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溶けるように関係が深まる夜

夕方も夜も、ずっとゾーイは挙動不審だった。

走って帰って身体を洗うリツキに少し不機嫌になったり、スプーンで肉を切ろうとしたりといった具合だ。


寝るふりをして一旦かえってからタオルとバスローブだけ持ってまた戻る。

そんな風にして、誤魔化しながらお風呂を沸かした。

ゾーイはずっとソワソワしながら蠟燭を何本か立てて、部屋を薄暗い感じにしている。

猫足風のバスタブと蝋燭の組み合わせはとてもかわいかった。

イチャイチャするとは思っていなかったけど、期待されているなら覚悟をしなければ。


「髪と肌がつやつやのもちもちになりますように。あと湯冷めもしないように」


神聖力で効能をかけて手でクルクルお湯をまわす。

お湯がなんとなくピンク色になって可愛かった。

ゾーイは私がお湯をかき混ぜているのを、ただ無言で眺めている。


「入ろう~」

「う、うん」


モジモジとしている横で、スルスル脱ぐ。

なんかもう女同士だし大丈夫でしょって気持ちになってしまった。

好きなんだろうなとは思っているけど、まだ友達気分が抜けていない。


「ごめん。別で脱いで入る」


部屋の外に出ていってしまった。

私がリツキとアンリの裸が恥ずかしかったみたいに、ゾーイも恥ずかしいんだろう。

こちらはとんでもないことになってるとは思うけど、ピンときていないので申し訳ないくらいだ。


(やっぱり友達気分というか……でもアンリとリツキの時の裸は、異性ならではの怖さも最初はあったから、マシなのかな)


お湯で身体を流してから、お風呂に入る。

タオルを持ってはいるのを忘れたけど、もういいかと思ってしまった。


『後ろむいてるよ。お湯をかけて、身体の汚れを落としてから入ってね』


脳内で話しかけてから、後ろを向いた。

なんだか待っている間に、なぜかどんどん恥ずかしくなってきた。なにをやっているんだ私達は。


(本当にそういうことするの? なんか、大変なことかも!)


いきなり実感がわいてきて、とんでもないと思ってしまった。覚悟をきめないとまずい。

お風呂の中で正座になって心を落ち着ける。

カチャ、とドアが開いて、ペタペタ歩いてきてから、お湯をかける音が聞こえた。


「見ていい?」

「だめに決まってんだろ。もうちょい待って」


水音が聞こえて、水位が上がってお湯が流れ落ちる。


「いいよ」


声がきこえて振り向くと、真っ赤のまま体育すわりでお湯につかっているゾーイがいた。

こっちは覚悟を決めようと頑張ってたのに、なんて恥ずかしがりや!


「ユキ、タオルつけてないじゃん!」

「持ってはいるの忘れたけど、別にいいかなって」

「なんか、本当にユキって大人なんだな。胸はあるけど子供かもって思ってた」

「成人だけど……どこ見てんの?」


身体を隠す。見てもいいけど恥ずかしいところはジロジロみないでほしい。

アジア人が幼く見えるのは本当なんだなと思った。

なんかアンリの時と違って、空気がねっちょりしてて照れてしまう。

さっきまではピンときてなかったのに、あ、本当に違う雰囲気だと思って恥ずかしくなってしまった。


「あの。ゾーイ。今日ってお風呂入る以上のことするの?」

「……したい、けど。なんで?」

「どこまでしたいのかな……みたいな」

「……どこまで」

「ゾーイはわからないから、私がリードしないとって」

「ちゃんとわかるよ。やったことないから上手くできるかわかんないけど」


そんなに恥ずかしがってて?

でも、よく考えたらアンリだって最初にくっついた時は固まってたし、よく考えたら裸は恥ずかしいよね。

自分の時のことを忘れて無理させちゃったけど、私は普通に入るつもりだったし……でもそれ以上のことしたいのか。

わかんない! すごく恥ずかしくなってきた!

でも今更ふつうに入るっていうのはダメなんだよね?

なら、私が……がんばるしか……。


「ハグする?」


こっちからリードしようと手を広げてみる。

ゾーイはこちらを凝視したあとに、立てた足を下げて一歩近づいた。

グイッと近づいて、わぁと抱きつく。


「ま、うわ」


バチャンと激しい水音が起きた。

タオルを挟んで私に抱きつかれたまま、ゾーイは固まってしまった。

細くて鍛えてそうな身体は、肉質は固めなので本当にイメージ通りだった。

ズル、と身体の間のタオルが抜かれる。


(なんでタオル抜いたの?!)


滑らかな肌と密着してしまった。


「なんかゾーイってイメージ通りの身体してる」

「なんかユキの身体って人にくっつくようにできてんの? 全部柔らかくて怖い」

「太ってるって言いたい?」

「太ってはいないだろ。ただ、直接触ったことないから……なんか一周まわって興奮しすぎて緊張がなくなってきた」

「こうふん……」


身体をスルスルと触られて、うぅ、と思う。

恥ずかしい声が出たら嫌なので止めるように相手の身体を触るとビクッと揺れた。

確かに自分とは違う。でも、張りがあってお肉があるところはあるから、それぞれのよさって感じだ。


「ゾーイって細いのに、肉があってほしいところはあっていいね」

「胸はないけどね」

「あるよ。もっとないと思ってた。スタイルいいね」

「……そりゃどーも」


ゾーイはそういうと、身体を離してお湯で顔の汗を流した。


「もう出よう。キスとか色々したいけど、したら止まらないし、ここじゃ難しすぎるから」

「もう? じゃあ汗がすごいから髪とか流そう?」


小さいお鍋を持ってきたので、お湯をすくって髪を流してあげる。

水に濡れた髪が伸びて、これはこれですごくいい感じの見た目だった。


「濡れたらさらにモテそう」

「そりゃどーも。ユキも流してあげるよ」


お風呂のへりに頭をそらせて、目を閉じて髪をお湯で流される。

目を開けると、顔じゃなくて胸を見ていたので、男の子かな? と思った。


「えっち。もう出る」


ザパッと出て身体をタオルで拭く。

ゾーイも苦笑しながら出ると、パパっとバスローブを着ていた。


(結局、どこまでがご希望か分からないままなんだけど、こっちだってそこまで覚悟してないし、どうなんだろ)


どうしようと思いながら、髪を神聖力で乾かす。

だけどどう考えたってそういう感じだから、全部と思って、覚悟をきめたほうがいい。

二人の時は基本お任せだったけど、こっちはどうしたらいい? わかんない、けど聞くに聞けない。

ゾーイを見たら、目が合ったので、なんとなく二人で照れて顔をそらした。

全部あとで片づけることにしてゾーイの部屋に瞬間移動する。



「こんな格好で瞬間移動をしたのは初めてだ」


明かりもつけずに笑った声が聞こえて、手を引かれてベッドに連れていかれた。

手が湿ってる……と思いながら、恥ずかしくて足元ばかり見る。


(あんなにさっきまで緊張してたのに、違う人みたい)


ギュッと抱きつかれて、そのまま一緒にベッドに倒れる。

首元が見えていたけど、頬を撫でられて上を向かされて相手の顔が見えると、キュ、と心臓が縮まった。


「ユキは、まだ完全に恋愛って感じじゃないよね」

「でも、ここまでしてるんだから、ちゃんと好きだよ」


緊張で上手く言葉が出ないと思いながら伝える。

私の鈍い心でも、そうじゃない人と義理でこういうことをしてあげることはない。

私だって人は選んでいる。求められても線引きができる。

できない人で、できない状況だったから、今こうなってしまった。


私の心が育ったきっかけはゾーイがくれて、何日もずっと待っていてくれたから、怖くない。

それは多分、本当に好きだからだ。


ゾーイの髪を撫でると、その手を掴まれて、相手の手が重なる。


「好き以上の感情にさせてみせるから、今は自分だけを見て」


今だけじゃない、と言えない自分がもどかしい。

耳元に聞こえた声に、小さく頷いた。


「ミユキ、好きだよ」


間近に見た顔は、綺麗で扇情的で、早かった胸の鼓動がもっと強くなる。

貪るようなキスを受け入れて、もう一つの手も重なって、指が絡まる。


(……あ、私……やっぱり恋愛として、好きなんだ)


滑る指と舌に、心が震える。

気付いた心が、なぜ私が彼女に甘えていたのかの理由を暴く。

リードしてあげたい気持ちも、ブレーキをかけないと自分も止まらないことも。

わからない気持ちは、分かりたくない気持ちで。

それはきっと食べてはいけないものだと、心の中で思っていたから。


(もう、戻れなくて、いい)


身体が闇夜に白く浮いて見えて、恥ずかしい。

されたことをして、したことをされて。

相手の抑えた声が欲を産み、もっと出させたくなってしまう。

何も考えられないまま、時間は過ぎていった。




ふと身体を起こす音で目覚める。


「水飲む~?」


ふわふわとした顔で起き上がったゾーイは、水を持ってきた。

もう裸でも何も気にしていないようでビックリする。

グラスを受け取り、水を飲んだ。


「流されるままに最後までしてしまった……」

「最後ってなにかよくわかんないけど、感覚同期で似たような感じにはなったね」

「なんで平気な顔してるの……」


グラスを返して、ベッドの中に潜った。

どう考えても初めてはあっちなのに、余裕がすごい。

なんでお風呂に入ろうからこうなったんだろう。覚悟してたから別にいいけど……。

でも自分の本心も分かっちゃったし、結果的に良かった。


「平気っていうか、まだ興奮してるだけ。ユキはなんかヘロヘロだね。目の端も赤いし」

「普通の顔して話せないよ……あんなにいろいろ……」

「自分は良かったけどな。ユキは?」

「……良かったけど」


正直、感覚同期を使うとあんまり男女の差がなかった。

違うけど、これはこれ、それはそれでどっちも良しという感じだ。


「なら良かった。もうちょっとやろ」


いそいそとベッドに入りながら言われて、体力が凄いなと思った。


「もう口疲れたから、少しだけだよ。お風呂も片づけなきゃいけないし」

「まかせて。お風呂も一緒に片づけよう」


あは、と笑いながら抱きつかれて、また流される。

結局、少しは少しではなく、夢中になりすぎて。

気絶するように寝ている間に、ゾーイがお風呂を片付けてくれていた。




翌日。

朝食を食べにいったら、ゾーイが私にべったりしていて、二人が倒れそうになっていた。

私は両手で顔を隠す。


「ヤッた雰囲気してんじゃん! もう終わりだ」

「覚悟はしてたけど、ゾーイがあからさますぎる」

「そんなに自分違う? 恥ずかしいな」


テレッテレしながら後ろから私を抱えているけど、あからさまに顔が近い。

モーリスがエーっという顔をしながら、少し落ち込んだ顔をしていた。

ダイニングの朝食時は、私がいる時はジュディ以外の使用人は入らないようにしてある。

だから人には聞かれていないけど、やっぱり今朝は恥ずかしかった。


「本当にユキが抱きついた時にチョコの味がするって言った時は恥ずかしかったけど、今となってはいい思い出だよ」

「どういうこと?」

「神聖力が高い人間が好ましい相手に初めて強く抱きしめたり抱きしめられたりすると、神聖力を渡しちゃうんだよ。初恋反応とも言われるね」

「そうなんだ! 初恋もらっちゃった!」

「ミューを抱きしめた時に、甘い反応が返ってきたことある! ミューの俺じゃん! やった!!」

「えっ、いつ? ミユ、なんでコイツなんだよ」

「抱きつかれて初めて体調が悪くなった時だけど……アンリも覚えてるでしょ?」

「えっ、ミュー具合悪くなったの?! 初めて知ったんだけど!」

「あの時? じゃあ本人の意思は関係ないな。ただの反応ならどうでもいいか」

「でもアンリからはそういうのない。 リツキみたいに付き合ってた人がいたの?」

「えっ、本当に僕はキスもみんなミユなんだけど、忘れてるだけじゃない?」

「俺の罪は忘れてくれよ……」


みんなでぎゃあぎゃあと話していると、ジュディが朝食を持ってきてくれた。

モーリスが遠慮しがちに手を上げる。


「アンリの反応は私だから安心してほしい。昔、小さい頃にあったんだよ。あの時のアンリは本当に可愛かったな」


モーリスの言葉に、リツキがアンリを指をさして笑う。

アンリが神聖力を撃って、リツキとモーリスが椅子ごと倒れた。


朝から騒がしいし、本当にこれで良かったのかなとはやっぱり思う。

だけど、不思議なことに前より不幸にさせてるって感覚が薄くなっている気がする。

ゾーイへの感情も前よりフワフワしているし、二人への感情と似ている感じになった。

傲慢なことに、こんなことしても、離れていかない気がしている自分に少し驚く。

やっぱり三人いることに関しては心が痛むけど、全員がこの未来を選択したのなら、精いっぱい向き合って、できるかぎり大切にしようと胸に誓った。





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