大聖女、国王となる。
メイナが連れていかれた後、会場はざわついていた。
「さて。裁判が終わったので閉廷にしたいのだが、これからの話をしようと思う」
魔王の言葉に我に返る。
傍聴席も静まった。
「魔族領としては、再度良好な信頼関係を築くため、大聖女ニシダをこの国の国王として迎えることにした」
「貴族側の繋がりとしては貴族ではなく勇者リツキが。神殿のほうはモーリス・ウィリアムソンが務めることとなる」
「大聖女はこの国に現れて数か月でこの国の腐敗を正し、魔族領の環境改善にも尽力してくれた。近頃の神殿の診療値段引き下げと大幅な診療所の新設は大聖女の発案によるものである。これにより国民の健康状態と神官と聖女の精神状態も向上して安定しており、財政も安定している。そうだよな。モーリス」
「はい。安定しております。本当に大聖女様は素晴らしい。賢く優しく勇気もあり、それを表に出そうともしない」
言いすぎだ。モーリスがただの狂信者みたいに見えてしまう。
「これからもきっと国民にとって素晴らしい国を作ってくれるだろう。大聖女ニシダ。一言」
言われて一歩前に出る。
聞かれると分かっていたので言えるように練習してきたけど、すごく緊張していた。
「たくさんの素晴らしい経歴を話していただけてありがたいのですが、私自身は大したことはしていません。得意な人かプロに任せた方がいいと考えておりますし、素晴らしい愛すべき方々に助けていただいたからこそ、ここまで上手く物事が進んだのだと思います。国の運営に関しても、賢い方にお手伝いしていただけるように頑張りましたので、その辺はご安心ください。どうぞよろしくお願いいたします!」
キビキビと答えて、頭を下げる。
(どう考えても新入社員みたいな発言になっちゃった)
本当はもっと威厳がある言葉を誰かに考えてほしかったけど、どうせ直接話せる機会自体が少ないので、好感度を考えるとこれでいいとのことだった。
緊張で顔が真っ赤になっている耳に、割れんばかりの拍手が聞こえる。
顔を上げると、傍聴席の貴族がみんな拍手していて、会場を包んでいた。
仕方なくやっているだけかもしれないけど、拍手している顔がみんな楽しそうなのでホッとしてしまう。
「大聖女ニシダの統治は世襲制ではなく一代限りとする。また、大聖女ニシダ、勇者リツキ、アンリ・ウィリアムソンの三名を建国の礎として、国名を変え神聖国として新たな一歩を踏み出すこととなる」
会場がざわつく。国王が変わるまでは予想していたが、国の名前が変わるとは思っていなかったからだ。
アンリが固まったまま、魔王を見る。
そういえば今朝話すのを忘れていた。
「建国ですか、改名ではなく」
「大幅に色々変わるので改名ではなく建国としたい。建国日は4週間後の月初めだ。その日に式や祝いの場を設け国民に周知させようと思うので、各々準備を行ってほしい」
アンリの質問に答えるように、魔王は傍聴席に向かって言った。
貴族にとって祭りは商売になる良いチャンスなので、みんな色めき立つ。
しかも魔族領の魔王の婚礼の後だ。国外からの長期観光客も期待できるだろう。
「これも大聖女ニシダの提案だ。素晴らしいだろ?」
拍手と大聖女コールが起きた。
違う。昨日、国の名前を変えて三人で署名したいまでは私が言ったけど、期間については魔王が儲かると言ったのでのっただけだ。
だって言う気はないけど、この国の名前はちょっと日本人だった私から言うと、ちょっとどうかなって名前だったから。
建国になるとは思っていなかったけど、結果的にそうなったというだけだ。
「それでは、これで報告は終わりだ。魔族領と神聖国の永久の和平のために、尽力してほしい」
魔王が話を締めると、会場は沸きに沸いた。
記者みたいな者が、我先にと会場を後にする。
けたたましいラッパの音が鳴り、魔王が会場から出ていく。
続いて私達も出ていこうとすると、貴族がこちらに雪崩れこんできた。
リツキが来られないようにバリアを貼り、私は頭を下げて二人で外に出る。
その後ろから私に化けたゾーイを連れてアンリが出てきた。その後ろにモーリスもいる。
「部屋に移動するから」
アンリが私を掴み、瞬間移動した。
裁判が始まる前にいた部屋だということに気付く。
リツキとゾーイも一緒に部屋に移動していた。
「モーリスさんが来てない!」
「そんなことより。どういうことか、説明してくれるかな」
アンリが目を座らせて近づいてきた。
ちょっと怒っていてかっこいい。
「アンリかっこいいね」
「いや、え? そういう話してないからね。建国の話を聞いてないって話で」
「昨日の夜考えたばっかりだから。思いついたまま魔王城に話しにいって採用されたの」
「昨日の夜? あ、帰ったら寝てたね……ちょっと元に戻ってくれない? 褒められても喜びにくいから」
言われて元の姿に戻る。
さっきまで怒っていた顔は、完全に元に戻ってしまった。
「ミユキって本当に自信ない感じなのに、突飛な行動するよな」
「この世界に来て、自分から何もしないといい方向に物事が進まないって気付いたから」
私の姿のゾーイに言われて、にこっと笑う。
鏡みたいだけど、ゾーイが化けている私の方が顔がいいみたいだ。
「ちょっと自分着替えてくる。この格好だとトイレも行きにくいし落ちつかない」
ゾーイが少し照れて、その場から消えた。
「で、なんで建国しようなんて思ったの?」
「結婚の代わりに」
「……え?」
「リツキが大聖女と結婚は嫌だって言ってたし、アンリも嫌だろうから、結婚がわりに国を作る書類にサインすれば、結婚より強固だなって」
「そのためだけに?!」
「歴史に名前が載るし、アンリのお仕事も上手くいくし、リツキも幸せだし、名前もかっこよくなるし、良いことしかないよ」
「国の名前な……」
リツキも国の名前が気になっていたのか、苦笑して口を噤む。
この世界の人には分からない事情が、私達にはあるのだ。
「とりあえず、服だけ着替えようよ。堅苦しいし」
「そうだな。建国日にも同じ服を着るだろうし、着替えようか」
もそもそと普段着に着替える。
女性の私は隣の部屋を用意されていたので、そこに移動して着替えた。
シャーリーとジュディは朝は手伝ってくれていたけど、今は連日の忙しさでハチャメチャになった私達の家を片付けてくれている。
着替えて服を畳んでいると、目の前にゾーイが現れた。
「あ、ゾーイ。やっぱり普段どおりがしっくりくるね!」
「下着とか服はミユキの家にいた人に渡してきた。もう着ないと思うからね」
「さっき、皆の前でゾーイの名前とかも言っておこうと思ったけど、許可とってないから言えなかった。ごめんね」
「いや、名前出したらバレるからやめてほしい。表に出る時はウィリアムソンに変身するし裏でいいよ。チハラサさんもそう言ってたし」
確かにそうだ。見た目だけじゃなくて名前もバレてるのか。危ないところだった。
とりあえず無事に終わって良かった。
「そういえば、ドロテアがゾーイが泊まるなら服着てて良いって言ってたよ。もしかしたら私は騙されてたかもしれない」
「えぇ? やっぱメンバーに入ってんの? っていうかミユキって危機管理能力がゼロかもしれない。心配だよ」
溜息をつかれながら、二人で隣の部屋に戻る。
中には着替えた二人と、モーリスがいた。
「あ、モーリスさん。置いて行ってしまってすみません」
「いいんだ。置いていったのはアンリだしね。本当に薄情な弟で困る。それと魔王と話したことについて君達にも伝えておこうと思って」
「なんでしょうか」
「うちの工場を過疎地に作ろうとアンリと話していたところでね。効果を付与できる神聖力が高い聖女を常駐させたいが、何もない場所だから普通の聖女は来ない場所なんだ。だが働いてくれる人がいそうだと思ってね」
「……それって」
「過疎地だが、過疎地にも親を亡くしたり捨てられた子どもたちがいるだろう。ユラが子どもたちと上手くやっているように、彼女もうまくやっていけるかもしれない。大人に混じると、おそらく彼女は恋愛対象にしかならないだろうからね」
牢獄に閉じ込められるわけではなく、ある程度自由が利く労働者としてメイナを扱ってくれるということだろうか。
公共事業でもないのに大丈夫なのだろうかと思うけど、魔王がいいというのなら良いのだろう。
「今日はもう輸送中だから無理だろうが、会いたいなら魔王に頼むといい。こちらは今から準備にかかる」
「僕は忙しいから、工場関係はモーリスにも兼任してもらってるんだ。モーリスは診療所を新設する関係で土地の売買に詳しいから」
「ありがとうございます。きっとメイナも喜ぶと思います」
「ミユキはあんなに迷惑かけられたのに、メイナの幸せも考えられるんだから優しいよな」
「優しいってよりは、嫌な気持ちになりたくないだけだよ」
罪とその人自身は切り分けて考えなければいけないという境地にまで、まだ私はいけていない。
ただ育成環境の違いや学力の差が、彼女にパニックを起こさせ犯罪が起きてしまったのなら、平和な環境を与えたいと思ってしまった。
「とりあえず四週間で建国は難しい。普通は準備に最低半年はかかるものだ。各国に招待状を書かなきゃいけないし、準備もかかる」
「招待状はドロテアが結婚招待状を出した国の名簿使っていいって言ってたから、貰ってこないとね」
「チハラサさんに聞けば色々知ってそうだな」
「今日はみんな家で食事にしよう。料理長が最近ミユキさんが来ないから寂しがっているんだ」
「じゃあ夕飯はお願いします!」
みんなでバラバラに行動する。
リツキとゾーイがチハラサに話を聞きに行ったら、もう建国の招待状などの文面ができていて印刷する業者の資料も置いてあったらしい。
会場にチハラサさんは居ないようだったが、どこで聞いてたんだろうと思う。
いずれにしても良い人の反面、敵に回したくはないなと思った。