あの日、首は鉄柵に掲げられた
朝、起きる時に不意に思い出した。
あの、冤罪で逮捕された朝。
馬車の中から見た王宮の鉄柵。
そこに刺さっていた三人の頭を。
あれは、誰が刺した?
だって、メイナもユラも首を跳ねて刺すなんてことをする心の余裕はなかった。
メイナはユラを連れて逃げる方に集中していたのだから。
でも、誰も何も言わなかった。私ですら忘れてた。
(私は、なにかを見落としていた?)
朝起きた時。
判断を間違えたという事実だけが胸に残った。
暗い気持ちのまま、食事をするためにダイニングに行く。
一緒に寝ていたアンリは、突然落ちこんでいる私に昨夜無理させすぎたのではと心配していた。
現在、家の朝食は私たち三人の他に、モーリスとゾーイも食べに来ていいことになっている。
モーリスはアンリのお家から料理人を連れてきてしまったし、ゾーイはほっとくと不健康な感じになっていくので招待した。
そんなわけで、今朝のダイニングにはタイミングよく、五人の人間が揃っていた。
(ちょうどいい。今朝思い出したことを聞こう)
「あの! ごめんなさい。遅刻させちゃうかもしれないけど、みんなに聞きたいことがあります」
大声で叫ぶ。
五人のうち三人は食事をしたままこちらを見た。
後から来た私たちの分の食事は後から一度に運んでもらうとして、五人以外は入れないようにガードをかける。
「えーと、朝からどうした?」
リツキだけが質問するが、他の三人は黙っていた。
「メイナが、もしかしたら冤罪だったかもしれないから、みんなに聞きたいの」
「冤罪って、ミユはどうしてそう思うの?」
隣で少し驚きながら言うアンリに、私は朝起きた時に思い出したことを話す。
鉄柵に刺さっていた首と、妹を連れたメイナはその余裕がなかった話と疑問点を話す。
全員、何も言わず考えこんでいた。
「えぇと。ミユキさんは、王宮の鉄柵に三人の首が刺さっていたというが、私はその話を知らない」
「自分も知らないな。朝起きたらウィリアムソンが激怒しながら聖女宮を歩いててそれどころじゃなかったし、そんな情報はなかった」
モーリスが困ったように言うと、ゾーイも食事をしながら話す。
あんなに話題になりそうな感じだったのに、なんの報道も噂もないの?
「俺は逮捕されてたからな……」
「僕は見たよ。ハッキリ。ミユが連れていかれるのを追ってた時に見た。でもそれがどう処理されたかは知らない」
「じゃあ、情報共有しよ。アンリ。記憶見せてほしいから、おでこを前に出して」
「記憶を見せるってはじめてだ」
アンリが少しだけかがんで、おでこを前に出す。
おでこをつけて、神聖力を絡めると、記憶の箇所を思いだしてもらった。
記憶の中で、アンリは生首が三つ、鉄柵から降ろされるところを見ていた。
顔も間違いなく王族のもので、気持ち悪い映像だった。
私からも記憶を見る方法を教えてアンリに映像を見せる。
「なるほど、馬車から見たんだ。それにしても記憶消すのも見るのも、なんかちょっと怪しい気持ちにならない? 神聖力の感じがさ」
「だから今まで二人にはやったことなかった。止められるって思ったから」
「確かに止めたいかも……でも便利だね。これで救われる人がいるなら、別に止めないけど」
「知らない人にやる時は、板を挟んでおでこのとこだけ穴を開けて顔も見せないようにしてやってるよ。だから安心してね」
アンリは納得という感じで笑っていた。
よし、これを全員で共有すれば、みんなが理解できる。
「じゃあ、リツキとゾーイは私がやるから、アンリはモーリスさんをよろしく」
「えぇ! やだよ!!」
「恥ずかしいなら相手を椅子に座らせて反対からおでこをつけたらいいよ。私がやってもいいけど」
「おでこも嫌だけどさ……でもミユがやるのはもっと嫌だ。モーリスは記憶なんて見なくてもいいだろ」
「仲間外れはひどいな」
モーリスの言葉に、アンリは俯いて考えているようだった。
とりあえず私は他の人をやっていこう。
「はい、リツキもおでこ」
「うん」
素直におでこを出してきたリツキに神聖力を絡めて二つの記憶を流す。
そしてそのまま流れるようにキスをされた。
「うぅ~っ」
頭をバシッと叩いても離れないので、口内をネロネロと舌で遊ばれる。
瞬間移動で慌てて逃げた頃には、息が上がっていた。
「人前でなにすんのっ!」
「朝から嫌なモン見たから口直し」
悪びれもせず笑っていた。
本当に朝からとんでもないことをする人間に育ってしまった。
口をハンカチで拭きながら、ゾーイの方に行く。
「顔がなんか真っ赤ですごいけど」
「仕方ないでしょ。おでこ出して」
ゾーイはおでこを出さないで、肩に手を添えてから、そのまま顔が近くなる感じでおでこをつけてきた。
(うぅ、顔が近い。最初のクセが抜けてないんだ)
急に、後ろから口を手で塞がれる。
「顔が近すぎるからガードな」
リツキの声が聞こえたので、この手はリツキかと理解する。
何も言わずに、神聖力を絡めて二つの記憶を流した。
流し終えて顔を離すと、めちゃくちゃ顔が近くて内心焦る。
「はい。終わり終わり」
後ろに引きずられるようにゾーイから離された。
「リツキンの目が真っ黒だ。それにしても本当に王族の首が下がってたんだね。びっくりだ」
ちょっと怒っているリツキとは正反対に、ゾーイはなんでもないことのように少し笑っている。
まわりを見ると、椅子に座りながら優しく微笑むモーリスと、しゃがんでうなだれているアンリがいた。
「しかし、王族の生首が晒されたのに、どうして私も知らなかったんだろう。神殿のトップはこの頃から私だったのに」
「噂も出ないとなると、よっぽど強力な箝口令が下されてそうだ」
ぼんやりと話すモーリスに、アンリも立ち上がりながら話す。
でも、聖女宮のことを思うと、ある程度の人数がいると箝口令は役に立たない。少ない人数しか知らなそうだ。
「箝口令ひいたところで噂しちゃう人が多いから、本当に知ってる人はごく一部なんだろうね」
「チハラサさんが知らないってことは、ありえないと思うけどな」
リツキの言葉に全員、まさかという顔をする。
でも確かに、強力な箝口令が働いているならチハラサが知らないということはないと思う。
だって、あの時に国を動かしていたのは間違いなくチハラサなのだから。
「私、ドロテアと魔王に聞いてくるよ」
ドロテアは私に嘘をつかない気がするし、チハラサが関係するなら知られないように行動しなくては。
「じゃあ自分も行くよ」
「ゾーイは、もしチハラサさんがどうにかなった時は代わりができるのはゾーイしかいないから、今日は仕事してほしい」
私の言葉に、ゾーイが少し止まったあと、理解したように頷く。
魔王城には私だけで向かった。
魔王城に行き、まずはドロテアに話の内容を伝える。
赤ちゃんはベビーベッドの上でスヤスヤと眠っていた。
「報告と違うわね。記憶を見せてくれる?」
立ったままドロテアが頭を下げたので額を合わせて記憶を見せる。
記憶を見たあと、ドロテアは小さく溜息を落とした。
「確かに言っていた通りね」
「私がもっと気にかけてたら思い出したんだろうけど、ぜんぜん思い出さなかった。ユラの記憶は見ていたのに」
「あの頃はとにかく時間がなかったから仕方ないわよ。メイナを殺さなかっただけでもマシだわ」
「チハラサさんには聞けないから、魔王にも聞きたいんだけど」
「魔王は今、出張に行ってるの。聖女も連れて行ったから何をしに行ったのかしらね」
不機嫌そうに鼻を鳴らす。
ドロテアの様子がおかしかったのは、やっぱり寂しかったからだ!
「普通に仕事だよ。魔族領にいる聖女は酷い目にあった聖女だから、疑うようなことはしてないよ」
「そうかしら。子供がいるし、変に責任が二分すると付いていけないから嫌だわ」
「ドロテアは他の聖女よりかなり賢いし、美人だし度胸もあるから大丈夫だよ。ちょっとエッチだけどね」
へへ、と笑うと、ドロテアはにこりと笑う。
「ふふ、やっぱりミユキがいると楽しいわ。一昨日と昨日はゾーイが来て邪魔だったけど。でもあの本はもう燃やしたからね」
「あの本って、ボニーさんの? 燃やしちゃったの?」
「あんなの読んでたらゾーイがおかしくなるわよ。まぁもうミユキが抱きついたりしてるから手遅れだけど」
「手遅れ? いつもと変わらないけど」
「ミユキ。ゾーイがあなたに恋愛的な情があったらどうするの? 必要以上に触れないことが優しさよ」
「恋愛……浮気とかする気ないし、昨日、リツキにゾーイがそういうことするつもりないって言ってたよ」
「そういうこと言わされてる時点で良くないでしょう。理解しなさい。そして相手の優しさに甘えず自分を律しなさい」
確かに、と思う。
時々疑われてるのに、私が良かれとくっついて疑われるなんて可哀想だ。
今なんて女同士で本まで書かれてる。受け流してくれているからマシだけど、よく考えたら女の子なのに気の毒すぎる。
「私、ドロテアにも同じことしてるのに、ゾーイだけが責められるのは可哀想だね」
「ん? ちょっと違うけど、まぁいいわ。そうよ。嫌になったら消えるかもしれないけど困るでしょ」
「困る。チハラサさんが裏切っててゾーイまで消えたら、この国は完全に回らない。それにすごく悲しい」
「チハラサのことは、夜に通信が繋がるから魔王に聞いて黒い板で連絡するわ」
「ありがとう。毎日ごめんね……天井も私が止めてれば壊れなかったし。お金払うから」
「要らないわよ。悪いと思うなら今日言ったことをちゃんとしなさいね。あなたが抱きつかなかったら天井が壊れなかったんだから」
でも、あれはボニーさんの要求で、ゾーイに言われたからやっただけなのに。
だけど結果的にまた恋愛的なからかいでゾーイが怒って天井が壊れちゃったから似たようなものか。
しょんぼりとしながら魔王城から帰り、仕事をする。
今日は真面目に全員仕事をしていたので、とても仕事が捗った。