母を救うために、罪悪感を胸に隠した
お父さんの部屋に入ると、母が寝ているベッドの足元に父が座っていた。
「ミユキ。大丈夫か?!」
ハッとこちらを見上げて父は言う。
「全部終わったよ。ザザィも倒したから、もう捜索とか気にしなくていいし、これから幸せになれるから安心して」
「本当に……? 本当にミユキ達がやったのか? そんな、こんな簡単に」
「簡単でもなかったけど……お母さんの部屋も用意してもらったから、お母さんを連れていくね」
「父さんもいく! ちょっとみんなに話してくるから! 待っててくれ」
バッと立ち上がると、返事を聞かずに部屋を出ていってしまった。
シングルベッドに二人はきついと思うけど、離れるのが嫌なのかなと思うと、嫌だとは言えない。
父はニコニコした顔で戻ってくると、母を抱き起こす。
「行っていいって! ザザィが倒されたらしいって言ったら、みんな驚いてた!」
「それはそうだよねぇ」
長く続いた地獄が終わった時は、すぐに実感がわかないものだ。
父が母を背負うのを手伝ってから、瞬間移動をする。
戻ってくると、リツキとゾーイが待っていた。
ゾーイはこちらの国の衣装に着替えているが、足を出したくないのか男性用だった。
「あ、お父さんですか。お母さんのお部屋はこっちです」
ゾーイが立ち上がって、目の前を歩きはじめた。
「あ、ありがとう……えぇと、お友達かい?」
「うん。友達。友達だよね?」
こんなに手伝ってもらって友達ですと言い切るのも申し訳ない気がして、それもそれでおかしいなと思いながら、聞いてみる。
ゾーイはニッコリと微笑む。
「今んとこ、そうですね~」
お父さんは、今んとこ?という顔をしながらゾーイのあとをついて歩いていった。
リツキも私の後ろにくっつきながら、私の頬を両手でぶにぶに押している。
「ミュー。どうすんだこれェ」
「あとで考えるけど……これ以外、成功する道がなかったもん」
「そうだけどさぁ」
ゾーイが案内した部屋に入って、お母さんがベッドに寝かされる。
「じゃあ、一年分の記憶を消すから、みんな出てって。誰かが私を触ったりすると、お母さんがその人に惚れる恐れがあるから」
リツキを押して、全員を部屋から外に出す。
ユラの時は若くてかわいかったからいいけど、親が私の夫や友達に惚れたら事故だよ。
無意識だったけど一種の記憶操作をしてしまってユラには本当に悪いことをした。
「トランプは私の荷物に入ってるから、暇だったら勝手に探して遊んで。朝までかかるかもしれないから寝てていいよ」
そう言ってから扉を閉めた。
まだ日付は変わっていない。
ユラの時は、六時間くらいかかったっけ? 忘れたけど、単純に考えても三時間だから、朝までにはならない。
「頑張ろう」
トイレに行って水を飲んでから、部屋の中に置いてある椅子を枕元まで持ってくる。
ジッと疲れている母の顔を見ていると、すごく申し訳ない気持ちになって、涙が溢れてしまう。
(ごめんなさい。酷い目にあわせる気なんて本当になかったし、記憶を消したところで、起きたことも罪も、なにも変わらないけど)
奴隷だった期間をすべて消しても、それはそれでお父さんと話が合わなくなる。
おおざっぱに一年くらいで丁度いいのだろう。
逃げようとして階段から落ちて記憶が消えた期間があると言えば誤魔化しがきく。
記憶操作ができるのなら、嘘でもいいから、母を助けた時のイメージを入れたい。
(だけど難しいだろうな)
なにがあったとか、なにをしたとか、知りたくないし知らなくていい。
ただ、私が幸せに生きていた期間、二人にとって地獄だったのは現実で。
それを引き起こしたのは私でしかなくて。
私は、この世界に来た時に、また両親と会えるような気がして寂しく思えなかった。
もしかしたら、それは私が神と話した時の記憶がないから、理解していたけど忘れていただけかもしれない。
二人が覚えていたとしたら、待っていても助けてもらえない期間はどんなに辛く苦しかっただろう。
(だけど、今は私がやれることをやるしかない)
額をつけて、神聖力を探す。
基本的に相手が起きていないと神聖力は結び付けられないし、母が持つものが神聖力かどうかもわからない。
シャーリーが気絶していても大丈夫だったのは、シャーリーが完全に私に心を許していたからだ。
だけど、私がいるとは気付いていない母が、シャーリーと同じ状態になれるとは思わなかった。
「お母さん、不思議な力があるなら、ちょっと出して。お願い」
寝かせている母に声をかける。
起きているはずはないのに、なぜか神聖力を感じた。
「もう少し」
声をかけて細い神聖力を手繰り寄せる。
(つかめた)
絡めると、薄い苺味がした。
(お母さんも苺味? なんで?)
私とお母さんには親子関係はない。だけど、親子と思えたから苺味なの? ぜんぜんわからない。
考えながら、どんどん記憶を消していく。
神聖力が吸われていくのが分かった。
正直、もうくたくただった。
神聖力は、旅行前に貯めたから大丈夫だろう。
ゾーイともキスしちゃったし、それを含めても問題ないと思う。
でも、身体が疲れていた。けれど真剣に途切れないように神聖力を送らないと記憶はきちんと消えない。
記憶をかき消していく時は、いつも頭がぼぅっとしているけど、真剣に神聖力を送り続けた。
母を助けた時を頭の中で本当にあったことのように想像する。
母親の視点で、中にいるところを声をかけられて、再会し連れ出される。そんな場面を真剣に考えた。
そんな現実は無いけど、きっと、こんな顔で笑ってくれるだろうと想像ができる。それが一番心が痛い。
現実は地獄でしかなくて、夢は夢でしかないけど、記憶と夢を誰が判断できる?
できないと思うより、やってみてから考えた方がいい。
真剣に神聖力を相手の頭に流しこむ。
何時間か、何分か、時間の感覚がわからないまま時が過ぎて。
ふと、もう大丈夫だろうという感覚が起きた。
額を離すと、母が薄く目を開けていた。
ぼーっとしたまま、見ていると、母はこちらを見て、少し目を見開いた。
「……ミユキ……ちゃん?」
「お母さん。大丈夫?」
母はゆるく微笑んで、前より細くなった手で、私の頭を撫でた。
(ああ、きっと。色々と覚えてるかと聞いても、きっと本当のことは教えてもらえない)
ボロボロと涙が溢れる。
「どうしたの?」
「……起きて良かったって、思って」
ごめんなさいなんて言えない。
きっと気を遣わせてしまうから。
酷い目にあわせたけど、謝りたいというのは許されたい私の弱さでしかない気がした。
「大丈夫よ。わたしは元気。いつも元気なんだから」
「……ぅん」
泣かないようにしたら、変な返事になってしまった。
立ち上がって、水差しの水をコップにいれて、母親に渡す。
「お父さん呼んでくるね。ちょっと前に助けたんだ。お母さんはね、逃げる途中で階段から落ちたんだけど、覚えてる?」
「私、階段から落ちたの? 助けてくれたのは覚えてるけど……」
「ちょっと記憶が変になったのかな? でも忘れても大したことじゃないよ」
そう言いながら、ドアを閉めて自分の部屋に戻る。
手が震えていた。
(良かったけど、お母さんの記憶操作をするなんて、私は)
言葉にならない感情に、泣きそうになりながら頭を横に振った。
仕方ないことだった。記憶操作をしないと違和感が出てしまうのだから。
だけど、この感情をこの罪悪感を。誰が理解してくれるというのだろう。
(したことは受け入れよう。覚悟してやったんだから)
震える手をギュッとおさえて明るい声が聞こえる部屋に入る。
全員で起きてトランプをしていた。
「起きてる!」
「ミユキ! お母さんは?」
「起きたよ。一年分消したけど、逃げる途中で階段から落ちて記憶喪失ってことにしてある」
「それでいい。嫌なことは忘れるのが一番だ。ごめん、勝負から抜けさせて」
全員がいいよ~という朗らかな返事をして、父は母の元に向かう。
勝負は終わりだーという感じになって、全員トランプをベッドの真ん中に投げた。
「いやー、ポーカー面白いっす。皆さん上手っすね。でもそろそろ寝ましょう」
ボニーがトランプを集めながら言った。
「そうだな。もう寝よう。このベッド三人じゃきついから、ユキこっち来なよ」
「だめだよ。なに言ってんだよ。ミユに欲情してる女のくせに」
「あっという間にキスしやがって。マジ許せねぇ。手が早すぎる。ミュー、やっぱ殺していい?」
「だめだよ。やめて」
思わず止めると、ゾーイがフンと腕を組んだ。
「別に自分から提案してないし。ユキはキス上手いって褒めてくれたけど。君ら下手くそなんじゃない?」
「は、どういうこと?」
アンリがギロ、とこちらを睨む。
怒ることはあっても本気で睨むなんてされたことがないので、少し焦った。
「違うよ、あれは、だって、今まで恋人いなかったっていうのに手馴れてるから」
「参考にしたのはリツキンしかいないけどね。あれでもっと喜ぶ方法は?って考えた結果というか」
だからあんなに激しいのか! リツキがゾーイの目の前で何度もするから、普通のキスも知らない変な子になってしまった!
最初に、キスは通常、舌を入れないと教えておけば事故は防げたのに!
「じゃあ僕は関係ないか」
「えっ、暗に俺をディスってるわけ? ミュー、俺って下手じゃないよな。いつもへろってなるし」
「別に誰も下手じゃないし、上でも下でもないよ。みんな寝なよ!」
ペペペイっと神聖力で三人を寝かせる。
みんなベッドの上に倒れたので無事だった。
はぁ……とため息をついていると、ボニーがニヤニヤしながらトランプを片付けてくれていた。
「あ、ありがとう」
「モテる女は辛いっすね。まぁこっちは面白いっすけど」
そう言いながら、トランプを集め終わると、こちらに渡してくれる。
「じゃあそろそろ、あたしも寝るっす」
「うん。ありがとう。お休みなさいボニー。いい夢見てね」
微笑むと、ボニーは少し驚いた顔をしてからクシャっと笑った。
「はい。お休みなさい。ミユキ」
小さな三つ編みが部屋から出ていく。
疲れた、と思いながらゾーイを部屋に連れて行こうとしたけど、ゾーイの部屋がわからないことを思い出す。
(起こすと面倒だし、四人で寝るか。狭いかな?)
幸い、ベッドはきっちり部屋の隅に壁から壁まであって、落ちることはない。
ゾーイ、私、アンリ、リツキの順に寝てみる。
ちょっと狭いけどいけそうだ。
ゾーイとアンリは男性が苦手かもしれないから、私の隣に置くしかなくて、結果的にリツキが遠くなってしまった。
「みんな。いい夢見てね」
明かりを消して布団をかける。
アカタイト国の夜明けは、もう目前に迫っていた。
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