新しい家と心の変化
翌週。
ゾーイの家が私の家に代わり、みんなで住めるようになった。
キッチン用具や、食事のテーブルなど不要な物はそのまま使わせてもらうことにしたのですごくスムーズだった。
食事は結局お屋敷で食べた方が楽だという話になったが、空き時間は四人で小さい家にいた。
靴を脱いでみんなが座れるスペースも、仕事ができる机もおいてあるので、忙しくても対応できる。
仕事が終わって食事をしてから、寝るまでの時間ここでのんびりしている。
「キッチンがある家だと、ミユのミルクティーが飲める。嬉しい」
「喜んでもらえて嬉しい。ここ街中だから、買い物に困らなくていいよね」
みんなで靴を脱いで座りながら、ミルクティーをのむ。
一階の土足禁止の座れるスペースは10畳くらいあって、高さが低いソファもあるので、居心地がよくできている。
「待て。またディヴィスが来てるから、みんな反応するなよ」
ゾーイの言葉で、みんな玄関を見る。
数秒後チャイムが鳴ったけど、誰も反応しなかった。
「やべーな。ゾーイはストーカー気質がある奴と仕事すんなよ」
「ストーカーって何? 付き合ってる人がいるって言ってあるし、希望通り新しく社員も入れたし、さっき連絡して引っ越したって話したんだけどな」
「違う事業を探しなよ。全部把握しないと不安なタイプなんだろうからゾーイとは合わないし、そういうタイプは頭に置いた方がいい」
「まぁ、他の事業をやってみて上手くいくのがあれば、アイドルは軌道にのってきてはいるし誰かに渡してもいいけどさ。連絡はくるけど大した内容ではないし、様子見だな」
ゾーイも精いっぱいやってるんだろうし第三者が口に出しても良いことはないから、私はなにも言わなかった。
ただ私が騒いだからゾーイは気を遣ってここにいてくれる気がして、ディヴィスにも悪いことをしているような気持ちになってしまう。
あれから、ゾーイ、アンリ、リツキの順で一緒に眠っていた。
眠ってはいたけど、寝る前に話すだけで本当に全員手を出してこない。
ちょっと寂しいけど、なんだか新鮮で、会話をしすぎて話題がなくなったのは初めてで、家族っぽいとウキウキした。
明日からは、順々に仕事終わりにデートもするらしい。
ちょっとお出かけすることはあっても、デートらしいデートをするなんて、あまりなかったので、正直どきどきする。
(幸せだけど、他人を私の我儘に付き合わせていいのかな)
よく考えれば、私なんてアジア人のスタイルが微妙な人間、身体目当てのはずがないのに、なんか悪いほうに考えていた気がする。
でも、悪いかなと思っていたけど、疲れて帰ってきてみんなで話をして、ハグやくっついて眠るというだけのルーティンは、私にとってすごく楽しかった。
身体を繋ぐことも大切だとは思うけど、今までがずっと多かったから、足りない栄養素が補えたみたいな気持ちが近い。
愛情表現はされてるし、気持ちが離れたら嫌だなと思ってたけど、もう少しだけと思ってしまう気持ちも強かった。
「それにしても、二人とも、なんでそんなに仕事したいんだ? 俺は王宮の仕事だけでいいよ。ミューといちゃいちゃしたいし」
「自分は爵位が欲しいから。王宮で仕事をするのを認められるにはやっぱり爵位がほしい。でも事業が成功しないと爵位があったとしても認められにくいらしい。女だしね」
ゾーイの説明に、二人はなるほどという顔をする。
だけど、女性は爵位をもらえないのかな? あげようと思ったらすぐにあげられると思ってたのに。
「ゾーイは国の中心部の仕事をしてるし、性別って関係あるのかな。ジュディは女性だと表立っての仕事はしにくいっていってたけど」
「やっぱり男中心の社会だしね。それに国の中心部に入れるのは公爵になるから、そうなると一定以上の事業を行ってないと認められにくい。ゾーイの仕事は一応、貴族じゃないけど大聖女のお気に入りがゾーイだとは知られているから抑止力が働いている」
アンリの説明に、そうなんだと思う。やっぱり難しい世界みたいだ。
「僕も若い方だから、風当たりも強い。この前も学校の区画を買おうとしたら、めちゃくちゃ反発されたから今も胃が痛いし。買うけど」
「確かに、あれは酷かったよなぁ」
会議の時のことを思い出しながら、リツキは慰める。
私も近寄って頭を撫でた。そのくらい贔屓してるだの、大聖女を利用してるだの、区画を買うこと以上のことを色々言われていたのだ。
けれども、その場で守ってしまえばアンリがまた矢面に立たされるので仲裁のみにしたけど、やはり心労がかかっていたらしい。
「なんか皆ちゃんと考えてるんだな。俺は勇者だからこのままでもいいんだろうけど、なんか焦るな」
私は余った神聖力を色々なところに供給してるから、そういう焦りはないけど、リツキは勇者の力も放っておいてるし焦るのかもしれない。
「面倒ならしなくてもいいと思うけど平和になったから勇者の力を有効活用したいよね。うまくやればポーションみたいにお金になるし」
「確かに~。俺のこの力、便利だし強いし傷とかも治るからいいんだけど、気持ち悪いんだよな」
リツキはそう言いながら、黒いニョロニョロしたものを出す。
アンリが驚いて、動く虫みたいなものを見つめた。
「傷とか治るんだ」
「身体の不調も勝手に原因を探して治る。俺、上手く使えるようになってからポーションも薬もいらねーもん」
ポイっとアンリの手に乗せる。
「うわっ、虫っぽい」
「動いてた方が効く。お前、胃が痛いんだろ? 舐めろよ」
「これを?」
ウェーという顔をしながら、アンリは口の中に黒いニョロニョロを入れる。
躊躇なく口の中にいれるくらい仲良くなったんだなぁと感心した。
「ンッ、ゥ」
口を閉じていたが、そのうちスッキリとした顔になった。
「溶けた。味がないんだな。それによく分からない胃の不調が消えた。神聖力でも治せるけど万能薬だ。動くし気持ち悪いのが問題だけど」
「他にもいろいろできるけど、万能すぎて説明ができない」
リツキはまたニョロニョロと動く虫みたいなものを出して、アンリとゾーイにポイっと投げる。
二人は気持ち悪そうにするのかと思いきや、引っ張ったり丸めてみたり、興味深そうにしていた。
「まぁ、アイデアが出るまで、できることを頑張るしかないな」
ゾーイは黒い虫をポイっと口のほおりこんで笑う。リツキも穏やかに笑っていた。
その夜は、リツキと一緒に寝る日だった。
ハグで寝るのは大変なので、寝るまで大体私が上に乗っかっている。
寄り添うだけでいいんじゃないかと思うけど、リツキはこっちの方がいいらしい。
「そういえば、アンリが俺の力を売ろうと思ってるっぽい」
「よっぽど胃が楽になったのかな」
「なんか他の不調も治ったから、聖女を派遣しなきゃいけない重病人も治せるから便利らしい」
「そっか。寝たきりの人も助けられるんだ。すごいね~」
「俺の力が役立つなら嬉しいな。なんか金も貰えるらしいし。貧しい人にも無料であげてもいいけど、そうなると神殿の仕事に迷惑か」
「今度モーリスさんに聞いてみるよ。無料で強力だとどうしても悪い人が寄ってきちゃうからダメな気がするけど」
優しいなと思いながら話す。
リツキは異性関係では馬鹿なこともしたけど、本当に優しいから話をすると嬉しくなる。
エッチなことをしたほうが喜ぶとは思うけど、そういうことをしないリツキも好きだから、今はこっちを楽しみたい。
そっちに傾くと、リツキはあまりしゃべらなくなってしまうし、そうなると寂しくなる。
(ちょっとだけ、触りたいかも)
だけど、今日はこのままでいいかなと思う。
親を試す子供の試し行動みたいで嫌だけど、なんだかここ最近、心が安定しているような気分になっていた。
そう思うと、もう少しこのままと思ってしまう。
「リツキのこと、大好きなのに、ごめんね」
「ミューの幸せが俺の幸せだし、俺は気付かないから言ってもらって嬉しいよ。取り返しが付かないことになったら嫌だし」
笑いながらギュッと抱きしめられて、顔をリツキの肩に埋める。
こんなに優しいのに、心の奥底で酷いことを思ってたんだなと改めて思いながら、じわりと心が熱くなるのを感じた。
最終章が始まりました。 まだ大きな伏線も残っていますし、ぜひ最後までお楽しみください。ブクマや星などで応援していただけると嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。