これから先、と考えたらこうなった。
そういうことをしたくないわけじゃないけど、子どもが試し行動をするように、愛情を確認したくなってしまう。
ゾーイはそもそも一年はそういうことをしなくても傍にいてくれたし、今後を考えて平等にするには先だった。
「でも、ユキとやってみて分かったけど、二人がハマるのもわかる。かわいいし時々積極的で本当にかわいい」
「積極的?! 俺にはそこまでじゃないけど?!」
「リツキは、積極的すぎて隙がない……」
「隙……まぁ、でもそうか。ミューって合わせちゃうからな。この世界に来てからどこの家にいてもほとんど俺らが望むまま付き合ってくれてて、俺はガツガツだったし。言われたからちょっとは落ち着いたとはいえ……」
「可哀想に。だから自信をなくしたんだ」
「大聖女の役割でもあるし、ゾーイも好きだけど、二人のことも大好きだから早くちゃんと受け入れたいって思ってるよ」
私の返事に二人共すこし照れて、もぐ、とパンを食べる。
「そういえば、母さんが今度ミューに会いたいって」
「そうなの? じゃあ今日の夜、行ってくる」
「どうせなら泊ってくれば。今日はアンリの番だけど、ゾーイが昨日なら、今日は我慢だろうけどキツイだろうし」
なるほど、確かにそうかも。
今までは毎日もありって感じだったけど、再開直後に続けてはちょっと良くないかもしれない。
「そうする。教えてくれてありがとう」
瞬間移動をして、アンリに今日は両親の家に泊まってくるけど、明日はイチャイチャしようと伝える。
アンリは無理しなくていいと言いながらも、穏やかな表情だった。
夜。両親の家に行く。
まだ一年も経っていないはずなのに入るたびに懐かしく感じる。
食事をしながら泊まりたいと伝えると喜んでくれた。
「あのフリフリのベッドカバー、かわいくてお母さん大好きよ」
「リツキが特注したんだけど、やっぱりセンスが似てるね」
やっぱり遺伝子があると似るんだろうなと思うけど、少しだけ寂しい。
今日のご飯は、焼き魚とアカタイトで食べたことがある餅のようなよくわからないものだった。
「お父さん、トランプの箱に使う木材を早く切る道具を発明して、給料が上がった」
「そうなんだ! よかったね」
お父さんは仕事がなくてボケるというので、ジュディに頼んでアーロンさんの箱工場で働かせてもらった。
もともと趣味で工芸をしていたこともあるので、箱を作る仕事も楽しいらしい。
お母さんは家で家事をしながら文字を読む勉強をしている。
「最近、リツキが本当にまともになったって思ってるの。ミユキちゃんには悪いけど、結婚したおかげかも」
「悪いことはないけど、せっかく守ってもらってたのに結婚しちゃって悪いなって思ってる」
「お父さんたちは、ミユキが幸せならそれでいい。幸せならそれが一番じゃないか」
「うん。幸せだよ。前は子どもとかね、考えられなかったけど、最近はちょっといいかもって思えたの」
両親の動きが止まる。
「お父さんとお母さんみたいな家庭、私に作れないなって思ったけど……だって、あんな状態でしょ。私を捨てたお母さんの方が近いし、その血が入ってるから変な関係になったのかもしれなくて……いつかは壊れるなって思ってたんだけど」
「でもさ。もし壊れたら子供は不幸でしょ? 私は元のお母さんみたいに子供を捨てないけど、事故で死ぬかもしれないし。いくら二人が今好きでも変わるかもしれないし お父さんみたいに助けてくれないかも」
これは、二人に子どもが欲しくなさそうだったと聞いた後に考えて、やっと気付いた自分の本音。
二人の方が私より私のことを知っているみたいだ。
リツキはお母さんの息子だけど、父親はこんなにいいお母さんを捨てた。リツキは性格がいいけど、私と同じ良くない血がある。
だから怖かった。リツキは嘘をつくし調子がいい。長年好きだったと言われても、好きでも、子どもに罪は背負わせられない。
「でも最近、あんな状態だけど、本当に大切に想ってくれてるし、不幸だとも思ってないかもって……信じられるようになってきたの」
もじもじとしながら、二人に気持ちを伝える。
心配してくれる人には、ちゃんと話したほうがいいと思った。
「本当に好きじゃないなら傍にいないって言われたことがあったけど、その時はそうなのかなって思ったけど、確かに元のお母さんはいなくなったしね」
確かに人は嫌いな人間の為に時間は使わない。
私みたいな人間、三人とも時間を使う必要も騙す必要すらない。自分の悪い気持ちに目を向けずに、ちゃんと考えて相手を見ればわかるはずだった。
両親は私を心配そうな目をしてみていた。
「ミユキ。ミユキを産んだお母さんは、本当にクズなところがあったよ。だけど、ミユキはお父さんの子! そしてミユキの性格はお父さんに似ている! だから押しに馬鹿みたいに弱い! でも父さんは性格いいだろ? だからミユキは大丈夫!」
「そうよ。ミユキちゃんは本当にいい子。二人でも三人でも、手放さない気持ちは分かるわよ。私達も手放してないもの。お父さんを裏切ってミユキちゃんを手放したあの女は、本当に見る目がないのよ。ぶん殴ったら痛~いって泣いてたもの。なにが痛いよ。痛くても死にゃしないじゃない」
「父さんはさ。長く生きているから知ってるけど遺伝とかなぁ。クズの親の子どもが性格がいいとか、性格がいい親の子どもがクズとかよくあるよ。関係ないかもしれないよ」
「私もそう思うわ~。人間ってそんな単純じゃないから大丈夫よ。あの女は自分の資質でクズだったわけ!」
二人は落ちこみながら話す私を励ますためか、少しおどけて言った。
しかも、お母さんは思い出しながらまた怒っている。
「リツキはねぇ。確かにあの人に似てるけど。お母さんはね。悔しいことに本命じゃなかったのよ。付き合ってて妊娠したから慌てて結婚したけど、結局本命のほうに行っちゃった。腹が立つけど、その人とはずっと続いてたし。だからリツキの行動には本当に腹が立ったの」
「お母さん、リツキを叩きすぎて枕壊しちゃったもんね」
「それはそうよ。言ったのに理解してなかったんだもの。本命にしたってミユキちゃんがその対象とか怖すぎる。あの時の説教はなんだったのって話よ」
「まぁ、結婚してもな。相性もあるし、もしかしたら時間が経てば合わなくなることもある。だけど違う道を歩むことになっても失敗じゃない。だって結婚してなかったらミユキはお父さんの元にいなかったじゃないか。愛情もなにもかも、変わったとしても存在していた事実は変わらない。重ねた今が思い出になるなら、向けられた愛情を信じて幸せに今を生きてほしいとお父さんは願ってるよ」
愛情を信じて、今を生きる。
そうしたいけど難しいのは、私自身が私を信じられていないからなのかもしれない。
もしダメになったとしても精いっぱい愛した人がいたという事実があれば生きていけるのか、今の私にはわからなかった。
「別れないように頑張るけど、もしそうなったとしても、後悔しないようにする」
「だめだったらその時よ。未来なんて誰も分からない。頑張ってもダメな時はダメ。でもね、まわりにいる人を大切にしているミユキちゃんなら大丈夫」
お母さんが立ち上がって、椅子に座る私の両肩に手を添えた。
「それでね。ミユキちゃんに、渡すものがあるの」
「この前言ってた?」
「そう。違う国に行くと分かった時に、あなたは自分の力を私達のためにくれたの。その力で今日まで生き延びられた」
「私が?」
「私達にはね、渡してくれたものが神聖力以外はわからない。でも。ミユキちゃんが自分が幸せになれたなら、その時に返してほしいって言ったの」
幸せになれたらってなんだろう。
でも、神聖力くらい別に今も困ってないから、お母さんが持っていればいいのに。
「私から見て今のミユキちゃんなら、きっと大丈夫だと思うけど。大丈夫よね?」
「幸せだから大丈夫だと思うけど、お母さんは神聖力要らないの?」
「要らないわけじゃない。でも、娘から預かったものはちゃんと返したいの。幸せになってほしいから」
お母さんはそういうと、優しく微笑んだ。
その顔が優しくて、すごく嬉しかったから何も言えずに頷く。
お母さんが、額、左頬、顎、右頬、左の順でキスをして、何かを呟く。
何かの儀式みたいと思いながら、ただただ椅子に座ったまま目を閉じていた。
瞬間。苺味の神聖力が身体の中で弾けた。
頭の中で何かがずれる。
身体が沈みこむ感覚と共に、意識が途絶えた。
真っ暗な中。
ぽっかりと失った記憶が頭の中で蘇る。
旅行中の車内、トンネルが多い道を走っていた時のことだ。
旅行先は北の国で、私が希望した旅行先だった。
暗いトンネルから抜け出た時。
突然、父が声を上げてハンドルを切った。
目の前に、大きいトラックが見えたと思った瞬間、記憶が暗転した。
ミユキもアンリやリツキを枕で攻撃するのでお母さんと似てるんですけど、本人からは分からないんですよね。沢山の人に読まれたいので、ブクマやご評価や拡散などしていただけると嬉しいです。