アカタイトに到着後、衝撃の事実
それから、転がるように毎日が過ぎた。
ゾーイはアンリと話しあって、高値で毎日神聖力を売っているらしかった。
ジュディは、手紙を送った日にアーロンさんと意気投合したらしく、契約をして家に戻ってきた。
私信で美しくて快活で素晴らしい女性だとジュディのことを書いていたので、気があるのかもしれない。
でも別に私は仕事を任せるために会わせたわけで、女性を紹介したわけじゃないから不本意だ。
「いくら貴族でも、ジュディの相手にはおじさんすぎる。45歳は絶対超えてそうだし」
「アタシの身分で年齢では貴族相手なら良いですけどね。でも遊ばれて捨てられるのは嫌ですから、そう簡単に寝ません」
ジュディは満更でもない様子だった。
トランプの画家も決まって、今は量産体制と、いくつかの言語で書いた簡単なトランプの遊び方の説明書の用意も進めている。
アーロンさんは賭博場みたいなものを作りたいと言っていて、健全な運営ができるならという条件でOKした。
そして、今日。
アカタイト国に行く日になった。
うちのポータルとできたばかりの他国のポータルを使うので、ボニーとチハラサは眠らせて行くことにした。
大聖女ではなく元の姿でも、チハラサは態度が変わらなかったので、本当に大聖女を私だと認識しているんだなと理解した。
「ユキ! ご褒美は今度でハグ!」
「はーい」
朝から死にかけているゾーイにハグをする。
これから主要な人間がいない中、一人で仕事をするんだ。ハグくらいいくらでもしてあげよう。
でも、ご褒美ってなにしたらいいんだろう? とも思ったけど、何も思い浮かばないなと思っていた。
「自分も仕事が休みになれば向かいたいけど、それまで無事でいて」
「二人もいるから大丈夫だよ。私、大聖女だし」
ポンポンと背中を叩くと、うぅとゾーイがうめいた。
「嫌だな。すごくイライラするけど、ゾーイの神聖力が売れてるから文句をつけにくい」
「アンリとリツキも一緒にやる?」
「もっと嫌だよ! 四人でハグっておかしいだろ! 本当にミユは時々頭がおかしい」
「おっし。俺はやるぞ」
リツキはどんどんこちらに歩いて来た。
「うわぁ、嫌だぁ」
ゾーイがしぶしぶ離れた。
「んじゃ、ミュー、そろそろ行くぞ!」
フンとリツキが鼻息を鳴らして、私の手を掴んで引き返す。
ゾーイに手を振ったあと、ボニーとチハラサを眠らせてポータルに移動した。
魔王城に移動すると、目の前に赤ん坊を抱いたドロテアがいた。
「遅かったわね」
「ごめんね。準備にかかっちゃって」
ボニーとチハラサを床に移動させると、今度は残った二人がポータルに出現した。
「こっちよ。新しい取引国は、薬を売るからポータルの設置が可能になったの。薬と一緒に透明になって行くといいわ」
ドロテアが瞬間移動で新しいポータルがある場所に行く。
倉庫の中にある一室という感じの場所だった。
「いいの? 勝手に行って」
「あっちからも勝手にこちらに五人までは来れるんだもの。信頼関係で成り立ってるの。だからこの国で悪さは絶対しちゃダメよ」
「うん。ぜったいしない。使わせてくれてありがとう」
全員をポータルの上に移動させると、ドロテアが何かを書いたメモを見て、薬が入った箱をポータルの上に置く。
アンリは神聖力を使い、全員を透明にさせていた。
「ついたらベルがあるから一回押しなさい。押したらどこかに行っていいから」
「分かった」
話を聞いてからポータルを起動させる。
まわりの景色が回転して、あっという間に倉庫のような一室に飛んだ。
目の前にベルがあったので、ベルを押して、またポータルの方に戻ってから、海の近くをイメージして地上に移動する。
出た場所は人の気配がない崖の上だった。
「二人とも起きて~! アカタイトの近くだよ~」
神聖力で眠らせていたボニーとチハラサを起こす。
「ん……」
「なんすかぁ。荷物は無事っすか」
二人が起きた。
チハラサが起きてまわりを見まわしてから、あわてて時計を見た。
「ここは……バラリウムの港近くですね。まずい。もうすぐアカタイトに出航する船が出る時間です」
「えっ、そうなんですか?」
「あちらに行きましょう。港があるはずです」
チハラサの指示通りに、みんなで瞬間移動をさせる。
数回瞬間移動をすると、予定通り木造船に乗ることができた。
全員で荷物と一緒に隠れて、倉庫のような場所にガードをかけて座る。
人があまりいなかったので、どこに行ってもよかったが、移動するのも嫌なので誰も入ってこなそうな場所にした。
酔わないようにと神聖力を全員にかけてみたが、効くかは分からない。
ただ、虫とネズミが入ってこれないようにしたので、そのへんだけは安心だった。
小窓から波をかきわけて船が進むのを見て、航行を始めたんだと思う。
「アカタイトって暑いって聞いてたけど、あんまり暑くないね」
「今はあまり暑くない季節ですから。なにもない土地ではありますが、暑い時期でも奴隷が死なない程度の気温ですよ」
「僕らが泊る場所って、用意されてるの?」
「一応、不自由ない場所を用意させましたが、城ではなく洞窟内にあるので、不便はあるかもしれません」
「へぇ、洞窟に泊まるのって初めて。楽しみだな」
リツキは気楽に笑ったが、アンリは不安そうにしていた。
きっと貴族だから不安が多いのかもと思う。
(大丈夫。ベッドが硬かったら膜でどうにかするし! 中に空気か液体を入れたベッドを作ってもいい。安心して!)
得意げな顔をしながらアンリを見ると、こちらを見てため息をついてから、窓の外を見ていた。
それにしても、異世界の船って馬車もだけど揺れる。揺れない技術って現代人の知恵なんだ。
でも普段やってないことをするって楽しい。荷物の隙間にみんなで隠れるなんて人生でそうそう経験できない。
ぼんやりと考えながら、三時間の船旅を楽しんだ。
三時間後。
船は茶色い崖だらけの国に到着した。
木がある所と無いところの差が激しい。砂漠はないけど、あっても不思議じゃない、そんな土地だった。
船を降りたあたりは綺麗な花が植えられていて、美しく飾られている。
白を基調としたタイルが出迎えるように敷かれていて、資源がないとか、奴隷が働いているという話が信じられないくらい綺麗だ。
高台の上に、立派な城が見える。
「行きましょう。あの塀の裏の階段を降りたところに船を用意しています」
「じゃあ階段の下まで瞬間移動をしますね」
そういって瞬間移動をすると、自然が多い、あまり手入れされていない場所に出た。
目の前に川と船がある。
川は泥水のように濁っていたし、船といっても観光船でもない、大きな手漕ぎ船があった。
四人程の漕ぎ手がいる。
「私とボニー嬢だけ姿を出してください。三人はそのまま」
「信頼できる者を選出したっすけど、どこから情報が漏れるか分からないっすからね」
チハラサの言葉にアンリが言われるまま二人の透明化を解く。
大きな体は船が近づくと、全員が驚いたように地面に座った。
チハラサはそのうちの一人に何事かを話してから、全員船に乗るように言う。
全員船に乗り込むと、緩やかに船は動き出した。
私達は透明だったし、見ず知らずの他人がいるので話しにくい。
ただ、この国に到着した時に見た美しいイメージは消えて、視界には奴隷ばかりが目に入ってきていた。
奴隷らしい人々は、時々なにかを運んでいる人がいたが、上半身は服を着ていない人が大半で、似たような感じだった。
川の中にザルを入れて、洗っているような人も何人かいた。
「あの奴隷は金と宝石を探すために、一日ああやって水の中で砂をさらっているのです」
『とてもみんな痩せていますが、奴隷の人はちゃんとご飯を食べているんですか?』
「あそこにいるのは、何度か脱走を企てて捕まった人間なので、大したものは食べてはいないでしょう」
みんなに聞こえるように脳内でチハラサと会話をする。
食事が食べられていないなんて死んでしまうじゃないかと嫌な気持ちになっていた。
憂鬱な気分で、川の中でザルをすくっている人を見る。
中には服を着ている人もいた。
ひげは伸びて、ボロボロの服装は土で茶色く変化していたが、ボーダーの服を着ていてアジア人っぽい。
生前の父がよく着ていた服に似ているなと思って、日本人かなと思った。
『リツキ、あの人日本人っぽいよね。服がボーダーの人』
指さすと、リツキも私が見ているボーダーの人を見る。
リツキも口に出さないで脳で伝える手段を使いこなせるようになったので安心だ。
『……ん?』
グッとリツキが背を伸ばす。
船がぐらりと揺れた。
リツキが私の腕を掴む
『あれ、父さんじゃね?』
ぽつりといった言葉が、やけに鮮明に聞こえた。
アカタイトのイメージはカッパドキアです。(イメージなだけで、ぜんぜん関係ないです)