修羅場開始したら色恋も修羅場(百合)
翌日から、仕事の修羅場が始まった。
チハラサがいなくなったあとは本当に大変だった。
全員で死ぬほど頑張っても、翌日に仕事が残る。
ポータルを設置する場所などの案をチハラサがまとめてくれていて助かった。
幸いだったのが、チハラサが育ててくれた後任がかなりできる人たちだったということだ。
今は慣れていないので時間がかかるが、遠くないうちに楽になることが分かって、気が楽だった。
上手くやっていけると思えた。
ただひとつ、チハラサが進めていた総合的な学園計画を除いては。
三日後。
リツキと一緒にヘトヘトという感じで貴族の会議から帰る。
アカタイトには技術者がいるので、貿易が始まる前に、平均的な学力を上げておきたい。
そのためには民間人の学校を作らなければという話になり、今日、貴族間での大会議が設けられた。
「学校を建てるだけで、こんなにいざこざが起きるなんて思ってなかったな。大変だよ」
「学校の資金を出してくれるっていうのはスムーズだったのにね」
「学校のまわりが商業都市化する開発計画だし、アーロンさんとか専門家に地理的な設備や道も考えてもらったから、のれば儲かるからな。でも、どの貴族がどのくらい区画を買うかで喧嘩になるなんてなぁ」
「最近、アンリの事業が儲かりすぎて贔屓だって声も出てたし、資金が多い貴族が良い区画をたくさん買ってしまうというのは問題だから、どのような施設を作るのか計画を出してもらうようにしたけど……」
本当に大丈夫なのかなと思う。
それでもチハラサが居なくなった今、自分達で頑張るしかない。
神聖国は、大人を一定の学習基準まで達するよう、文字を教えたりという政策を元からしていた。
学習というものは、大人が利を得なければ子供は労働者として扱われてしまう。だから学校を作る前に大人に文字を教えるなどの対策をしていたのだ。
だから貴族や民間人が通える総合的な学校を作るというのは、間違った政策ではないと思っている。
そもそも貴族用には神殿に通って高度な学習を受けるという階級社会のような制度も残っているので、貴族はどちらかを選択すればいい。
「それにしても学校を作るんだったら、桜みたいな花が欲しいよね」
「あ~、桜か。いいな。アレがあるとないとじゃ、随分思い出が違うよな」
「桜を見ると、リツキの小学校の卒業式に行けなかったら、すごく泣いてたの思い出すんだよね」
「やめてくれよ。恥ずかしい。理由も覚えてないよ」
リツキは苦笑しながら歩く。
この三日、リツキは私と一緒に仕事帰りに両親の家に寄ることにしていた。
私は、母と料理をしながら、困ったことを聞いては色々教えていたが、リツキは土下座をして日本でのことを詫びた後、私のことをどれくらい長く好きだったとか、だけど他の女の子がどうでもよすぎて酷い扱いをしていたことを今は反省してるなどを語っていた。
私に言った時はしょうがないじゃんと思ってたけど、その女の子達が私だったらそんな目にあったら許せないと考えて気付いたらしい。
お母さんは前にそう言ったでしょと枕でリツキのことをバンバン叩いていたし、お父さんは気付いただけマシだと言っていた。
私は台所に立ちながら、私がいる前でそんな話をしないでほしいと思っていた。
今日も、寄ることになっているし、リツキはこれが私に対する罪滅ぼしの一環という感じだった。
さすがに可哀想なので、今日で仲直りしてほしいと言うつもりだ。
瞬間移動で、仕事場に戻る。
大聖女の姿から元に戻るとホッとした。
リツキと私も仕事に戻り、ゾーイは部屋を出たり入ったりしている。
あれから三日、ゾーイとはいつもどおり過ごしていた。
ご褒美でキスをしただけなので、いつもどおりじゃなかったら困るけど、私がだんだん複雑な気持ちになってしまっていた。
(苦しいけど、ちゃんとしないと)
分かっている。ちゃんとけじめをつけないといけないことくらい。
だけど失うのも怖くて、よくないなと思いつつ、素知らぬ顔で生きている。
「ゾーイ。学校の話だけど、入学の時とかに綺麗に咲く花があるといいなって思うけど、木に咲く花で良いの知らない?」
「花か……リルカって果物が故郷にあったけど、寒い時期が終わった後に花を咲かせるんだけど、あれは綺麗だった。野生だと花が多すぎて実を成さないんだ。一斉に散るのも綺麗だった」
一斉に散るなんて桜みたいでいいな。
「記憶で見せてもらってもいい?」
「いいよ」
なんとなくリツキがいないか確認して、大丈夫だと確認してから記憶を見る。
顔を近づけるのも、神聖力を絡めるのも緊張してしまって、やましい気持ちがあるような気になってしまった。
記憶の中のリルカの花は、とても綺麗だった。
桜の花というより、白くて花びらも大きくて、梨の花に似ていた。
散る様子も桜に似ていて、とても美しい。
「すごく綺麗だね。野生で育つくらい育てるのが簡単ならたくさん取り寄せよう」
おでこを離しながら、感想を言う。
ジッと顔を見られていたことに気付いて、ビクッとしてしまった。
「み、見てた」
「そういえば。自分はユキに気持ちを開示しているわけだけど、どうやったら付き合ったことになる?」
「え……だって、告白とか、されてないし」
「したら付き合ってくれるの?」
「それは」
倫理的に、だめだと思う。
ゾーイは私の表情を見て察したのか私の腕を掴む。
「なんでダメなわけ? 浮気とかは本当に問題ないけど」
「二人が口を出さないからって、浮気じゃないってことにはならない気がする」
「二人から、話を聞いてない?」
「何の話?」
私の言葉に、明らかに不機嫌そうな顔をした。
「俺が貴族に許可取ってるうちになにやってる?」
背後から声が聞こえて、驚いてゾーイから離れる。
いつのまにかリツキが戻ってきていた。
「えっと……桜の木の代わりになる花の記憶を見せてもらってた」
本当のことを言ってはいけない気がして、なんとなくごまかしてしまった。
「ふーん。いいのあったんだ」
「リルカの花っていう花がきれいだよ。ゾーイ、記憶見せていい?」
「……いいけど」
ゾーイの機嫌がとても悪かったので、今はよくないかなと思う。
「今はダメかも。あとで見せるね」
「俺だって機嫌が悪くなるから、そりゃダメだろうな。まぁ後でも嫌だろうけど」
「別に記憶は見せてもいいよ。そういう問題じゃないから」
不機嫌なまま、ゾーイは書類を持って消える。
暗に付き合わないって話になってしまったから、機嫌がわるくなって当然なんだけど。
(私の態度からも、気持ちとか色々わかっちゃってると思うし……それはなんでってなると思うけど)
「この前の賭けって、二人はゾーイに口を出さないって話だよね?」
「まぁ、そういう感じではあったし……決めるのはミューだし。告白でもされた?」
「告白……気持ちはもうずっと前から聞いてるけど」
「ミューは、どっちつかずの態度も傷つけるって理解した方がいい。きっぱり振るのも優しさだと思うけどな」
「でも」
(私が耐えられない気がする)
胸の中で考えた言葉は、口に出せなかった。
これ以上関係を増やすなんて本当にしたくない。嫌な人間と同じになってしまう。
だけど仕事は関係なく、失いたくないから、ここまで受け入れてしまった。
だって、アンリもリツキも、すぐにそういうことになったけど、ゾーイはそんなことなかったから。
キスしてからはすぐに我慢できなくなったけど、それは私の落ち度で、一年くらいは気付かないようにしてくれていた。
だから慣れてしまって受け入れられたんだと思うけど、他の人だったら無理だし、たぶんもうそんな優しい人は出てこない。
仕事も、ゾーイが消えて新しい人が入ってきたとして、欲だけの目で私を見てきたらと思うと、心が重くなった。
(でも、さっき本当に壊れちゃった)
息が苦しい。
私もゾーイも、もう元に戻れない事実に気付いて、愕然とした。
いつのまにか底なし沼に腰まで浸かっていることに気付いた気分で、もがけない事実にも初めて気づく。
だけど、今この時だって、泣きたいのは相手の方だ。
(仕事も大変だろうし、一緒にいたいけど……ゾーイのことを思うなら、自由にしてあげないと)
最初はそうじゃなかった関係が崩れたのは、間違いなく私の落ち度で、それで傷つけることも本当に無理だ。辛い。
けれど、できるだけ優しく終わらせることができるなら、幸せになってくれるのだろうか。
沈んだ気持ちでそれだけを思った。