罪の告白と、決壊した心が望むこと
仕事部屋の天井に穴が開いていて、リツキが死にそうな顔で机に座りながら書類を整理している。
何人か業者も室内にいて、足場を作っていた。
「えっ、なにこれ」
「ああ、帰ってきたんだ。ちょっと場所を移動したいんだけど」
書類を整理して、机に入れるとカギをかける。
一応、業者さんにあらぬ疑いがかかっても嫌なので、戸締りの神聖力をかけておく。こうすると書類が見られないとゾーイが教えてくれたのだ。
どこにいこうかと思って、とりあえず家の私の寝室に飛んだ。
「ここなら安全でしょ。なにがあったの?」
聞くと、リツキはすごく落ち込んだ顔をして、ベッドに腰を下ろした。
「ゾーイになんで死にかけたかって話を聞かれて、誤魔化せなかったから正気を失ってミューを……って話をしたらゾーイがキレた」
えぇ、あれからそんな話になったの?
ゾーイはそういう話に敏感だから、未遂でも身近な人がそんなことしたって聞いて、ガッカリしたんだろうな。
「えっ、リツキは……怪我なさそうだよね。ゾーイに怪我はさせてないよね」
「させてない。弾いたら天井に穴が開いた」
なるほど、この前のドロテアの部屋と同じような感じかな。
「良かった。モノだけならいいよ。大丈夫だよ。直すくらいの仕事はしてるんだし」
「反省してるけど、なんか改めて死にたい気分になってきた。なんでミューは結婚してくれたんだ。犯罪者だ俺は」
あ、だからものすごく顔色悪いし死にそうな顔をしているんだ。
リツキに近づいて、隣に腰を落とす。
「それは私がリツキを好きなせいだからだし、あれは乗るのを嫌がってたリツキを急かしたのは私だからどっちも悪いし、もういいよ」
リツキを見ながらいうと、リツキは手を伸ばして私を抱きしめた。
「俺の命をあげる以上に償う方法があればいいのにな」
「なにもいらないよ。あ、ゾーイが攻撃したことを謝ってきたら許してほしいかな」
別にゾーイが悪いとも思っていないけど、もしかしたら謝ることもあるかもしれない。
「別に謝らないでほしい。俺がゾーイなら俺を殺してるし。まぁでも仲間にしてやる気が少しだけできたかもしれない」
「仲間って……入れるつもりがあるの?」
「ないよ。まだ全然嫌だけど、人のこといえることしてないし。ミューはゾーイに優しいし。もうちょっと嫉妬しないようにしようくらい」
「この前、瞳を真っ黒にしてたもんね」
「そもそもあいつ…アンリとミューが付き合ってるって時点で殺そうと思ったけど、ミューが三人ならいいっていうから本当に心を潰したんだ。だって殺したらミューは俺とは一緒にいてくれないし……優しいから罪悪感で死ぬかもしれないから」
リツキは身体を離すと、思い出したかのように手で顔を隠した。
「本当に気が狂うかと思って何週間も悩んだけど、やっと調整できたから。俺の独占欲はミューを傷つけるから、頑張れるって意味」
顔を隠した手を外したリツキは、そのまま体を後ろに倒して寝転がった。
酷いことをしているという実感はある。
だけど私にはアンリを手放せなかったし、今となってはリツキの手も離せない。これ以外の道はなかった。
(それに別に私はゾーイは友達として好きだけど、恋人にするとか言ってない)
二人もいる時点で多すぎる。リツキもアンリも幸せじゃないのに増やす気もない。
でも、ゾーイのことは国のこととは別に、突き放せばいいのにできないし、弱ってると世話を焼きたくなる自分もいる。なんなんだろう私は。
「私はリツキが他の女とイチャイチャしてたら嫌だけど。ああ、でもアンリとイチャイチャしてたら……どうなんだろう。可愛いかも。わかんないな」
「変な目で見るなよ。キモいわ。やっぱり変な目で見てるじゃないか」
「でもリツキとゾーイはすごい嫌。なんだろ。変なの」
「そんな日は来ない。あんなにキレてるゾーイは初めて見た」
「そんなに怒ってたんだ。じゃあちょっと行ってこないと。リツキは今日はもうお休みでいいからね」
ベッドから立ち上がりながら話す。
本当はもっと話したいけど、私のことで喧嘩したんだから二人ともケアしなければいけない。
「うん。さっきより気分が楽になったし鍛えるか寝るよ」
リツキはそういうと、ごろっと横になった。
タタっとベッドを回り込んで、寝転がってるリツキの顔をジッと見る。
「なに?」
聞かれたあとに、ベッドの上に乗る。
そして、リツキにキスをした。
口をはなして起き上がるとゾーイがいる場所に瞬間移動する。
一瞬でまわりが街中になった。
目の前には、ゾーイの家がある。
(寝込んでいる!! ゾーイが!!)
呼び出しのベルを鳴らす。
王宮の天井に穴を開けたから泣いてるんだろうなと思ったけど、出てこない。
そんな心身にダメージが行くとは予想外すぎる。
(どうしよう。頭の中に直接呼びかけるしかない)
『ゾーイ。大丈夫? 穴を開けたこと怒ってないから泣かなくていいよ』
なにも返事がない。
『リツキはね、あのとき魔王のせいで神聖力を全部取られて正気じゃなかったし、私がその状況に追いやったところもあるから、本当に悪くないよ』
『服もそんなに脱がされる前に助けてもらったし。だから、そんなにひどい被害じゃないの』
『ゾーイのことは、自分がゾーイなら殺してるだろうから謝らなくていいって言ってたし、私も悪いと思ってないよ』
返事がないのでどうしようと思ってドアの前で立ったまま待つ。
目の前でドアの鍵がカチャリと鳴った。
『泣いてない。入っていいよ』
言われて家の中に入る。
ゾーイはキッチンでお茶を入れていた。
「ベッドで寝てると思ってた!」
「さっきまでは少しそんな感じだったけど、家の外にいたから起きた」
「わかるんだ。すごい」
「神聖力でね。王宮の天井はごめん。頭に血が上って力の加減ができなかった」
「いいよ。私の為に怒ってくれたんでしょ」
そういうと、私を見てゾーイは微笑んでテーブルの上にお茶を置いてくれた。
出された場所に座れということなのかなと、椅子に座る。
「ユキは、リツキンに襲われて大丈夫だったの? よくそれから仲良くできたね」
「一回振ってるよ。でもリツキは私がいないと狂っちゃうから」
「なんかユキって、二人のことをそんなに好きじゃないのかなって思うこともあったけど、大事にはしてるんだよな」
「えっ、ちゃんと好きだよ。この世界に来てから気持ちが鈍いせいだと思う。だから辛いことにも耐えられるし」
「そうなんだ。一番辛かったのは?」
「シャーリーが行方不明になって、聖女の記憶を見て私の身代わりで連れていかれたって気付いた時かな。落ちこみすぎて動けないし、それでも神聖力上げないといけないからエッチなことしなきゃいけないとかで、受け入れる側って気持ちがどうでも受け入れられるんだなってなった」
「まぁ気を失っててもやられちゃうからね~。ろくでもない人間はどこにでもいるよな」
ゾーイは何でもないことのように言った。
やっぱり傷になってるのかなと思う。
「ゾーイの記憶消す?」
「消さない。あの付近は消しちゃまずい記憶が多いし。詳しい日付も覚えてないし」
「……そうなんだ。過去の記憶なんて夢と一緒だから忘れちゃえばいいのに、でも悪い記憶って繰り返し思い出しちゃうから嫌だよね」
「確かに過去なんて、最近は少し曖昧だけど……考え方が斬新だな」
「だって、どっちもぼんやりしてるし。いい記憶だけ覚えているようにできたら楽なのにね」
確かにね、と言いながらゾーイはニコリと笑う。
「そんなことよりさぁ。ユキは自分が惚れてるって知ってて家に入ってきていいの?」
「ゾーイは襲うとかしないって思ってるから。だから同じベッドで寝たし」
私の言葉に、ふぅんという顔をした。
「自分は、もうユキにキスしたことあるよ」
え?
「え?」
「聖女に無理やりされて嫌だったから、ユキとやったらどういう気分なんだろうと思って、つい」
「えっと、いつ?」
「貴族裁判の前の、ユキが疲れて寝てる時にリツキンが襲って、そのあと、なんとなく」
えぇ~、貴族裁判って一年以上前のこと? 覚えてないよ。寝てたの? そんなの覚えてるわけない。
「覚えてないよ! つい、とかなんとなくで勝手にしちゃダメだよ!」
「反省して言えなかったから、今言った。本当にごめんなさい」
聞かされた私はなんて答えたらいいんだ。
怖いとか逃げなきゃとかは全然思わないけど、こういう時、普通の人ならどういう気持ちなんだろう。
私はいま、最悪とか思わない自分にも混乱している。わいせつ被害にあったというのに。
こんなんじゃ誰でも受け入れる変な女になってしまうのでは?! そんな人間じゃないはずなのに!!
「待って。私とキスして、どんな気持ちだった?」
聞くことが分からなすぎて、よく分からないことを聞いてしまった。
ゾーイは少し考えると、少し照れた顔をした。
「なんかいいなって思ったけど、何回かしないとわからないと思ったけど、したらバレるなって思った」
良かったのか……。私は覚えてないけど。
「そっか。あの。ゾーイ。二度目はないからね。キスとか。聞いちゃったけど浮気だから」
「どこからなら浮気じゃないの? 友達ならどこまでいいの? ユキは自分のこと大切だと思ってくれてるんだよね?」
「恋愛感情あったらどれもダメじゃないかな……。大切だから困ってる」
「なんで恋愛感情あったらダメ? ユキは別に嫌じゃないっぽいし、別に自分とじゃ子を孕めないじゃん。だから良くない?」
「孕……まって、ちょっと考える」
ええ? 難しいことを聞かないでほしい。する気ないし、だめなモンはだめなんだけど。
子を孕むとか、そんなことまで想像されてるなんて思ってなかった。
あの本のせいでゾーイは想像しちゃったってこと? 私は想像しないで飛ばしながら読んでたからイメージわかないよ!
「二人にも、ゾーイにも誠実でいたいから! 私がちゃんとしたいしエッチなのは恋人じゃないとダメ! ゾーイこそ、なんで恋愛感情が大事なの?」
「そんなの好きだからに決まってる! 感情を抜けって言われて抜けたら苦労しないよ。触りたいし、自分だって困ってる」
「好……ッ」
そう、かぁ……。だよね。なにを聞いてるのか、自分は。
やっぱり心が鈍くて、人の心の機微みたいなものが分かりにくいのかも。
「別に自分だって、楽しいから職場変えたくないし、ユキと一緒にいたいし。でも辛い……」
「私がハグしたせいで、本当にごめん。こんなことになるとは思わなくて」
「その前にキスしてるから関係ないよ。それにハグされるのは幸せだし。でももうしちゃダメだって言われた」
ゾーイはしょぼんとした。
かわいそう! でも情に負けるな私! 二人だけの空間でキスした相手とハグとかしたら、そんなのアンリとかリツキの時と同じ感じになるよ。
(ん? 二人きりの空間って私、何を考えた? 別に今、ゾーイにしたいとか頼まれたわけでもないのに)
「どうしよう。私まで頭がおかしくなってきた。帰る!」
慌てて立ち上がると、ゾーイの手が引き止めるように私の腕を掴む。
「いま帰られたら、寂しさでそのへんの女とキスしまくって感覚同期して乱れた生活しそうなんだけど」
ん?!
「なんで?! しかもなんで女? 無理やりキスされて嫌だったんでしょ?」
「乱れた生活しても、ギリ戻ってこれそうだから」
確かに、男相手に乱れた生活したら最悪妊娠してゾーイが壊れちゃうよ。女相手も壊れそうだけど。
引き止めたいのかな? でも引き止め方不器用すぎる。かわい……って待って頭がおかしくなってきてる!
なんで? キスしたって知ったから?
でも友達にも可愛いくらいは思うだろうからなにもおかしいところはないよね? おかしい? わかんない!
どうしたらいい? でも、じゃあ泊まりますかとかは無理だし。一回家に帰らないと二人が心配する。
どうしよう。私はどうしたら?
「泊るとかはだめだけど、うちにくる? 眠たくなったら帰ればいいし」
「うん。行く」
考えて譲歩案を出すと、驚くほどあっさりゾーイは家に来ることになった。