決意した心に、叫ぶ心が逃げ出した
次の日。
機嫌は良くなかったが、ゾーイは朝も食べに来ていたし、仕事もきちんとこなしていた。
そのことにホッとはしていたけれど、私は何も言えずにいた。
リルカの花のことを業者に聞いたら街路樹でも問題なく育つというので、を学園だけではなく国中の空いたスペースに植えようと、大量に発注した。
(お屋敷じゃなくて、昔の家に帰りたいな)
疲れきった頭でぼんやりと考える。
昨日から答えが出ないことを考えすぎていた。
リツキと一緒に暮らしていた古い家は、何をしても家族の空間という感じでホッとする。
今のお屋敷は使用人も料理人もいるし便利だけど、家族の空間みたい感じはない。
(リビングとキッチンがある部屋が欲しいな。家族しか入れないみたいなやつ)
別荘でもいい。借りちゃおうか。
修羅場五日目の昼。 忙しさや気苦労で癒しがほしくなった私は心からそう思った。
夕方。
四人でダイニングで食事をする。
ゾーイが来てくれたことは嬉しかったけど、やっぱり言わないとこのままなんだと理解した。
明日は休みなので和やかな雰囲気だったことが幸いだ。
「家を借りようと思ってるの」
そう言うと、全員固まり、リツキは持っていたスプーンを落とした。
「本当に反省してるから、頼む。出ていかないで……」
「こいつを追い出すだけじゃだめ? 僕とも嫌なわけ?」
「自分はこいつらと関係ないけど」
口々に話されて、あ、自分が出ていくと思われてると気付く。
「えっと。違う。休日に居るための、小さいお家を借りたいなって思って」
「小さい家? ここがあるのに?」
「昔の家にいた時って、家族って感じで楽しかったけど、ここだと使用人もいるし料理も作らなくていいし、便利だけど家って感じじゃないから」
「なるほど。家族。自分も数に入ってるよね?」
「もちろん。ゾーイがよければ……ここ一週間ずっといるし」
ちゃんと前と同じように話せてホッとする。
よくないとは思うけど、もう少しこのままがいいという欲の自分が顔を出していた。
「なんでゾーイまで。俺達は夫婦だけど……もうミューはゾーイを家族入りさせる気なの?」
「浮気しそうなリツキンより、ずっと自分の方が家族にぴったりじゃん」
「俺は心の浮気は一回もしたことない」
「僕もお前の言葉はあんまり信用できないから、ミユに同意を求めるな」
二人にボロカスに言われて、リツキは元気をなくす。
修羅場中、四日も両親にボロカスに言われて、やっと仲裁に入れた状態だったので、さすがに可哀想になってきた。
「家を借りたことってないけど、アンリとか、ゾーイのお家みたいなのがいいんだけど、どこで借りたらいい?」
「ああ、あの小さい家? 僕の元の家は人気物件でもう住んでるからなぁ」
「じゃあ自分がこっち引っ越すから、今の家はユキが借りたら?」
ゾーイの提案に、アンリとリツキがハァ? という顔をする。
「こっちに引っ越したいの?」
「ほとんどこっちにいるし。部屋余ってるし、いいかなって」
「僕らが建てた家なんだけど。まだミユとどうにもなってないんだろ? ダメダメ」
「ここにいれば毎日余った神聖力売れるし。ウィリアムソンも助かるだろ」
「確かにゾーイのポーションは毎日、大量に注文が入ってるから足りないけど……でも」
アンリは頭を抱えている。
ゾーイの神聖力はチョコレート味で、前の世界では世界中に愛されていたお菓子なんだから、人気は高いだろう。
私はと言うと、大量すぎて今では飽きられはじめている。やっぱりエッチも神聖力も常に供給すると飽きられてしまうんだ。悲しい。
「やだ。ただでさえ毎日ミューがさせてくれないのに、ゾーイまできたら減ってしまう」
「それはリツキが体力おばけのせいだから。あと飽きられたくない」
「飽きないし……そろそろ許してほしい……」
アカタイトに行った後からそういうことをリツキとはしていないので、さすがに堪えているらしい。
「ユキもわかるだろ。自分がここにずっといるのは寂しいからなの! それにディヴィスが家に押しかけて来るし」
「そうなの? でもディヴィスさんはお仕事じゃなくって?」
「仕事もそうだけど、家にまで来る。連絡は通信してくれたらいいのに。だからユキには会わせないの。あいつ記憶を消す作業で大聖女に興奮してるってわかったから」
アンリとリツキが、怒るより引いているのか、ゲーっという顔をしている。
「え、え~……だから何回も記憶を消す依頼があったんだ。私、尋問して手を折ったくらいしか関わりないけど、そんなに変な人なの?」
「執着がすごい。自分はそういうのに慣れてるし、アイドル候補にはしつこくするなって言ったけど、どこまで効くか。あれがなければ恋人とも上手くいくんだろうけどな。とにかく、だから引っ越したい」
「私はいいけど。寂しくて聖女が押しかけて来るなんて困るだろうし、ここは知らない人は入れないから」
「ミユ。ゾーイはすぐミユを騙そうとする」
「騙してないし。ユキと付き合えばいいの? もう少し時間がかかるとは思ってるけど」
ゾーイの言葉に、あ、ぜんぜんまだダメになったと思ってないんだと気付く。
「えっ、えっと。あの、ゾーイ」
「だって、ユキ、明らかに自分が好きなのに、二人に遠慮してるだけだし。そのくらい分かるよ」
「遠慮って、だってダメなことなのに」
私の言葉にゾーイは酷く不満げな顔をした。
「思うけど、賭けに勝ったし、ユキは自分を好きって言ってくれたし、好きなのに、なんでダメなの? イライラする」
「だって私その賭け知らなかったし。好きは好きだけど、だって、それは」
いい思い出にしてほしくて調子に乗りましたなんて言えない。
正直なところ、三週間前まで友達みたいな感じで、一週間くらい前にキスしたみたいな関係なのに、いきなり賭けに勝ったから文句を言われませんと言われたところで、はいそうですかなんて思えない。
ゾーイは深いキスもできちゃったし、正直、リツキとアンリともう一緒に住んでるようなものだし、もう同じといったらそうなんだけど、じゃあエッチなことできますかと聞かれたら、分からないでしかないし、倫理的にと思うと……絶対によくない。
(きちんと振らないと、いけない)
傷む胃をおさえながらゾーイを見ると、こちらを見てキッと睨まれた。
「わかった。ユキは自分の好意を利用して良いように使ってたんだ!! みんなで能力ばっかり評価して! 自分は自分を好きでいてくれる人と居場所が欲しいのに!! なんなんだよ。そんなに他に奴に行ってほしいなら、行くからな!!」
ゾーイの目の端には涙が溜まっていた。
別に能力だけじゃないと思ったけど、突然のことに驚いて固まってしまう。
「ち、違う、私は」
「落ちつけよ。そりゃ、ミューにあんなにイチャイチャされたら、欲求不満になるのは分かるけど」
「うるさい! リツキンと一緒にすんな!! 知ってるだろうけど、自分はモテる。仕事は仕事でするけど、もう他を探す!!!!」
ゾーイは叫ぶとフッと消えた。
「……どうしよう」
振ってるけど、ゾーイが大事だからキチンと言えなかっただけで、いいようには使ってない。
ここで放っておけば、ゾーイとは完全に終わるし、仕事はすると言っているから、終わらせたいなら、何もしない方がいい。
(でも、私がいやだ)
「ゾーイが変な男とか女に捕まっちゃう! 私行ってくる」
慌てて言うと、リツキが私の腕を掴んだ。
「行っても、恋人にならないと追いかけるだけ不幸だぞ。ミューにあんなにイチャイチャされて、恋人じゃないですってされたら俺は死ぬもん」
「でもあれは、ご褒美のキスでしょ? 焚きつけたのは二人なのに」
私の言葉に、アンリとリツキは気まずそうな顔をした。
賭けに勝ったといっても、諦めないことを許すとか、口出さないとか、そういう話だったはずだよね。
私も私で初体験が素敵になればと思ってやったけど、結果的にそれが追い詰めたのかもしれない。
でも、ちゃんとダメって言ってたし、諦めなかったのはゾーイなのに。私だってこんな苦しい気持ちになりたくなかったし、こんなに短期間でここまで一気に悪化するのはおかしい。
でも、それが恋愛だっていうのなら、振るにしたってもっとちゃんと、相手を大事だと分かるようにやってあげたい。
だって関係を壊したのは私だし、私の心が許せないから。
「とりあえず私行くから。ゾーイってこの前のクラブみたいなところで、ものすごい声のかけられ方してたから、一人だったら変なのに捕まっちゃうよ」
手を離せとペチッとリツキの手を叩くが、ぜんぜん離れなかった。
「えっ、俺も行く。クラブとかなら、ゾーイごと背負って出てこないと」
「危ないところ? なら僕もいく」
二人の態度に、二人もゾーイが好きなんだろうなと思った。
ゾーイは好きでいてくれる人はいないって言ってたけど、みんな好きなのに。
でも、その好きじゃ違うし満足できないんだろうなと思いながら瞬間移動をした。
ここで切るのはストレスかなと二回更新です。続きは21時に更新しますのでぜひ読んで下さい。