父親との再会と秘密の隠れ家
翌朝。
朝早く起こされた私たちは、チハラサ達と食事をすることにした。
チハラサもボニーもいて、私達と同じような恰好をしている。
どうやらこれがここの人たちが着ている通常の服らしい。
暗い時はよく分からなかったが、私達が泊まった場所は洞窟を掘って作ったような場所だった。
明かりとりの窓がところどころ開いていて、真っ暗というわけでもなかったし、居住地としても住みやすい気候だった。
思ったよりずっと立派で、限られた人だけではなく、たくさん普通の人が住んでいるようで面白い。
食事は、よくわからないものが多かったが、香辛料が入っていて変わった味がしている。
私は面白いと思ったけど、アンリは口に合わないらしく、果物やパンのようなものばかり食べていた。
リツキはへーという感じでモリモリ食べていたので、何でも美味しく食べられるらしい。
「お父様と話はできましたか?」
「まだです。昨日は一気に小屋の内外にいる人間すべてを寝かせてしまったので」
「そうですか。脱走者の捜索がもう始まっています。1時間以内に場所を移動させますから、今のうちに」
「もう父は起きているんですか?」
「はい。衰弱しているのと、体内にも虫がいる可能性があるので、対応した食事をお出ししました」
「体内に虫がいても死んじゃうからラッキーだったっす。あの小屋にいる人間は長くないって言われてるんで」
サラッと言ったボニーの言葉にゾッとした。
パパっと食事を終えて一晩薬に漬けられて卵まで殺すという処理をされた父親に会いに行く。
部屋の中に入ると、死んだように眠っている父親がいた。
「お父さん」
声をかけると、父親の目が緩く開く。
「大丈夫? もうすぐ移動するよ」
もう一度声をかけると、父親の目が大きく見開いて、こちらを見る。
「……ミユキ?」
「うん。助けにきたから、もう大丈夫だよ」
「おれは死んだのか? ミユキは記憶が」
「死んでないよ。これからお母さんも探しに行くけど、どこにいるの?」
「いや。行かない方がいい。ミユキは逃げなさい。ここは危ないから」
父はこちらを見ながら弱く私の腕を掴んだ。
「大丈夫だよ。これ、見た目変わってるけどリツキだから。ムキムキになっちゃったから大丈夫」
リツキを父に紹介すると、父は目を丸くした。
「これがリツキ?」
「コレって言い方なくない? 父さんの服を、あれ気に入ってた服だよなって判別した俺を褒めてほしい」
「あ、リツキだなぁ」
父親は朗らかに少しだけ笑った。
チハラサが、ゆっくりと私の隣に腰を下ろす。
「そろそろ行きましょう」
「あ、そうですね。お父さん。もう捜索が始まってるから移動しないといけないの。立てる?」
チハラサに言われて声をかけると、父親はゆっくりと立ち上がった。
「うん。昨日よりずいぶん具合がいいから歩けるな」
「では行きましょう」
チハラサが立ち上がり、背を向けて歩きはじめる。
私も父の横について歩きはじめた。
「お父さん、一晩薬漬けだったんだよ。虫がひどくて」
「本当に助かった。あれはかゆくて本当に辛かった。服に虫よけを塗っていたんだが、それでも効果が薄くてな」
「お母さんも助けたいから場所を教えて。私もリツキも、ここにいるアンリも、すごく強いから大丈夫。助けられるよ」
「ミユキが大聖女になったっていう話は本当だったんだな」
「誰かに聞いたの?」
「死んだときに……いや、えぇと、忘れた」
父はこちらを見つめた後、力なく笑って首を振る。
記憶がないから分からないけど、嘘が上手くない人だし、私が話したのかもしれないなと思う。
やっぱり私がこの世界に連れてきてしまったみたいで辛い。
父は少しだけ考えた後、決意するようにこちらを再度見た。
「そうだな。ミユキが危ないことをしないという前提でなら、母さんを助けてほしい。今は王宮の治療院で働かされている」
「治療院……医者、みたいな感じ?」
「分からない……二回脱走して助けに行ったんだが、一回目はまだ元気だったんだが、一か月前の二回目はすっかり痩せて話さなくなっていた」
言葉を濁す父親に、不安を覚える。
(ここも聖女みたいな役割があるのかも。お母さんは歳とっててもお父さんより若いし綺麗だから、ないとは思えない)
「何年前に捕まったの?」
「一年前くらいかな。それまでは、母さんは病気を治す力があったのと、お父さんは食べ物を探す能力があったから、なんとか隠れて生きてたんだ」
「こんなにいっぱい人がいたんじゃ、見つかっちゃうよね」
「ああ。運悪く。ミユキたちは元気で生きてて安心したよ」
「うん。でもリツキと結婚したし、アンリとも結婚してる」
あとでどうせバレるから、今いっておこうと思い切って言う。
今を逃すと、話す時間がない気がしたからだ。
父親は、後ろを振り返ってリツキを見た後に、アンリを見て、次に私を見た。
「どういう……リツキはわかるよ。ミユキを好きすぎてしょっちゅう母さんが怒ってたからね! でもミユキは何も気付いてなかったのに」
「えっと……なんかそうなった」
「それは幸せなのか? おれの娘が……信じて送り出した娘が二人と結婚……は、たぶん性格的にしないはずなのに」
「私は幸せだし、私が二人を大事だからするって言ったんだけど、二人はたぶん不幸だよ。でも、もうどうしようもない」
「いや、俺は幸せだが?」
「僕も幸せなのに、なんでミユは自分の尺度で人の幸せを測ろうとするんだ。腹が立つ」
溜息をつきながら説明する私に、二人は後ろから文句を言う。
父親は、少し驚きながらも肩を降ろした。
「なんか上手くやってるからいいのか……」
チハラサとボニーはそんな私達を見ながら、耐え切れないように笑っていた。
笑いごとじゃない。
「大聖女は気苦労しながら上手くやっていますよ。さぁ、つきました」
チハラサが止まると、目の前には壁があった。
「神力で移動できるようにした壁です。もしかしたら大聖女と勇者の方は入れないかもしれません。ですが瞬間移動で来れますので」
「分かりました。入れなかったら瞬間移動でチハラサさんの元に行きます」
「よろしくお願いします。来るときには大聖女の姿になっていてください」
チハラサがボニーと父を壁の中に誘導すると、スッと二人とも中に入っていった。
リツキが手をあてると、ペタ、と壁に手をついて、入れないようだった。
「やっぱり入れないか」
「では、三人は瞬間移動で来てくださいね」
そういうと、チハラサは壁の中に入っていってしまった。
大聖女姿になって私も壁に触ってみるが入れない。
アンリの手は壁の中を普通に通過した。
「なんか負けた気がして嫌だ。僕だって強いのに……」
「アンリは化物じゃないってだけだよ」
「僕の奥さん化物なんだ……」
アンリがしょんぼりしているので、アンリの手を掴んでリツキの手も掴む。
手をぶらぶらとさせながら、チハラサがいる場所に瞬間移動をした。
出た場所は、洞窟の中だった。
いくつものオイルランタンが照らす中、何人もの人が、手をぶらぶらとさせながら現れた私達を見ている。
(人がいるなら先に言ってよ!)
恥ずかしくなって、慌てて手を離した。
バカみたいな登場になってしまった
「皆さん。これが神聖国を建国した三人の賢者様です。この国を救いに来てくださいました」
みんなが拍手をする。それは、元の世界でよく聞いていた手を上下に叩く拍手だった。
新たに来た私達を抜いて、室内にいた人数は五人ほどだ。
「大聖女様。ここは技術者を隠している洞窟です。ここにいれば見つかることはないでしょう」
チハラサは父親を見たあとに私を見て微笑む。
私もゆっくりと微笑んだ。
技術者というなら、この先も会う可能性があるから、やっぱり先に言ってほしかった! 恥ずかしい。
でもチハラサだって、こんなバカみたいな登場するなんて思ってなかったんだろうな。
「ここにいる皆さんも、今日、この日を覚えておいてください。今日がこの国の分岐点。そして吉日となるでしょう」
チハラサの何も気にしていないような、朗々とした声が洞窟内に響く。
また拍手が起こり、泣いている人も、訝し気に見ている人もいた。
けれど、全員が現状を抜け出したいと思っているのだと理解する。
「大聖女様からも一言ください」
えっ、ないけど。
両親を酷い目に遭わせたから殺すくらいは思ってるけど、他は殺す以外ないけど!
「私はザザィを許しません。売られた喧嘩は二倍にして返します。必ず勝ちます! よろしくお願いします!」
思ったことをそのまま口にしたら、俗っぽい、ただの喧嘩っ早い女になった。
だけど、技術者の人たちも俗っぽいのか、緊張が解けたような表情になって、頑張れと誰かが叫んだと同時に他の人も拍手と共に叫んでいた。
人間はかしこまった人間より、俗っぽい人間に共感するのかもしれない。
ザザィを絶対殺すという覚悟が固まった。