すべてが嫌になった時、弱さに心が綻ぶ
ぴょんと移動した先は、居酒屋だった。
最初この国に来た時にリツキに連れてこられた店。
四人掛けの席に向かい合って座っている両親がいた。
「あら。ミユキちゃん。どうして?」
「アンリが両親とご飯を食べてきなさいって」
「おう。いいな。お父さんの隣に来なさい。あいてるから」
言われて、父の隣に座る。
母が色んな料理を頼みはじめた。
「ここの料理ね。リツキが日本人に合う味だって探してくれてたんだよ」
「リツキってこういうセンスはいいのよね。屋台も食べてみたけど、ちょっとクセがあったわ」
「明日、野菜とか調味料とか、口に合いそうなものを教えるね」
「ありがとう。ね、ミユキちゃん。今度ミユキちゃんにあげたいものがあるの」
「あげたいもの?」
「うん。でもまだ内緒。だって、まだ色々不安だから」
「そうだよね。お母さんもお父さんも今まで大変だったし、今日新しい国に来たばっかりだもん」
二人は曖昧に笑う。
何の話だろうと思ったけど、料理が来たので食べたら、とても美味しかった。
「これ食べたことなかったけど、美味しいね!」
「さっきは死にそうな顔をしてたから、元気になって良かったわ」
「さっきは恥ずかしいところを見せて、すごく恥ずかしい……」
「ミユキ。アンリ君はいいとして、リツキとか、あのゾーイちゃんとかは、ちゃんと言うことは聞いてくれてるのか?」
「聞いてくれてるし、すごく優しいよ。私のことで怒ったり引けないことだと頑固だけど」
「リツキは本当に昔からああだよな。父さんと母さんがいくら言っても、離婚するしかないって脅してもぜんぜん効かなかった」
「そうなの? でもリツキは……なんていうか、日本にいた時は恋人みたいなことしなかったから、あんまり気付かなかったよ」
「ミユキは本当に鈍感だからな……父さんと母さんは本当に心配だった」
「なんか関係性はめちゃくちゃだけど幸せだよ。お恥ずかしい限りなんだけど」
「大切にされてはいるみたいだから、お母さんは見守るわ。みんな見た目が綺麗だから見ていて楽しいし」
「父さんはアンリ君がいいな。リツキは父さん達の目がなくなったら守るべき家族なのに、すぐにミユキとこんなことになって」
「別にリツキが完全に悪いわけじゃないけど……説明しにくい」
話したらたぶん、めちゃくちゃ怒ると思うし。
父は私の顔を見たあとに不貞腐れたような顔をして、食事をしていた。
「アンリ君もいいけど、お母さんは見た目的にはゾーイちゃんが好みね。雰囲気がいいわよね」
「リツキが好かれてない! さっきは馬車とか案内してたし、二人に優しくしてるのに」
二人は何も言わなかった。
どうにかリツキの株を上げないと、リツキが自分の親に嫌われている。
もう結婚して一年くらいは経つって話はしてるから、確かに手が早いって思われるのも仕方ないし実際そうだけど。可哀想だ。
だけど、生きて再会できたのだから、仲直りはあとで頑張ればいい。
この国に来た時、この店で両親が死んだのに寂しくないと思ったことがあったけど、助けられて本当に良かった。
「お父さんとお母さんを助けられて本当に良かった。これからは幸せになろうね」
謝ることもできずに笑って見せる。
二人も心からの笑顔を見せてくれた。
両親を昔の家に送ってから帰る。
家に戻ると、三人とも食事をしていた。
「あ、ユキ。今日はキスしていいって」
突然ゾーイが笑顔で言った。
いきなり何を言っているんだと固まる。こっちは疲れてるんだ。
「ええ、嫌だよ。もうしないって言ったじゃん」
「二日仕事を一人で頑張ったご褒美が残ってるし、一日休んだらまた死ぬほど頑張るし!」
「それはそうだけど、嫌だよ。ゾーイはしたいかもしれないけど、私は無理! 他のにして!」
アカタイトのことや両親のことで疲れていたし、そんなことする気力なんてない。
旅行から帰ってくるだけで普通の人はヘトヘトなんだから、家の掃除までした私は本当によく働いていると思う。
落ちこんでいたのを知ってるのに、なんでそんなこと言うのだろう。
だけど、ゾーイの顔はなんだかいつもより焦ったような顔をしていた。
「嫌だ。何人分働いたと思ってるんだ。金じゃ動かない! それにさ、仕事終わりにすぐアカタイトに向かったんだよ。えらくない?」
「それは偉いけど、それとこれは話は別っていうか……二人はなんでいいって言ったの?」
「僕らも嫌だけど、ミユがゾーイを完全に振らないなら、今回で終わらせて忘れた方がいいかなって。でも確かに明日の方がいいかもね。ミユから何かしてほしくはないけど」
「ミューがノリノリは嫌だし、別にずっとあとでもいいよ」
「待て。今日なら軽いキスでいいけど、明日なら深くなって、明後日なら時間を伸ばすよ」
ゾーイの言葉にピクっと心が動く。
「ノリノリはないけど……今日なら軽くていいんだ」
「うん。今日なら舌入れないよ。時間は十分くらい」
「長い~~~~」
「明後日なら20分だよ。だって仕事に入ってて疲れて辛いから増やしたい」
今日は本当にそういうのする気分じゃないけど、でも軽くなら元の状態に戻れるかもしれない。いや、もうたぶん無理だけど、一番マシなのかも。
本当にそんな気分じゃないし、私は景品じゃないとも思うけど。
でも、これ以上、昨日みたいな深いことをするのは、本当に心がどうにかなってしまいそうで怖い。
それに軽いキスなら、そんなに疲れないだろうし。
「五分なら、今日でいい、かも。他は嫌」
「やった! 五分でもいいよ。じゃぁユキの部屋に行こ」
手を引かれてパッと自分の部屋に移動する。
けれど、シンとした室内に置かれると、ついて行かない感情に、本当に冷めた気持ちになってしまった。
やっぱり納得できないし友達とキスを提案されて受け入れるなんて絶対変だし、なんで流されて許可したのか気持ちが暗くなる。
アンリもリツキも簡単に引き渡すなんて、これはキスしてしまった私への罰みたいなものなのかもしれない。
でも、私だって頑張ったし無事四人とも帰ってきたのに。キスとかやりたいからやるものなはずなのに、おかしい。
「気分が上がった時じゃだめなの? なんで今?」
「自分もさぁ。本当はそうしてあげたいけど……」
ゾーイは言いながら言葉を濁した。
もしかしたら、二人が早くこういう問題をスッキリさせたくて強要しているのかもしれない。
(もしそうだったら、責めるのも可哀想かも。いや可哀想なこともないけど)
「ねぇ。ゾーイ……やっぱり今日やらないとだめ?」
「そんなに自分とするのが嫌?」
「嫌っていうか……強く言えなかったけど、私、そんなために仲良くなったわけじゃないし、急にそういうのばっかり……怖い」
なのに、突き離せない自分もどうかしている。
そんなことわかってる。別に国や仕事がどうだって、本当は突き離そうと思えば突き離せる。
できないのは私の弱さで、ゾーイもそれを分かってるから諦められないし、ここにいるのも自分が突き離せないからで。
(こんな、欲しかないこと)
バカみたいな自分も嫌だし、そういうのを分かっていても欲求をぶつけてくる相手も嫌だし、嫌だと言いながら許可を出した二人もすごく嫌いだ。
意味も、自分の気持ちも、言いたいことも分からないのに、心が壊れそうで嫌になる。
ゾーイはベッドに腰かけて、立っている私を見つめる。
それから、考えるように下を見てから、もう一度私を見た。
「そう……か。じゃあ、自分もユキは不幸にしたくないから、やめよ」
「いいの? なんか二人に言われてるんじゃない?」
「言われてるとしても別にかまわない。みんなでトランプで遊ぶ? 疲れたから寝る? お酒飲む?」
微笑みながら言われて、ちょっと安心する。
今は遊びたい気分でもないし、寝る時間でもない。
「ちょっと話そう。友達としてね。お酒も飲も」
戸棚からお酒を持ってくる。
ゾーイにもお酒を渡して、二人でベッドに腰かけた。
「なんか、ほんとにごめんね」
「え? いや。自分は全然。むしろ、こっちがグイグイ行きすぎて怖がらせてごめん」
理解はしてるんだと思って、ホッとする。
本当に今日は無理だったから、良かった。
「今日ね、両親と話したら、すごくリツキが嫌われてたから、ちょっと気分が無理かも」
「リツキン、そんなに嫌われてたの? 性格はいいけどね」
「なんかたぶん、私をとんでもない目に合わせたんだって思ってると思う。今日の親切くらいじゃ埋め合わせられない感じだった」
「でも襲ったこともあるんだろ? 似たようなもんじゃない?」
「うーん。それはリツキのせいじゃないけど、他にもアンリが怒って殺しかけたこともあるらしいから、なにも言えないなってなった」
「ウィリアムソンがそこまで怒るのは、聞いたら自分も殺すくらいのことをしでかしてるのでは……でも聞きたくないんだよな。そのへん」
「私も聞いてほしくない。でも、両親にもリツキを好きでいてほしい」
「リツキンが頑張るしかないけど、そんな複雑な状況の時だったのか。そういえばユキは自分が両親をこの世界に連れてきたって気にしてたもんね」
ゾーイの言葉で、お酒を飲んでいた時の両親と、アカタイトの奴隷だった時の両親を思い出して、涙がボロボロ落ちる。
突然泣いたので、視界の端に見えていたゾーイの手がビクッと揺れた。
(……どうして本当に苦しいことは、思い出しただけで涙が溢れるんだろう)
本当は、今日両親と食事した時にアカタイトの話が出ることを覚悟していた。
けれど実際はそんなことはなく、むしろ両親はその話題を避けているようで、アカタイトでの記憶が二人にとっては話題に出せないくらい嫌な記憶だったのだと気付いてしまった。
「えっ、ごめん。どうした?」
「ぅ~……」
本当に、本当に二人は酷い状況だった。もうちょっと遅れたら死んでた。
生きていてよかったけど、辛い目になんて合わない方がよかった。
いきなりボロボロと泣きはじめた私を見て、ゾーイはハンカチを貸してくれて、代わりにグラスを持っていく。
「今日の食事の時、二人共アカタイトでのことを話さなかった。ひどい目に合ってたのに、私のことを責めないし話題に出さない。私の心配しかしない」
「二年なんて、どんなに辛くて苦しかったか。お父さんは虫だらけになってたし、お母さんは嫌なほうの聖女みたいなことさせられてたみたいなのに」
「お母さんの記憶は消したけど、それだって消したからって、私の罪が消えるわけないし、苦しい。私のせいでみんな辛いことになる」
切りながら少しずつ話す。
知らないからどんな罪でも許されるなんて思えない。
私が連れてきたなら、それは私の罪でしかない。
私がいなければ。両親も、シャーリーも、あんな目にあわなかった。ジュディだって状況が違えば死んでいたかもしれない。
私は誰にも責められない。むしろ感謝されている。でも、その原因は私だ。
「それに、私。神様の所にいた時のこと、あんまり覚えてない。みんなは覚えてるみたいなのに、ぼんやりしてる。なんで……」
ゾーイは、少し考えた後、私の頭を抱える感じで抱きしめた。
「それはきついよね」
私の髪を撫でながら、ぽつりと言葉を落とす。
そんな言葉でまた涙が落ちてしまって、弱い自分に嫌気がさす。
「だけど、それはユキの罪じゃない。みんなそれを知ってる。だから責めないんだ。背負いすぎだよ」
「でも」
「ご両親は、たぶんユキがそう考えていることを知ってる。だからユキの心配をするんじゃない? 知ってたら助けに来る子なんだから、助けに来ないのには理由があるって分かってた」
「言われてもいないのに、自分達が奴隷になっていたことで自分を責めるななんて言えないし。でも気持ちは伝わってる。自分を責めるのはやめなよ。過去は過去でしかなくて、未来しか選べないんだから、それが相手にとっての幸せだよ。ユキに幸せになってほしいと思ってるんだからさ」
ゆっくり紡ぐように選ぶ言葉は優しかった。
私が両親になにも言えないように、相手も私に何も言えなくて、それがどちらも優しさだというのなら。
相手に言わずに昇華していく感情も、また正しいといえるのだろうか。
落ちていく涙と共に、少しずつ辛い感情が流されていくような感覚に陥る。
「……そうなのかな。そうならいいけど」
やっと話せるようになって答えた後、頭の中で言われたことを考えてのみこんだ。
ゾーイの腕が離れる。
涙が止まり、顔がみっともないことになっていた。
貸してもらったハンカチは涙でびしょびしょで恥ずかしい。
「上がってゆっくりしようか。首痛くなるだろ。大丈夫。怖がることはしないから」
ゾーイは靴を脱ぐと私の靴も脱がせたあと、ハグするように持ち上げて一緒にベッドに転がる。
泣いて疲れたので動く気力もなかったけど、人の体温が暖かいなと少しだけホッとした。
一日待たせるのもどうかと思ったので、二つ更新するので、読んでいただけると嬉しいです。本当に怖い。