アンリとデート ~指先の愛情~
最初にデートするのは、アンリだった。
早めに帰ってきて、用意されていた貴族用の普段着のロングドレスに着替える。
薄いピンクベージュのドレスは落ち着いていて、差し色の赤茶色の薔薇の刺繍が広がったスカートに映えて可愛かった。
ジュディに髪を直してもらうと、フッと目の前にアンリが現れた。
アンリの服は、私とお揃いのような服だった。赤茶色の薔薇は、襟元に目立たないように入っていて、それもそれですごく可愛かった。
「ミユ、似合ってる。作ってよかった」
「アンリも目と髪色にぴったり合ってて可愛いよ」
「別に、僕に合わせて作ったわけじゃない」
へら、と笑って、アンリは私の手を取る。
次の瞬間、劇場の前にいた。
「またジュディに挨拶できなかった」
「使用人なんだから理解してるよ」
そう言いながら、劇場の中に案内される。
初めて入った劇場は、舞踏会の会場のようだったが、二階席に四人くらい入るバルコニーのようなものがあり、そこに私達は案内された。
私達しか入れない空間には、赤いビロードのような布地の二人掛けのソファがあって、そこに隣り合って座る。
「アンリにお屋敷に閉じこめられていた時に行こうって言ってたお芝居の場所ってここ?」
「よく覚えてるね……まぁ、そう。ここが一番安全だから。まぁ今日やるのが僕たちの話だとは思わなかったけど」
苦笑しながら、壁に貼られているポスターに目をやる。
今日の演目は、大聖女と二人の英雄、というもので、私達を題材にしたものだった。
「まぁ、エッチなのじゃなければいいよね」
「確かに。もうあんな卑猥な本を書かれるのは嫌だ」
アンリはフン、と目を座らせながら、足を組んだ。
鐘が鳴って、お芝居が始まる。
内容は、大聖女が国の不正を暴いて、王族を殺すという内容だった。
現実はもっと血生臭いし、王族なんて殺していないけど、サックリ見るのには無駄がなくて娯楽としては面白い。
だけど、アンリは暇そうにしていた。
『面白くない?』
頭の中に話しかける。
『本当のことを知ってるとね。あと僕はもっと顔がいい。あいつより顔がよくないのは腹が立つ』
アンリは劇を見ながらつまらなそうに文句を言った。
確かにお芝居の役者さんは、リツキ役のほうが顔がよく、アンリ役の人も頑張ってはいるが華が足りない。
『リツキ役の人かっこいいもんね。どっちも本人の方がもっとカッコいいし、アンリなんて代わりがいないから仕方ないよ』
アンリは少し照れた顔をして、少しだけ気をよくしているようだった。
お芝居には興味なさそうだし、話していた方がいいのかもしれない。
アンリもそう思っているのか、こちらを興味深げに見つめる。
『デート、ありがとうね』
『これまで忙しくて、デートなんてしてなかったし、それなのにすることはしてたんだなと思うと……本当にごめん』
『ううん。私こそ、いろいろ負担かけてごめんね』
『なんのこと? 別に問題ないけど』
『いろいろ。結婚にしても、普通とは違うし……その上、迷惑かけてるし』
『まぁ。経験がないから比べるものもないからね。三人は多いけど、ミユの気持ちを思うと、離婚も多いから理由も分かるよ』
『理由……』
『ミユの立場で考えてみたら、僕ら二人は成り行き上恋人になったけど、大聖女だから常に恋人を作らないといけない。二人だから別れる可能性も高いって思ってたらしいし。ミユは真面目な子だから、それも怖くてゾーイを手放せなかったんだ』
アンリに言われて、なんとなく腑に落ちる。
三人目なんてと思っていたけど、アカタイトから帰った日に、ゾーイが男は最初はするけど、飽きたらしないから自分が入ればいいというのを聞いて、なんとなく、ちょっとだけ安堵した気持ちがあった。
飽きられるのが怖かったのは、捨てられる他にも、大聖女として誰かとそういう行為をしなければいけないというプレッシャーも暗にあったのかもしれない。
『私から別れるとは言わないよ』
『僕もいわない。たぶん他の二人も言わないだろうね。腹立たしいことに』
アンリはそういうと手をこちらに差し出した。
何だろうと思いつつ、握手かなと思ってアンリの手を握る。
『恋人らしいっていうのはね。こういう行為でもいいって僕は思っている』
そういうと、アンリは手に口を寄せて、こちらをジッと見る。
「ミユ。心から愛してるよ」
そのまま揃えた指にキスが落ちて。
シンとした空間に、静かな声だけが耳に聞こえた。
胸が高鳴る。顔が熱い。
上手く言葉が出なくて、合わせた手をこちらに引き寄せた。
「私も、アンリを心から愛してる」
誓いの様にキスをする。
いつかの朝に同じようなことをしたような既視感も胸を熱くさせた。
なんとなく、本当になんとなく寄り添ってしまって。
キスしようかなと思った瞬間。
ブザーが鳴ったことで、いつの間にか劇が終わったことを知る。
「出ないと」
「……うん」
二人とも、キスしたかったなという気持ちを抱えたまま、瞬間移動で外に出る。
出た場所は広場だった。華やかな歌と、屋台からの調理の音が混じりあって、お祭りのような雰囲気があった。
陽はとっぷりと暮れていたが、外灯の明かりと屋台や店の明かりだけでも十分歩ける。
広場には休日の昼間と同じくらい人が出歩いていて、男性アイドルが歌を歌う様子を女性の人だかりが囲んで見ていた。
「ゾーイがやってる事業かな」
「そうだと思う。最近真似してる人が出てるらしいから、詳しいことは分からないけど」
ふと、まわりの女の子達がこちらを見ていることに気付く。
明らかに色めき立っていて、好みの異性を見た時のような顔だった。
こういう時、アンリはまわりから見えないようにするから今日もそうだと思っていたけど、もしかして……。
「姿、消してない?」
「そこらへんの男より、僕のほうがかっこいいとミユにわからせないと」
「なにと張り合ってるの」
思わず笑う。
注目されることなんて得意じゃないはずなのに。
男性アイドルとか、ゾーイに張り合ってるのかもしれないけど、そのために苦手なことをするなんて……。
神聖力で私達の姿を見えなくして、アンリをちょいちょいと手で呼ぶ。
「文句なら聞かないけど」
不服そうに寄せてきた頬に、そのままキスをした。
アンリは一瞬止まった後、こちらを見る。
「え、なんで?」
「可愛すぎて」
笑いながら言うと、照れた顔をしながら、少しだけ拗ねた顔をする。
「かっこいいって言ってほしいのに」
「あはは、かっこいいよ」
笑いながら、二人で広場を歩く。
今は、このくらいのふれあいでドキドキする自分もいた。
(お芝居は見てなかったし、道を歩いているだけなのに、楽しい)
一緒にいる人が好きな人だというだけで楽しい。
私の中の何かが、急に腑に落ちた感覚になる。
それが何かは分からなかったけど、穏やかで幸せな気持ちで歩いた。
にぎやかな暗い広場なんて、とりたてて珍しい光景でもない。日常風景といってもいいくらいだ。
だけど人生を振り返った時に記憶に残っているような切ない気持ちだった。
「ミユ。ちょっと早いけど、レストランに行く?」
「ううん。もうちょっと、一緒に歩きたい」
「わかった。もうちょっと歩こう」
なんだろう。この感情。
知ってるのに、知らない。だけど嬉しい。
「なんか、好きかも……」
「なにが?」
「アンリのこと」
「えっ、今まで好きじゃなかったってこと?」
「そうじゃないけど、新しい好きな気持ちができたみたいな」
「難しいことをいう」
「私も、よくわかんない」
へら、と笑うアンリに笑い返す。
気持ちがうまく分かったらいいんだけど、心はそんなに単純じゃないみたいだ。
「気持ちは大切に育てていこう。そのうち大きな木になって実がなるかもしれない」
「気持ちの木? なにがなるか分からないけど、実ができたらあげるね」
「楽しみ」
どうでもいい変な会話を適当に話しながら、夜の道を歩く。
瞬間移動でも移動はできるけど、自分達で歩いている時が一番の幸せだった。
ふと、壊れた私の心に木が生えると想像したら、今日はえたのは、根っこの部分じゃないかなと思う。
きっと私の心の好きには、根がない。だからすぐに疑うし、信じられない。
馬鹿な想像だけど、そう思った時、スッキリと腑に落ちた。
(アンリの言うとおり、気持ちを育てていけば、いつかは実がなるくらいマトモになるのかも)
その実がなにかは分からなかったけど、大切にしようと心に決めた。
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