我慢するタイプは自分の気持ちが分からない。
神聖力をからっぽにするために、フルパワーでポーションを作る。
山ほどポーションを作っているので、ヘトヘトだった。
「あとどのくらい?」
「あと二本くらいかな」
あと二本にしては、かなり疲れている。
朝からの具合の悪さも相まって、頭がくらくらしていた。
「瓶が間に合ったね」
机の上に並べられたポーション瓶のほとんどが赤色になっている。
「でもギリギリまで同じ感じで出力してるのに、どうやっていきなり薄くできるの?」
「上手くできなかった時は味が薄かった。その時と同じようにやればいい」
「確かに……でも味は変えられない気がする」
「空っぽになったら、ギリギリまでわたしの神聖力を入れる」
「私の味は柑橘系だから、ほとんどこっちの神聖力なら、ミユの味は隠せるかもしれない」
「でも、さっき私の神聖力渡したばっかりだけど大丈夫?」
「うん。だから今、一生懸命作り変えてる」
そんなことできるんだ!
「お手数おかけします」
アンリは優しいけど、申し訳ないな。
納得しながらポーションを二本作る。
神聖力切れを起こしそうな気配がした。
「じゃあ入れる」
アンリが私には触らず神聖力を入れる。
柑橘系の味がすると、少しだけ体が楽になった。
「ポーション作るね……」
(昔は、力の入れ方が違ったり、ぶれたりしてたから、それを思い出して……)
上手く作れるようになったのが最近だから、ダメだった時の記憶もまだ残っている。
「……うん、こうかな」
ゆっくりと時間をかけて、薄い液体を作る
作った液体を躊躇なくアンリが飲む。私も舐めてみたけど、ほのかな酸味がある、よく分からない味だった。
「うーん……水っぽいから甘味を感じる。酸味もあるから誤魔化せるか。後味がちょっとミユっぽいけど」
「これ以上は難しいんじゃないかな。それにポーション提出したことないから大丈夫だと思う」
「仕方ないか。早く行かないと」
アンリは少し困った顔をしながら、指先で私の肩に触る。
世界が回転して真っ暗になる。
次の瞬間、神殿にいた。
「今から受付をして、ポーションを作る前にもう一度からっぽにして入れる」
「もう一度やるんだ」
ちょっと疲れてるけど、仕方ない
「受け付けは自分の神聖力との照合するから混じってても大丈夫だけど、からっぽじゃ認定されないから」
「そっか。受付終わった後に入れ替えたら問題ないね」
「そう。じゃあわたしはもう提出し終わってるから、受付してきて」
「行ってくる」
そっか、手順を確認するために、アンリは先に提出してくれたんだ。
だから朝も遅かったし、何度も瞬間移動をしてたから疲れてたんだ。
アンリのポーションは柑橘系の味だから、魔王が柑橘系の味が好きだったら選ぶんだろうな。
ドロテアに命を狙われるのは、アンリの方かもしれない。気をつけないと。
受け付けは問題なく終わったので、一旦トイレといってアンリの元に戻る。
柱の影からアンリが手招きしていた。
「ここにポーションを作って入れる」
瓶の蓋を取って、こちらに瓶の口を向ける。
頷いて、瓶の中にポーションを作っていった。
アンリが私の頭の上を凝視している。
疲れてるけど、やりきるしかない。
「もう止めて」
アンリの合図でポーションを作るのをやめる。
神聖力切れで頭がグラグラしていた。
「ギリギリまでやりすぎた。ごめん」
「いいよ。自分のためだし」
アンリが神聖力を入れてくれると、めまいが収まったので、ポーションを作りに走った。
四級のポーション作りは時間がかかったが、うまくいったという自信があった。
ただでさえ少ない神聖力でポーションを作ったので、貧血のような気分でアンリの元に帰る。
帰り道、同じ四級っぽい聖女を見るとポーションを飲んでいた。
(神聖力がないと、けっこうポーション頼りになるんだなぁ)
たぶん自分が大聖女じゃなかったら、それは工夫であり、納得できることなのだろう。
だけど、今は膨大な神聖力を知ってしまったから、それを悲しいと思ってしまう。
今の環境だって、リツキの犠牲の上で成り立ってるものなのに。
「うまくいかなかった?」
私を待っていたアンリが、こちらを見て顔を曇らせる。
「あ、ポーション作りは上手くいったと思うよ」
「じゃあなんでそんな顔?」
「リツキに触るのをやめるように言おうと思って」
私の言葉に、アンリは少しだけホッとしているようだった。
「……うん。今日、ポーションはたくさん作ったし。いいと思う」
アンリの手が、私の手を掴む。
次の瞬間、世界が回転して、自分の家に戻った。
「今日は勉強しないで休む?」
「そうだね。あ、この前のミルクティー飲む? 疲れたでしょ」
「うん。あれ美味しい」
嬉しそうなので、お鍋でお湯を沸かしてから茶葉を入れてロイヤルミルクティーを作る。
「ミユが今朝、弟になにされたのかしらないけど、大丈夫?」
「うん。ちょっと近すぎて逃げたくても逃げられないのが困ったけど」
「逃げたいのに逃がしてくれないのか」
「恥ずかしいのは嫌じゃないとかで……なんかわかんなくなった」
「ミユがしたくないんだから、それは嫌だってことだぞ」
「そうなのかな」
ショックを受けてる気がするし、エスカレートしそうで困るとも思ったけど、やっぱり嫌なのかな。
何が嫌なんだろう。
言語化が難しい。生理的な嫌悪は……ゾッとしないから違うと思う。
でもたった一人の家族がこういう行動で消えるのが嫌だという気持ちが一番近い。
身体で好きになるみたいで嫌だし、それで関係性が変わるのはあまりに欲に忠実すぎる。
(そうか。やっぱり、私は怖いんだ)
リツキが怖いわけじゃなくて、別の意味で怖いし、訳の分からない怖さがある。
相手の勝手で身体が蹂躙されるのも怖い。
好きになるのが怖いというのも同じ理由である気がしている。
「なんか、たぶん触ったりで異性って意識するのって間違ってる気がする。どうなんだろう」
「わたしも同じ考えだし、このままではミユが無理矢理……」
そこまで言うと、アンリは気まずそうに言葉を切る。
言いたいことは分かるけど、たぶんリツキはそんなことはしないと思う。
「たぶん、大丈夫だと思うよ」
「多分じゃダメなんだ」
今朝までは絶対しないと思ってたけど、たぶんになってしまった。
私は、弟がそういうことをする可能性があると思ってしまっている。
「うちに来る? 神聖力なら足りなくなったらあげられる」
「ありがとう……考えておく」
「わたしはそろそろ帰るけど、今日は疲れただろうからゆっくり休んで」
「うん」
アンリは立ち上がると、ティーカップを流しに持っていく。
私も後ろからついて行った。
「ミユ。嫌な時は瞬間移動で逃げるって覚えて」
「うん、わかった。いろいろありがとね」
「じゃあ、いく。紅茶ありがと。おいしかった」
少しだけ笑ってアンリは消えた。
一瞬見えた表情が怒っているように見えたのは気のせいだろうか。
(そりゃ、他人の家のこんな乱れた話を聞かされたら怒るか)
ため息をつきながら、食器を洗う。
触るの禁止をリツキに説明しようかと思うと、気が重かった。