国王は二次創作される
神聖国の建国から一年。
新しい家ができてから二か月。
神聖国は貧民街対策で、国民の識字率を向上させたため、文字を読める人間がかなり増えた。
本をあまり読まない国民性だったが、印刷所を増設したことで、全体的に本を読む人間も増えた。
もう少し大人に対する基礎学習が進めば、子どもの学校も作りたい。そんな野望もある。
観光客には、短期であれば神聖力で文字が読めるようにできるし、目指せ文学的な娯楽王国だ。
そんなこんなで日々は順調だった。
ちょっとした変化を除いては。
平日の昼食時。
お昼にサンドイッチを食べようと、三人分のお茶を入れようとしてゾーイがいないことに気付く。
「あれ? ゾーイは?」
「今日も別のとこじゃない? 俺はミューを独り占めできて嬉しい」
お茶を出すと、リツキはどうでもいいという調子でサンドイッチを食べはじめる。
ここ一週間くらい、お昼にゾーイがいない。何も言わずスッと消えて、お昼が終わると戻ってくるのだ。
「なんか最近どっかいっちゃうね」
「恋人でもできたんじゃね。それなら嬉しいけどね。ミューにベタベタしてたのに最近はしないし」
「それなら言ってくれたらいいのに。別に邪魔しないよ」
「安定しない頃は人に言いたくないだろ」
「それもそうかも」
納得しながら食べていたけど、なんとなく気になったので、こっそりゾーイの元に瞬間移動をする。
ガードが張っているのか、暗い廊下のドアの前に出た。
廊下の雰囲気で、王宮の地下だと分かった。
(ガードをしているということは、見られたくないことをしている?)
恋人と会ってるとか、隠したいことはたくさんあるだろうし。尊重しなければ。
仕事部屋に戻るとリツキは仕事に出かけていて、休み時間終了ギリギリになってゾーイは戻って来た。
「ユキ、相談があるんだけど」
戻って来たゾーイは神妙な顔でそう言った。
ユキ、は最近ゾーイが変えてきた私の呼び名だ。
ミユキだと言い間違えた時にバレるが、ミューとミユがいるので、ミは外したいとのことでユキになった。
リツキのことは弟じゃなくてリツキンとあだ名っぽく呼び方を変えたので、リツキもやりやすそうだった。
「なに?」
「ちょっと来てほしいところがある。っていうかさっき来てたから、もう言おうかなって」
「あ、廊下……行ったの分かるんだ」
ゾーイは返事をせず、私の手を掴んで瞬間移動する。
移動した場所は、椅子ひとつと机だけがある、窓もない十畳ほどの部屋だった。
その部屋のいたるところに本が置いてある。
「恋人と会う部屋じゃなさそう」
「いないし、変な妄想しないでほしいんだけど」
私に呆れた目を向けながら、こちらに一冊の本を渡してきた。
「本?」
「ユキの貧民街対策で、本が増えたじゃん」
「うん。大人でも文字を学びたいって人が多かったから。読めると仕事に繋がるし上手くいったよね」
「それ自体は短期間で成果が上がったんだけど、それによって増えたのが娯楽の文学。それはウィリアムソンと兄の恋愛本」
「アンリとモーリスさんの……」
もしかして二次創作。
確かに楽しく学べた方がいいことはいいし、出てくるとは思ってたけど。
本をペラペラとめくると、思わずギョッとして手が止まる。
すごく高い頻度でベッドシーンが挟まれていた。
「恋愛というかエッチな本だ!」
「うん。そういう方が大衆にウケるからね」
(わぁぁ、エッチすぎる……そんなところに、そんなものを? 元の世界ではそういう本を買ったことないから新鮮だ)
「でもお兄さんとのエッチな本があるって知ったら、アンリが寝こんじゃうよ」
「ウィリアムソンは人気だよ。まぁ一位は大聖女だけどね」
「嬉しくないなぁ……でも出てくるとは思ってたけど」
「あんまりショックとか受けないんだ。安心したよ」
元の世界では、そういう趣味が一般的だったとは言いにくい。
ただ仮にも国王だよ。威厳がいる。国民のためだとはいえ、やるならバレないようにやってほしい。
公式の否定はファンが悲しむは元の世界で知ってるから否定したくないけど、アイドルでもないから止めないとダメだよね。
「読んだのが自分のじゃないからかも」
「建国した三人の恋愛本もあるよ。ありとあらゆるものが出てる」
「ゾーイとかチハラサさんは無事? 表に出てないし、大丈夫だよね」
ゾーイは、少し困ったように目をそらした。
「あるんだ……なんで? 表に出てないのに」
「たぶん、書いてるのが聖女だと思うのがあるなぁ」
(聖女、ということはゾーイか。ああ……それなら聖女宮で見てる人も多いしね)
ん?
「大聖女とゾーイの本が出てるってこと?」
「自分とユキの本も出てる」
「私の、大聖女じゃないやつまで?」
「うん……ユキは他の人間はなくて、自分とだけだから、たぶん書いたの聖女だと思う」
「うーん……ちょっと読ませて。どのくらい私の内情がバレてるか知りたいから」
「えぇ……読むの?」
そういうとゾーイは少し気まずそうな顔をして、椅子があるあたりに歩いて行く。
机に乗せてある本をペラペラとめくっていた。
(椅子のあたりにあるってことは、休み時間はここでご飯を食べながら自分が主役のエッチな妄想本を読んでいたということ?)
心が強いというか、自分の本を読むのって恥ずかしくないのかな。
大聖女相手じゃなくてもアンリが相手とかリツキが相手とか色々あるだろうけど、どんな気持ちで午後を過ごすんだ。
自分のこととして考えたら、なんだかドキドキしてきたので、そのへんにある自分が出てそうな本を拾って読む。
大聖女がアンリとリツキに足を舐めさせて、二人が興奮しておかしなことになっていくという特殊な本だった。
しかも登場人物の名前を誤魔化さずに、そのままドーンと書いてある。
(あああ……楽しく学べたほうがいいって思うけど、こういうのばっかり? ほのぼのした本はないの? 恥ずかしい……)
覚悟はしてたけど、実際読むとものすごく恥ずかしい。だけど出てくる人物は大聖女だし、性格も違うから他人事だ。
ゾーイが本を一冊持って帰って来た。
「軽いの持ってきた~」
「何冊かあるの……」
「そもそも大聖女が出るより先なんだよ。変な女がいる……」
本を渡されて、ペラペラと読んでみる。
こっちは普通の恋愛モノだった。エッチじゃなくてホッとする。
でも、お菓子を作ったり、けっこう私に詳しい感じだった。
「なんか私に詳しいね。こっちはエッチじゃなくて良かったけど」
「他はドエロいから目の前で読まれるのはちょっと。読むなら自分がいないとこで読んで」
「そんなに? ゾーイは恥ずかしくないの」
「恥ずかしいに決まってるだろ。でも、なんか他人から求められてる自分ってこんなか~みたいな」
顔が赤い。やっぱり平気なふりしてるけど、恥ずかしいよね。
でも聖女同士ってどうやるんだろ。
あれだけ発情する聖女が溢れてたんだからなんかあるのかな。
それにしても、大聖女といちゃつく前に私の本を書いてた人って、ずいぶん前からファンなんだな。
「大聖女が出る前から書いてるってことは、貧民街対策する前からいたってことだよね。知らなかった」
「自分も最近チハラサさんから言われて知った。大聖女は倒れそうだし、リツキンに話すと怒りそうだからって理由で自分に」
「そうなんだ。心労かけちゃってごめんね。どうにかするから」
「別にいいけど。こっちも色々……疑問が解けたし」
疑問とは? と思ったけど、ゾーイの顔が真っ赤なので、聞いちゃいけない気がして何も言わなかった。
とりあえず、いくつかアンリとリツキが倒れたりしなさそうな本を何冊か持って、部屋を後にする。
その夜、四人でどうするかを話し合うことにした。
制限付きの大聖女をグランドエンドさせようと書きはじめました。一部は一部であれで完結させたのには意味があるのですが、グランドエンドまで読むと、伏線が回収されて、本当に気持ちよく終わると思います。もう書き終わってはいるので、八月中に完結します。番外編も別でありますし、そちらでは個別エンドのようなエピソードも置く予定ですので、ぜひ最後まで楽しんでいただけると幸いです。