アイドル作戦と、メイナとの再会
次の日。
昼休みにゾーイが深刻な顔をしていた。
「どうしたの?」
「例のエロい本、わりと神官と聖女の中に書いてた奴がいたらしくて、名前を伏せてオリジナルとしてなら書いていいか聞かれたんだけど」
「オリジナルで私たちに繋がらなきゃいいけど、 バレちゃうなら意味ないし、読み手がそれを求めてるなら分かるように書くだろうし迷うね」
「そうなんだよね。他にみんなが好きになる対象ができればいいんだろうけど、芝居俳優くらいしかいないからな」
確かに、クラブみたいなところで演奏していた人達も、そんなに見た目が良くなかった。
大聖女を含め全員顔がいいから妄想の餌食になっているので、顔がいい人がいないと代わりにはならない。
「俺は別にどうでもいいけど、アイツは嫌だろうな。俺らがアイドルっぽい顔の良さで女の子をときめかせるのは仕方ないけど」
「自分の顔に自信ありすぎだろ。ところでアイドルってなに?」
「アイドルは、歌って踊ることができる顔がいい男とか女。元の世界に死ぬほどいたけど、歌が下手でも踊りが下手でも人気の奴は人気」
「歌も踊りも上手い方がいいと思うけど」
「ミューが料理作ったり一生懸命がんばってるの可愛いじゃん。あれと同じこと」
「なるほど……なんか理解した」
何が理解できたのかよく分からないけど、聞くのも恥ずかしいので黙っていた。
話を変えよう。話を。
「えっと。そっか。じゃあアイドル作ろう! そしたら興味が私達から離れるよ! 顔がいい人を知ってる人いないかな」
「サラ・デイヴィスじゃないかな。惚れっぽいけど、嗅覚がものすごい」
「手を折った聖女だよね? モーリスさんのことも好きだったし、ゾーイにも興味もってたもんね」
「自分も聖女にモテてたからやっぱすごいよ。聖女の診療所もわりとシステムが完成したから時間があるだろうし、今度聞いてくるよ」
「ゾーイってモテてんの? たらしまくったわけ? だからミューもゾーイに甘いわけ?」
「何もしてないし、ユキが甘いのは全員にだろ。この前弱ってたら料理食べさせてくれたし、すごく優しいよ」
「えっ、俺が死にかけた時は自分で食えってやったじゃん!! なんでこいつには食わせてんだよ!!」
「リツキの時と状況が違うし……とにかく。ゾーイお願いね。私はちょっとメイナに会ってくるから」
そそくさと席を立つ。
二人に付き合ってたら、いくら時間があったって足りない。
急いでメイナの元に向かった。
朝のうちにモーリスさんに頼んでおいたので、メイナに会うのは簡単だった。
森の中にある孤児院のような大きな工場にメイナは働いている。
誰が調べたのかメイナがこの施設で働いていると世に知られた時は、罪人を私的に利用していると問題になったが、そのためにウィリアムソン家が神殿に寄付している金額を公開し、その寄付金は貧民街の治療費にあてていると公表すると、一気に反発の声は収まった。
私が会いに行った時、メイナは大量の洗濯物を干していた。
ほっそりとした白い肢体は家事には不似合いにも思えるが、服は汚れてもよさそうなシャツとスカートで手早く干している。
「メイナ、久しぶり」
「いらっしゃい。話は聞いてるわよ」
「なんか前より気分は良さそうだね」
「毎日忙しくて病んでる暇がないのよ。でも子供たちが可愛いから嫌でもないのよね。貴方が言ったとおりだったかも」
「私? なんか言ったっけ」
「この道以外に安全な道がないって。確かに男の相手をするよりずっとマシだわ。毎日いろいろなことがあって充実してる」
「それならよかった」
「アンタ、私に言ったこと覚えてなかったでしょ」
メイナの言葉にへへ、と笑う。
呆れた、という顔をしながら穏やかに笑ったので、本当に楽しいんだなと思った。
「それで。記憶をみるっていう話は聞いたけど、その話は本当なの?」
「うん。室内で話を聞いてもいい?」
私が聞くと、メイナは会議室のような場所に案内してくれた。
一応、ガードをかけておく。
「メイナは首を切ってないんだよね?」
「ユラもいたし切れないわよ。逃げるのにそんな余裕があるわけないでしょ。でも、それなら誰なのかしら」
「私、メイナを冤罪にしたかも」
「冤罪じゃないわよ。私が見た時点で、王族の一人は確かに死んでたわ。瞳孔が開いていたもの」
なんでもないことのようにメイナが言う。
本当にこの生活から抜け出したい気持ちはないんだなと思った。
「あなたって、本当にお人好しね。私はあなたを罠にかけようとしたし、貴方の姿になって酷いこともしたのよ。憎いのが普通なのに」
「お人好しじゃないし普通にむかついてるし、それについては許してないよ。でも王族の件は、メイナのことを見捨てたのは王族だから」
「死をもって贖うべきだと?」
「例えば、幼いころから両親に虐待されていて色んな人に酷い目にあってたのに祖父母が見て見ぬふりしてて、助かったと思ったら今度は祖父母が虐待してきたら、それを殺した子供に罪はあるのかって話。もちろん悪いし私が元いた世界では罪には問われるだろうけど、私はチャンスをあげるべきだと思った」
「スケールが小さくなると分かりやすいわね……」
「だからといってメイナが私にしたことは許せないよ。だけど罪に問うかは私の問題だから。生きて私に償って」
別に、何をしてほしいわけじゃないけど。
許せないことと、相手に対する気持ちが一緒じゃないという両立ができている。
きっとそれは私の為に手を汚してくれた人達がいるからだろう。
「……わかったわ。じゃあ、記憶を見ていいわよ」
メイナが額を前に出したので、額を合わせて記憶を見る。
ユラの時より鮮明で、客観的にも見える映像だった。
確かに目の前にいた王族の一人は息絶えていたし、他の人間も少し動いてはいたが、その後死んだと言われても信じそうな感じに見える。
メイナが息をつくように廊下を見る。
廊下にある柱の近くに、誰かがいるような気がした。
「もう一度そこ思い出して。廊下を見たところ」
「わかったわ」
もう一度同じ映像が流れる。
柱に隠れて何かいるのか、少しだけ布地が見える。だが少しおかしい。普通の人間より大きいのだ。
(でも、チハラサさんじゃない。太ってはいないけど、ムチっとしてるから柱になんて隠れられないし)
記憶というのはおかしなもので、本人が覚えていないと思っていても見えることが多い。
だからこそ相手の顔を確認できるし、光景も記憶している。犯罪の証拠に使えるというのは、こういった特性もあってだろう。
シャーリーの時は本人が本当に死にかけていたのと、神聖力も本当に少なかったので不明瞭だったが、メイナは問題がなかった。
額を離して、ため息をつく。
「姿は見えなかったけど、誰か柱にいるような感じだった」
「気付かなかったけど、広いから誰がいてもおかしくないわよね」
残念という顔をするメイナにお礼を言ってから、王宮に戻る。
大聖女姿になって、チハラサの元に飛んだ。
「チハラサさん。お話があります」
「分かりました。そろそろとは思っていましたから」
事務所に着くと、チハラサは落ち着いて私を見た。
その場でガードを張る。
「私とチハラサさんが入れるだけのガードを張りました。会議室とどちらが、安全ですか?」
「……ここですね。大聖女のガードが二重にあるので」
なにも聞かず、冷静にチハラサは答えた。
「ではここで。最初に聞きたいのは、チハラサさんはアカタイトを私にどうにかしてほしいと思っていますか?」
「……いきなりですね」
「ドロテアには国際問題になるからダメだと言われました。だけど、チハラサさんと、他の人間を助けるくらいならできるかもって」
「普通。交渉というものはこんなにストレートには聞かないものですが」
「すみません。私は商人じゃないし、チハラサさんには正直に言った方がいいと思いました。その方がお好きでしょう?」
「そうですね……」
「王族が殺された時、犯人のメイナの近くにはチハラサさんのような大きな人がいました。けれどチハラサさんではない。もう少し細身です」
畳みかけるように話す。
局所的にガードをかけるのは、他人から見たら怪しいので、早く話を終わらせなければいけない。
「王族の首が鉄柵にかけられ、それを降ろしたのはチハラサさんだと予想しています。でもなぜ、犯人は王族の首をはねたんでしょう?」
「そうですね。お話したいのですが、いくらガードをかけても問題が……明日。別の場所でもいいでしょうか」
どんどん話す私の言葉に、チハラサは困った顔をして、そう答えた。
「はい。問題ありません。もし安全な場所が必要であれば、私の家でも大丈夫です」
これでチハラサが消えたとして、それはもうそれでいい。
メイナはあの生活を続けてもいいみたいだし、もしスパイだったとして、消えるのは時間の問題だ。
「ありがとうございます。今日は大聖女の書斎にも工事が入っておりますし、これ以上は難しいので」
「工事?」
なんの話?
「え、先ほど……天井に穴があいたからと。工事には数日はかかると思いますが、知らなかったのですね」
「なにが起きたの……私が出かけた時には天井は無事だったんですけど。じゃあ、私はこれで。明日会いましょう」
ガードを解くと、慌てて仕事部屋に帰る。
部屋に入ると、見事に天井に大穴が開いていた。