ボニーが私に望む世界。
私は浮気はしない。
なぜなら、私と父を捨てた母が、男好きだったから。
私も私で二人と結婚なんてしてるけど、こればかりはどうしたら防げたというのだろう。
だから、これ以上は平穏でいたい。
どう考えても、肉体的にも精神的にもいっぱいいっぱいだ。
人は、沢山の人を愛せるようになんて多分できていない。だから割りきったって苦しい。
相手が求めるからと受け入れて、相手の人生が自分のせいで歪むのも辛い。
私は、相手に幸せになってほしい。よく知っている人間なら余計に。
女性が相手だったとしても、それは同じだ。
人生は不可逆だ。相手も自分も、知らなかった頃には戻れない。
大したことがない経験なら忘れて生きていけるだろう。でもそうじゃなかったら?
受け入れたことで、もしかしたらあり得た相手の未来を削ってしまうのは心苦しい。
でも結局、私は二人を犠牲にして結婚してしまったから。
簡単に欲に流されて楽しいのは娯楽。でも人間は娯楽の道具じゃない。
だから私から離れず、横で違う人と幸せになってほしいと思うのは、我儘なのだろうか。
休日を挟んでの平日。
ゾーイは普通に朝食を食べにきて、普通に仕事をしていた。
ビックリするほどいつもどおりだったので、リツキと私の方がちょっとドキドキした。
お昼の休み時間、なにか違和感を感じて、窓に近づく。
窓の外を見ると、ボニーが王宮の道のところに立っていて、手を振っていた。
(なんでボニーが?)
「ちょっと外に出てくるね。時間かかったらごめん」
そう言ってから、返事を聞かずに瞬間移動した。
スッとボニーの隣に立つ。
「どうしたの? なにか用事?」
「いやぁ。一昨日の事件の犯人が捕まったんすけど、裏の貴族が捕まってないんで情報をと思って。時間ありますか?」
「こういうのってチハラサさんに言わないんだ」
「今回は、ちょっとやっかいで、チハラサさんは動けないんす。そもそもだから一昨日まで対応が遅れてたわけで」
「なるほど、どこに行こう。会議室がいいかな」
「会議室は危ないんでバルコニーでいいっすよ。あそこにしましょう端っこ。あそこで大聖女がガードかけたら安全っす」
ボニーが一番端の部屋にあるバルコニーを指さす。
狭いけど、数人立てる程度の広さだった。
瞬間移動して、ガードをかける。
ボニーは斜めがけしたカバンから封筒を取り出すと、こちらに手渡した。
「じゃ、これが資料っす。読めば理解できるんで、あとで読んで下さい」
「事件の話を詳しくするんじゃないの?」
「こんなの証拠は揃ってるんで、あとは逮捕するだけっすよ。今日は、それより大事なことです」
「えっと、なに?」
「ミユキさんは、どうしてガラレオの貴族を半壊滅させたんすか? チハラサさんが知り得てる情報の範囲なら知ってますが、そういうことしなさそうじゃないすか」
とつぜん聞かれて、驚いて止まる。
そんなこと、軽々しく言える話じゃない。
「あれはちょっとやりすぎたけど……うーん」
「ミユキさんが教えてくれるなら、こっちの情報も出すっす。全部じゃないかもしれないけど」
「なんで知りたいの?」
「信用に値するのかわからないからです。だから気持ち悪い。いい子ちゃんは嫌いすけど、一昨日の事件現場でもミユキさんは落ち着いてたから」
相手に自分の情報を渡していいのか考える。
だけど少なくとも、ボニーは私に自分の身近である人間を紹介したり、資料を渡したりと誠実に動いている。
それは多分、同じだけの誠実さを求めているからで、ちゃんとしなければすぐに手を引くだろう。
別に、手を引いたところでどうでもいいといえばいいけど、ある程度情報を握っているのなら、誠実にしたほうがいいのかもしれない。
「じゃあ、絶対見た個人的な内容は漏らさないと約束できるなら、記憶見る? 言葉は嘘をつくから記憶を見た方が早い」
「いいんすか。絶対拷問を受けても漏らさないんで、正確なほうが助かるっす」
「じゃあ、おでこを前に出して、合わせたら神聖力を流して」
ボニーがおでこを出してきたので、額を合わせてシャーリーの話とそこからガラレオの王宮を壊すに至ったまでの記憶を簡単に流す。
もちろん個人的な情報は流さない。断片的に見せるだけにとどめた。
流し終わって額を離すと、ボニーはよろめく。
「一昨日遊んだ子、そんな目に遭ってたんすね。治って良かった」
「世の中には忘れた方がいい記憶もあるから、本当にごまかせて良かった」
「なるほど。兵器もあって、戦争がはじまるかもしれなくて、腐ってる国なら王宮を壊したほうが国民を殺さなくてちょうどいい」
「ガラレオはけっこう経済が悪化してるから魔王が手を貸してるけど、国民は苦労してるみたい」
「まぁ戦争なんて一部の金持ちが儲けて国民が損するようなモンすからね~。だけど頭を潰しちゃ国民は苦労する」
ボニーはゆらゆらと三つ編みを揺らしながら考えているようだった。
「じゃあ、こっちの情報を」
「あたしはミユキさんと同じ世界から来ています。アカタイトでの身分は奴隷。ただ頭と素早さはあったので、この国に足枷付きで逃げてきました」
「え、同じ世界から? でも確かにボニーとしか名前を聞いてないけど」
「国は違いますけどね。前はそれなりにいい暮らしだったんですが、ここに来てからは本当に酷かった」
いつもとは違う口調で話しながら、ボニーはぺらりと服をめくって腹を見せてくる。
そこには、肌に白く残る深い傷跡がいくつもあった。
「聖女のされてたことも酷いもんですが拒否はできます。だけど奴隷は人権がない。どこでも蹂躙される立場というものがありますから」
「ひどいね……なんでこんな酷いことができるんだろう」
「まぁ、だから別にドロテアがした程度のことはどうでもいいす。でも、足枷が最近重くてね。身の振り方を考えてるんすよ」
足枷とは、身動きがとりにくいものを象徴したような意味だろう。
奴隷で逃げてきて、よく分からないけど、ボニーが紐づいてるもの……。
「足枷……アカタイト国?」
「すごいっすね。答えを出すのが早い。すごいバカみたいにゾーイさんの世話をやいていると思いきや」
「ゾーイは、だってあの時は必要だったから。聞きたいんだけど、チハラサさんは味方なの?」
「どうでしょう。こちらからはなんとも。彼も複雑な立ち位置すから、正義が違えば敵にも味方にもなりえます」
そういうと、ボニーは立ち上がった。
「本当は、ミユキさんにちょっと悪戯して遊ぼうと思ったんすけど、ゾーイさんが止めそうなので無理っすね。近すぎる」
「えっ、ゾーイ?」
見上げると、ボニーの隣にゾーイが現れた。
「えっ、いつから」
「最初から。だって窓の下を見たらボニーと話してるから危ないと思って」
「こっちはいることに気付いてたからイイすけど、盗み聞きはよくないっす。ミユキさんは全然気づかなかったけど」
「ユキはおおざっぱだからな」
「でも、魅力が分かりすぎると、スケベ小説を書くのが申し訳なくなるから嫌っすね。名前を変えてオリジナルで書こうと思ったのに」
「バカにされるのはいいけど、エッチな小説を書くのはやめてよ。そのせいでゾーイがおかしくなったんだから」
「えっ、ゾーイさんついにですか」
「ついにも何も……なるほど好きなのかと思ったから、ユキの相手に仲間に入れて~って言ったらバカかよって言われたところ」
ゾーイの言葉にボニーは馬鹿か? という顔をしながらジッと顔を見た。
「そんな顔で見るなよ。しょうがないだろ」
「小説から何を学んだんすか。アホすか。普段の賢さはどこにいった……残念すぎる」
「自分、あんなこと言わないし。グイグイすぎる」
「ムリヤリはダメっすけど、恋は侵略するのと一緒なんで攻めないとどうもならないっすよ」
「なるほどぉ?」
「ボニーさんは、ゾーイに馬鹿なことを教えないで!」
(もうめんどくさいから放っておこう)
なぜボニーが私にアカタイト国の話をしたのかと考える。
奴隷でひどい扱いをされていて、聞かれたことは国の侵略の話。無駄なことは話さないと仮定すると。
「ボニーさんは、アカタイトを私にどうにかしてほしいってこと?」
私の言葉に、ボニーは固まり、こちらを見る。
そして、にっこりと笑った。
「正解です。さすが大聖女」