アンリの制裁
夕暮れ時。
リツキは稽古を終わらせて建物から出て、馬小屋に向かう。
一瞬、身体に悪寒が走った。
(……?!)
空を見上げると、光の槍が数十本見えた。
一斉にこちらに向けて降ってくる槍を神聖力でシールドを張って受け止める。
建物を背にしようと、判断して横に飛ぶと、再び光の矢が降ってきた。
シールドを張った瞬間、横から光の何かが見えて剣で受ける。
キィンッと剣が鳴った。
「へぇ、このくらいならちゃんと受けられるんだ」
剣と反対方向の真横に、アンリが立っていた。
「でも、まだ弱すぎる。これでは魔王は倒せない」
言いながら、リツキの脇腹を光の剣で刺した。
「お前……ッ」
「大丈夫。あとで治してあげるよ」
アンリは無表情だった。
傷口が熱い。激痛で息ができない。
剣を握ったが、ミユキの友達であることを思い出し、攻撃をためらう。
「実力差がある人間に情けをかけるとは、お笑いだ」
光の剣を空中に出現させながら、少しだけ笑う。
そのまま、手首を動かすと、リツキの足に勢いよく落ちて串刺した。
「……っ」
声は出さなかったが、激痛に顔が歪んでいた。
血だまりが地面に広がっていく。
「ミユがあんまり可哀想だから、あと三本くらい刺してもいいけど。たぶん知られた時に、泣いちゃうだろうからね」
そう言いながらアンリは脇腹から光の剣を抜く。
弧を描いて血が散った。
「今朝の話を聞いたけど、お前は選択を間違えた」
「ミューに酷いことはしてない……」
「した。お前は楽しいだろうが、ミユは嫌も怖いも分からない状態で、まったく幸せそうじゃなかった」
アンリは、足に刺さった剣を遊ぶように深く刺す。
痛さと、言われたことが理解できずに、リツキは小さく呻く。
(確かに今朝のは、少し慌ててたみたいだけど、酷いことはしていない……はず)
(でも、ミューの本心は違っていた……?)
「ミユが可哀想だし、酷いだろ?」
言いながら、今度は足に刺した剣も抜いた。
足から血がドクリと溢れる。
「……ミューはそんなこと……」
「嘘じゃない。このままだとミユの優しさにつけこんで、最後まで無理矢理しそうだからね」
「そんなことはしない!!」
カッとなって叫ぶ。
「少なくとも、ミユもお前のことを信じきれなくなってるぞ」
吐き捨てるようなアンリの声に、頭を殴られたような衝撃を受ける。
「人間なんて、信頼関係がなくなったらおしまいなのに、そんな奴が家にいるなんてかわいそうだ」
確かにいつもより離れようとはしていたけど、信頼関係が揺らぐことをしたとは思えない。
だけど、相手がそうじゃなかったとしたらと思うと、ぞっとした。
「まぁ、ここまで自分で治癒する余裕がないくらい、ミユのことを考えてるのは評価できるけどね」
冷めた表情のまま、治癒魔法をかけはじめる。
気絶しそうな内臓の痛みが消えていった。
「ミユに無理矢理なにかしたら、次は殺す」
傷がみるみるうちに消えていくが、血だまりも血濡れの服も、濡れたままだった。
「もう傷は塞がったから、あとは自分で治癒しろ」
心底嫌そうな顔をしながら、アンリは立ち上がる。
ちらりと見えた細い足が、女性にしては筋張っているように感じた。
「まだこの世界に来たばかりだから弱くても仕方ないが、大口叩いたりミユを傷つけるくらいなら、せいぜい強くなれ」
「お前は、聖女……なんだよな?」
思ったことを聞くと、アンリは振り返ってこちらを一瞥した。
「よくわかったね。聖女は、こんな戦闘しない」
少しだけ微笑んで、そのまま姿が消える。
残されたリツキは、ズルズルとそのまま地面に寝ころんだ。
「いってぇ……」
傷は塞がったと言っていたが、たぶん塞がりきってはいないだろう。
治癒をかけながら、赤い液体が入ったポーションを取り出す。
(本当に、傷つけたのか?)
そんな酷いことは本当にしていないつもりだけど、事を急ぎ過ぎたのだろうか。
当事者同士のことに他人が出てきたことには腹が立つが、言われないと気付かなかった自分にも腹が立つ。
ポーションの蓋を外して、中身を飲む。
「……甘いな」
視界が歪んで、よく見えなかった。
夜、家に帰る。
全身血みどろの自分を見て、ミユキが倒れそうになったので、魔物の血だと嘘をついた。
表面上では、ミユキの態度にはなにも変わったところがないように思えた。
「朝は、ちょっと距離縮めようとし過ぎた気がするから、明日からは気をつけるよ」
そう言うと、明らかにミユキはホッとしていた。
(本当に、自分は間違えていたんだな)
ミユキを部屋に戻してから、玄関で服を脱ぐ。
乾いた血液が、パラパラと粉になって地面に落ちた。
気分が落ちこんでいた。
そこまで異性として見られていないとは思っていなかったし、怖がらせる気は本当になかった。
(嫌われたら、たぶんアイツの方に持っていかれる)
魔王の他にも、危惧する相手がいるとは思わなかった。
しかも、今のミユキの生活を思えば、会うのを禁止できるなんて思えない。
ため息をつきながら、リツキは風呂場に向かう。
正解なんて、何もわからなかった。