酷い真実に選んだ恋の結論
着いた場所は、クラブみたいな場所だった。
昼間のあの店はつぶれたが、夜は別の似たような店が営業しているようだ。
(ジュディは昼の方が安全だって言ってたよね?! じゃあ危ない店なんだ)
「本当にこの中にいるのか? 自暴自棄になるにしたって早すぎるだろ」
「とりあえず入ろう。ちょっと少しだけ見た目変えよう。変えすぎるとゾーイが分からないからダメだけど」
アンリがそういいながら、髪色と髪型を変えてくれた。
私は薄茶色のボブで、リツキが灰色の短髪、アンリがオレンジの襟足が長めの髪になった。
店内に入っていくと、所狭しと人が沢山いて、歩くのも大変な感じだった。
この国の人は私よりかなり背が高いので、埋もれそうだ。
後ろから、グイッと抱き寄せられる。
「ミュー、前にいな。俺はでかいからアンリも見つけやすい」
「リツキ、アンリって呼ぶようになったんだね」
「時々ね」
アンリは、目の前でお酒を買っていた。
人に話しかけられていて、ンン? という顔をしてから何かを断ってこちらに帰ってくる。
「間違って一杯しか買えなかった。あと一緒に飲まないかって言ってきたけど、友達が欲しいのかな」
「目的は知らんけど、お前、その態度じゃすぐ酒にヤバいもん混ぜられるから注意しろよ」
「そんなにまずいところ?」
不服そうな顔をするアンリに、リツキは何も答えなかった。
元の世界でもそんなに危ないことはそうそうないだろうけど、色々注意しておきたいのだろう。
リツキに連れられて、二つお酒をオーダーする。
一杯は頼まないといけないみたいなので、適当に頼んだ。
その間にもアンリは話しかけられていたけど、ゾーイとは違って真面目に話を聞いているので、人に慣れてなさそうと思った。
「もう、お前もあぶなっかしい。二人とも俺の前にいろ」
アンリを私の隣に置いて、リツキはまわりを見回す。
瞬間移動をしていいスペースがなくて、移動ができなかった。
アンリが何かごにょごにょと呟いてスタスタと歩いて行く。
ついて行くと、先のソファにゾーイがいた。少し髪の毛のクルクル度が落ち着いている。
よく分からない男女のグループと飲んでいた。
「健全な人間ならいいけど、距離が近いな。男はスキンシップ拒否られてるけど、女は放置してるから」
「ゾーイにベタベタしてる……」
嫌だなと思ったけど、私がそんなこと言える立場じゃないのでは?と思う。
アンリがお酒を飲みながら、眉をひそめた。
「あれって友達じゃないの? 僕だったらいきなりあんなに距離近いの嫌なんだけど」
「お前もさっきの誘いに乗ったらああなってんだよ」
「どうなってるんだ。友達より距離が近すぎる。気持ち悪い奴ら……」
アンリが嫌そうな顔をしていた。
ゾーイがこちらを見る。
ドキッとしたけど、気付かないように無視してお酒を飲んでいた。
「無視された……」
「そりゃそうだろ。あっちはミュー以外で恋人作ろうとしてんだ。でもあんな程度の低い奴らは嫌だな」
「ミユへのあてつけだろ。なんかよく見たら、あっちこっちくっつきすぎだし。怖い。帰りたい」
ゾーイは酒を持つと、席を立った。
引き止められたが、適当に話して歩いて行く。
私達は目に入っていないようだった。
「私、ゾーイを止めてくる」
「なんて? 一緒に住むし墓に入るくらい言わないと納得しないぞ。エロいこと以外は大体俺らと同じなんだから」
「ゾーイには悪いけど、ミユは諦めて他の子を捕まえてほしいな」
「他の奴がエロいことしてよくて自分だけダメとか、俺なら切れそうだしゾーイがキレたのも分かる。けどミューの相手はなぁ……」
「うぅ。まだキスして一週間も経ってないのに……」
見失わないようにしながら、ちょこちょこ歩く。
ゾーイは立てば話しかけられるので、ちょっと話して断ったり、少し座ったりしていた。
私達は話してるから、あんまり話しかけられなかった。
「ゾーイは仕事してはくれるって言ったけど、他の恋人出来たら、やっぱり友達としても遊んでくれないのかな」
「無理じゃないかな。僕だって無理だし。それにミユは……いろいろ契約があって大変だからやめた方がゾー」
「ちょ、お前、酒飲みすぎ」
何かを言いかけたアンリを、リツキが止める。
契約って何の話?
「なにそれ」
私が聞くと、リツキはグッと止まった。
「ちゃんと話して」
アンリの手を掴んで聞く。
アンリは少し考えた後、ため息をついた。
「賭けの前に、仲間に入るならって前提で、こういうのは禁止って項目を作って約束させた」
「キスの賭けも嫌がってたけど、今日失敗したら二度と恋人とか言い出さない、上手くいったなら仲間に入ってもいいって条件で許可した」
二人の言葉に、眉を顰める。
あの日私がすごく落ちこんでいたから失敗する前提で、餌を差し出して無理やり賭けをさせたのか。
一回それでも私にキスを止めようと言ったのは、本当にただの優しさでしかなかったんだ。
「そんなことしたら、賭けに勝ったら恋人って思うに決まってるのに、なんでそれを私に共有してないの?」
「付き合うかはミユが決めることだから」
「そういう問題じゃなくって。そんなにきちっとして目の前に欲しいものを差し出してさ。そんなことされて契約したら、勝ったら貰えるものだと思って嫌でも引き受けちゃうじゃん。嫌なことさせて、でも私に伝わってないじゃん。だから私からした時、泣きそうな顔してたのか!」
こっちの認識は、そんなちゃんとしたものじゃなくて、売り言葉に買い言葉くらいだと思ってたんだから。
今から関係を結びたいゾーイ側からしたら、詳しいことは言い出しにくいのに、酷い話だ。
でも私も調子に乗って好きって言ってしまった。知らなかったとはいえ、それもめちゃくちゃ思わせぶりで酷いことをした。
可哀想だ。それは怒る。それは怒るよ。これで振ったら本当に最悪な人間じゃん。
「泣きそうだったの?」
アンリの言葉にグッと口を噤む。
ベッドの中での話は人に漏らしてはいけない。
そのかわり、べちっと二人の頭を叩いた。
腹が立つけど、二人がそうしてしまった理由も分かるし、強くたたけない自分にも嫌気がさす。
「ばか! 適当なことして! アンリは賢いと思ってたのに、なんでそんなに残酷で意地悪なことしたの?!」
「嫌だったし……でも、教えるのは癪だった」
不服そうだった。
二人にとっては後から言ってることを変えてるのは相手だし、私の態度にも腹が立つのだろう。
その気持ちもわかる。でも、ここまで拗れて酷いことをして振ったら、どんな言葉を尽くしても許してもらえないよ。
「でも、そこまでしたら期待した分ガッカリして嫌になるよ。この状況を作り出したのは二人じゃん!」
「だけどミューだってゾーイの気持ち知ってたのに利用しただろ」
それもそう。二人も酷いし、私も私。八方美人のクズ!
全員で利用して、色々な感情でごまかして、明るく対処してくれるからって甘えてた。
「そう。利用してたし優柔不断でした。だから謝るし、二人も謝るの!! 悪いことしたらごめんなさいしないとダメなんだから!!!!」
「でも嫌だったし」
「嫌だったしでして良いことと悪いことがあるでしょ。本当に嫌なら理解なんて示さず突き放せばよかったのに! 二人して嘲笑ってたの? 最低だよ」
もう直接つれていこうと、二人の手を掴んでグイグイ引く。
二人は嫌々という様子で手をひかれた分だけ付いてきた。
(ゾーイはどこ? 二人とも重いし、人が多くて分からない)
「嘲笑ってないし、俺ら別にゾーイ自体は嫌いじゃないから……」
「私だって同じだよっ、嫌いだったらあんな抱きついてきたら気持ち悪いって蹴ってるよっ、もうぅ」
まわりの人が私達を見ているが、気にせず歩く。
フッと突然、景色が静かな室内に変わった。
どうみても私の部屋だった。
アンリも何もしていないようで、アレ?という顔をしている。
「人の名前を大声で店内で連呼するなよ。恥ずかしい」
ゾーイが目の前に現れた。少し照れた顔をしている。
「聞いてたの?」
「あんな大きい声で喧嘩してたら聞こえるよ。まぁその前から聞いてたけどね」
「ごめん……色々と。二人とも謝って! 私も謝るから!!」
土下座するか、と靴を脱いで正座する。
「ゾーイ……優しさに甘えててごめんなさい。二人が失礼なことをしたのもごめんなさい。もうしません」
ペタと頭を下げて謝る。
「嫉妬で酷いことをして本当に申し訳ないことをした。嫉妬は治らないし、こっちの言い分もあるけどもうしない」
「なんか……ごめん。許してほしい」
私を見て二人も正座をして謝った。
「自分もリツキンに言われたからやったけど、その謎文化なんなんだよ。はやく起きなよ。めんどくさい」
顔をあげると、呆れ気味のゾーイが床に座る。
「で、どうするの。建設的な話をしよう」
真面目な顔をして、まっすぐに私を見ていた。
他の二人は関係ないらしい。
ゾーイの顔を見ながら、苦しい呼吸を抑えながら、口を開いた。
「私は、恋人になる練習を……しようと思う」
三人がハッとした顔をする。
ここまできたら、これ以外に道がない。
ゾーイのプライドは高い方だ。ここまで馬鹿にされて追い詰められたら、本当にどこかに消えかねない。
受け入れられないなら手放すしかないけど、この別れ方は、たぶん恨みをかってしまう。
それならいっそ。
失いたくないなら手に入れるしかない。その上で去るならそれでいい。
「恋人じゃなくて?」
「う……ん……友達の気持ちが大きいし、恋人みたいにいっぱいは、すぐには難しい」
説明しなきゃ、と思って悩む。
恥ずかしすぎるけど、でも言わないと相手に伝わらない。
「気持ちがついていけないから、少しずつそういうことして……慣れたい」
「キスができてもだめなの?」
「二人も、ちゃんと待ってくれたし……私、あんまり一日に何人もそういうことをできるようにできてない。辛くなる」
「ミューは真面目だから本当は一日に一人くらいとしかエロいことはできない。ギリ同じベッドなら許容できるって感じ」
「ゾーイが引っ越してくるのは。来たいなら悪いことをしたから許すけど、僕らはミユを手放さないからきついと思うよ」
恥ずかしいなと思いながらショボショボする。けど、もう避けられない問題すぎる。
二人と最初は凄く濃密な感じだったけど、朝も夜も別々にどっちもされていたら、自分が人間っていうよりそういう役割の人みたいに思えてすごく辛い気持ちになってしまった。
嬉しい人も多いだろうけど、私はあんまり得意じゃない。それだけの話だ。
だからここに三人目を追加するなんて本当に難しい。だからあんなにきつくても振るぞと思ってたのに。
でも、決めてしまったら、もうこれでいいと思う自分のほうが大きかった。
だって、ゾーイがいなくなった後の方がたぶん悲しいと思うから。
(絶対避けたかったけど進んでから考えよう。だめだったらダメだったで仕方ない。それで一人きりになってしまうとしても)
アンリの手放さないからキツイという言葉に、ゾーイは少し悩んでいるようだった。
「まぁ、ユキが可哀想だから聞きつつだな……じゃあ三人とも。これからもよろしく」
諦める気もないらしく、ゾーイは結論だけを言った。
あえてなのか全員にニコッと笑ったので、全員つられて、赤べこのように頭を上下させた。
家を借りようって話が、なんでこうなったのか分からない。
もしかしたら、ゾーイが関係をハッキリさせたくて、こんな行動に出たのかもしれない。
ただハッキリ言えるのは、ゾーイのコミュニケーション力が高すぎることだ。
リツキも高いけど、わりとどうでもいいところは切り捨てる癖があるので、そこで大問題が起きることがある。
ゾーイは懐に入って上手く欲しいものを与えて転がしたり、情をかけたりということもしていた。
塔に閉じこめられていたのは、ある意味宝石のような扱いだったのかもしれない。
「明日休みだし引っ越したいから、部屋を教えて。あとユキは明日予定ある?」
「ジュディとトランプのことで話す予定だよ」
「そうなんだ。残念」
アンリに案内されて、ゾーイが部屋を出ていく。
私も付いて出ていこうとしたら、手を弱く握られた。
リツキだった。
「ミュー。俺。明日両親にサービスしてくるし……だから、あの。許してくれないかな」
しょんぼりとした顔をしている。
リツキは今日も私もアンリも守って優しかったし、過去は過去で、もうどうにもならない。
私もちゃんとした人間でもないし、許したほうがいいだろう。
「……わかった。今日、ちゃんと謝ったし。でももう、人に酷いことしたり嘘つかないでね」
「うん。絶対。もうしない」
リツキの腕が私を抱きしめる。
(そんなことを言ってもらう価値、私にあるのかな)
今までゾーイのことを話していたのにと罪悪感を感じながら、弱く抱きしめ返す。
(一生、こういう罪悪感と向き合って生きていくしかないんだろうな)
人の気持ちを受け取るたびに、自分はどうだ? と自分を責める。
どう考えても手一杯。もったいない。私にはそんな価値はない。
嫌な人間になるという恐怖感が常に心にある。
でも、この世界は残酷で、どうにもならないことはたくさんあって。たぶん幸せなまま他人と関われる人は少数だ。
それなら、いつかは壊れて一人になってしまうと分かっていても。
どうしてもと伸ばされた手は、受け入れたいと思ってしまった。
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