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制限なしの大聖女

次の日から一週間、国は大々的な祝日に入った。


祝日といっても、働いている人は働いているし、私達も休みじゃなかった。

四日は謁見で大忙しだったが、リツキとアンリに化けたゾーイが上手く捌いてくれて、五日目に私達も休みになった。

どうせ午後になれば何かしら呼ばれるんだろうけど、今朝はお祭りで食事を食べようということでアンリとリツキと三人で街に来ている。

街はお祭り一色。観光客を含めて、とても熱狂的な雰囲気だ。


「朝食を食べに来たけど、人が多すぎる」


アンリと一緒に屋根の上から、下を見る。

街中は大聖女ブームで色んな商品が出ていた。


「なんか凄いことになったね。元の姿じゃなくて良かった」

「大聖女姿でも嫌だよ。ミューと結婚したくてこの世界に連れてきたのに、恋敵ばっかりになった」

「もう結婚したし、ミユも浮気するタイプじゃないし大丈夫だろ」

「本人がその気がなくても、ミューは大らかすぎて危機管理能力がない」

「それはそうだな」

「二人から私ってどう見えてるの?」


二人は私をみると、深いため息をつく。

心外だなと思いながら下を見ていると、この国に来たばかりのころに入った居酒屋が露店を出しているのが見えた。


「あ、リツキが紹介してくれた居酒屋のお店が屋台を出してるよ! 美味しいからアンリも食べられると思うし、買ってくるね」

「一人で?」

「だってリツキもアンリも、たぶん今では人気になってるよ。そのうち邪まな本とか出るかもしれない」

「ミユは、なんで僕をそういう変な妄想に巻きこむんだ。考えすぎだよ」


二人は凄く嫌そうな顔をするが、二人は同人誌の存在とかを知らないからそんなことを言えるのだ。

意味深に笑い返しながら、屋台に瞬間移動をする。


店にはいくつか商品があったが、食べやすい具沢山なホットドックのようなものと、お酒みたいな瓶の飲み物を三つかった。

朝からお酒はおかしいと思ったけど、昨日は大変すぎてお酒を飲める余裕がなかったので、まぁ、お祝いだしねの気持ちだ。


ホットドックを袋に入れてもらって、飲み物を不安定に持つ。

屋台に背を向けると、ふと飲み物が手から消えた。


(アンリかな)


考えながら、人ごみに隠れて瞬間移動をする。

屋根の上に移動すると、アンリが飲み物を持って待っていた。


「やっぱりアンリだったんだ」

「一人で行くのは危ないからね」


言いながら、飲み物をリツキに渡している。

私も二人にホットドックを渡して、屋根の上に座った。


「すごい賑わいだよね。ミューがこんなことになるとは思わなかったけど」

「私もこの世界に来た時は四級聖女だったし制限ばっかりで気が狂いそうと思ってたけど、まさか国王になるとは思わなかった」


ホットドックを食べながら考える。

本当に最初に来た頃は、未来が怖いことばっかりだったと思い出してしまう。

キスと抱き合うだけって言っても、相手の理性なんて信じるのは怖かったし、でも私の力では絶対どうにもならないと思ってたし、でも逃げたところで結局誰かの嫁になるしかない未来なんて本当に嫌だった。


「ミユって四級だけど、制限なんてあったっけ?」

「だって、リツキとイチャイチャしないと神聖力増えないし、出かけるのにも制限があったし」

「本当に最初はそうだけど、途中からずっと神聖力は多すぎて困ってたし、神聖力で困ったことってあった? まぁ外出制限はあったけどさ」


……確かに、困ったことがない気がする。

ガラレオに打撃を与えることすら、数時間二人とそういう行為をしただけで神聖力が足りないことはなかった。

でも、あの時は閉塞感が凄かった記憶しかない。


「僕らがフォーウッドを殺せなかったように、ミユも僕らに好意を寄せられてそれを断れないから制限があるって思いこんじゃったんじゃない?」

「そうかも。そんなにイチャイチャしたくないって二人に言ったら、たぶん二人は我慢してくれたのに悪いと思って言えなかったんだよね。なんでだろう」

「ミューは人の好意を拒絶しないっていうところが良くない。みんなミューをやましい目で見てるから腹が立つ」

「別に全部がそういうことじゃないと思うよ。それに悪意よりは好意の方がいいだろうし、こちらの心を第一に考えてくれるなら細かいことはいいや」


ときどき、他人の感情がどうなのか迷うことがある。

けれどこちらのことをきちんと考えてくれる人は、無理な歩み寄りはしないから考えないことにした。

聖女は他者を受け入れやすい人がなると聞いたけど、大聖女の私はその傾向がすごく強いのかもしれない。


「普通は二人と結婚なんて女性は無理な人が多いけど、ミユは頑張って受け入れちゃったから、やっぱり制限なんてないと思うけどな」

「そのことに関しては、そうだよねぇ」


確かに、どちらかを捨てた方が楽にはなる。

それに私が受け入れてきた道は、人から見たら酷いもので、受け入れがたく汚いものかもしれないと何度も考えている。

この世界に来てからの日々は、どこを切り取っても性的で綺麗なものがない気がしていた。

成功は責められてもいいから必死に繋ぎとめたものだけで、たぶん綺麗な立場から見たら嫌悪感を抱かれることもあると思う。

でも、人生なんて綺麗なだけで生きられる人なんて、何パーセントなんだろう。きっとみんな失敗して色んなものを抱えて生きている。

フォーウッドに支配されてきた人達も同じで、それを救えたのだと思えば、この狂った泥のような道を歩いてきた価値もあるというものだ。


「制限って、自分がそう思っているから、ないはずの制限もあるって思っちゃうのかも」


人は自分の力だけでどこまでも歩いていける。けれども行動できないのは行動したところで酷い結果しか残らないと思っているからだ。

幼少時から閉じこめられたサーカスの像が人間に危害を加えないように、人間兵器でもある彼らが大した実力もない人間に使われていたように。

私は、ふわふわして人の意見に合わせるのはやめようと思ってから意識が変わってきた。

それには多くの人が関わっていて、私も相手のために何かをしてあげたいと思ったからこそ、今がある。

だからこそ傷ついた人たちの気持ちは、受け入れられるなら受け入れて生きていこうと思った。


「そうかもな~。ミューって前より自由に生きてるし、神聖力が尽きてもどっかから湧いてるみたいだし、もう無制限だよ」

「なんか前より生きやすい気がしてるかも。閉塞感もぜんぶ気持ちが関係してるなんて不思議だね」


笑いながら言うと、リツキが笑い返して手に持った瓶の中身を勢いよく飲む。


「あ、やっぱ朝から酒はキツイな。普通の飲み物がいいや」

「ごめん。でも確かに朝からはきついね」

「僕は酔うと卑猥なことを言うらしいから、飲んでない」

「卑猥じゃなくてすごく可愛くなるんだよ。アンリは酔うと可愛くて心配だよ」

「俺だって可愛いだろうが」

「リツキって酔っててもあんまり分かんないかも」

「今も可愛いのに」


リツキが不機嫌そうにホットドックの残りを口に入れる。

足りなそうだし、あのブサイクなぬいぐるみが飾られてる店に行ってみようかな。

二人と義務感で抱き合っていた頃、心がきつすぎて帰り道に寄っていた喫茶店。

アンリのお屋敷に閉じ込められた頃から忘れて行かなくなっていた。


「リツキもかわいいよ。アンリとは違う方向で。だってリツキはおじさんに襲われそうもないし」

「おじさんに襲われそうってミユに思われてるの全然うれしくないんだけど」


不機嫌になるアンリに謝りながらゴミをまとめる。

食べ終わったらしい二人を連れて、ブサイクなぬいぐるみがたくさん飾られてる店に近い屋根の上に移動した。

街はずれは建国祭の気配も薄かったが、それなりに人もいて道に設置されたゴミ箱に余裕がある感じだった。


「飲み物、二人も透明になって付いてきて教えて」


そう言いながら、ゴミ箱に寄ってから喫茶店に行く。

アンリのお酒はあとで飲むから、それは屋根の上に置いておいてもらった。


喫茶店に寄って、ふたりに注文を聞いて、持ち帰り用の飲み物三つと軽食を頼む。

お金を支払うと、奥さんがニコニコと笑いながら、目を細めて私を見つめた。


「久しぶり。今、幸せ?」


突然なんの話かなと思う。

でも、きっと店員の奥さんが知っているころの私は、きっと不幸に見えていたんだろう。


「はい。おかげさまで。今は幸せです」


笑いながら返す。

奥さんは、微笑んで、奥から出てきた飲み物を台の上に移動して置く。

それから一袋ブサイクな猫のクッキーを取り出すと、飲み物の上に置いた。


「えっと。これって」

「ずっと気になってたの。今、幸せならそれでいいから」


「ありがとう……ございます」


あの時は、友達が欲しいと思っていた。

たぶんそれは友達じゃなくても、知らない街で私を記憶に残してくれる人が欲しかったのかもしれない。

閉塞感の理由の一つは孤独だったからで、性でも欲でもなくて、私を見てくれる人がいてほしかった。


(ここにいたんだ)


クッキーをポケットに入れる。

軽食も出てくる頃には、ゆるゆると胸苦しくなって、目がじんわりと熱くなってしまった。


「持つよ」


突然、リツキが隣に現れた。


「僕も持つ」


アンリも出てきてしまった。

リツキはともかく、アンリの容姿は目立つので、まわりが色めき立った。

二人に飲み物と軽食を持っていかれてしまったので、奥さんに挨拶してから手ぶらで屋根の上に瞬間移動する。


「二人とも出てきちゃったから、関係がばれちゃったかも」

「別に僕ら悪いことをしてるってわけじゃないからいいだろ。まぁこいつは大聖女とってなってるだろうから、問題だろうけど」

「でも俺、わりとミューと付き合ってるって言われてたから、ごまかしてるけどバレてんだよな。なんでだろう」


それは初耳。でも私だっていつの間にかジュディとかにばれてたし、そういうものなのかもしれない。


「私も二人と付き合ってるって言われた。もしかしたら大聖女が私っていうのも、実はバレてる人もいるかもね」

「まぁ僕はそれでもいいよ。幸せだしね。言いたい奴には言わせておけばいい。どうせ人生に関わりないし」


ススっとアンリが近寄ってきて私に抱きつく。それを見てリツキも抱きついてきた。


飲み物を飲みながら空を見上げる。

建国しても結婚しても、結局人間の幸福は原始的なものだ。

恋愛も性で欲だけど、これは必要だったんだろうなと改めて思ってしまう。

そういえば、最初の頃より二人は落ち着いてきて、イチャイチャより話す方が多くなってきた。

今幸せだと思うのは二人が落ち着いてきたのもあるのかもしれない。


「ミュー、何考えてるの?」

「なんか最初の頃はリツキは鼻息荒くて怖かったなって思ってたし、アンリも凄かったなって」

「……ミユは朝から平気な顔して何思い出してんの?」

「俺がユウナギ邸でミューを襲う前? 忘れてよ。もう黒歴史すぎて本当に嫌だ」


二人は、苦笑しながら嫌そうな顔をする。


「でも私は、この人生を後悔してないし、これからも後悔しないんだろうなって思ってた」


少し笑いながら言うと、二人は一瞬止まってから安心したように笑う。


倒れて地面だけ見ると世界は狭いけど、仰いで見る空は、あまりに高く広い。

失敗しても、また起き上がって歩いて行けば、また違う未来に辿り着く。

二人の体温に幸せの本質を感じて、空を仰いで未来を想った。








最後1話、同時公開しています。ぜひ最後までお楽しみください。

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