王との謁見と永遠の忠誠
静かな王宮の廊下は、白い柱が沢山立っていて、神殿を思い出す。
夜の廊下を一人で歩くチハラサの後ろ姿は、どことなくスッキリしたようにも思えた。
渡り廊下を渡り、ひとつの部屋の前に立つ。
今まで見たどの扉より、立派な飾り彫りのされた美しい扉だった。
「すみません。この扉を開けていただけますか?」
こちらを見て申し訳なさそうにチハラサが微笑む。
どうして、王の部屋に明かりがついていないのか。なぜ勝手に扉を開いてもいいのかも聞けないまま、私達は無言で視線を交わした。
「じゃあ俺が」
リツキがそういうと、黒い粘液を扉の隙間に差しこむ。
「堅っ、前のドアの倍は固いな。力を入れすぎると壁まで壊しそうだな」
「じゃあ自分もやるよ。まだユキの神聖力残ってるし」
「僕も」
三人でミシミシと音を立てて、扉を開けようとする。
アンリはいつのまにか服を見つけたのか、服を着ていた。
「うーん、硬い。神力の禁呪を使ってるのかも」
「あー、人の命を使って三倍にするってやつ? 神力でもあるのかもな」
リツキは力が強大すぎるので、どの程度出せばいいのか悩んでいるようだった。
じゃあ、私も手伝わないと。
「任せて。コントロールは無理だけど壊すのは得意」
言いながら、三人の頭上に向けて、神聖力の弾を撃つ。
バン、とドアごと弾けるように、ドアが部屋の中にふっとんだ。
「やりすぎちゃった」
だけど、ドアの向こうにはもう一枚ドアがあったので王様に怪我をさせることはなかった。
「中に扉があってよかったな」
そういいながら、リツキがまたドアを開けようとする。
今度は比較的簡単に扉が開いた。
リツキが扉をあけて、少し嫌な顔をするとチハラサさんを促す。
へんな匂いと淀んだ空気で、嫌な予感がした。
チハラサは、まっすぐに中央にあるベッドに向かい、枕もとを見る。
「予想はしていたんですよね」
呟くように言うと、床に黒い塊になったザザィを転がした。
塊が苦しむように呻く。
ボニーが私の手をとり、枕もとまで歩いて行く。
ベッドには、白骨化した死体があった。ベッドは茶色く汚れていて、よく見ると虫の死骸があちこちに散らばっている。
きっと腐り落ちきるまでは香を焚きしめ、虫の掃除はしていたのだろう。
その全てが終わって数年経ったと分かるほど、この部屋は埃を積もらせたまま時を止めていた。
「大聖女様。結界を解いたので、もうすぐ兵士がここに来ます。変身しておいてください」
小さく頷いて大聖女姿になると、応えるように微笑んでくれた。
「父は、何かあった時はここを見ろと言っていました」
チハラサはそう言いながら、壁に備え付けの棚の一か所を外す。
中に鍵が入っていた。
棚を移動させて、鍵を差しこんで開けると、中にはハンコのようなものと、丸めた賞状のようなものが入っていた。
チハラサは賞状のようなものをゆっくりと開く。
中には、チハラサに王位を譲るという旨の内容が書かれてあった。
「兄は、この場所を教えられてはいなかったんでしょうね。だからこの場所を封鎖した」
溜息をつきながら言う。
廊下の向こうから突然、人が走ってくる音がした。
「兄の処分は明日、国民に聞いて判断を仰ぐことにします。皆さん。本当にありがとうございました」
そう言うと、チハラサは天を仰いだ。
天井の明かりが、どういう原理か分からないが輝いて、周囲を照らす。
部屋の中に、兵士がなだれこんできた。
チハラサが、手で制止すると、兵士の身体が固まるように止まる。
「国王の死を兄であるザザィが隠蔽していた。生前、王位継承を告げられていたのは私だ。ここに証拠もある」
話しながら、書状を見せる。
王印とサインを見た兵士達は、平伏すように床に頭を垂れた。
「本日。今この時をもって、ザザィを罪人として身分を剥奪する。黒い拘束は外さず、牢に入れておけ」
チハラサが足元の黒い塊を差すと、兵士たちがザザィを抱えて扉の外に出ていった。
あの兵士たちがザザィを逃がしたらどうするんだろうと思う。
「あの兵士たちは裏切ってザザィを逃がしませんか?」
「兵士は金で雇われているだけでザザィに忠誠心なんてありません。大丈夫です」
事も無げにチハラサは答えた。
「これから、話し合いを始めます。母も助けなければいけませんし、朝までかかりますので皆さんはもうお帰り下さい」
「チハラサさんは一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫です。この書状がどんな盾より効きますから」
笑いながら書状を丸めて振る。
じゃあ、もうここにはいない方がいいなと思った。
「捜索もありませんし、部屋も増やしておいたので、もう元の部屋で寝ても大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。じゃあ、私達はもう行きますね」
「大聖女様。皆さん。この国を救っていただき、本当にありがとうございます。どんなに言葉を尽くしても、この感謝を言葉にはできません」
上手く言葉を返せなかった。
謙遜も受け入れることも違う気がして、手を差し出した。
チハラサが手を握る。
「この命が尽きるまで、大聖女に忠誠を誓います」
暖かくて、少しカサカサとした手だった。
「今日のことは、ここにいる全員の力によるものですし、私ではなくアカタイトにその心は使ってください」
嬉しいし、素直に受け取るべき言葉だとも思ったけど、ついそう言ってしまう。
手を離した後に微笑むと、チハラサも微笑んでくれた。
全員を連れて瞬間移動をする。
自分たちの部屋に戻った瞬間、気が抜けてドッと疲れが出てきた。
リツキが部屋の明かりをつける。
「なんか、あっという間に終わったな!」
ゾーイがさっぱりした顔で言った。
私も変身を解いて元の姿に戻る。
「もう膜とってもいいよな。みんなの分もとるぞ。やべー、漏れる」
リツキがグッと力を入れると、皆の身体から黒い膜が取れた。
そしてそのまま扉の向こうに走っていってしまった。
「僕はお風呂入りたい……ベロベロされた。嫌だ。ミユが浮気したのも嫌だし、もうなにもかも嫌だ」
「お風呂沸かしてもらうっすね」
アンリはその場に崩れ落ちて丸くなり、ボニーが部屋から出ていった。
「アンリ、ごめんね。記憶消す?」
「うん……嫌だから、あいつのだけ消す」
しょんぼりしてアンリがウサギみたいになってしまった。かわいい。
キスしてしまったのは心苦しいけど、アンリがもっと酷いことにならなくて本当に良かった。
「アンリ。親切で来てくれたのに酷い目にあわせて、本当にごめんね」
「別に、ミユのせいじゃない」
無理にニコリと笑うアンリは痛々しくも可愛い。こんなに可愛いから、男が誑かされてしまうのだ。
でも犯罪をするなんて許せない。花は愛でてこその花なのに。あいつはもう三回くらい槍で刺してもいい。
「ウィリアムソンって自分より男にモテそうだよな。もしかして聖女宮に入り浸ってたのは、そのせいか」
「あれは仕事。早く記憶を消してほしい」
少し笑って、額をつける。
一時間前じゃダメだったから、連れ去られた直後から私達が助けに入るところまでを消しておいた。
攫われた事実だけは理解できる程度に残し、しかし今回は強く記憶が消えるように願って消す。
「どう?」
額を離して聞くと、アンリは小さく大丈夫と呟いた。
「なんの話だっけ?」
アンリはスッキリとした顔をしていた。
ゾーイは少し驚いた表情でアンリを見ていた。
ここまで消してしまうと、悪いことをしたかもという気持ちになってしまう。
ボニーが部屋に戻ってきた。
「お風呂、今日はたくさん入る人がいるんでもう沸かしてるらしいっす。この前のとこ入ってください」
「アンリ。今日は疲れただろうし入ってきたら? 私はちょっとお母さんの記憶消さなきゃいけないから」
「うん。なんか汗かいたし、入りたい気分だから入ってくる」
アンリは下着と着替えを持って瞬間移動した。
「あ、ミユキさんのお母さんの部屋とゾーイさんの部屋も用意してあるっす。来てください」
「ごめんゾーイ。私お母さん連れてくるから、ちょっと部屋だけ聞いておいて」
「わかった。お母さんがこの国にいるの?」
「うん。お父さんとお母さんが奴隷で働いてた。私がこの世界に来るときに一緒に連れてきたみたい」
私の言葉を聞いた後、ゾーイは少しだけ気まずそうな顔をした。
「あ……まぁ、ユキは幸せにしたいと思って連れてきたんだろうから、深く考えない方がいいよ」
なんか、余計なことを言ったな、とゾーイの頭を撫でる。
髪の毛がくせ毛なので、くるくるしててかわいい。
なんか、キスしたせいか変な気分になっちゃうなと思いながら、お母さんの元に瞬間移動した。
この国に来てから、なんか全員に対して情とか好きとかそういう気持ちが強くなってる気がしている。
自分から安易な提案をしてしまったのも、たぶんそのせいで。
両親を見つけたから? 奴隷という身分の酷さに心を動かされたから?
分からないけど。気持ちが前より動きやすいことは確かだった。
今日から毎日投稿はじめます!
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